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後悔
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◇
レイチェルは階段をかけあがり、自室に入った。バタン、と音を立てたドアに驚いて、バラムが起き上がる。
ドアにもたれ、しゃがみこんだレイチェルを見て、慌てて駈け寄ってきた。うろうろとレイチェルの周りを駆け回る。
それから、レイチェルの腕にそっと触れた。
「バラム……」
レイチェルはバラムを膝に乗せ、ぎゅっと抱きしめた。バラムは心配げな顔でレイチェルを見て、とんとん、と腕をたたいた。とんとん、と柔らかく腕を叩かれていると、だんだん気持ちが落ち着いてくる。
顔を上げると、つぶらな瞳が心配げにこちらを見ていた。
「ごめんね、びっくりさせて」
レイチェルはそう言って、そっとバラムを床に降ろした。膝を抱えたレイチェルの隣に、こぐまはちょこんと座る。
「ねえ、バラム。あなたも、ソロモンを復活させたいの?」
そう尋ねると、バラムが首を傾げた。バラムはあまり、ソロモンとは関わりがなかったのだろうか。なにせ、72体も悪魔がいたのだ……。
「バアルの気持ちは、わかるのよ」
ぽつりとつぶやいて、ソロモンの指輪を見た。
「大事な人がいなくなってしまったら、みんな戻ってきてほしいって思うわ」
レイチェルだって、両親に戻ってきてほしい。だけど、それはできないのだ。死んでしまったら、人はおしまいなんだと、棺桶を見送ったときに思った。両親の死を忘れることはできない。だけど、それに引きずられて生きるのは辛すぎるから。
「だから、泣かなかったの」
でも、両親が死んだのは自分のせいだと、心のどこかで思っているのかもしれない。泣いても泣かなくても、結局、悲しみを引きずることになった。
「あなたの場合、大事なひとは、お兄さんかしら」
そう言うと、バラムがこくりとうなずいた。そうして、ソロモンの指輪を指さす。指輪に封印されてもいい、そう言いたいのだろうか。
「あなたは、封印されても、かまわないの?」
バラムはこくりとうなずいて、なにかをかぶる仕草をした。そうすれば、帽子を返してもらえるのだと、いっているように見えた。
そう、とつぶやいたレイチェルは、指輪を抜き取って、バラムに差し出した。
「これ、バアルに返してきてくれる? これがないと、封印できないでしょうし」
バラムは指輪を受け取って、レイチェルを見上げる。
「私は大丈夫。ちょっと休んだら、昼食を作る手伝いをするわね」
そう言ってほほ笑むと、バラムがうなずいて、とことこ部屋を出て行った。小さな手で、そっとドアを閉める。
ドアが閉まる音を聞きながら、レイチェルは再び、顔を膝にうずめた。
◆
バアルは自室の椅子に腰かけ、レイチェルの涙が入った小瓶を見つめていた。悪魔を召喚するための贄が手に入ったというのに、なぜか気分が重い。
涙にぬれたレイチェルの緑の瞳。泣かせたのは自分だというのに、どうしてこんな気分になるのだろう。
自分は悪魔なのだ。少女を泣かせたくらいで罪悪感を抱いたりはしない。
君が殺したんだ。そう言ったとき、レイチェルが深く傷ついたのがわかった。
あそこまでいう必要はなかったかもしれない。彼女が協力しなくなってしまったらどうする。
そのとき、こんこん、とノックの音がした。
「レイチェル?」
バアルは立ち上がって、ドアに向かった。ドアを開けると、バラムが立っている。
「なんだ、おまえか」
バラムはバアルを見上げ、ソロモンの指輪を差し出した。
「レイチェルが持っていけと?」
そう尋ねると、こくりとうなずく。彼女はバアルと顔を合わせたくないのだろう。無理もない。バアルは指輪をはめて、部屋の中に戻った。
バラムが入り口でそわそわしているのを、横目で見る。
「なんだ。まだ何か用があるのか?」
バラムは無言で目に手を当てて、泣き真似をした。そしてちらりとバアルを見る。レイチェルを泣かせたのか、と聞きたいのだろう。まだ泣いているんだろうか。一瞬そう考え、打ち消す。
「だから? 涙がなきゃ封印ができない」
非難の目でこちらを見るバラムを無視し、バアルは魔法陣の前に立った。魔法陣の一部を足で消し、チョークで新たな名前を書く。
「Crokel」
レイチェルの涙を、魔法陣に落とした。
本を開き、唱える。
「我が名はバアル。ソロモン七十二柱における序列一位と指輪を所有するものの権限により、汝を召喚する。いでよ、クロケル」
魔法陣が光り輝き、蛇に絡みつかれた白い悪魔が出てきた。一見すると天使のような白い翼が生え、瞳を閉じている。
「何か用か」
クロケルが口を開いた。静かで、何事にも動じないようなしゃべり方だ。バアルは指輪をかざし、
「おまえを封印する」
「なるほど」
クロケルはため息のように相槌をうち、
「──この少女は、親を亡くしているな」
レイチェルのことだろう。おそらく、涙から情報を読み取ったのだ。
「だからなんだ」
「親たちは殺されたのだ」
バアルはぴくりと肩を揺らした。
「──殺された?」
クロケルは隠された物事を語ることができるという。
「どういう意味だ」
瞳を閉じたまま、クロケルが言う。
「召喚時に飲める要求は一つ。教えたら私を解放するか?」
つまり、秘密について語らせれば、封印はできないということだ。バアルはバラムに目をやった。こぐまはハラハラとした目でこちらを見ている。
