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第十一章 繚乱三姫
238.いまの自分がいちばん
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ペノリクウス候は領内を狼に乗った桃色髪の少女――つまり《無頼姫の狼少女》が通行しているとの報せを受け、ただちに捕縛を命じた。
黒く豊かな顎ひげを撫で、ひとり悦に入る。
狼少女は、ルカスへの反逆を明らかにした第3王女と義姉妹の契りを結んだと聞く。
とらえて摂政サミュエルに差し出せば、よい手柄になる。いっそ引き換えに《方伯》の地位を望んでも良いかもしれぬ――、
と黒々とした眉をゆがめ、ギラついた表情でニタリと笑った。
武骨な外見に比べ《知恵者》とも評されるペノリクウス候。
しかし、アイカが護る馬車のなかに、虜囚の身から逃れた西南伯ヴール候ベスニクが乗っているとまでは気づかない。
*
ヒタヒタと追っ手が迫るなか、アイカはのどかな旅をつづけていた。
一行の先頭には、いわば大将軍格として全体の指揮を執るカリトンがいる。
馬をならべるサラナと共に地図から地形を見定め、馬車の揺れが小さくなるルートを選んでいる。また、ベスニクを擁した極秘の南行であることを踏まえ、人目に触れにくい箇所を縫うように進ませた。
どちらも職務に真面目に取り組むタイプで気が合うのか、会話も弾んでいる。
最後尾にはネビとチーナが陣取り、あとをつける者がいないか目を光らせる。
こちらも、数々の激戦をくぐり抜け暗器に興味を持ったチーナがあれこれ質問し、ネビも丁寧に答えて話が盛り上がっている。
周囲のザノクリフ兵や、ヴィアナの騎士たちも興味をそそられており、耳を澄ませて聞いていた。
そのふた組を気取られぬようにそっと愛でるアイカは、となりのアイラに囁いた。
「……アイラさんは、カリサラとネビチナ、どっちですか?」
「カ、カリサ……? ネビチ……?」
「もう。カリトンさんとサラナさんが《カリサラ》で、ネビさんとチーナさんが《ネビチナ》ですよぉ~」
「あ、ああ……、なるほどね……」
「あ、そっか。アイラさんもピュリサスさんと今、いい感じですもんね? ほかのカップルとか気になりませんよね?」
「ば! ……ばか。ピュリサスとは、そんなんじゃない……」
と、ほほを赤くして顔を背けるアイラに、にまぁっと笑うアイカ。
親分であるシモンから『レオンをガラのもとに届けよ』と命じられたピュリサスは、ヴールへの旅にも同行している。
幼い頃からの付き合いであるアイラとピュリサスが、ふたりで笑い合う姿は、アイカの目に何度も止まっていた。
そして、
――幼馴染的な? ……推せる! 自分、アイピュリ? ピュリラ? 推せます!!
と、拳をかたく握っていた。
嵐のように初恋と結婚をすませたアイカは、いま他人の恋愛的幸福が気になって仕方なかった。
アイカ自身、自分の人生は4度リセットされたと感じている。
1度目は、日本の母が精神に変調をきたしたとき。
2度目は、異世界に転生したとき。
3度目は、山奥でのサバイバル生活7年間。
そして、最後はリティアの義妹になったときである。
2度目と3度目はほぼ同時にやってきたのであるが、アイカのなかでは明確に意味が異なる。
特に7年間のサバイバル生活がアイカにもたらしたリセットは大きい。
否応なく山野を駆け回り体力的にヘトヘトになって毎晩グッスリ眠り、朝陽とともに目覚める生活は、日本で受けた大きな心の傷を癒し、あらたな自分を芽生えさせた。
それを、リティアによって開花させてもらった。
いくつもの自分が同居するような不思議な感覚ものこるが、いまの自分がいちばん気に入っている。ザノクリフの女王になったことなど、リティアとの出会いに比べれば些末なエピソードだ。
そんなアイカが、いまご機嫌でご陽気なのは、王国領に入ってからリティアの帰還とメテピュリア建設を耳にしたためでもある。
