レンタル彼氏-恋策-

蒼崎 恵生

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5 近付けない距離

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「って言ったら、どうする?」
 
 はい?

 思わせぶりな沈黙の後、凜翔(りひと)はイタズラな瞳でそう訊(き)いてきた。私は困惑した。

 こんな時に思い出すのも癪(しゃく)だけど、こっちの反応を試すみたいな凜翔の表情が昭(あき)に似ていると思った。

「凜翔、わけわかんない。結局、料亭デートしたってことでしょ?」
「さあ、どうでしょう?」
「どういう意味?」
「どういう意味かな?俺にも分かんない。コレけっこうおいしいよ。ひなたもほら」

 口元に舞茸(まいたけ)のバター焼きを持ってこられ、反射的に食べてしまう。初めて食べたけどおいしい!その後、次々と肉を口に運んでくれる。我慢して食べないようにしていた分、肉のジューシーさに体がとろけそう。じゃなくて!

「ちょっ、凜翔!今のって……」
「ねえ、ひなた」
「こ、今度は何?」
「この後、何か用事ある?」
「別にないよ。家に帰るだけ」
「じゃあさ、ドライブ行かない?」

 ドキッとした。焼肉を一緒に食べただけでも現実味がないのに、その後にドライブだなんて、特別な時間って感じがしてしまう。

「ごめん、行けないよ。私まだ車持ってないんだ。免許は大学入ってすぐに取ったんだけど」
「車出すよ。こっちから誘ったし当然」
「凜翔、もう車乗れるの?」
「あ、今、サラッと子供扱いしたー?」
「し、してないしてないっ!」

 向かい合って座っている中、凜翔がむくれた顔をしてこっちに身を乗り出してくるから緊張しキョドってしまった。


 買い物に付き合ってくれたお礼にごちそうするつもりだったのに、凜翔はいつの間にか二人分の会計を済ませてくれていた。多分、私がドリンクバーで席を外した時だと思う。お金を渡そうとすると、

「給料出たばっかりだし、楽しかったから気にしないで?車取ってくるから、ひなたはここにいてね。すぐ戻るから」

 凜翔は、ここから近い自宅に車を取りに行った。私は一人ショッピングモール内のベンチで待つことになった。

 近いんだし、凜翔んちまで一緒に歩いてもいいと言ったけど、

「買い物で歩き疲れたでしょ?座ってて」

 そう言い、凜翔はやんわり私がついていくことを拒んだ。

 少し寂しくなった。今日1日で凜翔とけっこう仲良くなれた気がしてたけど、それは私だけだったのかな。友達みたいな関係と思ってるのは私だけで、凜翔は違う?私に自宅を知られたくないんだろうか……。

 10分もしないうちに、凜翔は戻ってきた。

「お待たせ!行こっ」
「ちょ、凜翔、手!」
「ひなたが変な人に連れ去られないように、ガードしてるんだよ」

 恋人みたいな顔で手をつないでくる凜翔の無邪気さに、顔が熱くなってしまう。そのままショッピングモールの駐車場に連れていかれた。

「レンタル彼氏モード禁止!私達友達でしょ?」
「友達だよ。でも、仕事中は原則車デート禁止だから、俺の車乗るの、ひなたが初めてなんだよ」
「そ、そうなんだ」

 なぜか、ホッとしてしまう。凜翔は、こうして誰とでも気軽に手をつないで車デートをしているものだとばかり思っていたから。

「レンタル彼氏って、お客さんのリクエストがあればドライブとかもするんだと思ってた」
「お客さんにもよく言われるけど、車って逃げ場のない密室だから、そういう所でお客さんと二人きりになるのは禁止されてるんだよ。デート中の移動手段は電車かバスでって会社から指示されてる。あと、お客さんのプライベートの詮索とかもダメ」
「そうなんだ。けっこう厳しい仕事なんだね」

