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「うーん、どっちにしようかしら」
レイチェルは二着を見比べ、眉を寄せた。一つ目の店員が口を開く。
「どちらもお似合いですよ~」
その店に並べられている商品は、驚くほどロンドンの既製品とよく似ていた。しかも、流行の型の服が安価で並んでいるので、目移りしてしまう。
「ねえ、バアル、どっちがいいと思う?」
最初はレイチェルが買い物する様子を眺めていたバアルは、すでに背を向けて、下を見ていた。こちらを見もせずに言う。
「どちらでも」
レイチェルは肩をすくめ、店員が勧めてきた新しい服に目を輝かせる。
「わあ、これも素敵ね」
ふいに、背後から手が伸びてきた。バアルが三着すべてを取り上げ、店員に押し付ける。
「全部買う。会計を」
「そんな、全部なんて駄目よ」
「いいんだ、これ以上無為な時間を過ごすよりは」
バアルはそう言って、店員から紙袋を受け取る。ちらりとレイチェルを見た。
「ところで誰の買い物が早いんだっけ?」
レイチェルは赤くなった。
「だって……あまりにロンドンの流行と似ていたから」
そうして、はっとする。店員に向き直り、
「ねえ、あなたもしかしてロンドンに行ったことあるの?」
店員は一つ目をぱちぱちさせた。
「え? ロンドン? どこですか、それ」
「えーと、異世界の都市よ。この服、ロンドンで見たものを参考にしたんじゃない?」
レイチェルの言葉に、店員はあはは、と笑う。
「いえいえ、異世界なんて怖くていけませんよ」
「そ、そう」
この街のほうがよっぽど怖いんだが。レイチェルがそう思っていると、
「たまに異世界からのチラシとか新聞記事が飛んでくるんです」
店員がそう答えたので慌てて尋ねる。
「それはどこから!?」
あそこです。そう言って、店員は上を指差した。
☆☆☆
「上ばかり見ていて首が痛くならない?」
バアルの問いに、レイチェルは「だって、聞いたでしょう。きっとこの天辺は、ロンドンに繋がってるのよ」と答える。
買い物を終え、バアルは帰りたがったが、レイチェルはなんとか手がかりがないかと、手すりに掴まって上を見上げていた。出窓に腰かけ、本を読んでいたバアルが言う。
「なんでもいいけど落ちるなよ」
「ねえ、本当に天辺まで行った人はいないの?」
バアルは無言だ。くだらないことを聞く、とでも思われているのだろうか。彼はページをめくり、
「興味がないから聞いてなかった。なんだって?」
「っな」
感じの悪い悪魔だ。レイチェルは、中央の柱に目をやった。もしかして、ここに何か手がかりが……
大理石だろうか、黒い柱の表面に掘られている文字は、小さくてよくみえない。もっと近づこうと身を乗り出すと、ずる、と身体が前に倒れ、足元が浮く。あっ、と思った時には、そのまま落下していた。
「──っ!」
レイチェルの身体がぐん、としなり、視界の端を、何かが落下していく。本だ。みるみるうちに小さくなっていくそれを呆然と見ていると、頭上から声がした。
「なにをしてるんだ、君は」
赤い瞳がこちらを見下ろしている。
「ば、バアル」
またしても、バアルに腕をつかまれていた。投げ出された足が、ぶらぶら揺れている。思わずひっ、と悲鳴を上げた。こめかみがどくどく鳴る。
「焦るな。手を離すなよ」
その言葉に必死でうなずく。こんなところで死ぬのは絶対にいやだ。レイチェルを引き上げてベンチに座らせ、バアルは言う。
「本を取ってくる。動くなよ」
レイチェルが呆然としていると、耳元で声がした。
「レイチェル」
「ひゃっ」
「わかった? ここに座って大人しくしてるんだ」
低い声で囁かれて、くらくらした。どうしてこんなに素敵な声なのだろう、悪魔のくせに。レイチェル。追い討ちのように降ってきた声に、ぎゅっ、と目を閉じた。
「わかった、わかったわ!」
