悪役貴族の俺、破滅回避したら勇者が引きこもって世界が詰みました

根古

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第2話 別のフラグが立ってきた

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 あの衝撃的な入学式から三日後。
 俺は自分の部屋で、ベッドに大の字になって天井を見つめていた。

「……そうか」

 ゆっくりと、事実を受け入れ始めている自分がいた。
 勇者は引きこもり。聖女は商人。賢者は婚活中。
 つまり、俺を殺しに来る奴らは、もういない。

「破滅フラグが……消えた」

 その言葉を口にした瞬間、じわじわと実感が沸いてきた。

「……消えたんだ! 俺の破滅フラグが!」

 俺は勢いよく跳ね起きた。

「やったあああああああ!!」

 思わず部屋で雄叫びを上げた。
 五年だぞ、五年! 泥水すすり剣を振り、滝に打たれながら魔法を詠唱して、夜は悪夢にうなされ寝言で謝罪までして――その全てから、やっと解放されたんだ。

「もう勇者に斬られる心配もない! 聖女に断罪される心配もない! 俺は自由だ!自由なんだあああ!」

 俺は部屋の中を踊るように歩き回った。
 これで心置きなく、平凡で平和な貴族ライフを送れる。好きな本を読んで、好きな魔法を研究して、たまには領地に帰って領民と触れ合って……

「最高じゃないか。最高の人生設計じゃないか」

 そうだ、今度実家に手紙を書こう。『息子は無事、学園で平穏に過ごしております』って。

「ふふふ、ふはははは!」

 俺は悪役貴族らしく上機嫌で笑い続けた。
 カーテンを開ければ快晴。小鳥たちが石像の肩に止まって美しい声でさえずっている。
 まるで俺の新しい人生の門出を祝うかのようだ。

 だが――その祝福に水を差すように、頭の奥で小さな声がささやいた。

「…………いや」

 笑い声が途切れる。

 ――魔王は、どうなるんだ?

 原作では、勇者一行が各地を旅し、仲間を増やし、力を蓄えて……そして五年後、蘇った魔王を討つ。それが「エターナル・クエスト」のクライマックスだった。
 だが、その勇者一行がこの有様では……

「いや、でも魔王なんて本当に復活するのか? ゲームの設定だし、現実には……」

 都合の良い解釈なのは百も承知だ。
 だが、少しくらいは前向きに考えてもいいのではないか?

 ――いや、というか最悪を考えたくない。

「……一応、まとめておくか」

 俺は机に向かい、ペンを取った。
 記憶を頼りに、原作の魔王復活に関する情報を書き出していく。

『魔王復活の兆し:各地で魔物の異常発生』
『復活の条件:七つの封印石の破壊』
『復活時期:物語開始から約五年後』

「あと五年ちょっとで魔王が復活する可能性があるのか……」

 背筋に嫌な汗が流れた。
 もしを考えると止まらなくなる。

「……そもそも、俺は悪役だぞ? なんでこんな心配をしないといけないんだ」

 そう自分に言い聞かせようとしたが、現実は残酷だ。
 救世主たる勇者は家に引きこもっているのだから。

 とはいえ推測だけで慌てても仕方ない。まずは現状を正確に把握する必要がある。

「オスカーに詳しい話を聞いてみるか」



 翌日、俺は学園の中庭にいた。
 中庭には白い大理石のベンチと花壇が並び、昼休みにもかかわらず素振りをしている生徒や勉強に励んでいる人たちの姿が見える。

「なんだディラン、改まって」

 しばらくすると、俺に呼び出されたオスカーが現れる。

「ああ、悪いな」

「何か相談でもあるのか? まさか友達作りに失敗したとか?」

「いや、それは……まだこれからだ。って、そんな話をしたいわけじゃなくて」

 早々とオスカーに会話のペースを乱される。

「はいはい、友人作りも忘れないようにな――それで何を聞きたいんだ?」

 若干の悔しさを飲み込みながら、俺は慎重に言葉を選びながら続けた。

「勇者の件についてもう少し詳しく聞きたくて」

「ああ、リオンのことか。何が知りたい?」

「例えば……どの程度引きこもっているのかとか」

 オスカーは苦笑いを浮かべた。

「どの程度って、完全にだよ。もう三ヶ月近く家から出ていないらしいし、食事も部屋に運んでもらっているとか」

「三ヶ月か……」

 かなり深刻だな。

「村では「部屋の守護者様」ってあだ名までついているらしい」

 それは……少し同情する。
 それだと、ますます表に出にくくなるばかりだ。

「……じゃあ、聖女のアリシア様についても聞きたい」

「ああ、聖女様ね。今や王都で一番勢いのある商人だよ。『神の加護』を売り文句にした商品が飛ぶように売れているらしい」

「神の加護を売り文句に?」

 なんだか危ない響きを感じるが大丈夫だろうか?

