高嶺の花嫁

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いち

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愛の反対とは憎しみではなく無関心である――マザー・テレサ

鴻池八尋(こうのいけやひろ)は、幼い頃から特別な子供だった。他の子供がなにも考えずに走り回っていた時分から、美しく、品があって、才気に溢れた存在だった。住む世界が違う八尋と私。同じ年の同じ日に生まれた私たちは、幼馴染と呼ばれる関係だった。今日この日にいたるまで。

 私は、小学三年生にして論語を読みこなした男をじっと見つめた。

「着物がよくお似合いで」
「ありがとう、ユマ。君も綺麗だよ。でも、身体に合ってない。レンタルかな?」

 八尋は笑顔で返した。──くっそう、なぜバレた。

 自宅に見合いに着ていける着物などあるわけがない。惰眠を貪っていたところを叩き起こされ、レンタルの着物を着せられ見合いに連れてこられたのだ。おそらく、私の着物は八尋が着ている着物とは10万単位で価格が違う。私の生まれ育った山内家はごく普通の家庭だ。母はピアノ教師、父は青果市場に勤めるサラリーマン。普通じゃないところを探した方が早い。
 ──そう。敢えて私の非凡な点をあげるなら、幼馴染が完璧超人だということくらいだろうか。

全国に何千人もの弟子を持つ鴻池流の総家跡取り、鴻池八尋。眉目秀麗、文武両道、家柄最高。そんな少女漫画のヒーローみたいな存在と、私は赤ん坊の頃からの付き合いなのだ。

私の母はごく一般的な家庭に生まれた女性なのだが、なぜか鴻池流の奥方にたいそう気に入られ、親しい仲となった。そして女性の友人同士がしがちな会話を繰り広げた。

「もしうちの子が女の子で、そちらが男の子だったら将来結婚させましょうね~」
「いいわねー」

 ありがちな会話だし、ノリでそういう約束をするのは理解できる。しかし、実際に結婚させようとする人間がどこにいるというのか。
 いや、いた。うちの親と鴻池の親だ。そんな気まぐれに付き合わされた私と八尋は、無駄に広い鴻池の屋敷で向かい合っているのだ。──カコン。庭に響き渡るししおどしの音。幼馴染の家にししおどしがある人間が、一体どれほどいるだろう。

 八尋と私は目と鼻の先に住んでおり、小学校まで同級生だった。八尋はスーパーおぼっちゃまなので、中高は名門私立へ行った。対して私はごく普通の人間なので、公立の中学へあがり、高校卒業後無名の音大に入り、現在はピアノ教師。
だから幼馴染とはいえ、鴻池八尋に関しては小学校時代の記憶しかないわけである。まあ、彼の凄さは小学校時代から郡を抜いていたのだが。

 八尋は私を眺め、瞳を緩めた。

「借り物で見合いに来るなんてユマらしいね。小学校のとき、よく忘れ物して俺に借りてた」

 なぜそんな昔のことを覚えているのだろう。天才だからか? そういえば、八尋の持ち物はただの絵の具でも、他の子とはグレードが違ったっけな。

「あんたとの見合いのために、わざわざ着物買わないよ」
「一枚持っておいて損はないよ」
「ああそうだね。購入を検討しようかな」

 知り合い、というか自宅が目と鼻先にある私たちは、本日はお日柄もよく~なんて挨拶する必要もない。なんの色気もない会話をする私たちに、母が口を挟んだ。

「二人とも、知った仲だから息がぴったりねっ」
「そうよねえ。赤ちゃんの頃からの付き合いだものね」

 八尋の母親である、紗衣さんがニコニコ笑う。

「「これ以上ぴったりの二人はいないわよね~」」

 二人の声がシンクロした。あなたたちこそ仲がいいですね。

「悪いけど、私八尋と結婚する気はないから」

 私の言葉に、紗衣さんと母が顔を見合わせた。限定品をもらえる列に並んでいて、 ひとつ手前で品切れになってしまったかのような顔だった。紗衣さんは困惑気味の表情で、わたわたと両手を動かす。

「ゆ、ユマさん? 結論を急ぐのは早いわ」
「そうよ。まずはお付き合いからはじめて……」
 母の言葉を遮る。
「付き合わなくてもわかるって。幼馴染だもん」

 人には分相応ってものがある。八尋は私には高嶺の花だ──。

「もー、ユマちゃんってば!」

 自宅に戻ってきたとたん、母が眉を下げて私に抗議する。母は幼い頃から変わらず私をユマちゃんと呼ぶのだ。

「なんであんなことを言うの? 鴻池のお嫁さんになりたい人は全国に何百人っているのよ? 八尋さんはあんなに素敵だし」
「素敵なのはわかってるよ。っていうか素敵だから結婚しないんだよ」

 母が首を傾げる。

「どういうこと?」
「私に家元の嫁なんか勤まらないから」

 鴻池といえば、生け花の家元のなかで一番に名前があがるくらいの大家だ。そんな家の嫁なんて、絶対面倒くさいに決まっている。というか、八尋は何も言わなかったが、絶対彼女とかいるだろうし。八尋はおぼっちゃまだし親に逆らったことなどないだろうから、空気を読んで私が断ったのだ。

「でもユマちゃんももう25歳でしょう~? クリスマスケーキだといまがピークって感じよね?」
「いつ時代の価値観?」

 だいたいなぜクリスマスケーキなのだ。そのものすごく限定的な婚期は誰が決めたのだ。そもそもそれを言ったら再婚する人間はどうするのだ。私が言葉を並べ立てたら、母がため息を漏らした。

「ユマちゃんたら理屈っぽいんだから~誰に似たのかしら」

 母じゃないことは確かである。
 私は理屈っぽいわけではない。面倒ごとが嫌いだから、言葉でけむに巻いて逃げようとしているだけだ。私は簪を引き抜き、髪を解いた。

「着替えなきゃ。今日十四時からシンジくんが来るのよ」
「せっかくお着物借りたのに。結構高かったのよ」

 母はまだぐちぐち言っている。じゃあせっかくだし、このまんまレッスンするか。生徒たちは私の美貌にメロメロになって、レッスンが手につかないかもしれないけどね。一時間後、最初の生徒がやってきた。振袖姿の私を見て、中学二年生のシンジはびっくりしていた。

「あの、どうしたんですか」
「どうしたってなによ。わあ、先生綺麗ですね! とかないの」
「綺麗……」


 シンジは困った顔になる。ああ、もういいよ。どうやら中学二年生にお世辞は言えないらしい。私は大学卒業後、母がやっていたピアノ教室を引き継いだ。教室は大概午後からで、午前中はいつもダラダラしている。私にできるのはピアノを教えることだけ。家元の花嫁なんて冗談きついのだ。
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