バアルはこちらに背を向け、羽根を広げて飛び降りた。レイチェルは紙袋を引き寄せ、膝にのせて抱きしめた。せっかく、何か手がかりがあるかと思ったのに……
本を片手に戻ってきたバアルが、「帰るぞ」と言う。
「もう?」
「また落ちそうになったら困る」
「でも」
手を差し出され、レイチェルは渋々その手につかまった。
◆
バアルはレイチェルを抱えて宙空を飛んでいた。腕の中の少女をちらりと見る。金の髪に、グリーン・アイズ。くまの帽子をかぶって、紙袋を抱えている様子はいかにも頼りない。人間の歳についてはよくわからないが、まだ若いだろう。
昨日はおびえて泣いていたくせに、買い物に夢中になったり、落ちるなと言っているにも関わらず落ちそうになったりする。何を考えているのか、まったく理解できない。今は何か落ち込んでいるように見えた。
「レイチェル」
声をかけると、緑の瞳がこちらを見る。
「なに?」
「帰ったら召喚の手伝いをしてほしい」
「……泣けってこと?」
「容易いだろ?」
「泣けと言われてすぐには泣けないわ」
落ち込んでいた顔が、不機嫌な表情に変わる。そういえば、さっき耳元でしゃべったらいうことを聞いたのを思い出す。
「レイチェル」
そう囁くと、びくりと震える。白い耳がさあっと色づいた。
「頼むから……」
「わかったからやめて!」
レイチェルは真っ赤になって耳をふさいだ。やはりこの手法は有効らしい。
「帰ったらバラムに茶の用意をさせる。それから召喚をしよう」
そう言ったら、レイチェルは耳をふさぐのをやめてこちらを見た。
「あの子はどうしてあなたに仕えてるの? まだ子供でしょう?」
「悪魔に子供も大人もない」
彼女はずいぶんバラムが気に入ったらしい。人間の価値観はよくわからないが、使えるものは使おう。
「後で話すよ、バラムについて」
彼女には効果があるだろう。こぐまのバラムの物語は。
◇
バアルの自宅は、外見には普通の二階建てと変わらない。しかし窓や玄関には、悪魔たちをよせつけないためか、ものものしい魔方陣が描かれている。玄関に降り立ったバアルは、レイチェルに「呼び鈴を押して」と言って、郵便受けを開いた。中には新聞が入っている。ちらりと紙面を見ると、英語で書かれていた。
レイチェルは呼び鈴を押して、尋ねる。
「そういえば……あなた、英語をしゃべってる? さっきの店員も」
「いいや。バビロンの言葉だ」
「じゃあなんで私たち会話できてるの? 新聞だって英語で書かれてるように見えるわ」
「バベルの塔の影響じゃないか? 言語はもともと一つだったと言うし、あれが翻訳を果たしているんだと思う。君には英語に聞こえていても、実際僕たちが使ってるのはバビロンの言葉だ」
「へえ……」
なら、さっき柱に刻まれていた言葉も読めるんじゃないだろうか。そう思って、レイチェルは気分を高揚させる。
がちゃりとドアが開いて、バラムがひょこりと顔を出す。レイチェルとバアルを見比べ、ぺこ、と頭を下げた。
「ただいま、バラム」
そう言ってほほ笑むと、バラムが目を瞬いてレイチェルを見た。かぶっている帽子に、つぶらな瞳が釘付けになる。
「バラム、茶の準備を。僕の部屋にもってこい」
バアルがそう言うと、こくこくうなずいて、レイチェルが持っていた紙袋を引っ張る。
「自分で運ぶからいいわよ」
そう言うが、バラムは紙袋を離さない。
「運ばせてやれ」
バアルにそう言われ、「じゃあ、お願いね」と微笑む。
子ぐまはこくこくうなずいて、自分の身体ほどもある紙袋を抱えた。キッチンに向かったバラムを見送り、レイチェルはバアルと共に彼の部屋に向かう。バアルは積み上げてあった本をどかし、「どうぞ」と椅子を勧めてきた。
レイチェルは椅子に座って、脇によけられた本や、本棚に並べられている本の背表紙を見る。悪魔はどんな本を読むのだろう。
「これ、見てもいい?」
「その前に帽子を脱いだら?」
そう言われ、赤くなって帽子に手をかける。すると、ノックの音がした。レイチェルは立ち上がり、ドアを開けに行く。
