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第八章 旧都邂逅
181.大好きがつながる
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レオンの頭を撫でるロザリーに、アイカが恐る恐る尋ねた。
付きっ切りでテーブルマナーを教えてくれたロザリーに、優しくも厳しい人という印象がある。
「じゃ、じゃあ……、ロマナ様の侍女になったガラさんは、やっぱり、あのガラちゃんなんですね!?」
応えたのは微笑むロザリーではなく、はにかみながらも得意げな顔をしたレオンだった。
「そうだよ!」
アイカが孤児の姉弟に初めて会ったのは、天幕に覆われたサーカス小屋のような食堂だった。アイラの大きな胸越しに羊肉のシチューをすすっていた。
猥雑な食堂の中で、久しぶりにありついた、まともな食事を嬉しそうに食べるレオン。
その笑顔を見て嬉しそうにするガラ。
踊り巫女ニーナたちの妖艶なダンスに、姉弟そろって目を輝かせていた。
詳しい経緯はなにも分からないが、姉は美しき公女の側近に取り立てられ、弟は王国の頂点に君臨していた侍女長の庇護を受けている。
実力主義でありながら、一度転落すると這い上がる術の限られたこの異世界の王国で、孤児の姉弟が幸運をつかみつつあることに、アイカの胸が熱くなった。
ロザリーがアイカに語りかけた。
「リティア殿下とアイカ殿下が孤児たちに食事と住まいを下された。文字と計算を教え、生きる術を授けられた。その恩に報いるため、ガラは危険を顧みずロマナ様に祖父ベスニク公の危機を伝えに走った」
――お姫様とお姫様が、秘密の仲良しなんだよ。
アイカの内緒話に、目を輝かせていたガラの端正な顔立ちが思い浮かぶ。
いつだってお姫様は女子の憧れだ。住む世界が違い過ぎて、羨む気持ちさえ起きない。キラキラした王宮暮らしを頭に思い描いて空想の世界に耽溺する。
当時のアイカが、ガラにしてあげられることは、そんなことくらいしかなかった。
しかし、ガラはしっかりと心に刻み、身を賭して恩に報いた。
アイカが見つけて光源氏の気持ちで愛でていたガラの美貌と才覚を、自分に弓矢を授けてくれた優美な公女は見逃さなかった。
自分の《大好き》と《大好き》がつながってゆく。
人を好きになっても好きになっても、なにも報われることのなかった日本での暮らし。ただ愛でることしか許されなかった暮らし。
それと比べて、なんと満たされることか。
アイカは黙ったまま、何度も何度も頷き、ロザリーの話に耳を傾けた。
「リーヤボルクの追及が及ばぬよう、無頼の元締シモンが、レオンをフェトクリシスに逃がしたのです」
「そ、そこで知り合ったのですね!?」
「ええ……。でも、レオンがあまりに姉を恋しがるので、ゆるりとヴールに向けて旅を始めたところでした」
フェトクリシスからヴールに向かって最短距離を行けば、リーヤボルク兵に満ちた王都近郊を通らざるを得ない。かといって東に避けて南下すれば内戦状態のラヴナラ近郊を通ることになる。
西の旧都テノリクアを経由する、大きく迂回したルートを採って出発したが、フィエラが西方会盟に加わったことで西にも戦塵の兆しが見えた。幼いレオンをつれた旅であったため、旧都で様子を見ている最中であった。
ロザリーが目を細めた。
「旧都にとどまる理由はそれだけではありませんが……、ともあれアイカ殿下にお目にかかれて幸いでした」
「……ごっ! ……ご飯でも一緒にどうですか?」
残った片目を一瞬、大きく開いたロザリーは「ええ、喜んで」と穏やかな口調で応えた。
「アイカ殿下のオハシを用いた美しい所作も、久しぶりに拝見させていただきたいですわ」
*
ロザリーたちが旧都にとどまる、もう一つの理由は、王太后カタリナへの謁見が許されたときに判明した。
年老いた母の傍らに廃太子アレクセイが寄り添っていたのだ。
「存外、再会がはやかったな。《無頼姫の狼少女》よ」
ファウロスによく似た偉丈夫の老将とは、フェトクリシスの丘で会ったとき以来だった。
ただ、アイカとアイラが、盛大に挙動不審だったので、アレクセイが苦笑を浮かべた。
「ルクシアに会ったか」
「…………はい」
アイカがアイラに耳打ちする。
「お祖父ちゃんって、胸に飛び込んでは?」
「できるか、バカ」
ヒソヒソ話をする2人に、アレクセイがニヤリと笑った。
「アイラ」
「はっ、はいっ!」
「儂とルクシアの親娘喧嘩に巻き込む形となってしまった」
