レンタル彼氏-恋策-

蒼崎 恵生

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9 つながる気持ち

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「ひなた……!」

 凜翔(りひと)は玄関先まで追いかけてきたけど、私は彼の顔を見れなかった。

「ごめん、帰るね……」

 凜翔は何か言いたげにしながらも、それ以上何も言えないといった感じでうつむき、私を見送った。今度こそ追いかけてくることはなかったーー。


 紗希(さき)ちゃんさえ現れなければ、昭(あき)と別れずにすんだ。だけど、それは昭に振られた頃の気持ちで、今はそこまで昭に執着心はない。むしろ、今好きなのは……。


 凜翔……。まさか、私の知らないところで昭との関係を壊そうとしていたなんて……。しかも、二人が兄弟だったなんて、驚くしかない。

 ーーひなたのこと好きな気持ちにウソはないからーー

 凜翔の言葉を頭の中で反芻(はんすう)してみても、いまいち実感がなかった。優しくされるたび甘い期待をしてしまうことはあったけどそれは都合のいい妄想で、好かれてるなんてこれっぽっちも思わなかったし、ましてやこんな流れで告白されるだなんて予想外だったから。

 それに、凜翔みたいに完璧な人に好かれる要素がない。自分で言ってて悲しいが、私は凡人の中の凡人で、外見スペックも紗希ちゃんと比べたら断然劣る。女として綺麗になる努力はしてるけどそれで満足いくことはなく、それなりの成果。

 もともと謎だった凜翔の気持ちが、今回のことでますます分からなくなった。

「ックシュン…!!」

 住宅街の歩道をトボトボと歩いているとクシャミが出た。昼前とはいえこの時期の外は寒いし、泥水をかぶったままだったからなおさらだ。

 凜翔が貸してくれた上着とバスタオルがわずかに風よけの役割をしてくれるけど、そこから香る優しい匂いで胸がギュッとしめつけられ、体が震えた。

 講義あるけど、今日は大学行きたくないな……。でも、とにかくまずは着替えないと、帰るにしてもこんな格好じゃ電車に乗れない。

 大学から近いショッピングモールに行くことにした。出費は痛いけど、ここからなら家に帰るより早い。

 歩きながら、数少ない凜翔との出来事を思い出してしまう。そこで、ふと引っかかっていたことが解決した気がした。

 もしかして……!

 凜翔と買い物した日、車を取りに行くと言っていた彼についていこうとしたら、さりげなく同行を拒否され、ショッピングモールで待つことになった。

 あの時はモヤモヤして仕方なかったけど、凜翔がああしたのは、自分が昭の弟だと知られたくなかったから……?

『ひなたの知りたいこと、全部話す覚悟したよ』

 さっき、凜翔はそう言った。私も彼の話を聞く覚悟をしたはずなのに、耳を傾けるどころか感情的になり逃げ出してしまった。凜翔にはまだ話したいことがあったかもしれないのに…!

 やっぱり、引き返そう。話をちゃんと聞かないと…!着替えなんて、今はどうだっていい!

 凜翔のバスタオルを両手で強く抱きしめ引き返そうとすると、スマホが着信を知らせた。発信者の名前を見てドキッとしてしまう。

 電話は優(ゆう)からだった。そういえば、最近大学で優を見かけない。こうして電話がかかってくるのも、別れて以来初めてだ。

 気が引けたものの、優の近況が気になったのでおずおず出ることにした。

「もしもし、優?」
『よかった、出てくれて。久しぶり。元気?』
「そうだね、久しぶり……。元気だよ」

 優の声は相変わらず優しくて、聞いていてホッとしてしまう。こんな状況だからよけいに。

「最近大学で見かけないけど、大丈夫?休んでるの、私のせいかなって……」
『ひなた、考えすぎ。全然そんなんじゃないよ。ホントに』

 電話の向こうで優は笑った。その顔を想像でき、ひどく懐かしい気持ちになる。

『泊まり込みで他県の親戚の店の手伝いに行ってたんだよ。お金欲しかったし、今年の分の単位はだいたい取れてるから。今日から普通に来てるよ』
「そうだったんだ。偉いね、お疲れ様。でも、大学祭の準備とか大丈夫?もうすぐ本番だし」
『大丈夫だよ。先輩や後輩に事情話して任せてあるし、元々そんなにやることなかったから。それより、ひなたの方こそ大丈夫?今日、途中で大学抜け出したって聞いて……。講義、間に合う?』