 女好きなチャラい人に向いた仕事だと、心のどこかで思ってた。ごめんなさい。

「レンタル彼氏してると軽く思われがちだけど、真面目な人も多いよ。もちろん、女の子大好きな人も多いけど」

 そこでつないでいた手を離し、凜翔は車の前に立った。初心者マークがついてるのを見て、彼が年下なんだと実感した。

 車のキーを開けると、凜翔は助手席の扉をわざわざ開けてくれた。

「ありがとう。綺麗な車だね」
「中古だけど、けっこう気に入ってるんだ」
「そうなの?新車かと思った!」

 助手席のシートにもたれると、新車独特の匂いがした。中古とはとても思えない。凜翔って買い物上手なんだなぁ。

「あれ?これって……」

 助手席と運転席の間にある小物置きに、英語の教科書が挟まっていた。1年の頃、私が英語の講義で使っていた物に似てる。

「凜翔って、もしかして大学生?」
「バレちゃった」

 なぜ「バレちゃった」なのかは分からないけど、凜翔は苦笑し、私の見つけた英語の教科書をそっと後部座席に置いた。

「今のショッピングモールから近い、あの大学に行ってる」
「ホントに!?私もだよ!経済学部!同じ大学なんて、すごい偶然だね!凜翔は何学部?」

 凜翔とは、色んな偶然が重なる。不思議な縁だと思った。だからこそ私は嬉しくなり興奮してしまったけど、

「教育学部だよ。家から近いから選んだ、それだけ」

 凜翔の反応は、期待したものと違い冷めていた。

 運転に集中してるのかな?そうだよね、免許取ったばかりだろうし、まだ運転がこわいのかもしれない。少し黙ってよう。

 窓の外に目を向けていると、見慣れた街の景色はどんどん遠ざかり、初めて見る田園風景が広がり始めた。昼なら眺めがいいと言えるだろうが、夜なので暗闇に沈む静かな景色が少しこわい。

「これ、どこに向かってるの?」
「内緒。もうすぐ着くよ」

 それきり、凜翔はまた黙り込んだ。その横顔をチラリと見ると、そこまで運転に恐怖しているというわけではなさそうだ。むしろ、普段からよく車に乗っているのか、リラックスしているように見える。やっぱり何か話しかけた方がいいかな?

 口を開こうとしたその時、凜翔の方から話を振ってきた。

「ひなた、あの店しょっちゅう来てるんだと思ってた」

 さっきまでいたショッピングモールのことかな。

「そうだよね。新しい店とはいえ建ってから3ヶ月以上経つし、大学からも近いから行こうと思えば歩いてでも行けたんだけど、バイトとかサークルでバタバタしてて、気付いたら今日になってて」
「彼氏とも、来ようって話にならなかったんだ…?」
「そうだねー。優(ゆう)とはいつも駅周辺のショップに行くから全然」
「そうなんだ。買い物付き合ってくれるなんて、優さんは優しいね」

 自分だって買い物に付き合ってくれたのに、他人事みたくそういうことを言う凜翔に、少し壁を感じた。

「って言っても、優とは消しゴムとかノート買うだけの時もあるけどね」
「いいな。優さんは、ひなたの日常全部独り占めしてる」
「うーん、そうかな?そうかも……。学内では一緒にいる時間も多いし……」

 それに対して凜翔の返事はなく、また沈黙が流れた。

 しばらくすると坂道を登っているのが分かった。5分くらい坂道を行くと、凜翔は平面駐車場に車を停めた。ここは、どこかの山だった。

「すごい景色……!」

 さっきまで真っ暗な道を走っていたのが信じられないくらい、今いる場所から見下ろす景色には光の波がキラキラ揺れている。

「大学からそんなに遠くないよね。こんなに夜景が綺麗な場所があるなんて、今まで知らなかったよ…!」
「秘密の場所だよ」

 運転席の凜翔は満足そうに微笑し、夜景を見たまま助手席に座る私の手を取った。凜翔の手のあたたかさにドキドキして安心もした。ドライブの沈黙中に感じたわずかな寂しさが消えていく。

 秘密の場所と言うだけあって、私達以外の人はいなかった。

「私達だけだね」
「時々ドライブの人見かけるけど、地元の人でもあまり来ないみたいで、いつ来てもそんなに混んでないよ」
「そうなんだ。凜翔、しょっちゅう来てるの?」
「うん。考え事したい時とかに」
「そうなんだ。ここ、たしかに落ち着けるよね。思考もまとまりそう」