「恨んでおりません」
アレクセイの話を遮るように、アイラはキッパリと言った――。
付きっ切りでテーブルマナーを教えてくれたロザリーに、優しくも厳しい人という印象がある。
「じゃ、じゃあ……、ロマナ様の侍女になったガラさんは、やっぱり、あのガラちゃんなんですね!?」
応えたのは微笑むロザリーではなく、はにかみながらも得意げな顔をしたレオンだった。
「そうだよ!」
アイカが孤児の姉弟に初めて会ったのは、天幕に覆われたサーカス小屋のような食堂だった。アイラの大きな胸越しに羊肉のシチューをすすっていた。
猥雑な食堂の中で、久しぶりにありついた、まともな食事を嬉しそうに食べるレオン。
その笑顔を見て嬉しそうにするガラ。
踊り巫女ニーナたちの妖艶なダンスに、姉弟そろって目を輝かせていた。
詳しい経緯はなにも分からないが、姉は美しき公女の側近に取り立てられ、弟は王国の頂点に君臨していた侍女長の庇護を受けている。
実力主義でありながら、一度転落すると這い上がる術の限られたこの異世界の王国で、孤児の姉弟が幸運をつかみつつあることに、アイカの胸が熱くなった。
ロザリーがアイカに語りかけた。
「リティア殿下とアイカ殿下が孤児たちに食事と住まいを下された。文字と計算を教え、生きる術を授けられた。その恩に報いるため、ガラは危険を顧みずロマナ様に祖父ベスニク公の危機を伝えに走った」
――お姫様とお姫様が、秘密の仲良しなんだよ。
アイカの内緒話に、目を輝かせていたガラの端正な顔立ちが思い浮かぶ。
いつだってお姫様は女子の憧れだ。住む世界が違い過ぎて、羨む気持ちさえ起きない。キラキラした王宮暮らしを頭に思い描いて空想の世界に耽溺する。
当時のアイカが、ガラにしてあげられることは、そんなことくらいしかなかった。
しかし、ガラはしっかりと心に刻み、身を賭して恩に報いた。
アイカが見つけて光源氏の気持ちで愛でていたガラの美貌と才覚を、自分に弓矢を授けてくれた優美な公女は見逃さなかった。
自分の《大好き》と《大好き》がつながってゆく。
人を好きになっても好きになっても、なにも報われることのなかった日本での暮らし。ただ愛でることしか許されなかった暮らし。
それと比べて、なんと満たされることか。
アイカは黙ったまま、何度も何度も頷き、ロザリーの話に耳を傾けた。
「リーヤボルクの追及が及ばぬよう、無頼の元締シモンが、レオンをフェトクリシスに逃がしたのです」
「そ、そこで知り合ったのですね!?」
「ええ……。でも、レオンがあまりに姉を恋しがるので、ゆるりとヴールに向けて旅を始めたところでした」
フェトクリシスからヴールに向かって最短距離を行けば、リーヤボルク兵に満ちた王都近郊を通らざるを得ない。かといって東に避けて南下すれば内戦状態のラヴナラ近郊を通ることになる。
西の旧都テノリクアを経由する、大きく迂回したルートを採って出発したが、フィエラが西方会盟に加わったことで西にも戦塵の兆しが見えた。幼いレオンをつれた旅であったため、旧都で様子を見ている最中であった。
ロザリーが目を細めた。
「旧都にとどまる理由はそれだけではありませんが……、ともあれアイカ殿下にお目にかかれて幸いでした」
「……ごっ! ……ご飯でも一緒にどうですか?」
残った片目を一瞬、大きく開いたロザリーは「ええ、喜んで」と穏やかな口調で応えた。
「アイカ殿下のオハシを用いた美しい所作も、久しぶりに拝見させていただきたいですわ」
*
ロザリーたちが旧都にとどまる、もう一つの理由は、王太后カタリナへの謁見が許されたときに判明した。
年老いた母の傍らに廃太子アレクセイが寄り添っていたのだ。
「存外、再会がはやかったな。《無頼姫の狼少女》よ」
ファウロスによく似た偉丈夫の老将とは、フェトクリシスの丘で会ったとき以来だった。
ただ、アイカとアイラが、盛大に挙動不審だったので、アレクセイが苦笑を浮かべた。
「ルクシアに会ったか」
「…………はい」
アイカがアイラに耳打ちする。
「お祖父ちゃんって、胸に飛び込んでは?」
「できるか、バカ」
ヒソヒソ話をする2人に、アレクセイがニヤリと笑った。
「アイラ」
「はっ、はいっ!」
「儂とルクシアの親娘喧嘩に巻き込む形となってしまった」
「恨んでおりません」
アレクセイの話を遮るように、アイラはキッパリと言った――。
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