エメーウとの母娘関係に端を発して、一時心身に不調をきたしたリティアを慮り、アイカはみずから距離をとった。
しかし、もう会いに行っても大丈夫だろう。
ザノクリフという故郷もできた。旦那様もいる。適切な距離を保ちながら、またリティアと楽しく過ごしたい。
気持ちが浮かれて、ついキャッキャとアイラの恋路をいじってしまう。
そんなアイカを、タロウとジロウは「ふ~ん」という顔で眺め、ジョルジュとカリュは懐かしむような眼差しで見守った。
「若いっていいですわね。キラキラしてて」
「カリュ殿も充分にお若いではないか? まだ20代であられましたでしょう?」
「ギリ20代ですわ」
「儂など孫を見ておる気分ですぞ。おそらくリティア殿下のメテピュリアに移住して来ておるはず。そろそろ孫が恋しうなってきましたわい」
「絶妙に考え込まされてしまいますわ」
「なにを考えることが? まだまだ、カリュ殿にもよい出会いが待っておりますよ」
「そう思います? ほんとに待っててくれてますかね?」
リーヤボルク本軍の偵察にふたりで出たカリュとジョルジュも、気心の知れた関係となっている。
テンポのいい掛け合いは、めおと漫才のようでもある。
――ジョルカリュもアリですね。
モジャモジャのヒゲを剃ってイケメン爺さんになったジョルジュと、ふだんはオドオドとした表情を見せるカリュも、アイカにはお似合いにみえる。
押し付けるつもりはないが、みんなに幸せになってほしいと考える。
――自分に旦那様ができたせい?
と、苦笑いもするが、未来はひかり輝いているように感じられた。
めおと漫才をつづけるカリュに、スッとニコラエが馬を寄せた。
――おっ!? 思わぬ三角関係!?
というアイカの浮ついた気持ちとは裏腹に、ニコラエの表情はいつにもまして厳しい。
「カリュ殿……、偵騎に見つかった」
「えっ!?」
「私にはどこの兵かまでは分からぬが、騎馬の陰がチラリと見えた。あの動きは偵騎とみて間違いない。それも敵対的な挙動だ」
「分かりました、ありがとうございます」
かるく頭をさげたカリュは、いそいで先頭のカリトンのもとに向かう。
――ペノリクウスへの警戒が足りなかったか。あるいは政変があったか?
と悔いたが、ペノリクウス軍が敵意をもった行動に出てくれば、ベスニクを乗せた馬車も擁しており、迎え撃つには心許ない。
サラナが地形を読みなおし、進路を変更する。
速度を上げてヴールに急ぐ。
アイカも眉間にしわを寄せ、馬車のとなりをタロウに乗って駆けた。
――浮かれるには早かった。
馬車はガタガタと揺れており、中のベスニクとレオンも案じられたが、いまは安全な場所まで急ぐしかない。
しかし、最後尾からネビの声がひびく。
「左後方、敵影――っ! 数はおそらく3000!」
「……追い付かれたか」
と、カリュが唇を噛む。
カリトンが馬を寄せた。
「われら武人で殿をつとめます。カリュ殿は、アイカ殿下とベスニク様の馬車を先導する指揮を」
「承知いたしました」
スルスルと馬をさげてゆくカリトンに代わって、サラナがカリュに馬を寄せる。
「こちらの方向に、敵の目を欺けそうな茂みがあるはずです」
「分かりました。わたしはアイカ殿下のそばに。サラナ殿はジョルジュ殿と先導してください」
「承知」
すでに矢音が聞こえている。
矢をつがえようとしたアイカを、カリュが制し、前だけを向いて一目散に駆けるよう告げた。
「ペノリクウス軍はヴールに伍す強兵。計算だかく聖山戦争では、はやくに参朝いたしましたが、それだけにアイカ殿下の身柄をねらっているものと思われます」
「さっさと逃げろってことですね?」
「仰るとおりです。アイカ殿下とベスニク様の安全が確保できれば、カリトン殿とニコラエ殿、それにネビ殿が、どうにか襲撃をかわして下さるはずです」
「分かりました――っ!!」
眉根にグッと力をいれたアイカは、前を行くサラナの背中を見つめた。
速度は馬車以上にはあげられない。
地形をうまく活かしながら、隊列は敵兵の目をくらますように蛇行をはじめている。
――こんなところで捕まる訳にはいきません!!
