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10.セイレーンの女王 前編

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〈皇女ちゃん、ひどいじゃない!〉

と、海竜のマリーベルがプンスコしながらバイソンのステーキをパクパク食べている。

「いや、すまなかった」

と、私も平謝りだ。レンファの想い人を養子にしてもらうために絹の帝国シルク・エンパイアに飛ばしたあと、すっかり忘れていたのだ。お詫びにこの辺では珍しいバイソンを食べ放題にご馳走している。

〈北の海は凍ってるし、南を回ったら何年かかるか分からないし、結局、海竜なのに荷馬車に揺られてプライド傷付いちゃったなぁ〉

「いや、ほんとに申し訳なかった」

パクパク食べるマリーベルのペースに合わせて、ピュンピュン空をバイソンが飛んで来る。次々ゴーレムに捌かせて、ソフィアが片っ端から焼いてくれている。

〈まあでも? 絹の帝国皇女様のお義母上ははうえになる予定だし? 随分ともてなしされて悪い気分じゃなかったんだけどね♡〉

「そうか。レンファは想い人と結婚出来そうなんだな」

〈ほら、あれ見てよ〉

と、マリーベルが長い首を向けた先では、レンファと青年が並んで座って仲睦まじそうにステーキを食べている。

〈今は皇家に婿養子で入るための修行中なんだけど、なかなか会えなくなったレンファちゃんが癇癪起こしちゃって、無理矢理バカンスに連れ出したって訳〉

バカンスって、ここは流刑地なんだが……。まあ、2人がそれでいいなら、私がとやかく言うことでもない。ただ、ソフィアの小屋の横に立派な宮殿まで建てたのはどうだろう? 流刑地だぞ。

「ソフィアちゃん、おかわり!」

と、皿を出したのは絹の皇女ラミアだ。ランプの魔人も一緒にいる。そのラミアの宮殿も向かいに建っている。

「私も……」と、海の皇女オリヴィアも皿を出した。オリヴィアの宮殿は斜向かいだ。

というか、お前らいつまでいるつもりなんだ?

[……アルマ様ぁ……]

「なんだ? 次元の壁を超えて話し掛けてくるな」

と、私が答えたのは異次元に幽閉している、闇の魔導師ことヤミィだ。

[……そう言わずに、こちらにもステーキを1枚お恵みくださいよぉ……]

「何をワガママ言ってるんだ。お前は幽閉されてる身だぞ」

[……もう、子守りでヘトヘトなんですよぉ……]

異次元には魔界四天王の魔族マゾ夫とマゾ子夫妻、それにその子のマゾ美を匿っている。

「そうか、マゾ美はそんなに大きくなったのか」

[……絶賛イヤイヤ期で、ほんと大変なんですよぉ。たまにはステーキくらい、ねぇ……]

「分かった分かった。1枚と言わず10枚くらい送ってやるから、みんなで食べろ」

**収納ストレージ**

[……あ、ありがとうございます~……]

