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15.王太子妃になるためだけに
「王家への忠誠あつく、気のきく私はガブリエラ様に先例集を献上する。なにせナーダシュディ家は初代王妃を輩出したお家柄。そちら様の王家への忠誠はいかほどかしら? ……なんて書簡を、カタリン様から頂戴しましたのよ?」
「ほ……、ほほほっ……」
さすがは、万事控えめながら姉想いの妹君メリンダ様をして『口が悪い』と連呼させたカタリン様のご書簡……。
レオノーラ様の苦笑いにも納得だ。
「そう言われては、トルダイ公爵家としてもガブリエラ様に先例集を献上させていただくほか、ございませんものね?」
「……お、恐れ入ります」
「トルダイ公爵家だって、初代国王陛下のの御父君、太祖様に妃を輩出した家柄なのですから」
「そ、そうですわよね」
「王家への忠誠なら、わが家がもっともあついと自負しておりますわ」
お心遣いはありがたいのだけど、わたしをはさんでバチバチするのはやめてほしい。
レオノーラ様がお持ち下さった先例集の写しは、カタリン様からの書簡を受け取られた後で、書き写していただいたもの。
しかも、カタリン様の挑発がよほど癇に障られたらしい。
筆跡はすべてレオノーラ様のものだ。
おひとりでやられて、2日で仕上げるには、夜なべもしてくださったはず。
ありがたく受け取らせていただいた。
あとは、せっかくお運びいただいたので、ふたりでお茶にして、ゆったりと過ごす。
お菓子にイチジクのドライフルーツをお出しするのは控えた。
先日の茶会で、アルパード殿下の好みをご存知なかったレオノーラ様が勧めてしまい、あやうい空気にさせてしまった。
わざわざ、レオノーラ様のプライドにさわるようなお菓子をお出しする必要はない。
シナモンやナツメグの芳醇な香りゆたかなスパイスケーキをお出しして、ふたりで味わう。
琥珀色のケーキはしっとりとした生地で、上品な甘さとスパイシーな香りが絶妙に調和して口のなかでとろけるような食感。
わたしより39歳も年上のレオノーラ様だけど、甘いものにはそんな垣根を取り払ってくれる魔法がかかってる。
ふと、レオノーラ様がいたずらっ子のような微笑みを浮かべられた。
「実は、アルパード殿下のお気持ちは、私も薄々察しておりましたのよ?」
その話は、茶会で散々聞かされた。
園遊会でも舞踏会でも、アルパード殿下がわたしを目で追っていたとか、なんとか。
照れ笑いでもつくっておくほかない。
「はははっ……」
「……ワイングラス」
「え?」
「あれは、ガブリエラ様が王都にのぼられた直後の舞踏会でしたわ」
「ええ……」
王都にのぼった直後……。
ラコチ侯爵ミハーイ閣下に、
「え? いやですけど?」
と言い放ってしまった頃の、わたしだ。
ワイングラス?
まだなにかやらかしてたかな、わたし?
