悪役貴族の俺、破滅回避したら勇者が引きこもって世界が詰みました

根古

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第17話 次なる舞台に向けて

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 翌日の昼食時。
 学院の食堂はいつもより少し賑やかだった。
 きっと昨日の誓約の儀の話題で持ちきりだからだろう。 実際、俺への視線も好機の色が強いように感じる。

「お、ディラン! こっちこっち!」

 手を振る声に振り返ると、案の定オスカーだった。
 軽薄な笑みを浮かべ、当然のように隣の席を空けて待っている。

「……何だよ、朝から機嫌が良さそうだな」

「いやいや、昨日のあれを見たら、誰だって話しかけずにいられねえだろ?」

 オスカーは悪戯っぽく目を細めた。

「精霊契約、おめでとさん。いやー、色々あったが契約できて良かったな」

「ああ、ありがとう」

 軽く返すと、オスカーはさらに身を乗り出してきた。

「で、お前のは光の精霊だったか? 何ができるんだ?」

 まさに彼の情報通としての一面が垣間見えていた。
 だが俺は曖昧に肩をすくめて答える。

「残念ながら、まだ何も分かってない」

 誤魔化しでも何でもなく事実である。
 ルーの奴は、好き勝手喋り尽くすと、すぐに疲れたと言って眠ってしまう。まともな会話はあれからまだできていない。
 精霊は気ままな存在と言うが、ここまで自分勝手なものなのだろうか?

「へえ? お前でも困ってるってことは、やっぱり精霊ってのは扱いが難しいのか?」

 オスカーが興味深そうに尋ねる。

「うん……まあ、難しいな」

 昨日のことを思い出して答える。
 精霊だから、というよりは人間を相手にする面倒臭さに近いのが返って困る。

『ちょっとディランさん!? 難しいって何ですか! 私、昨日ちゃんと契約成立させたじゃないですか!』

(……起きてたのか)

『当たり前です! だってお友達と楽しそうに話してるじゃないですか! ねえねえ、紹介してください!』

 ルーの声を全力で無視してスープを口に運ぶ。
 その俺の表情を、オスカーは面白そうに眺めていた。

「お前、何か聞こえてる顔してるな」

 相変わらず察しの良いことだ。

「……まあ、結構喋るタイプらしくてな」

 隠す理由も特にない。
 何なら知っておいてくれる方が得だろう。

「おお、マジか! いいじゃねえか、契約者冥利に尽きるってやつだろ。で、何て言ってる?」

「……言えるようなものじゃないな」

 あまりに好き勝手なことを言っているので正直に話せるわけがない。
 オスカーは吹き出して笑いながら、パンをちぎった。

「はは、まあ今後、色々質問されるだろうし、今のうちに仲良くなっとけよ」

「仲良くなるというか……まあ上手く制御できるようにはなりたいな」

『ひどい! 傷つきました! 慰めてくださいオスカーさん!』

 頭を抱えたくなる衝動を押し殺し、俺は深呼吸を一つ置いて食事を続けた。

「そういえば精霊会には出るんだよな?」

 思い出したようにオスカーが問いかける。

「ああ、ユリウス卿から誘われたし、良い機会だしな」

「へえ、直々にか。流石は公爵家様、仕事が早い」

 オスカーは感心したように頷く。

「ようやくお前も貴族らしいことをし始めて俺は安心だよ」

「お前は俺の保護者か」

「いやいや、親友だって似たようなものだろ?」

 なかなか突飛な発想な気はするが、妙に楽しそうなオスカーの顔を見ていると、それ以上言い返す気も失せた。

「ちなみに久々の社交場だろ? 服装とか、挨拶の段取りとか準備してるか?」

 ニヤニヤと、意地の悪い笑みが隠せていない。

「いや、特に何もしてないが……そもそもあれは情報交換の場だろ?」

「そうだけどよ、公爵家も参加するくらいなんだから、変に浮くと後々面倒だぞ? 『ベルモンド家の坊ちゃんは礼儀知らずだ』なんて言われたらたまらんだろ」

 オスカーはパンをちぎりながらも、まともな助言を投げてくる。

「……まあ、言われてみればそうか」

 基本的なマナーは母上から仕込まれているし、今までも何度か貴族の社交場には参加したことはある。
 それに俺はディラン・ベルモンド。
 原作において無礼、無作法を極めた男だ。
 何がきっかけで破滅への道が拓かれるか分からない。準備はしておいた方がいいだろう。