バアルはため息をつく。
「レイチェルを呼んで来い」
バラムははじかれたように廊下を走っていった。
レイチェルは階段をかけあがり、自室に入った。バタン、と音を立てたドアに驚いて、バラムが起き上がる。
ドアにもたれ、しゃがみこんだレイチェルを見て、慌てて駈け寄ってきた。うろうろとレイチェルの周りを駆け回る。
それから、レイチェルの腕にそっと触れた。
「バラム……」
レイチェルはバラムを膝に乗せ、ぎゅっと抱きしめた。バラムは心配げな顔でレイチェルを見て、とんとん、と腕をたたいた。とんとん、と柔らかく腕を叩かれていると、だんだん気持ちが落ち着いてくる。
顔を上げると、つぶらな瞳が心配げにこちらを見ていた。
「ごめんね、びっくりさせて」
レイチェルはそう言って、そっとバラムを床に降ろした。膝を抱えたレイチェルの隣に、こぐまはちょこんと座る。
「ねえ、バラム。あなたも、ソロモンを復活させたいの?」
そう尋ねると、バラムが首を傾げた。バラムはあまり、ソロモンとは関わりがなかったのだろうか。なにせ、72体も悪魔がいたのだ……。
「バアルの気持ちは、わかるのよ」
ぽつりとつぶやいて、ソロモンの指輪を見た。
「大事な人がいなくなってしまったら、みんな戻ってきてほしいって思うわ」
レイチェルだって、両親に戻ってきてほしい。だけど、それはできないのだ。死んでしまったら、人はおしまいなんだと、棺桶を見送ったときに思った。両親の死を忘れることはできない。だけど、それに引きずられて生きるのは辛すぎるから。
「だから、泣かなかったの」
でも、両親が死んだのは自分のせいだと、心のどこかで思っているのかもしれない。泣いても泣かなくても、結局、悲しみを引きずることになった。
「あなたの場合、大事なひとは、お兄さんかしら」
そう言うと、バラムがこくりとうなずいた。そうして、ソロモンの指輪を指さす。指輪に封印されてもいい、そう言いたいのだろうか。
「あなたは、封印されても、かまわないの?」
バラムはこくりとうなずいて、なにかをかぶる仕草をした。そうすれば、帽子を返してもらえるのだと、いっているように見えた。
そう、とつぶやいたレイチェルは、指輪を抜き取って、バラムに差し出した。
「これ、バアルに返してきてくれる? これがないと、封印できないでしょうし」
バラムは指輪を受け取って、レイチェルを見上げる。
「私は大丈夫。ちょっと休んだら、昼食を作る手伝いをするわね」
そう言ってほほ笑むと、バラムがうなずいて、とことこ部屋を出て行った。小さな手で、そっとドアを閉める。
ドアが閉まる音を聞きながら、レイチェルは再び、顔を膝にうずめた。
◆
バアルは自室の椅子に腰かけ、レイチェルの涙が入った小瓶を見つめていた。悪魔を召喚するための贄が手に入ったというのに、なぜか気分が重い。
涙にぬれたレイチェルの緑の瞳。泣かせたのは自分だというのに、どうしてこんな気分になるのだろう。
自分は悪魔なのだ。少女を泣かせたくらいで罪悪感を抱いたりはしない。
君が殺したんだ。そう言ったとき、レイチェルが深く傷ついたのがわかった。
あそこまでいう必要はなかったかもしれない。彼女が協力しなくなってしまったらどうする。
そのとき、こんこん、とノックの音がした。
「レイチェル?」
バアルは立ち上がって、ドアに向かった。ドアを開けると、バラムが立っている。
「なんだ、おまえか」
バラムはバアルを見上げ、ソロモンの指輪を差し出した。
「レイチェルが持っていけと?」
そう尋ねると、こくりとうなずく。彼女はバアルと顔を合わせたくないのだろう。無理もない。バアルは指輪をはめて、部屋の中に戻った。
バラムが入り口でそわそわしているのを、横目で見る。
「なんだ。まだ何か用があるのか?」
バラムは無言で目に手を当てて、泣き真似をした。そしてちらりとバアルを見る。レイチェルを泣かせたのか、と聞きたいのだろう。まだ泣いているんだろうか。一瞬そう考え、打ち消す。
「だから? 涙がなきゃ封印ができない」
非難の目でこちらを見るバラムを無視し、バアルは魔法陣の前に立った。魔法陣の一部を足で消し、チョークで新たな名前を書く。
「Crokel」
レイチェルの涙を、魔法陣に落とした。
本を開き、唱える。
「我が名はバアル。ソロモン七十二柱における序列一位と指輪を所有するものの権限により、汝を召喚する。いでよ、クロケル」
魔法陣が光り輝き、蛇に絡みつかれた白い悪魔が出てきた。一見すると天使のような白い翼が生え、瞳を閉じている。
「何か用か」
クロケルが口を開いた。静かで、何事にも動じないようなしゃべり方だ。バアルは指輪をかざし、
「おまえを封印する」
「なるほど」
クロケルはため息のように相槌をうち、
「──この少女は、親を亡くしているな」
レイチェルのことだろう。おそらく、涙から情報を読み取ったのだ。
「だからなんだ」
「親たちは殺されたのだ」
バアルはぴくりと肩を揺らした。
「──殺された?」
クロケルは隠された物事を語ることができるという。
「どういう意味だ」
瞳を閉じたまま、クロケルが言う。
「召喚時に飲める要求は一つ。教えたら私を解放するか?」
つまり、秘密について語らせれば、封印はできないということだ。バアルはバラムに目をやった。こぐまはハラハラとした目でこちらを見ている。
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