お盆を持ったバラムが立っていた。
「ごくろうさま」と言って受け取ろうとすると、首を振って、とことこ中に入ってくる。
「バラムの仕事をとるな。彼には彼のやり方があるんだ」
まったく手伝おうとはせずに、バアルはそう言う。
「そ、そう……」
身体と同じくらいの大きさのお盆をテーブルに乗せ、バラムはお茶を淹れる。ちょこまかとした動きに、手伝いたい衝動が沸き上がるが、我慢して座っていると、目の前に紅茶のカップが置かれた。
「ありがとう」
バアルはバラムが差し出したコーヒーを、礼も言わずに受け取る。
「お礼くらい言ったらどう」
レイチェルがバアルに言うと、
「必要か?」
バアルに問われ、バラムはぶんぶん首を振る。
「だそうだ」
なんて嫌な感じなんだ。レイチェルがバアルを睨んでいると、バラムがクッキーの乗った皿を差し出してくる。
「食べていいの?」
尋ねると、こくこくうなすいている。一口食べると、舌の上に、バターの味が広がった。ロンドンで食べたクッキーを思い出す。
「美味しいわ。バラムが焼いたの?」
バラムはうなずいて、もじもじとレイチェルを見た。
「どうしたの?」
バラムは意を決したようにレイチェルの足にしがみついて、ばっと離れる。そのままたーっと駆けて行ってしまった。
……ふわふわだった……
レイチェルが幸せな気分に浸っていると、バアルが横目でこっちを見ているのに気づく。
「なに」
「いいや。紅茶が冷めるぞ」
なんだか馬鹿にされている気がする。レイチェルは「わかってるわ」と言って紅茶を飲んだ。
「ちょっとは慣れてくれたのかしら」
「なにが」
「バラムよ。今朝は私を怖がってたみたいなのに」
ふわふわの感触を思い出して口元を緩めると、バアルがコーヒーをテーブルに置いた。
「さっき、バラムの話をすると言ったな。なぜ、彼がここにいるのか」
「ええ」
レイチェルはうなずいて、話を聞くために、身を乗り出した。
レイチェルは二着を見比べ、眉を寄せた。一つ目の店員が口を開く。
「どちらもお似合いですよ~」
その店に並べられている商品は、驚くほどロンドンの既製品とよく似ていた。しかも、流行の型の服が安価で並んでいるので、目移りしてしまう。
「ねえ、バアル、どっちがいいと思う?」
最初はレイチェルが買い物する様子を眺めていたバアルは、すでに背を向けて、下を見ていた。こちらを見もせずに言う。
「どちらでも」
レイチェルは肩をすくめ、店員が勧めてきた新しい服に目を輝かせる。
「わあ、これも素敵ね」
ふいに、背後から手が伸びてきた。バアルが三着すべてを取り上げ、店員に押し付ける。
「全部買う。会計を」
「そんな、全部なんて駄目よ」
「いいんだ、これ以上無為な時間を過ごすよりは」
バアルはそう言って、店員から紙袋を受け取る。ちらりとレイチェルを見た。
「ところで誰の買い物が早いんだっけ?」
レイチェルは赤くなった。
「だって……あまりにロンドンの流行と似ていたから」
そうして、はっとする。店員に向き直り、
「ねえ、あなたもしかしてロンドンに行ったことあるの?」
店員は一つ目をぱちぱちさせた。
「え? ロンドン? どこですか、それ」
「えーと、異世界の都市よ。この服、ロンドンで見たものを参考にしたんじゃない?」
レイチェルの言葉に、店員はあはは、と笑う。
「いえいえ、異世界なんて怖くていけませんよ」
「そ、そう」
この街のほうがよっぽど怖いんだが。レイチェルがそう思っていると、
「たまに異世界からのチラシとか新聞記事が飛んでくるんです」
店員がそう答えたので慌てて尋ねる。
「それはどこから!?」
あそこです。そう言って、店員は上を指差した。
☆☆☆
「上ばかり見ていて首が痛くならない?」
バアルの問いに、レイチェルは「だって、聞いたでしょう。きっとこの天辺は、ロンドンに繋がってるのよ」と答える。
