59 / 68
ー
しおりを挟む
シャルの頭の中には、まるで昨日のことのように鮮明な映像が流れた。初めてあいなと出会った子供時代。城で過ごした日々。王族の間(ま)で迎えた夜明け。心まで満たしてくれる彼女の手料理。切なくも楽しかったバロニクス城滞在のひととき。笑った顔。怒った顔。悩んでいる顔。嬉しそうな顔。あいなの全てが、熱く優しく胸の中を彩る。
「アイツは幸せにすらなれず死んでいくというのか!?どうして…!!これでは……」
これではあいなを突き放した意味がない。血を見るような想いで別れを告げたのは彼女の幸せを願ったから。自分のことなど気にせず、エトリアの指輪に縛られることもなく、ルイスと幸せに生きてほしかったから。
「なのに、どうしてだ!?アイツは幸せにならなきゃいけないんだ…!」
「シャル…!気持ちは分かるけど落ち着いて話を聞いて!」
動揺するシャルを宥(なだ)めるように、ハロルドは語る。
「昨日まではハッキリ見えていたんだよ。あいなの未来は大変そうだけど、それでも幸せに溢れた結婚生活が送れる。星はそう言ってた」
「だったらどうして、見えないなんて言う?ウソだと言ってくれ……」
シャルの目は涙に濡れていた。両手で頭を抱え、悔しげに唇を引き結ぶ。
「ほんの数時間前のことなんだよ、あいなの未来が見えなくなったのは。それまではしっかり見えていたんだ」
「昨日までは見えていたものが、どうして急に見えなくなる?」
「それは僕が訊(き)きたいよ……。今日ここへ来たのはあいなを見送るためなんだけど、それだけじゃない。彼女の身に何かあったんじゃないかって心配になったから……。定期試験の最中だったけど無理言って抜け出して来たんだ。シャルは何か心当たりない?」
「…………」
あいなに別れを告げた。それがあいなの未来とどう関係があるのかは分からないが、少なくともあいなの変化の原因は自分にあると、シャルは気付いた。
「……昨日、あいなと別れた」
「え!?」
思わぬ言葉が返ってきて、ハロルドは声を裏返した。
「ウソはやめてよ、シャル。君らしくもない……」
「こんなこと冗談で言うものか」
「そんな……」
「俺とルイスに想われることで、アイツは日々自分を否定するようになっていった。そんな気持ちでいてほしくなかったんだ。アイツには無限の可能性がある。女としてたくさんの魅力がある。何の憂(うれ)いもなく幸せになってほしい。だから別れを告げた。これで良かったんだ」
「シャルの気持ちはどうなるの?明日は誕生日パーティー……。公の場であいなを紹介する絶好の機会なのに……。ううん、そんなことはどうだっていい、このままルイスに渡していいの!?」
「アイツならあいなを幸せにしてくれる。必ず……。それに、大切な人は一人居れば充分だ。アイツには二人の男を同時に想うなんて無理だ。今は良くてもいつか限界が来る。もっと早く手を離してやるべきだったんだ。なかなかそう出来なかった、俺は……」
「君って人は……」
ハロルドは小さく息をつくと机に両手をつき、シャルと向き合った。
「どうして肝心(かんじん)な所で判断を誤るの?こんなこと言いたくないけど、それが原因であいなの未来が見えなくなったんだと、僕は思うよ」
「……それはっ」
「強そうに見えるけど、あいなだって女の子なんだよ。好きな人にフラれたら傷付くしヤケにもなるんじゃない?」
「アイツは元々俺との結婚を拒否していたし、俺なんかよりルイスに気を許してるように見えた。ルイスも本気であいなを想ってる。
ふりだしに戻った、それだけの話だ」
「あいなは本当にシャルとの別れを望んでいたのかな」
「…………」
「レストランで働いてた時、彼女、しょっちゅうボンヤリしていたよ?ルイスがそばにいるようになってからも、ね」
「そうなのか?」
「だいたい、今さらこんな風に引きの姿勢を見せるなんて君らしくないよ。地球まであいなを迎えに行った時の君はそんな風じゃなかったよね?」
穏やかながらも、もどかしさを含むハロルドの声。
「君が結婚したくてもあいなにはすでに恋人がいるかもしれない。なのに、そんな可能性も頭にないかのように君は後先考えず行動してた」
「…………」
