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第一章 代筆屋と客じゃない客
第二片 探り合い
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その日は、春先にしてはめずらしく暑い日だった。
私は代筆屋の仕事に向かうため、白い襟付きで背中の留め具がきらりと光る紺色のワンピースを着ていつものように一階へ下りた。
『代筆屋 カレン』
それが私の仕事場だ。
やたらとツヤがある長い黒髪は母親譲り、大きな黒い瞳は父親譲りだという。でも両親の姿を見たことはないから、その真偽はきっと一生謎のままだろう。
一緒に住んでいる相棒のゼンは、何でも屋を営んでいる。事務所はなく、二階の自室が拠点だ。
昨夜は遅く帰ってきて、開店時間になった今もまだ眠っている。
代筆屋の仕事には、ゼンは居ても居なくても問題ないので起こさないでいよう。起きたらテーブルの上の食事を摂って、そのうち下りてくるだろうし。
今日の予約は、昼過ぎに一件、夕方に一件。午前中はのんびりできそうだ、と思っていたら意外にも開店直後からカランと涼しげな鐘の音が鳴った。客が入ってきた合図だ。
「ようこそ、代筆屋カレンへ」
笑顔は年中品切れがちで、口元だけ無理に引き延ばしているのはいつものこと。これでよく客商売ができているなと自分でも思う。
うちに来るお客様はだいたい切羽詰まっていて、対応する女に愛想は求めない。代筆屋はおじさんが多いので、そもそも愛想のない店員が許される職業でもある。
入ってきたお客様は、年若い男性。すらりと細身で長身の人だった。とても精一杯書いた恋文など必要な男ではなさそう……。
かなり、かっこいい。
少しの笑顔と社交辞令で、どんな女性もすぐに恋に堕ちそうな美男子だわ。私には関係ないけれど。
書類作成や教本づくりの依頼かな。
私は彼の見た目から依頼のあたりをつけ、スッとカウンターから出る。何か確かめるように私を見つめ、扉の前で立ち止まっている彼をテーブルへ誘導した。
「はじめてのお客様でいらっしゃいますね?わたくしが、代筆屋の店主であるカレンです」
「どうも。今日は手紙の依頼に来ました」
(あら、予測はずれ)
書類作成ではなかった。
にっこり笑った彼は爽やかな好青年で、金髪に茶色の目、今人気の恋愛小説から抜け出てきたような王子様タイプに見える。
私は彼をテーブルに案内すると、手早く果実水をグラスに注いだ。それをテーブルにそっと置くと、彼は「どうも」と軽い会釈を返してくれた。
グラスを取った手を観察すると、節がしっかりとあるゴツゴツとした硬そうな指をしている。剣や刃物を握る職業、となると軍人か警吏、もしくは料理人か解体屋かしら?でもあまり強そうには見えない。
港町だからお客さんの中には船乗りもいる。でも彼の見た目からするとそれはないかな。腕も細くはないけれど、船乗りは尋常じゃないほど腕が太くなるから絶対に違う。
「本日は、どのようなご依頼ですか?」
職業の詮索を早々に諦め、私は接客を始めた。
テーブルの上に石板を置き、お客さんと会話をしながらそこに文字を書き記していくのが主な流れだ。
使用するペンは普通の羽ペンに見えるけれど、この中には特殊なインクが入っていて、石板に書いて数時間すると自然に消えるか水で流せばすぐに消えてなくなるようになっている。
ものすごく高い。だから絶対に割りたくない。いや、割れない。
私の問いかけに、彼は穏やかな笑みを浮かべて言った。
「今日はその……見合い相手に出す手紙を書きたいんだ」
「お見合い相手に、ですね。一通り事情をお聞かせ願えますか?」
「ああ」
「ではまず、お名前から」
「俺の名前はロイ。見合い相手は上司の娘・シェーナさんという。王都にいる。訳あって来年まで会えないから、手紙のやりとりをすることになったんだが、あいにく女性に手紙を書いたことはない」
(でしょうね!モテる人って手紙を書くより直接口説くものね)
私はいつも通り、まっすぐにロイさんに視線を向けた。私のような黒目・黒髪の容姿を怖がる人もいるけれど、ロイさんはとくに反応を示さなかった。これはめずらしい。誰か知り合いにでも私みたいな容姿の人間がいるのだろうか?