買い物を終え、バアルは帰りたがったが、レイチェルはなんとか手がかりがないかと、手すりに掴まって上を見上げていた。出窓に腰かけ、本を読んでいたバアルが言う。
「なんでもいいけど落ちるなよ」
「ねえ、本当に天辺まで行った人はいないの?」
バアルは無言だ。くだらないことを聞く、とでも思われているのだろうか。彼はページをめくり、
「興味がないから聞いてなかった。なんだって?」
「っな」
感じの悪い悪魔だ。レイチェルは、中央の柱に目をやった。もしかして、ここに何か手がかりが……
大理石だろうか、黒い柱の表面に掘られている文字は、小さくてよくみえない。もっと近づこうと身を乗り出すと、ずる、と身体が前に倒れ、足元が浮く。あっ、と思った時には、そのまま落下していた。
「──っ!」
レイチェルの身体がぐん、としなり、視界の端を、何かが落下していく。本だ。みるみるうちに小さくなっていくそれを呆然と見ていると、頭上から声がした。
「なにをしてるんだ、君は」
赤い瞳がこちらを見下ろしている。
「ば、バアル」
またしても、バアルに腕をつかまれていた。投げ出された足が、ぶらぶら揺れている。思わずひっ、と悲鳴を上げた。こめかみがどくどく鳴る。
「焦るな。手を離すなよ」
その言葉に必死でうなずく。こんなところで死ぬのは絶対にいやだ。レイチェルを引き上げてベンチに座らせ、バアルは言う。
「本を取ってくる。動くなよ」
レイチェルが呆然としていると、耳元で声がした。
「レイチェル」
「ひゃっ」
「わかった? ここに座って大人しくしてるんだ」
低い声で囁かれて、くらくらした。どうしてこんなに素敵な声なのだろう、悪魔のくせに。レイチェル。追い討ちのように降ってきた声に、ぎゅっ、と目を閉じた。
「わかった、わかったわ!」
バアルはこちらに背を向け、羽根を広げて飛び降りた。レイチェルは紙袋を引き寄せ、膝にのせて抱きしめた。せっかく、何か手がかりがあるかと思ったのに……
本を片手に戻ってきたバアルが、「帰るぞ」と言う。
「もう?」
「また落ちそうになったら困る」
「でも」
手を差し出され、レイチェルは渋々その手につかまった。
◆
バアルはレイチェルを抱えて宙空を飛んでいた。腕の中の少女をちらりと見る。金の髪に、グリーン・アイズ。くまの帽子をかぶって、紙袋を抱えている様子はいかにも頼りない。人間の歳についてはよくわからないが、まだ若いだろう。
昨日はおびえて泣いていたくせに、買い物に夢中になったり、落ちるなと言っているにも関わらず落ちそうになったりする。何を考えているのか、まったく理解できない。今は何か落ち込んでいるように見えた。
「レイチェル」
声をかけると、緑の瞳がこちらを見る。
「なに?」
「帰ったら召喚の手伝いをしてほしい」
「……泣けってこと?」
「容易いだろ?」
「泣けと言われてすぐには泣けないわ」
落ち込んでいた顔が、不機嫌な表情に変わる。そういえば、さっき耳元でしゃべったらいうことを聞いたのを思い出す。
「レイチェル」
そう囁くと、びくりと震える。白い耳がさあっと色づいた。
「頼むから……」
「わかったからやめて!」
レイチェルは真っ赤になって耳をふさいだ。やはりこの手法は有効らしい。
「帰ったらバラムに茶の用意をさせる。それから召喚をしよう」
そう言ったら、レイチェルは耳をふさぐのをやめてこちらを見た。
「あの子はどうしてあなたに仕えてるの? まだ子供でしょう?」
「悪魔に子供も大人もない」
彼女はずいぶんバラムが気に入ったらしい。人間の価値観はよくわからないが、使えるものは使おう。
「後で話すよ、バラムについて」
彼女には効果があるだろう。こぐまのバラムの物語は。
◇
バアルの自宅は、外見には普通の二階建てと変わらない。しかし窓や玄関には、悪魔たちをよせつけないためか、ものものしい魔方陣が描かれている。玄関に降り立ったバアルは、レイチェルに「呼び鈴を押して」と言って、郵便受けを開いた。中には新聞が入っている。ちらりと紙面を見ると、英語で書かれていた。
