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終わりの始まり 2

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 2000年9月23日。路線バスが横転し、乗客は全員死亡した。
 その中に私も含まれていた。

 会長がジュースを奢りまくったせいで破産した──そんな体育祭が終わり、文化祭がやってきた。
 レイと一緒に回る約束をした、楽しい文化祭、のはずなのだが、私は朝から頭痛を覚えていた。

「セーレ、顔色が悪いぞ」

 父はそう言って、眉をひそめた。悪役令嬢の父にふさわしく、でっぷり太った不健康な姿。ゲームの中では好感の持ちようがない人間だったが、そう悪い人ではないと、娘になってからは思う。物事は表裏一体。どこから見ても完全に悪いなんてことは、めったにないのだ。

「大丈夫ですわ」
 私はそう答え、家を出た。

 車で学校へ向かい、校門をくぐる。やっぱり少しだけ身体が重い。

 だけど家に帰ろうとは思わなかった。約束したのだ。レイと一緒に、文化祭を見て回るって。私が登校したら、彼はいつもの柔らかい笑みを浮かべて近づいてきた。

「セーレ」
「レイさま。おはようございます」
「おはよ」

 彼は美しい瞳でこちらを見つめ、ふっと眉を下げた。

「なんか、具合悪そうだね」
「そんなこと。大丈夫ですわ」
 私はつとめて笑顔を作った。頭痛のことは、できるだけ伏せようと思った。レイは優しいから、無駄な心配をさせてしまう。


乙女ゲーム「真紅のリディア」では、最終ルート確定のため、各イベントが出てくる。体育祭や文化祭もその一つだ。中でも、文化祭では祭りの終わりにヤドリギの下キスをするというものがある。ヤドリギの下に誰が立っているかで、エンディングが変わるのだ。

私の場合、その相手はレイ以外考えられない。悪役令嬢だけど、幸せになってもいいのかもしれない。そう思いながら、レイを見つめた。

彼は澄んだ瞳をこちらに向け、どうかした? と尋ねてきた。

「あ、ええと、レイさまはどこを回りたいですか?」
私が尋ねると、レイはセーレとならどこでも嬉しいよ、と答えた。その気持ちが嬉しいと思った。

「手を繋ごうよ」
レイに差し出された手を、私は握りしめた。

手を繋ぐ私たちを、周りがジロジロ見てくる。
──あの二人、本当に両思いなのね。

悪役令嬢として生まれた私は、何をしても脅しているとか、無理強いしているとか言われてきた。だけどレイが、その壁を壊してくれた気がする。

「あの、美術室に行ってもいいですか? ルミナがいるはずなんです」
「うん。いいよ」

 私とレイは、共に美術室へ向かった。部屋に入ると、ルミナがパッと顔を明るくし、こちらに駆け寄ってきた。

「セーレさま」
「ルミナの作品、見てもいい?」
「もちろんです」

ルミナは展示物の説明をしてくれた。私とルミナが話している間に、リカルド先輩とレイが話している。何を話しているんだろう? 耳を澄ましていたら、ルミナが囁いてきた。

「セーレさま、レイさまと二人きりになれる場所があるのですが、ご存知ですか?」
「え?」
「校庭にヤドリギが一本だけあるんです。ひと気もないし静かですから、お二人で過ごすにはとてもいい場所だと思います」

もちろん知っているのだけど、私のことを考えてのことだと思って礼を言う。

「ありがとう。後で行ってみるわね」
ルミナは嬉しそうに頷いた。
「ルミナは? 後夜祭でダンスがあるでしょう。リカルド先輩と踊るの?」

私の言葉に、ルミナは真っ赤になった。

「あ、あの、その、はい……」
慌てるルミナが可愛くて、私は微笑んだ。
「とてもお似合いだと思うわよ、あなたたち」
「そ、そう、ですか?」

ルミナはうっすら顔を赤らめる。乙女ゲームでは、リディアが全ての男性の心を奪う。私はリディアになったつもりで、素敵な人たちに愛される夢を見た。

それが現実になるなんて。
リディアはアーカードを選び、リカルドはルミナを選んだ。

これはもうゲームとは違うのだ。私もそう。周りにいる人たちは生きている。レイはただの攻略対象じゃない。
ルミナもただの取り巻きじゃない。二人とも大事な人。だから、幸せになってほしい。

リカルド先輩と話していたレイが、こちらにやってくる。彼は私とルミナを見比べ、何話してたの? と尋ねてきた。

「なんでもありません」
私はそう言って、レイの手を握りしめた。
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