 優にまで早退のこと伝わってるんだ……。大学内の情報網ハンパないな。でも、優の親衛隊のメンバーに責められたなんて正直には言えない。そしたら優は気にしてしまう。

「うん、忘れ物して家まで取りに戻ったの。でもさすがに午前中のは間に合わないから、講義は午後から出るつもり」
『ウソつかないで。全部知ってるから』

 柔らかかった優の声が、瞬間でこわばる。

『俺の親衛隊名乗る人達に何かされたんでしょ?杏奈(あんな)ちゃんが教えてくれた。さっきたまたま構内で会って……』
「……杏奈が?」
『あの子めったに大学来ないみたいだけど、ひなたのことが心配で今日も様子見に来てたらしいんだ。彼女、凜翔君に助け出されてるひなたをたまたま見かけたらしくて、そのことをさっき大学で俺に教えてくれて……』

 まさか、杏奈がそこまで私を心配してくれてたなんて……。

「そうだったんだ……。でも、ホント大丈夫だし優は気にしなくていいから。ケガもないし」
『気にするよ……。もしかして、付き合ってた時からそういう嫌がらせってあったの?』
「ううん、それはない!今日が初めて」

 凜翔の脅し文句が効いたのか、親衛隊メンバーは凜翔を前に青ざめていた。

「これからはもう何もされないと思うよ。だから気にしないで?」
『自分でこんなこと言うのも嫌だけど、俺のファンクラブみたいなのがあることは知ってた。昭からそういう話されてたから。でも、そこまで悪質なことする人達だなんて思ってなかったんだ。こわい思いさせて本当にごめん……。俺のせいだ……』
「優が謝ることないよっ。私もあの子達に挑発するようなこと言っちゃったから自業自得だし!」

 あえて明るくそう言ってみても、優の憂(うれ)いは消えないみたいで、それから何度か深刻な声音で謝られた。

『どれだけ謝っても許されない。本当にごめん……。ひなた……』
「ホント、大丈夫だから。理不尽なことされたのはたしかに嫌だったし腹立ったけどさ……。あの子達が嫉妬する気持ちも分かるんだよね。好きな人が自分以外の人を見てたら、やっぱりつらいよ。誰だってさ」

 凜翔が紗希(さき)ちゃんと付き合ってるのかもしれないと知った時、すごく嫌で、嫉妬で心が真っ黒になりそうだった。

『ひなたは強いね……』
「ううん、弱いよ」
『弱さを受け入れられる人は強いなって、俺は思うよ。それも、凜翔君の影響?おめでとう』
「おめでとうって?」
『彼と付き合えることになったんでしょ?遠慮しなくていいよ。俺達もう別れてるしさ』
「いや、待って!凜翔とは付き合ってない!」
『そうなの?杏奈ちゃんの話だと、凜翔君がひなたを大学から連れ出してたってことだったから、そうなんだとばかり……』

 優は勘違いしていた。

「たしかに凜翔に助けてもらったけど、ホントそういうのはなくて……」
『そうなんだ……。勘違いしてごめん。でも、ひなたは凜翔君のこと好きなんだよね』

 優と別れた日に凜翔のプロフィールを印刷した紙を見られてしまったことを思い出し、胸に苦いものが広がる。

「……優、凜翔と知り合いだったんだね……」
『凜翔君に聞いたんだね。そうだよ。昭んちに遊びに行った時、何度か話したことがある。凜翔君、たいてい家でピアノの練習してたから、一緒に遊んだりとかはなかったけど……』
「……そうだったんだ……」

 私が凜翔のプロフィールを見てることを知って、相当傷付いたに決まってる。それなのに責めないでいてくれて、今も心配してこうやって電話までしてくれて……。謝ってすむことじゃないけど、何回謝っても足りない。

『色んな意味で凜翔君には敵わないって、あの時思った』

 あの時。それはいつのことなんだろう?

 白状するみたいな口ぶりで、優は語り始めた。

『詳しく教えてはもらえなかったんだけど、彼、けっこう前からひなたのことが好きだったんじゃないかな』
「そんなはずない…!凜翔がそう言ってたの?」

 信じられなくて、つい、反発的に返してしまう。

「ごめん、熱くなって……」
『ううん。俺もごめんね。凜翔君が直接そう言ってたわけじゃないけど、彼の様子見てたら分かるよ。ひなたのこと好きなんだろうなーって。昭んち行って、昭とひなたが楽しそうにしてるの見て、俺も凜翔君と同じ気持ちになったしね。ヤキモキ、みたいな』