「アルマって、なんのかんの面倒見いいわよね」

と、ソフィアが笑っている。また他人の念話を立ち聞きしていたのか。自分の庇護下にある者の面倒を見ることなど当たり前ではないか。皇女だぞ。

  ◇

3つの宮殿に囲まれた小屋の前庭で、すっかり満腹になったマリーベルたちが寛いでいる。

食べ残したバイソンをピュンピュン空に飛ばして元いた場所に送り返していると、マリーベルが気になることを言った。

〈長い間、放ったらかしにしてた婚約者の機嫌が最悪でね……〉

む。自分もマリーベルを放ったらかしにしてたクセに、自分がされるとヘソを曲げるのか。男はこれだからダメだ。

だが、私のせいだ。責任を感じる。

「ふむ。なにか好物でもプレゼントしてお詫びしたいのだが……」

〈そうねぇ……、彼、ニマキ貝が好物なんだけど……〉

「分かった。ニマキ貝だな。……初めて聞くがどんなのだ?」

〈それが、200年前くらいに海竜の間で大流行したときに食べ尽くしちゃって、もうほとんど獲れないのよ……〉

「そうなのか、それでは仕方ないな」

〈セイレーンの縄張りには、まだいっぱいいるんだけどね。海竜とはメチャクチャ仲が悪くて、勝手に獲りに行く訳にもいかないし〉

「よし、分かった。私が獲りに行こう」

〈ええっ? 皇女ちゃん、セイレーンって分かってる?〉

「人魚的なヤツだろ?」

〈ほぼ魔族って言うか、実は魔人の一種で、見かけは華奢だけどメチャクチャ強いわよ? ……まあ、皇女ちゃんなら勝てるかもしれないけど〉

「いや。お詫びの品を贈るのに力ずくという訳にもいくまい。ちゃんとお願いして獲らせてもらおう」

絹の皇女ラミアとイチャイチャしている、ランプの魔人を呼んだ。

「えっ? セイレーンですか?」

「そうだ。魔人同士で知り合いなら紹介してもらおうかと思ってな」

「いや……、それは、ちょっと……」

「なんでよ? アルマが困ってるんだから、助けてあげたらいいじゃない」

と、ラミアが魔人の腕に抱き着いたままで言った。が、ランプの魔人は「いや……、その……」と、煮え切らない。

と、ソフィアがビール片手にニヤニヤしながら近づいて来た。

「そりゃ、顔出しにくいわな。元嫁のとこなんか」

「まあ!」と、ラミアが魔人を睨んだ。魔人は青い顔を更に青くしている。

「なんで、ソフィアがそんなことを知ってるんだ?」

と、私が尋ねると、ソフィアはビールをグイッとあおった。

「そのランプは神聖王国の秘宝だった時期もあるのよ。砂漠の帝国デザート・エンパイアに献上する前、ランプから抜け出してセイレーンの女王とよろしくやってたって話だ」

「い、今はラミア一筋だから!」

と、魔人が手を握ると、ラミアは「まあ♡」と言って頬を赤らめた。仲睦まじいのはいいことだが、わざわざ流刑地でやることか?

「セイレーンなら、ウチの領海に棲んでる……」

と、海の皇女オリヴィアが言った。

海の帝国オーシャン・エンパイアはセイレーンとも友好条約を結んでるし、案内くらいならするけど……?」

むう。こいつの世話になるのは癪だが、やむを得んか。

「すまんが、助けてもらえるか?」

「いいけどぉ……」

始まった。こいつがタダで動くハズがない。

「お兄ちゃんと仲直りさせて欲しいなぁ……、なんて」

「む、無理に決まってるだろ!」

オリヴィアの兄で皇太子は、私の15番目の婚約破棄相手だ。ブラコンのこいつに散々邪魔されて、結局、破談になった……。

「ん? オリヴィア、お前、兄と仲違いしたのか?」

「なんかぁ、いい人出来たみたいでぇ、私のこと相手にしてくれなくてぇ」

くっ。元婚約者の幸せをこんな形で聞くとは……。地味にダメージが。しかし、私は他人の幸福を呪うような人間にはなりたくない。

「ま、いっかぁ。ステーキいっぱいご馳走になったしぃ」

「では、それで頼む」

「私、だいたいの場所しか分からないから、飛んで連れて行ってねぇ」

くっ。面倒なヤツ。パッと『転移メタスタシス』で済ませるつもりだったのに。

「魔人ちゃん! アレ貸したげてよ!」

と、ラミアに言われた魔人が、ランプから取り出したのは、空飛ぶ絨毯だった。

 ◇

オリヴィアと2人旅というのは、少しアレだが空の旅はなかなか快適だった。今度、ダヴィデも乗せてやろう。

そして、セイレーンの城で女王ミカエラに対面を果たした。

「ダメだ」

うむ。交渉は断られてから始まるものだ。
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