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最終章 聖山桃契
262.横は空いている
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暴発したリーヤボルク兵1万が、危機にある祖国を救おうと王都から西に急行する。
王都ヴィアナに籠る棄兵のなかにも、わずかながらに忠誠心が篤い者たちがいたのだ。
まともな隊列もなく、ただ本国へと急ぐ兵士たちの群れを横腹から食い破ったのは、ヴィツェ太守ミハイ率いるザノクリフ軍4千であった。
瞬く間に撃破し、掃討にかかったザノクリフ軍を見下ろすミハイ。
その横にはカリュが馬を並べていた。
「カリュ殿の諜報網にかからねば、危ういところであった」
「恐れ入ります」
「雑兵1万とはいえ、草原に討ち入らせては、バシリオス陛下に面目の立たぬところであったわ」
皮肉げな笑みを浮かべるミハイ。
リーヤボルク兵たちは、王都に向けて大路を東進するロマナの兵5万を避け、コノクリア王国の草原経由で本国に戻ろうとしていた。
それを察知したカリュの献言で、ミハイが精鋭4千を率いて急行したのだ。
涼しい顔をしたカリュが、戦場を見渡す。
「倍以上の敵を瞬殺……。これでザノクリフの強さも《聖山の大地》に知れ渡ったことでしょう」
「ふっ。……サーバヌ騎士団を壊滅させた第3王女の第六騎士団。西方会盟を屈服させたロマナ殿の西南伯軍。リーヤボルク本軍15万を撃破したコノクリアの草原兵団。どこも強兵ぞろい。……少しは、ザノクリフの威名を轟かせることができたかな?」
「テノリアに、ミハイ殿率いるザノクリフ軍を侮る者はいなくなるでしょう」
「はっは。それなら主要太守を代表して兵を率いた俺の面目も立つ」
「そうそう、ミハイ様がおひとりで来られるとは意外でした。……なにか問題でも?」
「問題も問題、大問題だっ!」
と、ミハイは膝を叩いて笑った。
「女王陛下に火をつけられた交易が順調でな」
「まあ!」
「しかも主要太守のひとりフロリンが治めるグラブでは、獣の毛皮を得ようと猟に力をいれて山に入ったら、なんと銀が出た」
「それは素晴らしい!」
「しかも、あのシブチンが、産出する銀の利益が皆のものになるようにと、銀山を王家に寄進した」
「あら随分、お変わりになられましたわね」
「まあ……、みんな女王陛下にあてられてるのさ」
「ふふっ」
「おかげで銀山開発は国を挙げての大事業になって、どこも人手不足。なのに、それぞれの領地でも産業が軌道に乗りはじめてる」
「アイカ殿下……、いえ、イエリナ=アイカ陛下の国づくりが進んでいるのですね」
「ああ。もう飢えた子どもを目にすることはなくなったぜ」
「素晴らしいことです」
「だが、第3王女への援軍は、陛下と交わした約束だ。俺が代表して兵を率いてきた……、って訳だ。来たからには、武名を上げて帰らねぇとな」
かつて女候オリガ率いるヴィアナ騎士団に屈した歴史を持つザノクリフ王国。
歴史と伝統を尊重されても、武力においては下に見られてきた。
ミハイの物言いも、自然と皮肉めく。
「……ま、決戦を前にした余興のような戦だったが、ひとつでも武功をあげられたのは良かったか」
「王都に残るはリーヤボルク兵4万5千とザイチェミア騎士団8千。あとはペトラ殿下に従うヴィアナの騎士が千あまり……」
「こちらは三姫あわせて16万。それも、テノリア、ザノクリフ、コノクリアが力を合わせての大決戦。歴史にのこるだろうな」
「……さて、果たしてリーヤボルク兵が〈決戦〉に応じてくれますかどうか」
「ん?」
と、ミハイがカリュに向き直る。
いつものオドオドとした擬態の表情のなかにも、瞳には確信めいた輝きが宿って見えた。
「ふふっ。カリュ殿にかかれば、遠く離れた王都の様子も手に取るように分かるらしい」
「……いまだ王国の行方は予断を許しません」
「はっは。ますます頼もしい。あの西候セルジュを出し抜き、イエリナ陛下を救ったカリュ殿だ。俺の嫁に来てほしいくらいだぜ」
「あら? ……ミハイ殿には奥様が」
「へっ。この前、急な病いで亡くしちまってよ。内戦を乗りきるための政略結婚だったが、いなくなったら寂しいもんだ」
「それは、残念なことにございました」
「どうだ? 俺の横は空いてるぜ?」
「ミハイ様。そういう話は、むさくるしい戦場ではなく、雰囲気のよい庭園などでなさるべき事柄ですわ」
「はっは! 違いねぇ」
すまし顔のカリュから視線を外したミハイは、前線を見渡した。
「なにもかも、戦が終わってからのことだな」
「左様にございますわね」
「家出中の女王陛下にも国にお戻りいただかねばならんしな。王配陛下もひとり寝に厭いておられることだろうよ」
と、愉快げに笑うミハイ。