「エルジェーベト様が、ガブリエラ様をアルパード殿下のもとへとお連れになられておりました」
あの頃。王都社交界の礼儀に疎い14歳のわたしを、なにかれとなく世話してくださったのはエルジェーベト様だ。
いろいろな方に引き合わせていただいた。
そういえば、アルパード殿下に初めてご挨拶させていただいたのも、エルジェーベト様のお引き合わせだったか……。
「アルパード殿下にワインの替えを持ってきたメイドが手を滑らせ、ワイングラスを落としてしまったのを覚えておられませんか?」
「あ、いえ……、たぶん緊張しておりましたので、……詳しくは」
「ふふっ……、そのとき、ガブリエラ様がサッとご自分の持たれていたグラスを、メイドのトレイに乗せられたのです」
「……そうでしたか」
「そして、落ちたグラスを拾われ、あたかもガブリエラ様がワインをこぼされたかのように振る舞われて、メイドをかばわれたのです」
うん。まったく記憶にない。
だけど、わたしのやりそうなことではある。
「たまたま、私の目には入りましたけれど、実に自然なお振る舞いで、周囲の者はまったく気付かず……」
「あはは……、お恥ずかしい」
記憶にはないけど、わたしも従騎士の称号持ち。身のこなしには自信がある。
レオノーラ様が、懐かしまれるように目をほそめられた。
「私は遠目に拝見するだけでしたけれど、ガブリエラ様の高貴なお振る舞いに、アルパード殿下が高揚されておられたのを、よく覚えておりますわ」
う~ん……。アルパード殿下は、それで惚れた? わたしに。
まあ、王太子殿下を相手にそんな粗相をしでかしたメイドは、軽くても追放。
こぼしたワインがアルパード殿下にかかっていたら、まちがいなく処刑だ。
王都の街角ではなく、王宮内ともなれば、いくらアルパード殿下が、
――いいよ、いいよ。
と、仰られても、メイドの命は危うかっただろう。
うん。われながら善い行いをした。
覚えてないけど。
レオノーラ様は、スッと視線をさげられお手元のスパイスケーキを見詰められた。
「……私は子爵家の生まれです」
「はい……」
「いくらトルダイ公爵家に嫁いだとはいえ、侯爵家の方々からも散々に侮られてまいりました」
「……お察し申し上げます」
貴族社会において〈侮られる〉ということの意味は大きい。
そして、女性貴族には女性貴族の、夫であるトルダイ公爵閣下では手出しの難しい、女性貴族社会がある。
これまで、レオノーラ様が乗り越えてこられたご苦労は、並大抵のものではなかっただろう。
「ですから余計にでしょうか? ……身分の低いメイドにまでお気遣いされるガブリエラ様には、私も感銘を受けておりましたのよ?」
「……恐れ入ります」
やさしく微笑まれるレオノーラ様。
意地悪な見方をすれば、レオノーラ様はこれから王妃になるわたしを、囲い込もうとされているのかもしれない。
子爵家からトルダイ公爵家に輿入れされてご苦労されたとはいえ、見方を変えれば、それにも関わらずいまに至るまで王都社交界を生き抜いてこられた、百戦錬磨の猛者であられる。
周囲も気付かなかったというメイドのワイングラス事件にまで、目配り気配りされておられた鋭敏なお方でもある。
年齢を感じさせない可愛らしい雰囲気のお方だけど、公爵夫人としてトルダイ公爵家の家政を取り仕切られる優秀さもある。
腹の内は読めない。
だけど、クリクリとおおきな濃い青紫色をした瞳に浮かぶのは、慈愛の色だけ。
――これから身分違いの結婚でご苦労されるだろうけど、私は味方よ。
と、訴えてくださっている。
わたしには、そう見えた。
「私が子爵家の生まれでありながら公爵夫人を務められているのは、ひとえにみなの支えです。……ですけどね、ガブリエラ様?」
「……はい」
「なによりね、夫から尊敬されているのですよ、私」
やさしげな微笑みのなかにも、自信のうかがえる表情。
夫であるトルダイ公爵閣下の力だけでいまの地位を維持しているのではないと、誇らしげに胸を張られた。
「ですから、ガブリエラ様もなにも心配なさることはございませんわ。誰よりもアルパード殿下がいちばん、ガブリエラ様のことを尊敬されておられますもの」
尊敬……。
虚を突かれた思いだった。
あの、アルパード殿下のまっすぐな眼差しは……、尊敬だったのか。
いや……、断定するのはやめておこう。
いつかご本人の口から確認したい。
にこりと微笑み、レオノーラ様にあつくお礼の言葉を述べさせていただいた。
Ψ
さらに3日が過ぎ、今度はエルジェーベト様が先例集の写しをお持ち下さった。
相変わらずお美しく、やわらかな微笑み。
だけど――、
――エルジェーベト様は、ほんとうにアルパード殿下のことをお慕いになられていたので、ガブリエラ様からもご配慮を賜われたら嬉しい――……
カタリン様が、妹君メリンダ様に託してくださった伝言がわたしの心を縛る。
自分がうまく笑顔をつくれているかも分からない。先例集の写しを受け取らせていただき、恭しく頭をさげた。
「遅くなってしまって、ごめんなさいね」
「いえ、そんな……」
「カールマーン公爵家の先例集は、ふだんは本邸の方で保管されていて、取り寄せるのにすこし時間がかかってしまいました」
正直に事情を説明してくださるのは、カタリン様、レオノーラ様に後れをとった釈明だろう。
言いにくいことを言わせてしまった。
エルジェーベト様のお母上は、後妻だ。
だけど、カールマーン公爵家の現当主ガーボル閣下が後妻を迎えられた時点で、先妻との間に儲けられた嫡男のヴィルモシュ様はすでに22歳。
ヴィルモシュ様が難色を示されたこともあって、ガーボル閣下は後妻ブリギッタ様のために別邸を建てられた。
ガーボル閣下がそうまでして後妻をとられたのは、アルパード殿下がご誕生されたからだと噂されている。
――是が非でも、次の王太子妃はカールマーン公爵家から輩出しなくてはならない。
という、ガーボル閣下の執念だ。
先代王妃、現王太后マルギット陛下はカールマーン公爵家のご出身。
次の王太子妃を目指されたガーボル閣下の妹君ジュゼフィーナ様が、トルダイ公爵家のフランツィスカ陛下に敗れたのは、血統が近いこともあったのではないかと思う。
そのジュゼフィーナ様は他国に去られた。
ガーボル閣下の執念は、まるで妹君の無念を晴らされようとしているようだと、口さがない王都社交界で噂されている。
王太子妃になるためだけにお生まれになられた、エルジェーベト様。
だけど、わたしに奪われてしまった。
本邸に頭をさげ、取り寄せた先例集を書き写してくださったご心中を思えば、とてもまっすぐにお顔を見ることはできない。
「ふふっ」
と、エルジェーベト様が笑われた。
「ずいぶん待たされましたわね、ガブリエラ様?」
「……え?」
「アルパード殿下のプロポーズをご快諾されていたのに、こんなに待たされるとは……、王国の先例も罪なものですわね」
な、なんの話だろう……。
……プロポーズ?
アルパード殿下から?
わたしに?
快諾?
…………快諾ぅ?
まったく記憶にない。
だけど、もしほんとうにそんなことがあったのだとするなら……、
アルパード殿下のプロポーズに、
――いいよ、いいよ。
と、無責任な返事をしていたのは、わたしだったのではないか?
ついポカンと口をあけてしまったわたしに、エルジェーベト様がやわらかに微笑まれた。
「あら……、覚えてらっしゃらないの?」
「ほ……、ほほほっ……」
さすがは、万事控えめながら姉想いの妹君メリンダ様をして『口が悪い』と連呼させたカタリン様のご書簡……。
レオノーラ様の苦笑いにも納得だ。
「そう言われては、トルダイ公爵家としてもガブリエラ様に先例集を献上させていただくほか、ございませんものね?」
「……お、恐れ入ります」
「トルダイ公爵家だって、初代国王陛下のの御父君、太祖様に妃を輩出した家柄なのですから」
「そ、そうですわよね」
「王家への忠誠なら、わが家がもっともあついと自負しておりますわ」
お心遣いはありがたいのだけど、わたしをはさんでバチバチするのはやめてほしい。
レオノーラ様がお持ち下さった先例集の写しは、カタリン様からの書簡を受け取られた後で、書き写していただいたもの。
しかも、カタリン様の挑発がよほど癇に障られたらしい。
筆跡はすべてレオノーラ様のものだ。
おひとりでやられて、2日で仕上げるには、夜なべもしてくださったはず。
ありがたく受け取らせていただいた。
あとは、せっかくお運びいただいたので、ふたりでお茶にして、ゆったりと過ごす。
お菓子にイチジクのドライフルーツをお出しするのは控えた。
先日の茶会で、アルパード殿下の好みをご存知なかったレオノーラ様が勧めてしまい、あやうい空気にさせてしまった。
わざわざ、レオノーラ様のプライドにさわるようなお菓子をお出しする必要はない。
シナモンやナツメグの芳醇な香りゆたかなスパイスケーキをお出しして、ふたりで味わう。
琥珀色のケーキはしっとりとした生地で、上品な甘さとスパイシーな香りが絶妙に調和して口のなかでとろけるような食感。
わたしより39歳も年上のレオノーラ様だけど、甘いものにはそんな垣根を取り払ってくれる魔法がかかってる。
ふと、レオノーラ様がいたずらっ子のような微笑みを浮かべられた。
「実は、アルパード殿下のお気持ちは、私も薄々察しておりましたのよ?」
その話は、茶会で散々聞かされた。
園遊会でも舞踏会でも、アルパード殿下がわたしを目で追っていたとか、なんとか。
照れ笑いでもつくっておくほかない。
「はははっ……」
「……ワイングラス」
「え?」
「あれは、ガブリエラ様が王都にのぼられた直後の舞踏会でしたわ」
「ええ……」
王都にのぼった直後……。
ラコチ侯爵ミハーイ閣下に、
「え? いやですけど?」
と言い放ってしまった頃の、わたしだ。
ワイングラス?