迫りくる10倍の敵兵から逃れるため、アイカは一心不乱に駆けた――。
黒く豊かな顎ひげを撫で、ひとり悦に入る。
狼少女は、ルカスへの反逆を明らかにした第3王女と義姉妹の契りを結んだと聞く。
とらえて摂政サミュエルに差し出せば、よい手柄になる。いっそ引き換えに《方伯》の地位を望んでも良いかもしれぬ――、
と黒々とした眉をゆがめ、ギラついた表情でニタリと笑った。
武骨な外見に比べ《知恵者》とも評されるペノリクウス候。
しかし、アイカが護る馬車のなかに、虜囚の身から逃れた西南伯ヴール候ベスニクが乗っているとまでは気づかない。
*
ヒタヒタと追っ手が迫るなか、アイカはのどかな旅をつづけていた。
一行の先頭には、いわば大将軍格として全体の指揮を執るカリトンがいる。
馬をならべるサラナと共に地図から地形を見定め、馬車の揺れが小さくなるルートを選んでいる。また、ベスニクを擁した極秘の南行であることを踏まえ、人目に触れにくい箇所を縫うように進ませた。
どちらも職務に真面目に取り組むタイプで気が合うのか、会話も弾んでいる。
最後尾にはネビとチーナが陣取り、あとをつける者がいないか目を光らせる。
こちらも、数々の激戦をくぐり抜け暗器に興味を持ったチーナがあれこれ質問し、ネビも丁寧に答えて話が盛り上がっている。
周囲のザノクリフ兵や、ヴィアナの騎士たちも興味をそそられており、耳を澄ませて聞いていた。
そのふた組を気取られぬようにそっと愛でるアイカは、となりのアイラに囁いた。
「……アイラさんは、カリサラとネビチナ、どっちですか?」
「カ、カリサ……? ネビチ……?」
「もう。カリトンさんとサラナさんが《カリサラ》で、ネビさんとチーナさんが《ネビチナ》ですよぉ~」
「あ、ああ……、なるほどね……」
「あ、そっか。アイラさんもピュリサスさんと今、いい感じですもんね? ほかのカップルとか気になりませんよね?」
「ば! ……ばか。ピュリサスとは、そんなんじゃない……」
と、ほほを赤くして顔を背けるアイラに、にまぁっと笑うアイカ。
親分であるシモンから『レオンをガラのもとに届けよ』と命じられたピュリサスは、ヴールへの旅にも同行している。
幼い頃からの付き合いであるアイラとピュリサスが、ふたりで笑い合う姿は、アイカの目に何度も止まっていた。
そして、
――幼馴染的な? ……推せる! 自分、アイピュリ? ピュリラ? 推せます!!
と、拳をかたく握っていた。
嵐のように初恋と結婚をすませたアイカは、いま他人の恋愛的幸福が気になって仕方なかった。
アイカ自身、自分の人生は4度リセットされたと感じている。
1度目は、日本の母が精神に変調をきたしたとき。
2度目は、異世界に転生したとき。
3度目は、山奥でのサバイバル生活7年間。
そして、最後はリティアの義妹になったときである。
2度目と3度目はほぼ同時にやってきたのであるが、アイカのなかでは明確に意味が異なる。
特に7年間のサバイバル生活がアイカにもたらしたリセットは大きい。
否応なく山野を駆け回り体力的にヘトヘトになって毎晩グッスリ眠り、朝陽とともに目覚める生活は、日本で受けた大きな心の傷を癒し、あらたな自分を芽生えさせた。
それを、リティアによって開花させてもらった。
いくつもの自分が同居するような不思議な感覚ものこるが、いまの自分がいちばん気に入っている。ザノクリフの女王になったことなど、リティアとの出会いに比べれば些末なエピソードだ。
そんなアイカが、いまご機嫌でご陽気なのは、王国領に入ってからリティアの帰還とメテピュリア建設を耳にしたためでもある。
エメーウとの母娘関係に端を発して、一時心身に不調をきたしたリティアを慮り、アイカはみずから距離をとった。
しかし、もう会いに行っても大丈夫だろう。
ザノクリフという故郷もできた。旦那様もいる。適切な距離を保ちながら、またリティアと楽しく過ごしたい。