会話中、じっと見つめていると、気まずくなったのか目を反らされた。
しばらく話していると、彼は本当に手紙を書いたことがないんだなってわかるくらい書き方を知らなかった。
自分だけで書いていたら、ロイという名前とあいさつだけで終わっただろう。イケメンの筆不精は、顔が見えないと途端に不利になるからちょっとかわいそうだなと思う。
私は王都に住んでいるという彼女の情報を色々と聞き出し、彼についても話を聞いていった。
「わかりました。彼女とのやりとりは、これが初めてでしょうか」
「ええ、そうですね」
「では、ロイ様はこのご縁を結ぶおつもりという解釈でよろしいですね?」
「ああ。会ったことはないが、彼女との結婚は前向きに考えている」
「わかりました。それではまず、互いのことを知るところから始めましょう。初回は簡単な挨拶とこの縁談を嬉しく思っていることを伝え、お返事をいただいてからロイ様の人となりや心のうちを少しずつ伝えていきましょう」
「よく知らないんだが、見合い相手とのやりとりとはそういうものなのか?」
彼は女性に出す手紙を本当に知らなかった。私にあっさりと今後の流れを提案され、頷きつつも「普通」がどういったものなのか考えだしているみたい。
私は口元を横にきゅっと結び、雰囲気だけ笑って見せると「ええ、そういうものです」と短く答える。
「なんだか……ベテラン教師のようだね」
彼は少しだけ笑ってそう言った。うん、よく言われる。
十九歳だけれど、仕事をしていると年上に見られることが多い。でもやっぱりあんまり年上に見られるのはちょっと切ない……。一応年頃の女の子、のつもりなんだけれど。
私は気を取り直して、彼に今後の流れを説明した。
「もちろん、二回目以降は相手のお返事次第ではありますが、初回はとにかくこの縁談を前向きに検討しているというロイ様の意向を知ってもらうことに意味があります。ロイ様だって、相手の意向がわからないと返事が書きづらいでしょう?相手が縁談を進めたいと思っているとわかるだけで、ずいぶんと気持ちが変わりますよ」
「そういうものか?」
「ええ、そういうものです」
私はスッと立ち上がると、カウンターに立てかけてあったもう一台の石板を持ってやってくる。テーブルにそれを乗せると、備え付けの羽ペンをとってロイに手渡した。
「さ、ロイ様。まずは気軽に、思ったことを箇条書きにしてください。手紙の構成を決めますよ。初回ですから、短めかつ真剣な気持ちが伝わるようにいたしましょう」
「あ、はい」
ロイは苦笑いし、仕方なく羽ペンをしっかりと握り石板に向き合う。まずは構成を決め、文章を吟味し、そして完成した文章を紙に写していった。
「そういえば、こんなところに代筆屋があるなんて知らなかったよ。いつからここで?」
「二年前からです」
「二年前か。ひとりでやっているの?」
「ええ、基本的には。たまにゼンという男性が対応することもありますよ。彼は商会がらみの文書作成ならお手伝いできますので」
「へぇ。従業員までいるんだ。すごいね。ところでカレンさん恋人は?」
「いませんよ、今は」
「へぇ。今は、ね」
「ええ」
何だろう、手紙を書きつつ会話しているが、ロイさんが真剣に書いていないのはわかる。それに次々と質問が出てくるのが不自然だ……。なんだか尋問されているみたい。最初から、聞くつもりだった?
私は笑顔を無理やり作りながらも、彼のことを観察した。
「カレンさん、出身は?」
「……王都です」
「家族は?」
「いますよ。あ、ここ気を付けてくださいね、間違いやすいですから」
「恋人はいないって言っていたよね。客と恋仲になることはないの?」
「ありません。お客様は誰かに恋をしていますから」
「それでも素敵な人が来て心惹かれたり、は?」
「ふふふ。今のところないですね」
「カレンさんはどんな男性が好み?」
「好み、ですか。……優しい方です」
「それはまた漠然とした広い好みだね」
「女性はたいてい、優しい男性が好きなのです」
「そうかな?たとえば……頭のいい男と力の強い男、どっちが好き?」
「そうですねぇ、どちらでしょうか?」
やっぱり、この人は手紙を書きに来たんじゃない。何か調べに来た?