 視界で瞬く夜光。今見ている景色は日常と切り離されている感じがした。どちらかともなく口数が減り、静けさが訪れる。意識して黙っているわけではないのに、手をつないだままなせいか、妙に照れくさかった。

 凜翔のことはそんなに知らないのに、いつまでもこんな時間が続けばいいのにと思った。それくらい、凜翔のそばは居心地がよかった。

「手つないで夜景見るなんて、恋人同士みたいだよね」

 無言でいるのが恥ずかしくて、わざと、おどけたようにそう言ってみた。デートっぽい過ごし方をするクセに家すら教えてくれない凜翔の反応を、試したかったのかもしれない。

 凜翔は久しぶりにこっちを見た。涼しげな表情なのに視線はどこか熱っぽい。

 天然なのか計算なのか、凜翔は女性を虜(とりこ)にする才能がある。恋人同士みたいだなんて言ってしまったことを、早くも後悔した。

「俺達、恋人同士みたいだね」

 凜翔は、私の言ったことを繰り返した。彼の口グセなんだろうか。

「ううん、ウソ!私達は友達だよね、分かってるからっ」
「友達…?どうしてそう思うの?」
「それは、ええと……」

 マズい。心臓がドクンドクンと激しく鼓動し始める。凜翔の髪の匂いが分かるくらい、彼の顔が近付いてきた。

「どうしてって、私には優がいるし、凜翔は私のこと元顧客としか思ってないでしょ?」
「元顧客だなんて思ってないって言ったら?」
「そ、そうだとしても、家くらい教えてくれたっていいのに……。私、ストーカーなんかしないよ?」
「俺の家、そんなに知りたかった?」
「だ、だって、友達なんだしそこまで隠すことないっていうかっ」

 うまく答えられない。凜翔に両手を握られ、全身が熱くなる。優しいその触れ方が、心にも体にも心地いい。

「そうだね。隠すことないんだけど、家教えるのはもっと仲良くなってから、ね?」

 それって、どういう意味!?危ない関係の前触れにしか思えない凜翔の言葉にドキドキしつつ、私は理性でのけぞった。

「わ、分かったから、手、もう離してっ!手っ!」
「可愛い。耳まで赤くなってる」
「そんなとこまで見ないでーっ!」

 そこでようやく、凜翔は手を離してくれた。凜翔の放つ甘くて優しい匂いとつながれた時の手のぬくもりが、心の奥深くまで入ってくるようだった。

 少し経って何とか気持ちが落ち着いてくると、お互いの大学生活の話をした。

「教育学部って、凜翔、将来先生になりたいの?」
「それもいいね。でも、実はこれといった夢があって今の学部に入ったわけじゃないんだ。高校の頃の担任に、学力に見合った学部に入るよう言われて何となくそうしただけで」 

 凜翔、頭いいんだな。ウチの大学は、経済学部より教育学部の方がだんぜん偏差値が高いと有名だ。

「先生に言われて進路選ぶって、簡単なようでけっこう難しいと思う。凜翔はすごいね。そういえば、大学も家から近いから選んだって言ってたね」
「……そういうことにしとく」
「え?違うの?」
「……ひなたのバカ」
「ええっ!バカは否定しないけど、凜翔にそういうこと言われるとショックだよっ」
「冗談だよ。ひなたのこといじめたくなって、つい」
「ひどいっ!昭(あき)と同じこと言うー!」

 ハッとした。凜翔との会話に夢中だったはずなのに、自然と昭のことを口にしてしまった。

「優さんや昭さんのこと、解決したって顔してるね」

 凜翔に言われ、私は小さくうなずいた。

「凜翔に色々聞いてもらった後、優と会って仲直りできた。昭の言ってた優のウワサも作り話だってハッキリしたの。昭のこと引きずってきたし、今もまだ好きなのかもしれないけど、優のことだけ見ていけるように頑張るつもり」
「そうなんだ。気持ちが楽になってよかったね」
「うん!凜翔のおかげだよ」
「俺?」
「好きな人のことすぐに忘れる必要ないって言ってくれたよね。その言葉ですごく楽になって、優とも向き合えた。本当にありがとう!」