まだなにかやらかしてたかな、わたし?
「エルジェーベト様が、ガブリエラ様をアルパード殿下のもとへとお連れになられておりました」
あの頃。王都社交界の礼儀に疎い14歳のわたしを、なにかれとなく世話してくださったのはエルジェーベト様だ。
いろいろな方に引き合わせていただいた。
そういえば、アルパード殿下に初めてご挨拶させていただいたのも、エルジェーベト様のお引き合わせだったか……。
「アルパード殿下にワインの替えを持ってきたメイドが手を滑らせ、ワイングラスを落としてしまったのを覚えておられませんか?」
「あ、いえ……、たぶん緊張しておりましたので、……詳しくは」
「ふふっ……、そのとき、ガブリエラ様がサッとご自分の持たれていたグラスを、メイドのトレイに乗せられたのです」
「……そうでしたか」
「そして、落ちたグラスを拾われ、あたかもガブリエラ様がワインをこぼされたかのように振る舞われて、メイドをかばわれたのです」
うん。まったく記憶にない。
だけど、わたしのやりそうなことではある。
「たまたま、私の目には入りましたけれど、実に自然なお振る舞いで、周囲の者はまったく気付かず……」
「あはは……、お恥ずかしい」
記憶にはないけど、わたしも従騎士の称号持ち。身のこなしには自信がある。
レオノーラ様が、懐かしまれるように目をほそめられた。
「私は遠目に拝見するだけでしたけれど、ガブリエラ様の高貴なお振る舞いに、アルパード殿下が高揚されておられたのを、よく覚えておりますわ」
う~ん……。アルパード殿下は、それで惚れた? わたしに。
まあ、王太子殿下を相手にそんな粗相をしでかしたメイドは、軽くても追放。
こぼしたワインがアルパード殿下にかかっていたら、まちがいなく処刑だ。
王都の街角ではなく、王宮内ともなれば、いくらアルパード殿下が、
――いいよ、いいよ。
と、仰られても、メイドの命は危うかっただろう。
うん。われながら善い行いをした。
覚えてないけど。
レオノーラ様は、スッと視線をさげられお手元のスパイスケーキを見詰められた。
「……私は子爵家の生まれです」
「はい……」
「いくらトルダイ公爵家に嫁いだとはいえ、侯爵家の方々からも散々に侮られてまいりました」
「……お察し申し上げます」
貴族社会において〈侮られる〉ということの意味は大きい。
そして、女性貴族には女性貴族の、夫であるトルダイ公爵閣下では手出しの難しい、女性貴族社会がある。
これまで、レオノーラ様が乗り越えてこられたご苦労は、並大抵のものではなかっただろう。
「ですから余計にでしょうか? ……身分の低いメイドにまでお気遣いされるガブリエラ様には、私も感銘を受けておりましたのよ?」
「……恐れ入ります」
やさしく微笑まれるレオノーラ様。
意地悪な見方をすれば、レオノーラ様はこれから王妃になるわたしを、囲い込もうとされているのかもしれない。
子爵家からトルダイ公爵家に輿入れされてご苦労されたとはいえ、見方を変えれば、それにも関わらずいまに至るまで王都社交界を生き抜いてこられた、百戦錬磨の猛者であられる。
周囲も気付かなかったというメイドのワイングラス事件にまで、目配り気配りされておられた鋭敏なお方でもある。
年齢を感じさせない可愛らしい雰囲気のお方だけど、公爵夫人としてトルダイ公爵家の家政を取り仕切られる優秀さもある。
腹の内は読めない。
だけど、クリクリとおおきな濃い青紫色をした瞳に浮かぶのは、慈愛の色だけ。
――これから身分違いの結婚でご苦労されるだろうけど、私は味方よ。
と、訴えてくださっている。
わたしには、そう見えた。
「私が子爵家の生まれでありながら公爵夫人を務められているのは、ひとえにみなの支えです。……ですけどね、ガブリエラ様?」