「他人の事情なんておかまいなしに突っ走るのがシャルでしょう?それでも不思議と周りに許され相手を魅了する。それが君の魅力だと僕は思ってたんだけどな」
歯を食いしばると、勲(いさむ)に殴られたことで付いた口角の傷が痛んだ。その痛みが、本来のシャルを取り戻す。
「……そうだった。俺は、大切な両親から娘を奪うような形になってでも、アイツと共に生きたいと思ったんだ」
「やっと思い出した?」
「あいなを迎えに行く。別れる時にひどいことを言ったし許してもらえるかどうかは分からないが、ルイスにも誰にも渡さない。渡したくない。アイツの未来を守るのは俺だ!」
揺るがない想い。やり方を間違えてばかりだったが、もう、好きな気持ちを隠したりはしない。シャルは立ち上がった。
「そうだよ、シャル。恋はいつだって自己中なものなんだから」
「そうだな。お前に言われるとなおさら納得できる」
「サラッとひどいね」
苦笑しつつも、ハロルドは満足そうにうなずく。
あいなの死。それは確実なのだろうか?穏やかな話ではないが、知らせてくれたハロルドに、シャルは心から感謝した。
「お前には助けてもらってばかりだな。ありがとう」
「たいしたことはしてないよ」
「今回の件だけじゃない。あいなが城を出ていった時、自国の騎士達に指示してあいなを護ってくれていたのはお前なんだろう?」
「クロエに聞いたの?」
「いや、何となくそう思っただけだ。あの時、あいなの傍(そば)に居たのはお前だけだった。ガストン家のみならずあいなを消したがる貴族は大勢いた。それなのにアイツが無事でいられたのはバロニクス兵の護衛があったからだとしか考えられない」
「ロールシャイン王国はバロニクスの同盟国だからね。困った時はお互い様だよ」
「そうだな」
ハロルドがあいなに想いを寄せていたことを、シャルはあえて追及しなかった。
あいなの命が危ういと知ったところで具体的な解決策など思いつかないし気持ちが焦(あせ)るばかりだったが、とにかく動く。シャルはそう決めた。
「地球に行ってみる。あいなともう一度話をしたい」
言うなり、シャルが地球に向かうため簡単な荷造りを始めると、ルイスではない他の執事が血相を変えてやってきた。ノックもせず執務室に飛び込んでくる。
「お話の途中で失礼いたします。シャル様。魔女村で暴動が起きていると、村長から連絡が……!いかがなさいますか?」
「ルイスはまだ戻らないし、俺が今から直接向かう」
「かしこまりました。何か準備しておくことはございますでしょうか?」
「いや、特には必要ない。すぐに向かう。ハロルド、お前も一緒に来てくれ」
「えっ、そんな大切な場面に僕なんかが同行していいの?占い師の協力が必要ならヴィクトリアを連れて行った方がいいと思うよ」
「修行中の身とは思えないほど、お前の能力はここ最近急速に上がったと聞いている。それに、色々事情を分かっているお前についててほしいんだ。……嫌な予感がする」
左手の薬指にはめられたエトリアの指輪はすでに真っ黒になり輝きを失っている。そのことがさらにシャルの胸騒ぎを深くした。
あいなの件といい、魔女村の暴動といい……。平和だったロールシャイン王国に、何が起きているのだろうか。
貧困を極めていた昔ならともかく、最近の魔女村は栄えていたしそれに合わせて村人達の気性も穏やかになりつつあった。それなのに暴動が起きるなど、不穏な予感しかしない。
「分かったよ。僕も行く」
ハロルドは神妙(しんみょう)な面持ちでうなずいたのだった。
ルイスの魔法で、あいな達は無事に地球に帰ることが出来た。魔法が人目につかないよう、事前に説明した通りルイスは全員を神蔵(かみくら)宅の屋内に移動させた。
住み慣れた自宅はやはり解放感があり心地いい。勲(いさむ)と麻子(あさこ)は口々にルイスに礼を言い、リビングの中に入っていく。秋葉(あきは)と龍河(りゅうが)はこれからそろって街に出かけると言い、外へ行ってしまった。
一人、ルイスの前に残ったあいなは名残惜(なごりお)しげに彼を見上げた。
「それでは、私もこれで失礼いたします」
「魔力は大丈夫?こんなにたくさんの人数を空間転移させたし、また倒れたりしない?」
「大丈夫ですよ。今は魔力回復のお香も持ち歩いていますから」