警吏なのかな……。うちのお客さんが何かして調べているっていう可能性もあるわね。
おそらくゼンじゃないと思いたい。たまに問題を起こすけれど、わざわざ調べられるようなことはしていないはずだもの。
すでに手紙を書き終えたロイさんは、やはり心がそこにないように思えた。うまくやりたい見合いなら、もう少し真剣に考えるだろう。
いい男だけれど、代筆屋として手伝えることがないならもう帰って欲しい。
私はスッと立ち上がると、テーブルの上のグラスを下げた。あ、もう帰れという意思表示は伝わったみたい。彼はかき上げた手紙を持って席を立った。モテる人って空気読めるよね、とちょっとだけ見直した。
「さて、手紙も書けたし、そろそろ帰るよ。支払いはここに置いておけばいい?」
ポケットから銀貨二枚を出した彼は、返事を聞き終わる前にテーブルの上に置いた。本来ならそれでいいけれど……。ちょっとくらい牽制しておかないとね。もう来ないように。
「ロイ様」
カウンターにグラスを置き、扉の方に歩いて行ったロイさんの後を追った。呼び止められて振り返った彼の手に、そっと銀貨一枚を握らせる。
「次に来店されるときは、恋をしてから来てくださいね」
怖いと定評のある、上目遣いに空虚な目を向ける。ロイさんは、そんな私にぐっと喉を詰まらせた。
(ほらね、やっぱりお客さんじゃなかった)
扉を開け、彼の体を押し出すようにして別れを告げる。最後の最後で今日一番の笑顔ができたわ。
「それでは、またいつの日か」
「……ええ、それでは」
彼が去った後、ふぅっと一息ついた私は椅子に座って考えごとをした。
まったく、どこのまわし者か。無駄な時間を取られてしまった。
浮気調査?それも十分あり得る。どこぞの令嬢が「彼と代筆屋の女が浮気でもしてるんじゃないの?」って雇った人かな。
迷惑な話だ。こっちは仕事をしているだけなのに。
夕方からもう一件予約が入っている。今度は普通のお客さんだといいな。
私は代筆屋の仕事に向かうため、白い襟付きで背中の留め具がきらりと光る紺色のワンピースを着ていつものように一階へ下りた。
『代筆屋 カレン』
それが私の仕事場だ。
やたらとツヤがある長い黒髪は母親譲り、大きな黒い瞳は父親譲りだという。でも両親の姿を見たことはないから、その真偽はきっと一生謎のままだろう。
一緒に住んでいる相棒のゼンは、何でも屋を営んでいる。事務所はなく、二階の自室が拠点だ。
昨夜は遅く帰ってきて、開店時間になった今もまだ眠っている。
代筆屋の仕事には、ゼンは居ても居なくても問題ないので起こさないでいよう。起きたらテーブルの上の食事を摂って、そのうち下りてくるだろうし。
今日の予約は、昼過ぎに一件、夕方に一件。午前中はのんびりできそうだ、と思っていたら意外にも開店直後からカランと涼しげな鐘の音が鳴った。客が入ってきた合図だ。
「ようこそ、代筆屋カレンへ」
笑顔は年中品切れがちで、口元だけ無理に引き延ばしているのはいつものこと。これでよく客商売ができているなと自分でも思う。
うちに来るお客様はだいたい切羽詰まっていて、対応する女に愛想は求めない。代筆屋はおじさんが多いので、そもそも愛想のない店員が許される職業でもある。
入ってきたお客様は、年若い男性。すらりと細身で長身の人だった。とても精一杯書いた恋文など必要な男ではなさそう……。
かなり、かっこいい。
少しの笑顔と社交辞令で、どんな女性もすぐに恋に堕ちそうな美男子だわ。私には関係ないけれど。
書類作成や教本づくりの依頼かな。
私は彼の見た目から依頼のあたりをつけ、スッとカウンターから出る。何か確かめるように私を見つめ、扉の前で立ち止まっている彼をテーブルへ誘導した。
「はじめてのお客様でいらっしゃいますね?わたくしが、代筆屋の店主であるカレンです」
「どうも。今日は手紙の依頼に来ました」
(あら、予測はずれ)
書類作成ではなかった。
にっこり笑った彼は爽やかな好青年で、金髪に茶色の目、今人気の恋愛小説から抜け出てきたような王子様タイプに見える。
私は彼をテーブルに案内すると、手早く果実水をグラスに注いだ。それをテーブルにそっと置くと、彼は「どうも」と軽い会釈を返してくれた。
グラスを取った手を観察すると、節がしっかりとあるゴツゴツとした硬そうな指をしている。剣や刃物を握る職業、となると軍人か警吏、もしくは料理人か解体屋かしら?でもあまり強そうには見えない。
港町だからお客さんの中には船乗りもいる。でも彼の見た目からするとそれはないかな。腕も細くはないけれど、船乗りは尋常じゃないほど腕が太くなるから絶対に違う。
「本日は、どのようなご依頼ですか?」
職業の詮索を早々に諦め、私は接客を始めた。
テーブルの上に石板を置き、お客さんと会話をしながらそこに文字を書き記していくのが主な流れだ。
使用するペンは普通の羽ペンに見えるけれど、この中には特殊なインクが入っていて、石板に書いて数時間すると自然に消えるか水で流せばすぐに消えてなくなるようになっている。
ものすごく高い。だから絶対に割りたくない。いや、割れない。
私の問いかけに、彼は穏やかな笑みを浮かべて言った。
「今日はその……見合い相手に出す手紙を書きたいんだ」
「お見合い相手に、ですね。一通り事情をお聞かせ願えますか?」
「ああ」
「ではまず、お名前から」
「俺の名前はロイ。見合い相手は上司の娘・シェーナさんという。王都にいる。訳あって来年まで会えないから、手紙のやりとりをすることになったんだが、あいにく女性に手紙を書いたことはない」
(でしょうね!モテる人って手紙を書くより直接口説くものね)
私はいつも通り、まっすぐにロイさんに視線を向けた。私のような黒目・黒髪の容姿を怖がる人もいるけれど、ロイさんはとくに反応を示さなかった。これはめずらしい。誰か知り合いにでも私みたいな容姿の人間がいるのだろうか?
会話中、じっと見つめていると、気まずくなったのか目を反らされた。
しばらく話していると、彼は本当に手紙を書いたことがないんだなってわかるくらい書き方を知らなかった。
自分だけで書いていたら、ロイという名前とあいさつだけで終わっただろう。イケメンの筆不精は、顔が見えないと途端に不利になるからちょっとかわいそうだなと思う。
私は王都に住んでいるという彼女の情報を色々と聞き出し、彼についても話を聞いていった。
「わかりました。彼女とのやりとりは、これが初めてでしょうか」
「ええ、そうですね」
「では、ロイ様はこのご縁を結ぶおつもりという解釈でよろしいですね?」
「ああ。会ったことはないが、彼女との結婚は前向きに考えている」
「わかりました。それではまず、互いのことを知るところから始めましょう。初回は簡単な挨拶とこの縁談を嬉しく思っていることを伝え、お返事をいただいてからロイ様の人となりや心のうちを少しずつ伝えていきましょう」
「よく知らないんだが、見合い相手とのやりとりとはそういうものなのか?」
彼は女性に出す手紙を本当に知らなかった。私にあっさりと今後の流れを提案され、頷きつつも「普通」がどういったものなのか考えだしているみたい。
私は口元を横にきゅっと結び、雰囲気だけ笑って見せると「ええ、そういうものです」と短く答える。
「なんだか……ベテラン教師のようだね」
彼は少しだけ笑ってそう言った。うん、よく言われる。
十九歳だけれど、仕事をしていると年上に見られることが多い。でもやっぱりあんまり年上に見られるのはちょっと切ない……。一応年頃の女の子、のつもりなんだけれど。
私は気を取り直して、彼に今後の流れを説明した。
「もちろん、二回目以降は相手のお返事次第ではありますが、初回はとにかくこの縁談を前向きに検討しているというロイ様の意向を知ってもらうことに意味があります。ロイ様だって、相手の意向がわからないと返事が書きづらいでしょう?相手が縁談を進めたいと思っているとわかるだけで、ずいぶんと気持ちが変わりますよ」
「そういうものか?」
「ええ、そういうものです」
私はスッと立ち上がると、カウンターに立てかけてあったもう一台の石板を持ってやってくる。テーブルにそれを乗せると、備え付けの羽ペンをとってロイに手渡した。
「さ、ロイ様。まずは気軽に、思ったことを箇条書きにしてください。手紙の構成を決めますよ。初回ですから、短めかつ真剣な気持ちが伝わるようにいたしましょう」
「あ、はい」
ロイは苦笑いし、仕方なく羽ペンをしっかりと握り石板に向き合う。まずは構成を決め、文章を吟味し、そして完成した文章を紙に写していった。
「そういえば、こんなところに代筆屋があるなんて知らなかったよ。いつからここで?」
「二年前からです」
「二年前か。ひとりでやっているの?」
「ええ、基本的には。たまにゼンという男性が対応することもありますよ。彼は商会がらみの文書作成ならお手伝いできますので」
「へぇ。従業員までいるんだ。すごいね。ところでカレンさん恋人は?」
「いませんよ、今は」
「へぇ。今は、ね」
「ええ」
何だろう、手紙を書きつつ会話しているが、ロイさんが真剣に書いていないのはわかる。それに次々と質問が出てくるのが不自然だ……。なんだか尋問されているみたい。最初から、聞くつもりだった?
私は笑顔を無理やり作りながらも、彼のことを観察した。
「カレンさん、出身は?」
「……王都です」
「家族は?」
「いますよ。あ、ここ気を付けてくださいね、間違いやすいですから」
「恋人はいないって言っていたよね。客と恋仲になることはないの?」
「ありません。お客様は誰かに恋をしていますから」
「それでも素敵な人が来て心惹かれたり、は?」
「ふふふ。今のところないですね」
「カレンさんはどんな男性が好み?」
「好み、ですか。……優しい方です」
「それはまた漠然とした広い好みだね」
「女性はたいてい、優しい男性が好きなのです」
「そうかな?たとえば……頭のいい男と力の強い男、どっちが好き?」
「そうですねぇ、どちらでしょうか?」
やっぱり、この人は手紙を書きに来たんじゃない。何か調べに来た?
警吏なのかな……。うちのお客さんが何かして調べているっていう可能性もあるわね。
おそらくゼンじゃないと思いたい。たまに問題を起こすけれど、わざわざ調べられるようなことはしていないはずだもの。
すでに手紙を書き終えたロイさんは、やはり心がそこにないように思えた。うまくやりたい見合いなら、もう少し真剣に考えるだろう。
いい男だけれど、代筆屋として手伝えることがないならもう帰って欲しい。
私はスッと立ち上がると、テーブルの上のグラスを下げた。あ、もう帰れという意思表示は伝わったみたい。彼はかき上げた手紙を持って席を立った。モテる人って空気読めるよね、とちょっとだけ見直した。
「さて、手紙も書けたし、そろそろ帰るよ。支払いはここに置いておけばいい?」
ポケットから銀貨二枚を出した彼は、返事を聞き終わる前にテーブルの上に置いた。本来ならそれでいいけれど……。ちょっとくらい牽制しておかないとね。もう来ないように。
「ロイ様」
カウンターにグラスを置き、扉の方に歩いて行ったロイさんの後を追った。呼び止められて振り返った彼の手に、そっと銀貨一枚を握らせる。
「次に来店されるときは、恋をしてから来てくださいね」
怖いと定評のある、上目遣いに空虚な目を向ける。ロイさんは、そんな私にぐっと喉を詰まらせた。
(ほらね、やっぱりお客さんじゃなかった)
扉を開け、彼の体を押し出すようにして別れを告げる。最後の最後で今日一番の笑顔ができたわ。
「それでは、またいつの日か」
「……ええ、それでは」
彼が去った後、ふぅっと一息ついた私は椅子に座って考えごとをした。
まったく、どこのまわし者か。無駄な時間を取られてしまった。
浮気調査?それも十分あり得る。どこぞの令嬢が「彼と代筆屋の女が浮気でもしてるんじゃないの?」って雇った人かな。
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