おにいちゃんはやんでる

あた

文字の大きさ
1 / 13

しおりを挟む
「好きです、藍川あいかわ先輩」
 頬を染めた少女にそう告白され、藍川誠司あいかわせいじは張り付けた笑みで返事をする。

「ごめん、僕好きな人がいるから」

 嘘っぱちだ。他人を愛したことなんてない。恋愛というものがなんなのか、よくわからないのだ。そう、きっと彼女のことも。

 家族が寝静まったころ、足音を立てずに部屋に入る。

美月ミツキしよう」
 そう囁いたら彼女はびくりと身体を震わせて、だけど誠司を拒みはしない。

 誠司に逆らうことがどういうことか知ってるから。

 彼女は誠司を拒みはしない。

 義理の妹と関係を持っている。
 誰も知らない秘密。
 知られてはいけない秘密。
 だから興奮するんだろうか?

「っ……」
 義妹の喘ぎが、暗い部屋にかすかに響く。肌はひどく熱くて、まるで熱でもあるようだ。暗さゆえに、涙でうるんだ瞳が輝いて見える。ぐちゅ、と性器を挿入したら息をつめた。
 美月はいつも声を出さない。

 強要されているのだから、誠司のことなど嫌いなのだから、声を出すのは違うのだとでも言いたげに。
 腹立たしい。苛立ちのあまり服をハサミできりきざんでやったこともある。

 その三角の瞳は誠司を睨む。
 快楽に溺れても負けはしないとでも言うように。

 それが余計にこちらを煽るのだとも知らずに。

 暗闇で彼女を犯すのが好きだ。
 闇に響く微かな矯声が好きだ。

 頬を流れる涙が光るのが好きだ。
 達する時にそらす白い首筋が好きだ。

 セックスが好きだ。愛など知らずとも、彼女と繋がる行為が好きだ。

 行為が終わったあとはしばらく彼女を抱き締めて眠る。美月はいつもこちらを見ない。

 だけどずっとこちらを意識している。そうして眠れないでいる。

 彼女に不安を与えるのが好きだ。

 いつ何をされるのか、怯える彼女が好きだから、学校でも見かけたら声をかける。
 美月は嫌悪感を隠しもせずこちらを睨み付ける。
 怯えるくせに、彼女は誠司に反抗する。

 だから彼女を抱くのだ。

 震える身体を抱き締めてやるのだ。

 もう反抗も抵抗もできないように、何回も、何回も。


 いつか彼女が結婚して家を出たとしても、誠司を忘れられないくらいに。



 誠司はバスケ部に所属している。バスケが好きなわけではない。中学からやっていたから続けただけだ。それに、スポーツをしている間は他のことは考えずにすんだ。
 部活終わりに帰宅したら、美月が段ボール箱を持って、家の前でうろうろしていた。
 この寒いのに、一体何をしているのだろう。

「美月?」
 声をかけたら、彼女はびくりと肩を跳ねさせた。警戒心の強い目でこちらを見る。

「な……なに」
「そっちこそなにしてるんだ?」
「別に、あんたに関係ないでしょ」
 その言いぐさに苛ついた。手首を掴むと、美月が手にしていた段ボール箱が落下する。
「なっ……」
「別に……この場で犯してやってもいいんだぞ?」

 そういって寒さで血の気の引いた足をするりと撫であげた。美月が真っ青になってもがく。
「やっ」
 きゅーん。誠司は、突然響いた間抜けな声に下を見た。
「なんだ?」
「あ、こら、出てきちゃだめ」

 美月が慌てて、段ボールから出てきた「それ」を拾い上げる。
「犬?」
 誠司が手を伸ばしたら、美月が庇うように犬を抱き締めた。

「触んないで」
「それをどうする気だ?」
「飼うのよ」
「僕は犬が嫌いなんだ」
「知ってるわよ」
 だから家に入るのをためらっていたわけだ。

「父さんも確か嫌いだし──大体世話できるのか?」
「できるわよ、新しい飼い主見つけるまで」
「そう簡単に見つかるかな」
「あんたに迷惑はかけないわよ」

 へえ。誠司はそうつぶやいて目を細めた。犬を飼って家族に迷惑がかからないなんてことが、果たしてあるのだろうか。

「その言葉、忘れるなよ」



 翌朝、けたたましい犬の鳴き声で目が覚めた。
 目覚ましを見たら普段より一時間早い。
(勘弁しろ。こっちはこれから部活なんだ)

 苛立ちにまかせてドアを開け、美月の部屋へ押し入る。

「しーっ、しーっだってば、ひかり!」
「わんわん」
 美月は犬を抱えて右往左往していた。
 誠司が無言で部屋に入ると、彼女はハッとしてこちらを見る。犬を奪って外に投げようと振りかぶると、美月が慌てて抱きついてきた。

「ち、ちょっと!なげることないでしょ!」
「放り投げれば静かになる」
「それ明らかに死んでるじゃないの!とにかく、やめっ……」

 美月ともつれあってベッドに倒れ込むと、視線が絡みあう。
 誠司に押し倒される格好になった美月は、怯えた瞳でこちらを見あげた。普段気が強い彼女の、こういう顔を見るのが好きだ、と思う。征服欲が満たされる。
 なめらかな?を撫でて、ゆっくり唇を寄せたら、シーツに倒された細い身体が震えた。