「そっか。ならいいんだけど……」
ルイスにはこの後も執事として仕事が残っているのですぐ城に戻らなければならない。分かってはいてもこのまま見送るのは寂しくて、あいなはうつむく。神蔵夫妻の話し声を壁越しに感じながら、ルイスはそっとあいなを抱き寄せた。
「もう少しだけ、傍にいさせて下さい」
「えっ?仕事は大丈夫?」
「はい。後でいくらでも穴埋めできます」
ルイスは言うなり、その場から瞬間移動をした。移動先は、レジャー施設の豊富な繁華街だった。死角に移動していた二人は、人々に怪しまれないようさりげなく大通りに出る。あいなですら行ったことのない街だが、日本だということだけは分かる。
「もしかして、デート、してくれるの?」
「はい。よろしければお付き合い願います。あいな様。いえ――。あいな」
手を取り、ルイスは微笑する。名前を呼び捨てされたことに、あいなはドキッとした。
「今だけは本物の恋人として傍にいたいのです」
ルイスの表情があまりにも優しくて、あいなはとても安心した。
「うん。いいよ。その方が恋人っぽいもんね」
「ええ。それでは行きましょうか」
燕尾(えんび)服のまま出歩くとここでは悪目立ちしてしまう。ルイスはすぐさまショップに寄り服装を変えた。
「すごい!モデルみたいだよ、ルイス!かっこいい!」
私服のルイスは、大学院生か若い社会人のように見える。爽やかでクールな印象を与えるファッションは、美形のルイスが着ることでなおさらその存在感を輝かしいものにしていた。道行く女性が頬を赤くしてルイスを見ている。
「やはりおかしかったのでしょうか……。これはこれで悪目立ちしているのか、人々の視線がすさまじいです」
「それは、ルイスが完璧すぎるからだよっ!そのうち芸能界からもスカウトされるかも!」
城では見ることのできなかったルイスの一面に、あいなはドキドキしっぱなしである。
「悪目立ちするとあいなに恥をかかせてしまいます」
「そんなことない!全然!」
「そうでないならいいのですが」
「ありがとう。でも私、人目とか気にならない方だし、そんなに気を遣うことないよ?ルイスらしくいてくれたら、服装なんて何だっていいから」
あいなの言葉と柔らかい笑顔に、ルイスは癒された。
「あいなは本当にお優しいのですね。どこへ行きたいですか?」
「んー……。どこがいいかなぁ?んー……」
手をつなぎながら、人通りの多い道を歩く。よく考えたら人生初のデートである。こんな時にどう振る舞えばいいのか、あいなは全く分からなかった。
もし彼氏が出来たらこんなことをしたい、あそこへ行きたい、そんな願望が山ほどあったのに、いざそれが実現してしまうと目の前のことに精一杯で、考える余裕をなくしてしまう。
「こうやって手をつないで歩くだけで満足で、何がしたいとか、そういうのが思い浮かばないの。せっかく時間取ってくれたのにごめんね?」
「いいえ、私こそ無粋(ぶすい)なことを訊(き)いてしまいました。こういうことは流れのままに楽しむものですよね。あなたとこうしていられるだけで、私も幸せに思います」
握る手にわずかな力が込められ、あいなは頬を赤くした。
「ルイス……。あっ!」
とある雑貨屋の商品が目に入り、あいなは声をあげた。歩道まで飛び出した商品棚には色とりどりのパワーストーンと、それらを加工しアクセサリー化した物がいくつも並んでいる。
「恋が永遠に守られる石かぁ」
うっとりした目で、あいなはひとつの商品を手にする。桜色の石を飾りにしたストラップだった。エトリアの指輪で懲(こ)りることもなく、あいなはやはりこういう商品に惹かれてしまうのだった。
(これならスマホに付けれるし、ルイスとお揃(そろ)いで持てば別れずにすむかも)
シャルと別れた後なだけに、あいなは別れに敏感になっていた。望まなくても別れは訪れてしまうということを、シャルとの関わりで痛感したのである。
恋が永遠に守られる石。ルイスとお揃いで持てるよう二つ購入しようと考えたが、あいなは躊躇(ためら)った。手にしていた商品を棚に戻す。
(ルイスは異世界の人だし、スマホとか持ってないし、こういうのあげても困らせるだけかも……)
あいなの様子を見ていたルイスはさりげなく別の商品を取り、言った。