 凜翔への感謝。それは自分の素直な気持ちだと、この時は思ってた。

「ねえ、凜翔。お願いがあるんだけど……」

 スマホを取り出し、私は言った。

「せっかくだし、電話番号かライン交換しようよ。また色々話したいし、何度か偶然が続いてこうして会えたけど、もう二度と会えないかもしれないしさ……。大学同じだけど今まで全然会えなかったし……」
「そういうのは、もっと仲良くなってからしよ?」

 やっぱりそうなるんだ。家すら隠すんだからそういう反応も予想していたけど、こうも壁を作られるとこっちも意地になってしまう。

「仲良しだよ、私達」

 恋愛相談もして、ご飯を一緒に食べて、ドライブまで楽しんでる。レンタル彼氏の時間外で。だけど、凜翔はやんわり首を横に振った。

「そうだね。でも、ひなたが彼氏と別れるほど仲良いわけじゃないから」
「そ、そうだよね。分かったよ。なんかごめんね」
「ううん。ひなたに連絡先訊いてもらえて嬉しかったよ。ありがとう」

 その言葉にウソはないようだった。凜翔は本気でそう言ってくれているんだろう。だけどやっぱり、違和感を覚えてしまう。番号交換なんて、特別な感情がない異性同士でも普通にするのに……。

 優と別れるまで、私とは連絡先の交換をしないーー。凜翔の言い分は理解できたけど、納得はできなかった。

「凜翔って、彼氏いる女の子とは連絡先交換しないの?」
「うん、しないよ」
「そういう考え方、珍しいよね」
「そうかな?」
「そうだよ」

 凜翔がなぜそんな主張をするのか、知りたかった。あの優ですら同じゼミの女の子と番号交換くらいはしてる。私もそうだ。

「連絡先くらい、誰にでも聞かない?」
「ひなたの言いたいことも分かるけど、大切な人に悲しい想いさせたくないから」
「あ……。そっか、そうだよね」

 私、バカだ。そんなセリフで初めて気付くなんて。凜翔には彼女がいるんだーー。大切な人が。

 レンタル彼氏のバイトをしてたり、偶然会うたび優しくしてくれるから、つい、自分にとって都合の良い方に考えてた。凜翔には特別な人なんていないと、勝手に決めつけて……。

 女の子の服見るのが好きって言ってたのも、センスがいいのも、聞き上手なのも、優しいのも、彼女がいる影響に他ならないのに。

「ごめんね、しつこく訊いて」
「……ううん。こっちこそ嫌な思いさせてごめんね。変なとこ頑固だから」
「そんなことないよ。そろそろ帰ろっか」

 帰り道、凜翔は色々話題を振ってくれたけど、全部空返事ですませてしまい、どれも頭の中に残らなかった。

 凜翔には彼女がいるーー。本人はそう口にしないけど、ハッキリそういう話をしないのもしょうがないと思った。心晴(こはる)の紹介とはいえ、仕事で一度デートをした相手(私)の前でそんな話はできないだろうし。

 偶然会うたび優しくしてくれたのも、私にいい印象を与えて2回目のデートの予約を取るため。恋愛相談に乗ってくれたのも、食事をごちそうしてくれたのも、秘密の場所で夜景を見せてくれたのも、全部、仕事の成果を出すため。

 凜翔ほど器用で気遣いができる人でも、そういう営業努力は大切ってことか。レンタル彼氏はそのくらい難しい仕事なのかもしれない。

 凜翔の運転する車の中、そういったことを冷静に考えてしまう反面、胸がひどく痛かった。ズキズキと音を立て、油断すると泣きたい気持ちに襲われそうになる。


「今日はありがとう」
「ひなたと一緒にいられて楽しかった」
「……バイバイッ」

 家のそばの公園前で降ろしてもらうと、両手いっぱいの荷物を抱えて家に走った。凜翔の気配を振り切るように、夢中で走った。

 運動不足な体は、全然前に進まない。買い物中の楽しい瞬間が、荷物の重みで潰されるようだった。どれだけ走っても、凜翔の車の気配が背中から離れない気がして、よけい胸がしめつけられた。