「『聖女様が祝福したお守り』とか『聖女様が清めた薬草』とか。まあ、実際に効果があるから文句は出ないんだが」

 聖女としての力を商業利用しているということか。決して褒められたことではないが、少なくとも詐欺ではないようだ。

「……それで、賢者のエルナ様は?」

「婚活が本格化しているな。先日も『理想の男性の条件100箇条』なるものを作成したとか。魔法の研究は『恋人ができたら一緒にやりたい』そうだ」

 ……これが一番ひどいな。

「……最後に、ガルム騎士団長はどうなっている?」

 半ば諦観の気持ちを含みながら続ける。
 騎士ガルム。
 彼は勇者一行の固定メンバーではないが、中盤以降重要な役割を果たす騎士だった。

「ああ、ガルム卿なら……」

 固唾を呑んでオスカーの言葉を待つ。
 彼まで狂ってしまっていたら、もうこの世界に希望はない。

「特に変わりなく、普通に軍団長として職務を全うしているよ」

「……本当に?」

 俺は念を押した。
 まさか実は菓子作りに夢中になっているとか、詩人になりたいとか言い出してはいないだろうな?

「本当だよ。相変わらずの生真面目な騎士さまだ」

「そっかぁ……」

 大きく息を吐く。
 騎士団長が職務を全うしている――ごくごく当たり前のことだ。
 だが今の俺には、それが砂漠で水を見つけたくらいの安心感だった。

「でも最近、忙しそうにしているみたいだが」

 オスカーがぽつりと付け加えた。

「忙しい?」

「ああ。ここのところ各地で魔物の目撃情報が増えているらしい。騎士団も警戒を強めているそうだ」

 俺の背筋に冷たいものが走った。

「魔物の……目撃情報?」

「そうそう。商人の話だと、街道で普段見かけない種類の魔物を見たとか、夜中に遠吠えが聞こえるとか。まあ、季節の変わり目だから動物の行動パターンが変わっただけかもしれないが」

 いや、それは……。
 俺の脳裏に、昨夜書き出したメモが蘇る。
『魔王復活の兆し:各地で魔物の異常発生』

「ディラン? 顔色が悪いぞ?」

「い、いや、何でもない」

 俺は慌てて笑みを取り繕った。
 落ち着け、これは単なる偶然だ。

「そうか? それならいいんだが……それで用ってのはこれだけか?」

「あ、ああ……ありがとう。ただ、もう一つ頼みがあるんだが」

「何だ?」

 まだ動揺は収まっていないが、オスカーに頼みたいことはまだ残っていた。

「そのアリシア様の……えっと、アリシア商会だったか。ぜひ、行ってみたいんだが、場所を教えてもらえるか?」

「ああ、もちろん構わないが……お前、もしかしてまだ聖女とのコネを諦めていないのか?」

「いや、そんなんじゃなくて……単純に聖女様がどんな商品を売っているのか気になるだけだ」

 実際には、自分の目で現状を確認したいのだが、それは言えない。

「商会は王都の商業区、『銀貨通り』にある。白い看板に金の文字で『アリシア商会』って書いてあるから、すぐに分かるはずだ」

「銀貨通りか……ありがとう」

 ひとまず欲しい情報は全て得られた。
 相変わらずの凄まじい事情通である。本当にオスカーには頭が上がらない。

「じゃあ俺午後から講義があるから、これで失礼するよ。お前も早く友達を作るんだぞ」

 そう言い残し、オスカーは軽やかに去っていく。
 一人残された俺は、中庭のベンチに腰を下ろした。

「最悪の事態……」

 喉が、渇いた。
 手が、震える。
 五年間、死に物狂いで回避してきた"破滅"。
 それが消えたと思った瞬間、もっと巨大な"何か"が背後に立っている。

 「……何でこんなことに」

 笑えない。
 誤魔化せない。
 声が出ない。

 風が止まった。
 花壇の花びらが一枚、彼の足元に落ちる。

 頭をよぎるのは五年間の努力。
 しかしそれこそが俺の脳裏にある可能性を示していた。

「俺が……壊したのか?」
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