「そちらも大変可愛らしいですが、こちらなんてどうでしょうか?」
それはシルバーのネックレスだった。あいなが欲しいと思ったストラップと同じ桜色の石が付いた指輪が通されている。
「可愛い!これ買おっかな」
「お気に召したようで何よりです。あいなにとてもよく似合っていますよ」
「本当?じゃあ、ルイスもこれ一緒につけよ?あ、でも、どう見ても女性向けのデザインだよね、これ……。一人ではしゃいでごめん……」
しょんぼりと肩を落とすあいなの髪を撫(な)で、ルイスはうなずいた。
「恋人同士で持てるよう、男性向けのデザインも用意されているようですよ」
「本当!?じゃあ、もしルイスがいいなら、一緒につけない?」
すがるような瞳で一生懸命に頼むあいなが可愛くて、ルイスは頬を緩めた。
「喜んで。少しこちらで待っていて下さい」
「う、うんっ!」
言われるがまま、あいなは他の商品を眺めてその場で待っていた。ルイスはすぐに戻ってきて、手早くあいなの首にネックレスをつけた。少し熱を帯びた彼の指先が首筋に触れ、あいなは思わず肩を揺らす。
「えっ、これまだ、お金払ってない…!」
「お会計は済ませました。行きましょうか」
あいなの手を引き店を出、ルイスは歩道を歩く。ルイスの首にはすでにお揃いのネックレスがつけられている。それを見つけてあいなは幸せな気持ちになった。
(こんな可愛いの嫌がると思ったのに、ルイス、さっそくつけてくれたんだ)
頬をほころばせていたのも束の間、ハッとする。
「ごめんっ、お金渡すよっ!」
「プレゼントさせて下さい」
あいなの顔をのぞきこみ、ルイスは言った。
「初デートの記念です」
「気持ちは嬉しいけど、タダでもらっちゃって本当にいいの?」
「私があげたいのです。もっと甘えて下さい。そのために私はここにいるのですから」
「ルイス……」
寄り添うようにあたたかいルイスの眼差(まなざ)しに、あいなはホッとした。つなぐ手にも、どちらかともなく力が入る。
「アイツは幸せにすらなれず死んでいくというのか!?どうして…!!これでは……」
これではあいなを突き放した意味がない。血を見るような想いで別れを告げたのは彼女の幸せを願ったから。自分のことなど気にせず、エトリアの指輪に縛られることもなく、ルイスと幸せに生きてほしかったから。
「なのに、どうしてだ!?アイツは幸せにならなきゃいけないんだ…!」
「シャル…!気持ちは分かるけど落ち着いて話を聞いて!」
動揺するシャルを宥(なだ)めるように、ハロルドは語る。
「昨日まではハッキリ見えていたんだよ。あいなの未来は大変そうだけど、それでも幸せに溢れた結婚生活が送れる。星はそう言ってた」
「だったらどうして、見えないなんて言う?ウソだと言ってくれ……」
シャルの目は涙に濡れていた。両手で頭を抱え、悔しげに唇を引き結ぶ。
「ほんの数時間前のことなんだよ、あいなの未来が見えなくなったのは。それまではしっかり見えていたんだ」
「昨日までは見えていたものが、どうして急に見えなくなる?」
「それは僕が訊(き)きたいよ……。今日ここへ来たのはあいなを見送るためなんだけど、それだけじゃない。彼女の身に何かあったんじゃないかって心配になったから……。定期試験の最中だったけど無理言って抜け出して来たんだ。シャルは何か心当たりない?」
「…………」
あいなに別れを告げた。それがあいなの未来とどう関係があるのかは分からないが、少なくともあいなの変化の原因は自分にあると、シャルは気付いた。
「……昨日、あいなと別れた」
「え!?」
思わぬ言葉が返ってきて、ハロルドは声を裏返した。
「ウソはやめてよ、シャル。君らしくもない……」
「こんなこと冗談で言うものか」
「そんな……」
「俺とルイスに想われることで、アイツは日々自分を否定するようになっていった。そんな気持ちでいてほしくなかったんだ。アイツには無限の可能性がある。女としてたくさんの魅力がある。何の憂(うれ)いもなく幸せになってほしい。だから別れを告げた。これで良かったんだ」
「シャルの気持ちはどうなるの?明日は誕生日パーティー……。公の場であいなを紹介する絶好の機会なのに……。ううん、そんなことはどうだっていい、このままルイスに渡していいの!?」