 家に帰ると、お父さんとお母さんは寝ていた。足音を立てないよう自分の部屋に戻り、電気もつけず、凜翔が選んでくれた服を全部ベッドに広げた。

 ガラスの靴を片方失い、変身の魔法を解かれたシンデレラのような気分になる。

 はじめから分かっていたはず。凜翔に特別な感情を持ってはいけないって。

 気持ちを切り替えるためシャワーを浴びたものの、凜翔と過ごした時間が続いているかのように、心も頭も彼のことばかりになる。これではいけない。

 現実を知るため、パソコンに向かいレンタル彼氏について検索した。

 中には女性と遊ぶ目的でそういう仕事をしている男性もいるという話や、SNSに公開されている一般人の画像を無許可で使い架空のレンタル彼氏をでっち上げている悪質な店の情報もあったけど、心晴の紹介してくれた店はスタッフの教育にも厳しい優良店らしかった。

 それを証拠に、『レンタル彼氏 凜翔』で検索すると、心晴が前に見せてくれた店のホームページにたどり着いた。ニックネームで登録している人と本名登録の人、半々らしい。

 凜翔は名前だけで苗字の登録はナシ。やっぱり、お客さんに一線引いてる証拠なんだろうなぁ……。本名知られるのはやっぱりこわいもんね。

 レンタル彼氏を利用する際の注意点が載っていたので、読んでみた。

『・スタッフのプライベートを詮索しない。
・密室(車の中)へは誘わない。
・過度なボディータッチ(キスの強要など)は厳禁。』

 凜翔が言ってたようなことだ。スタッフだけでなく、デートを予約する女性側にもマナーが必要だということ。

 レンタル彼氏についてさらに検索をかけると、レンタル彼氏にハマって相手の男性に迷惑をかけたり、その店を利用禁止にされたという女性の体験談も出てきた。

 凜翔も、時にこういうお客さんに当たり大変な思いをしているんだろうか?

 お金がほしいなら他のバイトだってあるし、教育学部に行くくらい頭がいいなら家庭教師のバイトの方が楽で割(わり)がいいはずだ。大学の友達もやってるけど、自給が高いから他のバイトは考えられないと言ってたくらいだ。


 凜翔はどうして、レンタル彼氏のバイトをしてるんだろう?


 凜翔が勤めてる店のホームページの下の方に、『レンタル彼氏募集中!』とあった。

 書類審査の後、面接試験があるらしい。面接に受かるのは、応募者の1割だけだと書いてある。

 性欲を理性で抑えられる人、相手に興味を持てる人、自分の話ばかりしない人、など、レンタル彼氏として採用されるために様々なチェック項目をクリアしなくてはならないらしい。それもそっか。女性も高いお金を払って男性とのデートを楽しみたいんだから、おかしなスタッフになんて当たりたくないよね……。こんなに厳しい項目を全部クリアできた凜翔って、やっぱりタダ者じゃない。

 にしても、スタッフになれたらなれたで、その後も色々大変そうだ。

『・スタッフとお客様の交際が発覚した場合、スタッフは店に違約金50万円を支払うこと。』

 50万円!?高いと思った自動車学校の授業料より高いっ!