レイチェルは呼び鈴を押して、尋ねる。
「そういえば……あなた、英語をしゃべってる? さっきの店員も」
「いいや。バビロンの言葉だ」
「じゃあなんで私たち会話できてるの? 新聞だって英語で書かれてるように見えるわ」
「バベルの塔の影響じゃないか? 言語はもともと一つだったと言うし、あれが翻訳を果たしているんだと思う。君には英語に聞こえていても、実際僕たちが使ってるのはバビロンの言葉だ」
「へえ……」
なら、さっき柱に刻まれていた言葉も読めるんじゃないだろうか。そう思って、レイチェルは気分を高揚させる。
がちゃりとドアが開いて、バラムがひょこりと顔を出す。レイチェルとバアルを見比べ、ぺこ、と頭を下げた。
「ただいま、バラム」
そう言ってほほ笑むと、バラムが目を瞬いてレイチェルを見た。かぶっている帽子に、つぶらな瞳が釘付けになる。
「バラム、茶の準備を。僕の部屋にもってこい」
バアルがそう言うと、こくこくうなずいて、レイチェルが持っていた紙袋を引っ張る。
「自分で運ぶからいいわよ」
そう言うが、バラムは紙袋を離さない。
「運ばせてやれ」
バアルにそう言われ、「じゃあ、お願いね」と微笑む。
子ぐまはこくこくうなずいて、自分の身体ほどもある紙袋を抱えた。キッチンに向かったバラムを見送り、レイチェルはバアルと共に彼の部屋に向かう。バアルは積み上げてあった本をどかし、「どうぞ」と椅子を勧めてきた。
レイチェルは椅子に座って、脇によけられた本や、本棚に並べられている本の背表紙を見る。悪魔はどんな本を読むのだろう。
「これ、見てもいい?」
「その前に帽子を脱いだら?」
そう言われ、赤くなって帽子に手をかける。すると、ノックの音がした。レイチェルは立ち上がり、ドアを開けに行く。
お盆を持ったバラムが立っていた。
「ごくろうさま」と言って受け取ろうとすると、首を振って、とことこ中に入ってくる。
「バラムの仕事をとるな。彼には彼のやり方があるんだ」
まったく手伝おうとはせずに、バアルはそう言う。
「そ、そう……」
身体と同じくらいの大きさのお盆をテーブルに乗せ、バラムはお茶を淹れる。ちょこまかとした動きに、手伝いたい衝動が沸き上がるが、我慢して座っていると、目の前に紅茶のカップが置かれた。
「ありがとう」
バアルはバラムが差し出したコーヒーを、礼も言わずに受け取る。
「お礼くらい言ったらどう」
レイチェルがバアルに言うと、
「必要か?」
バアルに問われ、バラムはぶんぶん首を振る。
「だそうだ」
なんて嫌な感じなんだ。レイチェルがバアルを睨んでいると、バラムがクッキーの乗った皿を差し出してくる。
「食べていいの?」
尋ねると、こくこくうなすいている。一口食べると、舌の上に、バターの味が広がった。ロンドンで食べたクッキーを思い出す。
「美味しいわ。バラムが焼いたの?」
バラムはうなずいて、もじもじとレイチェルを見た。
「どうしたの?」
バラムは意を決したようにレイチェルの足にしがみついて、ばっと離れる。そのままたーっと駆けて行ってしまった。
……ふわふわだった……
レイチェルが幸せな気分に浸っていると、バアルが横目でこっちを見ているのに気づく。
「なに」
「いいや。紅茶が冷めるぞ」
なんだか馬鹿にされている気がする。レイチェルは「わかってるわ」と言って紅茶を飲んだ。
「ちょっとは慣れてくれたのかしら」
「なにが」
「バラムよ。今朝は私を怖がってたみたいなのに」
ふわふわの感触を思い出して口元を緩めると、バアルがコーヒーをテーブルに置いた。
「さっき、バラムの話をすると言ったな。なぜ、彼がここにいるのか」
「ええ」
レイチェルはうなずいて、話を聞くために、身を乗り出した。
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