「アイツならあいなを幸せにしてくれる。必ず……。それに、大切な人は一人居れば充分だ。アイツには二人の男を同時に想うなんて無理だ。今は良くてもいつか限界が来る。もっと早く手を離してやるべきだったんだ。なかなかそう出来なかった、俺は……」
「君って人は……」
ハロルドは小さく息をつくと机に両手をつき、シャルと向き合った。
「どうして肝心(かんじん)な所で判断を誤るの?こんなこと言いたくないけど、それが原因であいなの未来が見えなくなったんだと、僕は思うよ」
「……それはっ」
「強そうに見えるけど、あいなだって女の子なんだよ。好きな人にフラれたら傷付くしヤケにもなるんじゃない?」
「アイツは元々俺との結婚を拒否していたし、俺なんかよりルイスに気を許してるように見えた。ルイスも本気であいなを想ってる。
ふりだしに戻った、それだけの話だ」
「あいなは本当にシャルとの別れを望んでいたのかな」
「…………」
「レストランで働いてた時、彼女、しょっちゅうボンヤリしていたよ?ルイスがそばにいるようになってからも、ね」
「そうなのか?」
「だいたい、今さらこんな風に引きの姿勢を見せるなんて君らしくないよ。地球まであいなを迎えに行った時の君はそんな風じゃなかったよね?」
穏やかながらも、もどかしさを含むハロルドの声。
「君が結婚したくてもあいなにはすでに恋人がいるかもしれない。なのに、そんな可能性も頭にないかのように君は後先考えず行動してた」
「…………」
「他人の事情なんておかまいなしに突っ走るのがシャルでしょう?それでも不思議と周りに許され相手を魅了する。それが君の魅力だと僕は思ってたんだけどな」
歯を食いしばると、勲(いさむ)に殴られたことで付いた口角の傷が痛んだ。その痛みが、本来のシャルを取り戻す。
「……そうだった。俺は、大切な両親から娘を奪うような形になってでも、アイツと共に生きたいと思ったんだ」
「やっと思い出した?」
「あいなを迎えに行く。別れる時にひどいことを言ったし許してもらえるかどうかは分からないが、ルイスにも誰にも渡さない。渡したくない。アイツの未来を守るのは俺だ!」
揺るがない想い。やり方を間違えてばかりだったが、もう、好きな気持ちを隠したりはしない。シャルは立ち上がった。
「そうだよ、シャル。恋はいつだって自己中なものなんだから」
「そうだな。お前に言われるとなおさら納得できる」
「サラッとひどいね」
苦笑しつつも、ハロルドは満足そうにうなずく。
あいなの死。それは確実なのだろうか?穏やかな話ではないが、知らせてくれたハロルドに、シャルは心から感謝した。
「お前には助けてもらってばかりだな。ありがとう」
「たいしたことはしてないよ」
「今回の件だけじゃない。あいなが城を出ていった時、自国の騎士達に指示してあいなを護ってくれていたのはお前なんだろう?」
「クロエに聞いたの?」
「いや、何となくそう思っただけだ。あの時、あいなの傍(そば)に居たのはお前だけだった。ガストン家のみならずあいなを消したがる貴族は大勢いた。それなのにアイツが無事でいられたのはバロニクス兵の護衛があったからだとしか考えられない」
「ロールシャイン王国はバロニクスの同盟国だからね。困った時はお互い様だよ」
「そうだな」
ハロルドがあいなに想いを寄せていたことを、シャルはあえて追及しなかった。
あいなの命が危ういと知ったところで具体的な解決策など思いつかないし気持ちが焦(あせ)るばかりだったが、とにかく動く。シャルはそう決めた。
「地球に行ってみる。あいなともう一度話をしたい」
言うなり、シャルが地球に向かうため簡単な荷造りを始めると、ルイスではない他の執事が血相を変えてやってきた。ノックもせず執務室に飛び込んでくる。
「お話の途中で失礼いたします。シャル様。魔女村で暴動が起きていると、村長から連絡が……!いかがなさいますか?」
「ルイスはまだ戻らないし、俺が今から直接向かう」
「かしこまりました。何か準備しておくことはございますでしょうか?」
「いや、特には必要ない。すぐに向かう。ハロルド、お前も一緒に来てくれ」