 知らなかった。凜翔がこんな契約を背負っていたなんて……。

 あらかた調べ終わる頃、ものすごくグッタリしていた。レンタル彼氏、恐るべし。深入りするもんじゃないな。娯楽の一種だと割り切れる人しか利用しちゃダメだと思った。

 明らかに、私は割り切れない側の女。

 これを機に、凜翔とのことはキレイさっぱり忘れよう。色々あったし、ドキドキしたし、優しくされて幸せだったし、楽しい思い出ばかりだけど、忘れよう。



 それから1週間。凜翔とは一度も会うことはなかった。同じ大学だと確認したのが幻だったんじゃないかと思える。

「お疲れ。休み時間、また一緒だな」
「なんだ、昭か」
「もー、この前のこといつまで根に持ってんだよ。許せって。な?」

 この前、大学のカフェで昭のウソが分かって以来、バイト先でも最低限の会話しかしないようにしているのに、それに気付いている昭は学内で私と会うたびわざとかまおうとしてくる。今日も一人校舎内のベンチで座っていると声をかけられた。

「大学変えたいかも」
「んなこと言うなよ~。冷てえな」
「誰のせいだ」

 言葉ほど怒ってもいないし、昭の登場に今さら動揺したりもしない。同じ学部だし、付き合ってた時に時間割も合わせていたのでこうして空き時間が重なるのも仕方ない。

 だけど、それとは別の意味で、私は動揺せずにいられなかった。昭の声を、一瞬凜翔のものと聞き間違えてしまったからだ。こんなところに凜翔が現れるわけないのに!

 動揺したのは、そのことだけじゃない。昭を前にしても何とも感じない自分に気付いたからだ。まっすぐ優に行けないくらい大好きだったはずなのに……。

「変わったな、ひなた」
「そうかな?」

 最近、昼間でも肌寒いので、凜翔に選んでもらった冬服を大学に着て行っている。昭だけでなく、廊下で会う女友達やサークルの人達からも印象が変わったと言われることが増えた。

「優のおかげ?」
「優は関係ないよ」
「え……?うまくいってんだろ?」
「う、うん!昨日もボーリング行って楽しんできたしっ」

 私のせいで変な空気になりかけ、ドキッとした。無意識のうちに「優は関係ない」と言い切ってしまった、自分の冷たいセリフに私自身驚いた。

 昭も何かを感じたらしく、しばらく黙り込んだ。

「……思ったけどさ、優と付き合ったのって妥協じゃん?」

 昭は言った。

「俺に振られてショック受けて、そんな時に告白されたら、相手が誰でもよくなるんじゃない?そういう時に付き合う男って、その先好きになること絶対ないと思うけど……」

 心臓が嫌な音を立てた。

「そんなんじゃないよ!優のこと、ちゃんと好きだし!」

 立ち上がり、次の講義が開かれる教室に向かった。昭の視線を背中に感じて、足が速くなる。

 優のこと、好きだよ。付き合いだしたばかりの頃より、ずっと……。

 何度も心の中でそう繰り返した。繰り返せば繰り返すほど、あの時のセリフを思い出してしまうのはなぜ?

『俺のこと好きになって!』

 心晴の紹介で初めて凜翔とデートした日の別れ際に言われた、思いがけない言葉。凜翔の大きな声を聞いたのは、あれが最初で最後だった。

 凜翔には、好きな人がいるのに……。


 昭に言われたことが胸をざらつかせているのが嫌で優に会いたくなったけど、優は家の用事があるとかで会うことはできなかった。

 憂鬱な気分で家に帰ると、すぐに心晴が訪ねてきた。気のせいか、心晴も元気がなさそうに見える。目が真っ赤だ。

 お菓子とジュースを用意し私の部屋に通したけど、心晴はいつもみたくお菓子には手をつけず暗い面持ちでうつむいていた。

「心晴、何かあった?大丈夫?」

 私も私でモヤモヤしていたけど、自分のことなどどうでもよくなるくらい心晴のことが心配になった。こんなにおとなしくて静かな心晴を見たのは、彼女の父親の葬儀以来だった。

「……あのね、あたし、お母さんの仕事の都合で遠くに引っ越さなきゃいけなくなったの。もう、ひなたと一緒に年越しそば食べられない」

 ポツリと言い、心晴は大粒の涙を流した。私と会う前、一人で泣いていたの?

 心晴とは毎年年末には年越しそばを食べて、あけましておめでとうを言い合っていた。約束していたわけでなく、幼なじみとして自然とそういう習慣ができていた。

 物心ついた頃からそばにいてくれた心晴の引っ越し。その事実に、私の心はそれまでにないほど暗く曇っていった。
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