 そうだったんだ……。

 優に対して無神経だけど、凜翔がそう思ってくれてたかもしれないと知って顔がニヤけてしまう。

「でも、私、昭んちで凜翔と会った覚えないんだけどな……」

 昭との会話で弟がいるってことは知ってたけど、直接会ったことはなかった。それに、凜翔みたいに魅力的な人、一度会ったらそうそう忘れないと思う。記憶力にはあまり自信がないけど……。

『やっぱりひなたは覚えてないんだね、でも、そうかもしれない。凜翔君は昔からクールで口数の少ない子だったし、ひなたが来ると彼は決まって自分の部屋に隠れちゃってたから。奥手なのかも』
「そう、なの…?」

 奥手で無口な凜翔なんて、全然想像つかない。凜翔はいつも適度な相槌(あいづち)を打ってくれたからすごく話しやすかった。かといって、優がウソをついているとも思えない。

 優と昭は中学時代からの友達だ。もしその頃から優が凜翔と顔見知りだったとしたら、私の知らない凜翔の過去を知っているってことになる。興味が湧いた。

「優って、凜翔が子供だった頃からよくしゃべってたの?」
『よくってほどじゃないよ。凜翔君、俺んちの近所で少林寺拳法習ってたから、その関係でたまに顔合わせる程度で。一応こっちは年上だから色々話しかけてはみるんだけど、凜翔君はそっけないというか人見知りなタイプで、よくしゃべる昭とは真逆だなって思ったよ。でも、大学生になってから凜翔君は変わったよ。優さん達には負けない。面と向かってそう言われてビックリした。彼はそれだけ言ってまた自分の部屋にこもっちゃったけど、ひなたのことで宣戦布告してるんだってすぐ分かった』

 それって、レンタル彼氏のバイトを始めたから…?店のプロフィールに、この仕事を選んだのは自分磨きのためと書いていたのを思い出し、何かがつながった。

『昭も凜翔が変わったのに気付いてビックリしてたし、俺も驚いた。急にどうしたんだろう!?って。でも、納得したよ。ひなたの持ってたレンタル彼氏のプロフィール見て』

 優はしみじみと言った。

『思わぬ伏兵だったよ、凜翔君は。……でも、ここへ来て壁にぶつかったみたいだね』
「……」
『もう隠さなくていいよ。ひなたも彼のことが好きなんでしょ?何を迷うことがあるの?』

 優しい口調で訊かれ、私は事情を話したくなった。

「昭の今の彼女、凜翔が引き合わせたんだって……。言い訳とかもなく、ただ私のことが好きだからそうしたって、凜翔は言ったの」
『そうだったんだ……』
「ショックだった。凜翔はそういう計算とか策略とかしない人だと思ってたから……」
『ひなたは純粋でまっすぐだから、なおさらショックだよね。分かるよ』

 励ますように言い、優は意見を口にした。

『でもさ、恋愛において腹黒くない人なんているのかな?凜翔君の肩を持つわけじゃないけど、欲しいものを手に入れたくなった時、人って綺麗でばかりいられないと思う』

 その言葉にハッとした。私も優を利用したし、人のこととやかく言えないや。優はそんなつもりで言ったんじゃないだろうけど……。

「そうだね。優の言ってることすごく分かるよ。でも、なんかね、やっぱりショックだったんだ……。凜翔に限ってそんなことはしない!みたいな目で見てたから」
『美化してたってこと?』
「だと思う」
『好きならなおさらだよね。分かるよ、それも。好きって気持ちがすでにフィルターなんだろうし。でもさ、凜翔君って本当に悪いことしたのかな?」
「え……?」
『……考えてみて?たとえ凜翔君が意図的に昭に女の子を近付けたのだとしても、それで勝手に心変わりしたのは昭だよ。昭がしっかりしてれば、凜翔君の思惑通りにはいかなかったと思う』

 それもそうだ!言われて初めて、私は凜翔のことを改めて考え直す心持ちになった。

『それにさ、そのことでひなたはたくさん苦しんだけど、苦しむのももったいないくらい、昭には価値がなかったと思う。元親友として、ここまで昭を悪く言うのはあれだけど……。ひなたは悪くないから。それに、凜翔君はきっと……。ううん、何でもない』
「え……。優?」
『ごめん、そろそろ次の講義始まるから切るよ』
「あ、そっか、そうだよね。わざわざ電話くれてありがとう!」

 最後、何かをごまかすみたいな締め方をされてすごく気になったけど、優につられて私も電話を切った。


 これからどうしようかな……。優に心配かけてるから遅れてでも大学には行きたいけど、今は凜翔に会いたい…!1秒でも早く!
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