「えっ、そんな大切な場面に僕なんかが同行していいの?占い師の協力が必要ならヴィクトリアを連れて行った方がいいと思うよ」
「修行中の身とは思えないほど、お前の能力はここ最近急速に上がったと聞いている。それに、色々事情を分かっているお前についててほしいんだ。……嫌な予感がする」
左手の薬指にはめられたエトリアの指輪はすでに真っ黒になり輝きを失っている。そのことがさらにシャルの胸騒ぎを深くした。
あいなの件といい、魔女村の暴動といい……。平和だったロールシャイン王国に、何が起きているのだろうか。
貧困を極めていた昔ならともかく、最近の魔女村は栄えていたしそれに合わせて村人達の気性も穏やかになりつつあった。それなのに暴動が起きるなど、不穏な予感しかしない。
「分かったよ。僕も行く」
ハロルドは神妙(しんみょう)な面持ちでうなずいたのだった。
ルイスの魔法で、あいな達は無事に地球に帰ることが出来た。魔法が人目につかないよう、事前に説明した通りルイスは全員を神蔵(かみくら)宅の屋内に移動させた。
住み慣れた自宅はやはり解放感があり心地いい。勲(いさむ)と麻子(あさこ)は口々にルイスに礼を言い、リビングの中に入っていく。秋葉(あきは)と龍河(りゅうが)はこれからそろって街に出かけると言い、外へ行ってしまった。
一人、ルイスの前に残ったあいなは名残惜(なごりお)しげに彼を見上げた。
「それでは、私もこれで失礼いたします」
「魔力は大丈夫?こんなにたくさんの人数を空間転移させたし、また倒れたりしない?」
「大丈夫ですよ。今は魔力回復のお香も持ち歩いていますから」
「そっか。ならいいんだけど……」
ルイスにはこの後も執事として仕事が残っているのですぐ城に戻らなければならない。分かってはいてもこのまま見送るのは寂しくて、あいなはうつむく。神蔵夫妻の話し声を壁越しに感じながら、ルイスはそっとあいなを抱き寄せた。
「もう少しだけ、傍にいさせて下さい」
「えっ?仕事は大丈夫?」
「はい。後でいくらでも穴埋めできます」
ルイスは言うなり、その場から瞬間移動をした。移動先は、レジャー施設の豊富な繁華街だった。死角に移動していた二人は、人々に怪しまれないようさりげなく大通りに出る。あいなですら行ったことのない街だが、日本だということだけは分かる。
「もしかして、デート、してくれるの?」
「はい。よろしければお付き合い願います。あいな様。いえ――。あいな」
手を取り、ルイスは微笑する。名前を呼び捨てされたことに、あいなはドキッとした。
「今だけは本物の恋人として傍にいたいのです」
ルイスの表情があまりにも優しくて、あいなはとても安心した。
「うん。いいよ。その方が恋人っぽいもんね」
「ええ。それでは行きましょうか」
燕尾(えんび)服のまま出歩くとここでは悪目立ちしてしまう。ルイスはすぐさまショップに寄り服装を変えた。
「すごい!モデルみたいだよ、ルイス!かっこいい!」
私服のルイスは、大学院生か若い社会人のように見える。爽やかでクールな印象を与えるファッションは、美形のルイスが着ることでなおさらその存在感を輝かしいものにしていた。道行く女性が頬を赤くしてルイスを見ている。
「やはりおかしかったのでしょうか……。これはこれで悪目立ちしているのか、人々の視線がすさまじいです」
「それは、ルイスが完璧すぎるからだよっ!そのうち芸能界からもスカウトされるかも!」
城では見ることのできなかったルイスの一面に、あいなはドキドキしっぱなしである。
「悪目立ちするとあいなに恥をかかせてしまいます」
「そんなことない!全然!」
「そうでないならいいのですが」
「ありがとう。でも私、人目とか気にならない方だし、そんなに気を遣うことないよ?ルイスらしくいてくれたら、服装なんて何だっていいから」
あいなの言葉と柔らかい笑顔に、ルイスは癒された。
「あいなは本当にお優しいのですね。どこへ行きたいですか?」
「んー……。どこがいいかなぁ?んー……」
手をつなぎながら、人通りの多い道を歩く。よく考えたら人生初のデートである。こんな時にどう振る舞えばいいのか、あいなは全く分からなかった。