 白い首筋を舌でなぞるとびくりと肩が跳ねる。

「僕に迷惑はかけないと……そう言ったよな?」
「それは、悪かった、わよ……っ」
 唇を重ねると、小さな肩が揺れて、シーツに沈んだ体が抵抗を示す。その肩を押さえつけ、色気のないパジャマのボタンを外していった。
 露になった白い肌に手を這わせる。

「おまえは体温が高いな」
 そう囁いて、寒い室内を忘れさせるような、暖かいからだをなぞる。豊かな胸を柔らかく掴んで、乳首を撫でたら、すでに硬くなっていた。指先ではじいて、頭を埋める。乳首を舐めあげたら、美月が身体を震わせた。

「んっ……や、だ」

 パジャマのズボンに手をかけようとしたとき──。

「わんわんわんわんわん」
 犬がぐるぐる回りながら吠えた。

「……なんて言ってる」
「し、知らないわよ」美月が慌ててパジャマの前をあわせる。
 藍川はため息をついて立ち上がる。

「ああ、興ざめだ。その犬、僕が帰るまでに処分しておけよ」
「そんなことできるわけないでしょ!」

 美月は犬を庇うように抱き込んだ。

 割と豊かな胸におさまった子犬を見て、誠司は舌打ちした。


 教室は、昼休み特有の気だるい空気に満ちていた。みなそれぞれに、午後の授業に備えた余暇を過ごしている。誠司はくあ、とあくびをした。それだけで周囲の目が集まる。
 その反応に、内心舌打ちする。完璧な優等生のふりも楽じゃないというのに、あの毛玉。

「どうした藍川、眠そうじゃん」
 同級生の声に笑顔を作る。
「いや、昨日夜更かししてしまって」
「藍川が夜更かしー?まじかー」
 夜更かしすらしないと思われているのか。実際には、夜遅くに美月とセックスしていることもあるのに。
「ん?あれお前の義妹じゃね?」
 その言葉に目線を窓の下に向ける。

 裏庭に茶色い頭が見え隠れする。
 その近くに似たような色の毛玉らしきもの。

(なにをやってるんだあいつは)

 誠司は眠気を押さえ立ち上がった。

 校舎から出て、裏庭にたどりつくと、家では滅多に聞けない元気のいい声が聞こえた。
「もー!なんでできないの?お手!それはお座りでしょー!」
「美月」

 一声かけるとびくりと固まる。足元には、茶色い毛玉がうずくまっていた。誠司は冷たい目で犬を見下ろし、

「なんでその犬がいる」
「だっ……って、家においといたら、あんたが殺すかもしんないし」
 美月は小声でつぶやいた。殺すとはなんだ、物騒な。

「精々動けなくするくらいだ」
「それ殺してんじゃない!へくしっ」
 美月はくしゃみをしてぶるぶる震える。

「大体こんな寒空に何をやってるんだ」
「可愛らしく芸をしてるのを見たら、誰かもらってくれるかもしれないじゃない」
「どう見てもただの馬鹿な犬だったがな。──お手」

 誠司がしゃがむと、犬が寄って来てお手をする。美月が目を丸くした。
「餌」
「え、あ、はい」
 美月は慌てて持っていたビーフジャーキーを渡す。誠司はビーフジャーキーを犬に食べさせた。
「おかわり」

 食べ終わったところでまた指示をして、餌を与える。
 犬は従順に尻尾を振る。
 美月は納得いかない、という顔をしていた。

「なんであんたの言うことは聞くのよ……」
「お前の命令には無駄が多い。簡潔にしなければ犬には伝わらない」
「ふーん」
 美月はそう相槌を打って、誠司の側にしゃがみこむ。それから、ふわりと笑って犬の頭を撫でた。
「いいこいいこ」
 彼女の髪から、シャンプーの甘い香りがする。
 藍川は彼女の髪に顔を近づけた。距離の近さにびくりと震え、美月は固まる。

「な、に」
「別に」

 くるくると髪を指先で丸める。ちゅ、と口付けた。

 美月は頼りにでもするように犬を引き寄せた。だが逃げようとはしない。珍しいこともあるものだ。誠司は、彼女の髪に唇を寄せたまま言う。

「置いてもいい」
「は?」
「その毛玉……しばらく家に置いてもいい。だけどさっさと飼い主を探せ」
「言われなくたって、そうするわよ」
「どうだかな。お前は絶対情を移すタイプだ」
「情けもなにもないあんたに言われたくない」

 まあそうかもしれない
 誠司は、美月の髪から唇を離す。すかさず美月が立ち上がった。

 誠司から早く離れたいがために小走りでかけていく。

 ああそうか。
 彼女にてって、とついていく毛玉を見る。

 あの犬がいなければ美月が寄ってくることなどないから。

「……馬鹿馬鹿しい」

 呟きは冬空に吸い込まれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

処理中です...