「……はい」
「なによりね、夫から尊敬されているのですよ、私」
やさしげな微笑みのなかにも、自信のうかがえる表情。
夫であるトルダイ公爵閣下の力だけでいまの地位を維持しているのではないと、誇らしげに胸を張られた。
「ですから、ガブリエラ様もなにも心配なさることはございませんわ。誰よりもアルパード殿下がいちばん、ガブリエラ様のことを尊敬されておられますもの」
尊敬……。
虚を突かれた思いだった。
あの、アルパード殿下のまっすぐな眼差しは……、尊敬だったのか。
いや……、断定するのはやめておこう。
いつかご本人の口から確認したい。
にこりと微笑み、レオノーラ様にあつくお礼の言葉を述べさせていただいた。
Ψ
さらに3日が過ぎ、今度はエルジェーベト様が先例集の写しをお持ち下さった。
相変わらずお美しく、やわらかな微笑み。
だけど――、
――エルジェーベト様は、ほんとうにアルパード殿下のことをお慕いになられていたので、ガブリエラ様からもご配慮を賜われたら嬉しい――……
カタリン様が、妹君メリンダ様に託してくださった伝言がわたしの心を縛る。
自分がうまく笑顔をつくれているかも分からない。先例集の写しを受け取らせていただき、恭しく頭をさげた。
「遅くなってしまって、ごめんなさいね」
「いえ、そんな……」
「カールマーン公爵家の先例集は、ふだんは本邸の方で保管されていて、取り寄せるのにすこし時間がかかってしまいました」
正直に事情を説明してくださるのは、カタリン様、レオノーラ様に後れをとった釈明だろう。
言いにくいことを言わせてしまった。
エルジェーベト様のお母上は、後妻だ。
だけど、カールマーン公爵家の現当主ガーボル閣下が後妻を迎えられた時点で、先妻との間に儲けられた嫡男のヴィルモシュ様はすでに22歳。
ヴィルモシュ様が難色を示されたこともあって、ガーボル閣下は後妻ブリギッタ様のために別邸を建てられた。
ガーボル閣下がそうまでして後妻をとられたのは、アルパード殿下がご誕生されたからだと噂されている。
――是が非でも、次の王太子妃はカールマーン公爵家から輩出しなくてはならない。
という、ガーボル閣下の執念だ。
先代王妃、現王太后マルギット陛下はカールマーン公爵家のご出身。
次の王太子妃を目指されたガーボル閣下の妹君ジュゼフィーナ様が、トルダイ公爵家のフランツィスカ陛下に敗れたのは、血統が近いこともあったのではないかと思う。
そのジュゼフィーナ様は他国に去られた。
ガーボル閣下の執念は、まるで妹君の無念を晴らされようとしているようだと、口さがない王都社交界で噂されている。
王太子妃になるためだけにお生まれになられた、エルジェーベト様。
だけど、わたしに奪われてしまった。
本邸に頭をさげ、取り寄せた先例集を書き写してくださったご心中を思えば、とてもまっすぐにお顔を見ることはできない。
「ふふっ」
と、エルジェーベト様が笑われた。
「ずいぶん待たされましたわね、ガブリエラ様?」
「……え?」
「アルパード殿下のプロポーズをご快諾されていたのに、こんなに待たされるとは……、王国の先例も罪なものですわね」
な、なんの話だろう……。
……プロポーズ?
アルパード殿下から?
わたしに?
快諾?
…………快諾ぅ?
まったく記憶にない。
だけど、もしほんとうにそんなことがあったのだとするなら……、
アルパード殿下のプロポーズに、
――いいよ、いいよ。
と、無責任な返事をしていたのは、わたしだったのではないか?
ついポカンと口をあけてしまったわたしに、エルジェーベト様がやわらかに微笑まれた。
「あら……、覚えてらっしゃらないの?」
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