しかし、動乱の決着までは、カリュの憂慮したとおり、まだしばらくの時間を要することになる。
そして、このあとミハイは、プロポーズの理想的なシチュエーションについて、カリュから延々と聞かされた――。
王都ヴィアナに籠る棄兵のなかにも、わずかながらに忠誠心が篤い者たちがいたのだ。
まともな隊列もなく、ただ本国へと急ぐ兵士たちの群れを横腹から食い破ったのは、ヴィツェ太守ミハイ率いるザノクリフ軍4千であった。
瞬く間に撃破し、掃討にかかったザノクリフ軍を見下ろすミハイ。
その横にはカリュが馬を並べていた。
「カリュ殿の諜報網にかからねば、危ういところであった」
「恐れ入ります」
「雑兵1万とはいえ、草原に討ち入らせては、バシリオス陛下に面目の立たぬところであったわ」
皮肉げな笑みを浮かべるミハイ。
リーヤボルク兵たちは、王都に向けて大路を東進するロマナの兵5万を避け、コノクリア王国の草原経由で本国に戻ろうとしていた。
それを察知したカリュの献言で、ミハイが精鋭4千を率いて急行したのだ。
涼しい顔をしたカリュが、戦場を見渡す。
「倍以上の敵を瞬殺……。これでザノクリフの強さも《聖山の大地》に知れ渡ったことでしょう」
「ふっ。……サーバヌ騎士団を壊滅させた第3王女の第六騎士団。西方会盟を屈服させたロマナ殿の西南伯軍。リーヤボルク本軍15万を撃破したコノクリアの草原兵団。どこも強兵ぞろい。……少しは、ザノクリフの威名を轟かせることができたかな?」
「テノリアに、ミハイ殿率いるザノクリフ軍を侮る者はいなくなるでしょう」
「はっは。それなら主要太守を代表して兵を率いた俺の面目も立つ」
「そうそう、ミハイ様がおひとりで来られるとは意外でした。……なにか問題でも?」
「問題も問題、大問題だっ!」
と、ミハイは膝を叩いて笑った。
「女王陛下に火をつけられた交易が順調でな」
「まあ!」
「しかも主要太守のひとりフロリンが治めるグラブでは、獣の毛皮を得ようと猟に力をいれて山に入ったら、なんと銀が出た」
「それは素晴らしい!」
「しかも、あのシブチンが、産出する銀の利益が皆のものになるようにと、銀山を王家に寄進した」
「あら随分、お変わりになられましたわね」
「まあ……、みんな女王陛下にあてられてるのさ」
「ふふっ」
「おかげで銀山開発は国を挙げての大事業になって、どこも人手不足。なのに、それぞれの領地でも産業が軌道に乗りはじめてる」
「アイカ殿下……、いえ、イエリナ=アイカ陛下の国づくりが進んでいるのですね」
「ああ。もう飢えた子どもを目にすることはなくなったぜ」
「素晴らしいことです」
「だが、第3王女への援軍は、陛下と交わした約束だ。俺が代表して兵を率いてきた……、って訳だ。来たからには、武名を上げて帰らねぇとな」
かつて女候オリガ率いるヴィアナ騎士団に屈した歴史を持つザノクリフ王国。
歴史と伝統を尊重されても、武力においては下に見られてきた。
ミハイの物言いも、自然と皮肉めく。
「……ま、決戦を前にした余興のような戦だったが、ひとつでも武功をあげられたのは良かったか」
「王都に残るはリーヤボルク兵4万5千とザイチェミア騎士団8千。あとはペトラ殿下に従うヴィアナの騎士が千あまり……」
「こちらは三姫あわせて16万。それも、テノリア、ザノクリフ、コノクリアが力を合わせての大決戦。歴史にのこるだろうな」
「……さて、果たしてリーヤボルク兵が〈決戦〉に応じてくれますかどうか」
「ん?」
と、ミハイがカリュに向き直る。
いつものオドオドとした擬態の表情のなかにも、瞳には確信めいた輝きが宿って見えた。
「ふふっ。カリュ殿にかかれば、遠く離れた王都の様子も手に取るように分かるらしい」
「……いまだ王国の行方は予断を許しません」
「はっは。ますます頼もしい。あの西候セルジュを出し抜き、イエリナ陛下を救ったカリュ殿だ。俺の嫁に来てほしいくらいだぜ」
「あら? ……ミハイ殿には奥様が」
「へっ。この前、急な病いで亡くしちまってよ。内戦を乗りきるための政略結婚だったが、いなくなったら寂しいもんだ」
「それは、残念なことにございました」
「どうだ? 俺の横は空いてるぜ?」
「ミハイ様。そういう話は、むさくるしい戦場ではなく、雰囲気のよい庭園などでなさるべき事柄ですわ」
「はっは! 違いねぇ」
すまし顔のカリュから視線を外したミハイは、前線を見渡した。
「なにもかも、戦が終わってからのことだな」
「左様にございますわね」
「家出中の女王陛下にも国にお戻りいただかねばならんしな。王配陛下もひとり寝に厭いておられることだろうよ」
と、愉快げに笑うミハイ。
しかし、動乱の決着までは、カリュの憂慮したとおり、まだしばらくの時間を要することになる。
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