「……後でマルタと相談でもしておくか」

 そう呟くと、オスカーが笑った。

「ああ、そうした方がいいな」

『おおっ、マルタさんと二人で作戦会議! いいですねぇ、ドレスコードはお揃いにしましょう!』

 ルーのはしゃぎぶりに頭痛を覚えつつ、俺はスープを飲み干した。





 食堂を出て自室に戻る道すがら、俺は先程のオスカーとの会話を反芻していた。
 精霊会。
 ユリウス公爵嫡男が主催する、精霊契約者だけの集い。

 社交、情報交換、そして……あのクライス・フォン・アルトナとの接触。考えなければならないことは山積みだ。

「ディラン様、お帰りなさいませ」

 部屋に入ると、マルタは机に向かって何やらペンを走らせていた。

「手紙か?」

 いつもの書類仕事というよりは、もっと丁寧に文字を綴っているように見える。

「はい。昨日の誓約の儀の結果を、旦那様と奥様へお伝えしようと思いまして」

「ああ……そうだな、忘れてた」

 マルタが別途報告するとは思うが、流石に誓約の儀の結果は俺から伝えておいたほうが良いだろう。
 もちろん聖女神と契約したなんて書くわけにはいかないが。

「もしよろしければ、代筆いたしましょうか?」

 マルタが顔を上げて柔らかく微笑む。

「いや、流石に契約の報告くらいは自分で書くよ」

 俺は苦笑して机に向かった。
 とはいえ、いざペンを握ると、何を書けばいいのか少し迷う。

『おお、ラブレターですね!? じゃあ書き出しはこうです――「親愛なるお父上とお母上へ」!』

 脳内にやかましい声を遮断しつつ、俺は手紙を書き始めた。
 契約できたこと、精霊の名前、そして近々“精霊会”という集まりに出席する予定であること。
 我ながらあまりに飾り気のない文章だが、これ以上書き足す言葉も浮かばない。

 父上ならともかく、母上はきっと喜んでくれるだろう。
 兄上だって目を通してくれるはずだ。

 ――ああ、忘れるところだった。

 一つ絶対に書かないといけないことを思い出す。

 ――エルナとの婚姻の件だ。
 
 しかし一度ペンを止める。
 婚姻の件をどう書くか、迷いが喉元までせり上がってくる。

 父上はこの件を進めたがっているらしいが、母上はどう思っているのだろう。
 エルナの気持ちも……いや、あれはほぼ確実に拒絶だ。
 俺としても、今はそれどころではないという気持ちである。

 さて、精霊契約を果たしたばかりの今、これを書けばどう受け取られるだろうか。

 俺はペンを握りしめ、便箋を睨みつけた。
 エルナとの縁談は、父上が推し進める家のための政略結婚。
 いわば貴族としての義務だ。個人的な理由で拒否なんてできるわけもない。

 ここで下手に拒絶の意を示せば、ただの我儘と取られかねない。
 かといって、このまま黙っていても話は勝手に進んでしまう。

 俺は意を決し、再びペンを走らせた。

『追伸。先日、宮廷魔法師であるマクスウェル教授の法技会に参加する機会を得ました。また学院でも名高いエルナ・グリーベル様とお話する機会を得、その才覚に深く感銘を受けましたが、同時に自分の未熟さを痛感いたしました。
 まずは学問と鍛錬に励み、一人前の学院生として胸を張れるようになることが先決と考えております。どうか今しばらくは、私の成長をお見守りいただければ幸いです。』

 これならどうだ。
 あくまで俺はエルナとの婚姻を知らないというていだ。
 俺は学院で彼女の圧倒的な才覚を目の当たりにし、純粋な敬意と、それに伴う焦燥を感じている一介の学生。
 これだけで十分な抑止力にはなるとは到底思えないが、少しでも引っかかる程度になってくれるとありがたい。

『何か回りくどい文章ですねー』

 俺の渾身の文章に難癖をつけてくるルー。
 まあ、その感想は実に的を射てはいる。
 こいつは俺とエルナの関係を知らない。というか知られたら面倒なことになるに決まっている。

 書き終えた便箋を見つめ、俺は小さく息を吐いた。
 この言葉が、少しでも父上の耳に届けばいいが――。

「よろしければ、封をしておきますね」

 マルタが机に近づき、そっと微笑む。
 俺は頷き、便箋を手渡した。

「助かる」

 マルタは慣れた手つきで封蝋を押し、学院の印を刻む。
 その一連の作業を眺めながら、ふとオスカーの言葉を思い出した。

「……そういえば、精霊会の準備って何をしたら良いと思う?」

 問いかけると、マルタは少し考えてから答えた。

「服装や礼儀作法については、基本的には既に身についておられますが……精霊契約者としての立ち居振る舞い、という点では少しおさらいしておかれると良いかもしれません」

「……そうだな。変に失点を作るのは避けたい」

 俺が真剣に頷くと、マルタは少し柔らかい笑みを浮かべた。

「では、夕食後にでも一通り確認しましょうか」

「ああ、頼む」

 こうして一つ役目を果たし、次の舞台に備える。
 小さな積み重ねが、やがて俺の未来を形作るのだと信じた。
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