気持ちが浮かれて、ついキャッキャとアイラの恋路をいじってしまう。
そんなアイカを、タロウとジロウは「ふ~ん」という顔で眺め、ジョルジュとカリュは懐かしむような眼差しで見守った。
「若いっていいですわね。キラキラしてて」
「カリュ殿も充分にお若いではないか? まだ20代であられましたでしょう?」
「ギリ20代ですわ」
「儂など孫を見ておる気分ですぞ。おそらくリティア殿下のメテピュリアに移住して来ておるはず。そろそろ孫が恋しうなってきましたわい」
「絶妙に考え込まされてしまいますわ」
「なにを考えることが? まだまだ、カリュ殿にもよい出会いが待っておりますよ」
「そう思います? ほんとに待っててくれてますかね?」
リーヤボルク本軍の偵察にふたりで出たカリュとジョルジュも、気心の知れた関係となっている。
テンポのいい掛け合いは、めおと漫才のようでもある。
――ジョルカリュもアリですね。
モジャモジャのヒゲを剃ってイケメン爺さんになったジョルジュと、ふだんはオドオドとした表情を見せるカリュも、アイカにはお似合いにみえる。
押し付けるつもりはないが、みんなに幸せになってほしいと考える。
――自分に旦那様ができたせい?
と、苦笑いもするが、未来はひかり輝いているように感じられた。
めおと漫才をつづけるカリュに、スッとニコラエが馬を寄せた。
――おっ!? 思わぬ三角関係!?
というアイカの浮ついた気持ちとは裏腹に、ニコラエの表情はいつにもまして厳しい。
「カリュ殿……、偵騎に見つかった」
「えっ!?」
「私にはどこの兵かまでは分からぬが、騎馬の陰がチラリと見えた。あの動きは偵騎とみて間違いない。それも敵対的な挙動だ」
「分かりました、ありがとうございます」
かるく頭をさげたカリュは、いそいで先頭のカリトンのもとに向かう。
――ペノリクウスへの警戒が足りなかったか。あるいは政変があったか?
と悔いたが、ペノリクウス軍が敵意をもった行動に出てくれば、ベスニクを乗せた馬車も擁しており、迎え撃つには心許ない。
サラナが地形を読みなおし、進路を変更する。
速度を上げてヴールに急ぐ。
アイカも眉間にしわを寄せ、馬車のとなりをタロウに乗って駆けた。
――浮かれるには早かった。
馬車はガタガタと揺れており、中のベスニクとレオンも案じられたが、いまは安全な場所まで急ぐしかない。
しかし、最後尾からネビの声がひびく。
「左後方、敵影――っ! 数はおそらく3000!」
「……追い付かれたか」
と、カリュが唇を噛む。
カリトンが馬を寄せた。
「われら武人で殿をつとめます。カリュ殿は、アイカ殿下とベスニク様の馬車を先導する指揮を」
「承知いたしました」
スルスルと馬をさげてゆくカリトンに代わって、サラナがカリュに馬を寄せる。
「こちらの方向に、敵の目を欺けそうな茂みがあるはずです」
「分かりました。わたしはアイカ殿下のそばに。サラナ殿はジョルジュ殿と先導してください」
「承知」
すでに矢音が聞こえている。
矢をつがえようとしたアイカを、カリュが制し、前だけを向いて一目散に駆けるよう告げた。
「ペノリクウス軍はヴールに伍す強兵。計算だかく聖山戦争では、はやくに参朝いたしましたが、それだけにアイカ殿下の身柄をねらっているものと思われます」
「さっさと逃げろってことですね?」
「仰るとおりです。アイカ殿下とベスニク様の安全が確保できれば、カリトン殿とニコラエ殿、それにネビ殿が、どうにか襲撃をかわして下さるはずです」
「分かりました――っ!!」
眉根にグッと力をいれたアイカは、前を行くサラナの背中を見つめた。
速度は馬車以上にはあげられない。
地形をうまく活かしながら、隊列は敵兵の目をくらますように蛇行をはじめている。
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