もし彼氏が出来たらこんなことをしたい、あそこへ行きたい、そんな願望が山ほどあったのに、いざそれが実現してしまうと目の前のことに精一杯で、考える余裕をなくしてしまう。
「こうやって手をつないで歩くだけで満足で、何がしたいとか、そういうのが思い浮かばないの。せっかく時間取ってくれたのにごめんね?」
「いいえ、私こそ無粋(ぶすい)なことを訊(き)いてしまいました。こういうことは流れのままに楽しむものですよね。あなたとこうしていられるだけで、私も幸せに思います」
握る手にわずかな力が込められ、あいなは頬を赤くした。
「ルイス……。あっ!」
とある雑貨屋の商品が目に入り、あいなは声をあげた。歩道まで飛び出した商品棚には色とりどりのパワーストーンと、それらを加工しアクセサリー化した物がいくつも並んでいる。
「恋が永遠に守られる石かぁ」
うっとりした目で、あいなはひとつの商品を手にする。桜色の石を飾りにしたストラップだった。エトリアの指輪で懲(こ)りることもなく、あいなはやはりこういう商品に惹かれてしまうのだった。
(これならスマホに付けれるし、ルイスとお揃(そろ)いで持てば別れずにすむかも)
シャルと別れた後なだけに、あいなは別れに敏感になっていた。望まなくても別れは訪れてしまうということを、シャルとの関わりで痛感したのである。
恋が永遠に守られる石。ルイスとお揃いで持てるよう二つ購入しようと考えたが、あいなは躊躇(ためら)った。手にしていた商品を棚に戻す。
(ルイスは異世界の人だし、スマホとか持ってないし、こういうのあげても困らせるだけかも……)
あいなの様子を見ていたルイスはさりげなく別の商品を取り、言った。
「そちらも大変可愛らしいですが、こちらなんてどうでしょうか?」
それはシルバーのネックレスだった。あいなが欲しいと思ったストラップと同じ桜色の石が付いた指輪が通されている。
「可愛い!これ買おっかな」
「お気に召したようで何よりです。あいなにとてもよく似合っていますよ」
「本当?じゃあ、ルイスもこれ一緒につけよ?あ、でも、どう見ても女性向けのデザインだよね、これ……。一人ではしゃいでごめん……」
しょんぼりと肩を落とすあいなの髪を撫(な)で、ルイスはうなずいた。
「恋人同士で持てるよう、男性向けのデザインも用意されているようですよ」
「本当!?じゃあ、もしルイスがいいなら、一緒につけない?」
すがるような瞳で一生懸命に頼むあいなが可愛くて、ルイスは頬を緩めた。
「喜んで。少しこちらで待っていて下さい」
「う、うんっ!」
言われるがまま、あいなは他の商品を眺めてその場で待っていた。ルイスはすぐに戻ってきて、手早くあいなの首にネックレスをつけた。少し熱を帯びた彼の指先が首筋に触れ、あいなは思わず肩を揺らす。
「えっ、これまだ、お金払ってない…!」
「お会計は済ませました。行きましょうか」
あいなの手を引き店を出、ルイスは歩道を歩く。ルイスの首にはすでにお揃いのネックレスがつけられている。それを見つけてあいなは幸せな気持ちになった。
(こんな可愛いの嫌がると思ったのに、ルイス、さっそくつけてくれたんだ)
頬をほころばせていたのも束の間、ハッとする。
「ごめんっ、お金渡すよっ!」
「プレゼントさせて下さい」
あいなの顔をのぞきこみ、ルイスは言った。
「初デートの記念です」
「気持ちは嬉しいけど、タダでもらっちゃって本当にいいの?」
「私があげたいのです。もっと甘えて下さい。そのために私はここにいるのですから」
「ルイス……」
寄り添うようにあたたかいルイスの眼差(まなざ)しに、あいなはホッとした。つなぐ手にも、どちらかともなく力が入る。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢だったわたくしが王太子になりました
波湖 真
恋愛
クローディアは十年ぶりに祖国の土を踏んだ。婚約者だったローレンス王子が王位を継承したことにより元々従兄弟同士の関係だったクローディアが王太子となったからだ。
十年前に日本という国から来たサオリと結婚する為にクローディアとの婚約を破棄したローレンスには子供がいなかった。
異世界トリップの婚約破棄ものの十年後の悪役令嬢クローディアの復讐と愛はどうなるのか!!
まだストックが無いので不定期に更新します
よろしくお願いします
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ギルド回収人は勇者をも背負う ~ボロ雑巾のようになった冒険者をおんぶしたら惚れられた~
水無月礼人
恋愛
私は冒険者ギルド職員ロックウィーナ。25歳の女で担当は回収役。冒険者の落し物、遺品、時には冒険者自体をも背負います!
素敵な恋愛に憧れているのに培われるのは筋肉だけ。
しかし無駄に顔が良い先輩と出動した先で、行き倒れた美形剣士を背負ってから私の人生は一変。初のモテ期が到来です!!
……とか思ってウハウハしていたら何やら不穏な空気。ええ!?
私の選択次第で世界がループして崩壊の危機!? そんな結末は認めない!!!!
※【エブリスタ】でも公開しています。
【エブリスタ小説大賞2023 講談社 女性コミック9誌合同マンガ原作賞】で優秀作品に選ばれました。
貴方だけが私に優しくしてくれた
バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。
そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。
いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。
しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー
猫になった悪女 ~元夫が溺愛してくるなんて想定外~
黒猫子猫
恋愛
ディアナは欲深く、夫にも結婚を強いた悪女として知られた女王だ。当然のように人々から嫌われ、夫婦仲は悪く、病に倒れた時も誰も哀しまなかった。ディアナは、それで良かった。余命宣告を受け、自分の幸せを追い求める事などとうに止めた。祖国のためにできる事は全てやった。思うままに生きたから、人生をやり直せると言われても、人間などまっぴらごめんだ。
そして、《猫》になった。日向でのんびりと寝ている姿が羨ましかったからだ。いざ、自堕落な生活をしようと思ったら、元夫に拾われてしまった。しかも、自分が死んで、解放されたはずの彼の様子が妙だ。
あなた、隙あらば撫でようとするの、止めてくれる? 私達は白い結婚だったでしょう。
あなた、再婚する気がないの? 「お前を愛したりしない」って嬉しい事を言ってくれたのは誰よ!
猫になった孤高の女王×妻を失って初めて色々気づいてしまった王配の恋のお話。
※全30話です。
『白い結婚のはずでしたが、夫の“愛”が黒い。 限界突破はお手柔らかに!』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
白い結婚のはずだった。
姉の遺した娘――カレンの親権を守るため、
私と侯爵タイロンは“同じ屋根の下で暮らすだけ”の契約を交わした。
夜を共にしない、干渉しない、互いに自由。
それが白い結婚の条件。
……だったはずなのに。
最近、夫の目が黒い。
「お前、俺を誘惑してるつもりか?」
「は? してませんけど? 白い結婚でしょうが」
「……俺は、白い結婚でよかったがな。
お前が俺を限界まで追い詰めるなら……話は別だ」
黒い。
完全に黒い。
理性じゃなくて、野生の方が勝ってる。
ちょっと待って、何その目!?
やめて、白い結婚の契約書どこ行ったの!?
破らないで!
――白い結婚? 知らん。
もう限界。覚悟しろ。
タイロンの目がそう語っていた。
私、白い結婚で穏やかに暮らす予定だったんだけど!?
チョイス伯爵家のお嬢さま
cyaru
恋愛
チョイス伯爵家のご令嬢には迂闊に人に言えない加護があります。
ポンタ王国はその昔、精霊に愛されし加護の国と呼ばれておりましたがそれももう昔の話。
今では普通の王国ですが、伯爵家に生まれたご令嬢は数百年ぶりに加護持ちでした。
産まれた時は誰にも気が付かなかった【営んだ相手がタグとなって確認できる】トンデモナイ加護でした。
4歳で決まった侯爵令息との婚約は苦痛ばかり。
そんな時、令嬢の言葉が引き金になって令嬢の両親である伯爵夫妻は離婚。
婚約も解消となってしまいます。
元伯爵夫人は娘を連れて実家のある領地に引きこもりました。
5年後、王太子殿下の側近となった元婚約者の侯爵令息は視察に来た伯爵領でご令嬢とと再会します。
さて・・・どうなる?
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる