20 / 307
第一章 王都絢爛
18.鹿肉と狼少女
しおりを挟む――これは、なかなか意表を突かれた。
と、リティアは破顔した額を、手で打った。
クロエ、ジリコ、クレイアを引き連れて郊外の森に到着すると、アイカは既に獲物の鹿を捌いて、焚き火で焼いて頬張っていた。
タロウとジロウも生肉にむしゃぶりついている。
なにもかも自然なことに見えるのが、却ってリティアに可笑しみを感じさせる。
「殿下!」
と、ヴィアナ騎士団千騎兵長のカリトンが慌てて立ち上がった。リティアの左衛騎士ヤニスはいつも通り、何事もなかったように立ち上がる。
アイカは火加減とリティアと両方が気になるのか、固まって顔を左右に振っている。
「よいよい。昼食を届けに来たのだが、一緒にパンとスープはどうかな? そうだ、シュークリームもあるぞ。シュークリームは分かるかな?」
「えーっ! ほんとですかぁ?」
横に腰を降ろすリティアに、よだれを垂らさんばかりの笑顔を向けるアイカ。リティアとクレイアの顔がまた綻ぶ。
「失礼を……」
と、畏まるカリトンに、リティアが座るように促した。
「私の侍女と狼たちの護衛、痛み入る。上長のスピロ万騎兵長にもよしなに伝えてくれ」
「ははっ」
「まあ、そう畏まるな。皆も座れ。ところでアイカ。その美味しそうな肉は私たちにもいただけるのかな?」
「あ、はい! もちろん」
アイカは後ろに置かれた肉塊を小刀で切り分け、木の枝に刺して火に焚べる。
――見事な手際だ。
山奥で一人で育ったという話に、嘘はなさそうだ。手は無駄なく動くのに、まだ小動物のようにオドオドしているのが、リティアの目には微笑ましく映った。
クレイアに目をやると、今にも抱きしめんばかりにウズウズしている。
「これは、旨そうですな」
リティアの後ろに腰を降ろしたジリコが、嬉しそうな声を上げる。主の背後を護るのが旗衛騎士たるジリコの役目だ。
「ジリコ老には懐かしそうだな」
「老はひどい」
と、笑ったジリコは、焚火に炙られる鹿肉に目を細める。
「聖山戦争の折には、こうして野営したものです」
「なるほど。それは、年の功だ」
まったくその通りですなと、ジリコが笑い声を上げた。
リティアは、アイカに顔を向けた。
「アイカは、いつも通りにせよという、私の言葉を守ってくれたのだな」
「あ……、はい……」
リティアたちの肉が焼けるのも待たず、一人頬張るヤニスが口を開いた。
「見事な弓の腕前だった」
「ほう。詳しく聞かせてくれるか? ヤニス」
「狼たちを森に放したと思ったら、背中から弓矢を取り出した。しばらくして、狼の遠吠えが聞こえたと思ったら弓を構え、森から飛び出した鹿を充分に近づけてから、一瞬で引き絞って射抜いた」
「へ、変だったでしょうか……?」
と、小声で呟くアイカを、ヤニスが見据えた。
「変ではない。見事だった。見直した」
ヤニスの賛辞で顔を真っ赤にしたアイカが「焼けました」と、リティアに差し出した鹿肉を、クレイアが受け取った。
「私から」
「毒味なら済んでるぞ」
と、愛想なく言うヤニスに「それでもです」と、答えたクレイアが鹿肉を頬張り、驚きの声を上げた。
「美味しいです!」
「へへっ……。と、獲れたてですから……」
リティア、そしてクロエ、ジリコも続き、焼きたての野趣溢れる鹿肉を口にすると、一堂に新鮮な驚きが広がる。
「さっぱりしていて、甘味さえ感じるな」
興味深く味わいながら頷く一堂に、アイカが言葉を続けた。
「と、とにかく血抜きをしっかりしっかりしてやれば臭みがなくなって、美味しく食べられます……。山奥には、塩も砂糖もなかったので……」
「鏃には何を?」と、クロエ。
「石を砕いて、磨きました……。使い回しですけど……」
アイカが差し出した矢を、受け取ったクロエとヤニス、ジリコ、カリトンが舐め回すように観察する。
「熊を射止めたのも、この矢か?」
リティアの問いに対して申し訳なさそうに頷くアイカに、武人たちが感嘆の声を上げる。
「これは……」
カリトンが呆れたように口を開く。
「むしろ、騎士団に欲しい人材かもしれませんね」
「む、無理ですよぉ……」
と、謙遜でもない様子で、アイカが手を振った。
リティアが優しく微笑んでアイカに問う。
「どうしてだ? 見事なものだと思うぞ。それに、狩りの上手い者は立派な将になると言うぞ?」
「ひ……、人に向けて撃ったりできませんよぉ……」
華奢で小柄な少女が消え入りそうな声で呟く言葉に、一堂が深く和み、納得したことは言うまでもない。
ただ、その弓矢の腕前は、アイカが人々を驚愕させる、最初の出来事のひとつになった。
241
あなたにおすすめの小説
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る
ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。
異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。
一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。
娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。
そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。
異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。
娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。
そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。
3人と1匹の冒険が、今始まる。
※小説家になろうでも投稿しています
※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!
よろしくお願いします!
没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活
アイアイ式パイルドライバー
ファンタジー
名家の生まれなうえに将来を有望視され、若くして領主となったカイエン・ガリエンド。彼は飢饉の際に王侯貴族よりも民衆を優先したために田舎の開拓村へ左遷されてしまう。
妻は彼の元を去り、一族からは勘当も同然の扱いを受け、王からは見捨てられ、生きる希望を失ったカイエンはある日、浅黒い肌の赤ん坊を拾った。
貴族の彼は赤子など育てた事などなく、しかも左遷された彼に乳母を雇う余裕もない。
しかし、心優しい村人たちの協力で何とか子育てと領主仕事をこなす事にカイエンは成功し、おまけにカイエンは開拓村にて子育てを手伝ってくれた村娘のリーリルと結婚までしてしまう。
小さな開拓村で幸せな生活を手に入れたカイエンであるが、この幸せはカイエンに迫る困難と成り上がりの始まりに過ぎなかった。
知識スキルで異世界らいふ
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ
巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。 〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜
トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!?
婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。
気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。
美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。
けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。
食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉!
「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」
港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。
気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。
――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談)
*AIと一緒に書いています*
[完結]前世引きこもりの私が異世界転生して異世界で新しく人生やり直します
mikadozero
ファンタジー
私は、鈴木凛21歳。自分で言うのはなんだが可愛い名前をしている。だがこんなに可愛い名前をしていても現実は甘くなかった。
中高と私はクラスの隅で一人ぼっちで生きてきた。だから、コミュニケーション家族以外とは話せない。
私は社会では生きていけないほどダメ人間になっていた。
そんな私はもう人生が嫌だと思い…私は命を絶った。
自分はこんな世界で良かったのだろうかと少し後悔したが遅かった。次に目が覚めた時は暗闇の世界だった。私は死後の世界かと思ったが違かった。
目の前に女神が現れて言う。
「あなたは命を絶ってしまった。まだ若いもう一度チャンスを与えましょう」
そう言われて私は首を傾げる。
「神様…私もう一回人生やり直してもまた同じですよ?」
そう言うが神は聞く耳を持たない。私は神に対して呆れた。
神は書類を提示させてきて言う。
「これに書いてくれ」と言われて私は書く。
「鈴木凛」と署名する。そして、神は書いた紙を見て言う。
「鈴木凛…次の名前はソフィとかどう?」
私は頷くと神は笑顔で言う。
「次の人生頑張ってください」とそう言われて私の視界は白い世界に包まれた。
ーーーーーーーーー
毎話1500文字程度目安に書きます。
たまに2000文字が出るかもです。
【完結】憧れの異世界転移が現実になったのですが何か思ってたのと違います
Debby
ファンタジー
【全話投稿済み】
私、山下星良(せいら)はファンタジー系の小説を読むのが大好きなお姉さん。
好きが高じて真剣に考えて作ったのが『異世界でやってみたい50のこと』のリストなのだけど、やっぱり人生はじめからやり直す転生より、転移。転移先の条件として『★剣と魔法の世界に転移してみたい』は絶対に外せない。
そして今の身体じゃ体力的に異世界攻略は難しいのでちょっと若返りもお願いしたい。
更にもうひとつの条件が『★出来れば日本の乙女ゲームか物語の世界に転移してみたい(モブで)』だ。
これにはちゃんとした理由があって、必要なのは乙女ゲームの世界観のみで攻略対象とかヒロインは必要ないし、もちろんゲームに巻き込まれると面倒くさいので、ちゃんと「(モブで)」と注釈を入れることも忘れていない。
──そして本当に転移してしまった私は、頼もしい仲間と共に、自身の作ったやりたいことリストを消化していくことになる。
いい年の大人が本気で考え、万全を期したハズの『異世界でやりたいことリスト』。
なんで私が転移することになったのか。謎はいっぱいあるし、理想通りだったり、思っていたのと違ったりもするけれど、折角の異世界を楽しみたいと思います。
----------
覗いて下さり、ありがとうございます!
2025.4.26
女性向けHOTランキングに入りました!ありがとうございます(๑•̀ㅂ•́)و✧
7時、13時、19時更新。
全48話、予約投稿しています。
★このお話は旧『憧れの異世界転移が現実になったのでやりたいことリストを消化したいと思います~異世界でやってみたい50のこと』を大幅に加筆修正したものです(かなり内容も変わってます)。
【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした
きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。
全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。
その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。
失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる