浅嬢の相対傍観記

R

文字の大きさ
2 / 2
初帳─惨楽記─

噓霧寒のメランコリー

しおりを挟む
 ──朝の5時。意識が朦朧もうろうとする中、うるさいアラーム音で目を覚ました。まだ真っ暗な部屋で、枕元に一筋ひとすじの光を閉じかけの視界で探す。堕落しふくの時間がぶち壊れた。これを片手で消し、私はまた目蓋を閉じた。

 ──視界が真っ白になる。と気付いて目を開いた。部屋の中は明るく、朝だというのを認識する。壁の掛け時計を確認した──どうやら7時を回ったところらしい。そこで寝坊助わたしは「またか」と思うのだった。これでは
 とりあえず、私はベッドから降りた。寝癖でぐしゃぐしゃの髪の毛を軽くいじり、部屋の温度に身体を震わせる。

「さむい」

 そう独り言のように口から出てしまった私は多少ぼけまなこの目をこすり、自室へやから出た。

 洗面台につくと、正面の不快な気持ちのまま口をゆすぐ。それが終わると和室に向かい、入って。いつもどおり。
 次はリビングに向かい、テーブルの上の食パンの袋を手に取った。2枚だけ取り出してオーブントースターに入れる。食パンを焼いている間に、冷蔵庫からハチミツの小瓶を取り出し、美味しくも不味くもないインスタントコーヒーを淹れた。いつもどおり。
 視線を時計に移す──7時と15分を回ったところだ。ぼけっとしながら一口ひとくちだけブラックコーヒーに口付けキスをすると、とトースターが鳴る。それに頭を小突かれたように席を立ち、食パンをお出迎え。

「いただきます」

 息を吐くようにそう私は呟くと、ハチミツを塗りたくり食パンをかっ込んだ。
 朝食を済ませると残りのコーヒーを一気いっきにあおり、洗面所へ。服を脱いで風呂場に入り、シャワーを浴びる。浴び終えると洗面所で身体を拭きながら、その寒さに顔を歪ませた。

「さむい」

 またそのように呟き、タオル生地のポンチョを着る。洗面台でドライヤーの線を入れ、中途半端な丈の髪を乾かした。いつもどおり。
 身支度をして軽く髪の毛を整え、マフラーを巻いた。リビングの掛け時計に視線を移す──8時を回ったところだ。ちょうどいい。玄関で靴を履き、鍵を持って家を出る。家の鍵をかけ、いつものように階段を降りて愛車ママチャリを引っ張り出した。

 作業のようにいつものみちを走る。ペダルを漕げば漕ぐほど風が強く当たり、冷たくて寒い。寒くてたまらない。足が良く冷えた。と今更ながら思う。ハンドルに巻き付けるかじかんだ指は、何かで刺しているような痛みすら感じていた。

「さむい」

 またそう呟き、苛立つ。そんなことでさえも苛立ち、乾いた唇を噛む。……いや、苛立っているのは。恐らくは──。しかし、それを寒さのせいにしたかった。ただそれだけなのである。

しばらくして、した。鞄の中からスマホを取り出し、時間を見る──8時と45分だ。かかった時間は早くも遅くもない。
愛車ママチャリを押しつつ駐輪場を目指す。いつものようにが周りには集まっていた。また下らない一日いちにちが始まるのだ、と虚しくも思う。


 ……

__________


「……さて、冬休みまであと一ヶ月いっかげつを切ったからといって浮かれたりして事故でも起こさないように。気を引き締めて行けよ」

 と、そんな可もなく不可もなく絶対に思ってもいないような話をする紫藤しどう紫藤かれのそこまで必要のない話が終えると。その合図で、私は面倒くさそうに鞄の中からを出し、頬杖をつく。そして、左側に目をくれた──まあこんなにも陽は出ているのにどうして寒いものであろうか。
 右側ではあちこちから「さみぃ」「だりぃ」と聞こえ、各々が下らないことを話していた。どうもまだ先のクリスマスの話まで、やれ恋人がどうとか恋愛がどうだのといつもどおりうるさい。ましてや数人のに至っては男子の目もはばからず、楽しそうに品の無い話までに移行させる始末である。阿呆なの?
 そんなことをためいき混じりに思いつつ、時計に目を配る──9時と10分。嗚呼ああ、そろそろか。私は軽く欠伸をし、中途半端な丈の髪をいじる。

 チャイムが鳴った。いいタイミングで室内のドアがき、城郁しろふみが入る。いつもどおり、とても長くて少し癖のある髪の毛がふわふわと動いた。
城郁かのじょは眼鏡をかけ直すといつもどおりに「山月記さんげつき」と、まあ相変わらずの達筆で縦書きする。その書かれた内容を見て、私は少し口元を綻ばせた。……
城郁しろふみが口を開いた。

「それでは──」

__________


 さて、何時間が経ったであろうか。と室内の掛け時計に目を配る──11時と5分。もう一時間弱いちじかんじゃくもすれば昼食だ。
を出し、溜息をつく。そして中途半端な丈の髪をいじると、何かを忘れているような感覚に陥った。はてさて、何だったかな……などと考えている中、向こうから何やら愚かな会話が聞こえて来た。

「だるくね?」
「だりぃ」
「確かにめんどくさいな。腹も減るのに何時間も拘束されてね」
退室でちまわね? 今日は寒いし、もう無理だわ」
「それな」
「いいだろ、いつも言うけど俺たち。何しようが勝手だよね」

 などと言い放ち、三人の男子はだらだらと退室する。勝手なわけないよ、阿呆なの? 特に椛野かばや椛野かれは理屈にもなっていない意味不明な事を、理屈のように話すのは相変わらずである。まあ良く話すいつもどおりの会話なので、さして思うことは何もないが。

 彼らが退室してすぐあたりに井賀いがが入ってきた。また時計を確認する──11時と10分。まあそろそろか、と姿勢を正した。

 チャイムが鳴る。その合図と共に井賀かれが口を開いた。

「ああ、まず調。」

 ──。私は井賀いがの言葉で、を思い出す。

「……。」

__________


 午後0時。私は徒歩で
 先程は仕方なく、近くのスーパーで菓子パンを2つ買った。あんパンとメロンパン……あまり好きじゃない。安くなっていたため買ったのである。今月は少し厳しい。

 どうも先月から。運が悪いのか、私が悪いのか……まあ基本的には後者だろう。そして前者の場合もあるだろう。だが、不運とは別に天災の如く訪れるもある。そういうに限って、数は少なくとも事が大きい。
 さて、そのようなことを意識するようになったのはいつからだろうか。事の大きさ小ささを重点に置かなければ、若しかすると。では2年前は? 5年前は? 10年前はどうだろうか……いや、そこまで遡っても無意味だ。恐らく、そんな以前では自覚がない。私が考えるべき問題はだろう。自分はよもや阿呆かと疑うくらいである。
 そんな下らなく当たり前な自問自答を繰り返して、去年の出来事から振り返ろうとしていた矢先、気が付くと目的地に着いていた。じゃあいいかな、と一旦いったん忘れることにする。

 私はいつものバルコニー(自称)の飲食スペースで昼食をとることにした。先客はいない。

「いただきます」

 ……誰も聞くことはない。誰も知らない。そんな状況下の中、この言葉は自分にだけ良く聞こえていた。なんということもない、いつもどおりである。
 あんパン、メロンパンの順に一気いっきにたいらげ、水筒の水を続けてあおった。水が喉を通ると、昨日のこと──。苛立つ。苛立って拳を軽く握った。周りには誰もいないのだ、少しなら口に出してしまった方が楽だったのかもしれない。しかし、口に出したことでのが──私には。……かもしれない。
 そんな事を思いつつ、気を紛らわせるためにの用事を始めた。……。これでいいのである。


 虚しくも鳥は明るいで鳴き、寒くも陽だけは輝いていた。

__________


 あれから、一時間くらいが経過し、私は席で呉雅くがの話を聞きながらノートに書いていた。いつもどおりである。
 ……呉雅かれの話はとても長い。そもそも話すのが好きであり、特にギャグトークを好む。時には、話に熱中すると癖で身振り手振りを使ってくる……などと思いつつ、再び呉雅くがの話に耳を傾けた。

「──つまり、要はいま解説した三角関数の三種類は……基本的かつ重要な考え方だからね。そう……サイコさん、と覚えんだよ! あっ、。これじゃあダメじゃんダメダメ! 一つでもかけちゃダメです! ダメよバカーんあなたー……なんつってね!」

 嗚呼……そして、話がとてもつまらない。どうしてだろうと思ってしまうくらいに本当につまらない。頑張ってくれているのは見ていてとても感じるのだが、恐ろしいほどにつまらない。悲しいことに呉雅くが渾身のギャグトークは毎回、誰一人ひとりとして微笑すらしないのだ……それが彼のキャラとして定着してしまっているのもあるが。
 しかし、凄いのがこのスタイルをずっと保ち続けているということだ。若い頃からこのスタイルだったという噂である。恐らく笑ってくれることはないだろうが、それでも尚この信念を貫き通したのだろう。性格か、趣向か、或いは情熱か……何がそこまでも呉雅かれをつき動かしているのか全く検討もつかなかった。……否、性格かなあ。

 私もそれくらい何かにこだわって、一つのことに打ち込めたらいいのだろうと深く思った。……さて、出来るだろうか。

 そんな事を考えつつ、私は呉雅くがの話に耳を傾け、至極面倒めんどうくさそうに頬杖をついた。

__________


 ──チャイムが鳴る。さて、もう午後5時くらいだろう。夜ほどではないが辺りは暗くなってきており、一面が藍色の空だ。最近は段々と日没が早くなって来ている気がする。いや、やはりそうでもないかもしれない。気のせいだろうか。まあ少なくとも、は早いだろう。などとふと思いつつ、私は

 全てでの用事が終わった私は、鞄を背負い駐輪場へ。数ある自転車の中から自分の自転車を探したが……どうも見つからない。確かこの辺りに停めたはずなんだけどな、とボヤきつつ自分の記憶を辿ってみる。はて、今朝はどこに置いただろうか……などと思い出しつつ探していると、やっと発見した。つい、などと呟き愛車ママチャリの元へ。どうも奥の方に置いてしまったらしいがあまり記憶に無い。まあ、気付けば随分ずいぶん忘れやすくなったものだと反省した。
 私は自転車に鍵を刺し、後輪のスタンドにキックを見舞う。そしてサドルに跨がろうとした最中だった。──。私はその声で後ろを向くと、少し離れた所に。恐らく自転車を取りに来たのだろう、駐輪場の前で友人を三、四人ほど引き連れて楽しそうに会話をしていた。……方庵ほうあん沼津付ぬまづけ椛野かばや、あと一人ひとりは……誰だったか。まあそれよりも、あなたたち三人はサボって帰ったんじゃないの、と言いたい。
 などと思っていると、こちらの視線に気付いたのかと目が合う。……私は瞬時に目を逸らした。流石に。背を向け、自転車を押し始めた。後ろからは彼らの会話が聞こえて来る。

「うぃー、。どしたよ、あ? ……あの子か? お前ら知ってる?」
「しらねぇ」
やつじゃないか? 同じ。名前は覚えてないけど、ちょっと暗くて口数の少ないやつだよ。……あれ、確かウエノンまえあいつと話してただろ? ということは、お前はあいつのことをよく理解しているはずだよね」

 やはり椛野かばやは頭がおかしい。

「マジかよ。どんな感じだった? やっぱり喋んねぇの?」
「しりてぇ」
「ここまで友人が聞いているんだ。だから、お前は答えるべきだよ。これは義務」

 そんな下らないことを彼らが言っていると、と笑う声が聞こえてくる。今度は彼が話し始めた。

「いやいや、良く知らないよ。」
「えっ、でも話ししたんじゃん? どんな様子だったのかくらい分かんだろ。」
「しりてぇ」
「嘘は良くないよウエノン。友人に隠し事は絶対に良くない。如何なる事柄でも、理由があっても話すべきだよ。それが出来ない奴は頭がおかしい、人間じゃない。これは義務、友人は絶対だよ」

椛野かばやは少し黙っていてほしい。

「別に隠してないさ。ちょっと紫藤しどうの頼まれ事で一緒いっしょになったから軽く挨拶しただけだよ」

 彼はさらっと自然な口調でそう言ってのける。全く嘘偽りの雰囲気は微塵も感じられない。本当にそう思う。

 ──

 まあ、どうでも良い。私には関係ない。自転車を押していく。

「おい、あの子もう帰っちゃうぜ、いいん?」
「やべぇ」
「挨拶くらいはしたらどうかな? ……とは思ったけどこの場合は挨拶とかそんな礼儀正しいことは必要ないでしょ。は恐らく気付いてないし。気付いていないからその必要はないよ。絶対にない。時間と労力の無駄だ。挨拶なんて合理的じゃないよね」

 うん、そんなわけないよ。本当に椛野かばやは頭が何故だかおかしい。それに頭良さそうに頭の悪いことを言うところも変だと思うよ。
 しかし、そんな彼らの声も次第に小さくなる。早歩きしながら自転車に跨った。ペダルを踏み込む。
 ──そういえば、あの三人以外にいた彼奴のもう一人ひとりの友人は誰なんだろうか。見覚えがある気がしてきた。しかし、全く思い出せない。一言も喋らず、彼らと共にいただけだが……本当に誰だろうね。まあ、いいか。
 私は、ペダルの踏み込みを強くした。

 黙々と帰路を進む。何事もなく、特に何もなく。
 その最中、辺りは真っ暗だった。住宅街の街灯で辛うじて見えるが、もう夜の様な空模様である。……暗闇の中で、ふとを思い出す。あの時、私の中でが弄ばれ、踏みにじられた気分だった。とてつもない屈辱だ。酷くからかわれ、馬鹿にされた。……お前、どうしてそんなことを

「言ったの?」

 ……そう、私は震える声で呟いた。放った白い霧のようなが宙に舞い、空に溶けるように打ち消される。自転車を漕ぐ音と共に、かき消される。とてつもなく虚しい。虚しくてたまらない。
 そして、容赦なく凍てつくような寒さが私の身体を斬りつける。痛い。……そして、痛いのは寒さのせいだけではないことも分かっていた。脳裏で谺響こだまする嘲笑うようなが聞こえる……この胸に灼くような痛みは、外傷的なものではないとはっきり理解できた。気持ちが悪い。
 そんな事を考えつつ、自転車のハンドルをぎゅっと握る。私はとりわけ女らしくはないが、今の自分は失恋でもしたような生娘きむすめの如く女々しいと感じた。もっとも、今回のは失恋などといったものとは全く別のものなのだが……事の大きさ、感覚と言えば近いのかもしれない。──ハンドルを握る手を強めれば強める程、胸の痛みも身体の痛みも強まる。

 私は、そんな怒りを虚しさに変えるようにハンドルを思いっきり叩いた。

__________


「──ただいま」

。荷物を下ろすと部屋の中で服を脱ぎ、部屋着に着替える。リビングの掛け時計に目をやる──6時前、といったところだ。
 私はソファーに座り、一息ひといきつく……いつもどおり。
 冷蔵庫を開けた。今日持っていくはずだった弁当を取り出し、電子レンジへ。温めている間にインスタントのブラックコーヒーを淹れる。冷え切った唇をコーヒーに付けた……今日は何故だか、いつもより一際ひときわ苦く感じる。

 夕食の弁当を食べ終えた。スマホを弄り、画面の時計を確認──何だ、まだ6時半にもなってないんだね。
 私は、お腹休めに外政関連のネットニュースを観ることにした。アメリカとロシアの貿易に関する首脳会談の記事。内容は全く嫌いではないはずだが、いつもと違って頭に入らない。その理由を認識したくないのでスマホの画面を切ってスリープモード、シャワーを浴びに行った。

 蛇口をひねり、身体にお湯を当てる。まあ、少しは落ち着いた。浴びる時間としてはいつもより少し早いが、少しサッパリして心休めたかったのである。
 気持ちが穏やかになってきたところで、身体を洗いつつ考え事にふけった。……そういえば、明日は休日である。はて、。特に休日に対していつもの私のように趣味の予定や楽しみもないが、平日は出たくもない足を運び、拘束されるのを考えれば自由に一日いちにちを過ごせるのは嬉しいものである。しかし、何をしようか……。嗚呼、私がするのはそれくらいだろう。……何か打ち込めることでもあればいいんだけどなあ。
 そんな事を考えつつ、を考えないようにしていた。 

 風呂場から出ると、いつもどおりタオル生地のポンチョを着て髪を乾かす。
 終えると部屋に行き、寝間着パジャマに着替えた。ベッドに腰掛け、倒れ込む。ぼーっと天井を見つめ、目を瞑った。……拳を強く握り締める。自分を上手く誤魔化してはいるが、やはり苛立っているのは分かっていた。また、あの忌々しい彼奴の顔が脳裏に浮かび、嘲笑う声が聞こえてくる……も、今日のことも。何度も思うが、まあ酷くからかわれたものだ。、屈辱だ。気持ちが悪い。騙されたようで、でもそれは違くて。唯、唯、怒れば怒るほど虚しく思えてくる。
 第一、どうして昨日はあんなことを言い、今日は全くも違うのだろうか。──あの時、私に見せた顔は嘘の顔なの? 誰も教えてくれない。彼奴あいつ以外、誰も答えは知らない。考えれば考えるほどに虚しい。だが、その事だけが腫瘍の如く頭にへばりついて離れてくれなかった。
 思い返せば、彼奴の言動というものはどうも掴みどころがなかったのである。まあ、私が人種タイプを知らないのかもしれないが。それにしても掴みどころがなかった。彼奴のは何を意味しているのか分からず、何を考えているのかも分からず、適当なのかもしれず、計算し尽くしているのかも知れず、といったそんな奴である。理解したくとも理解をさせない、そんな雰囲気を放っていた。──嗚呼、そうか。今日も彼奴も昨日の彼奴も、いつもと何も変わらぬ事はなかったのだ。を感じる。……はあ、最悪だなあ。
 彼奴の周りの人間は気付いていないが、私は奴の不気味さや禍々しさは感じていた。その為、奴と関わった時点でこういう目に合うと本能的に感づいてはいただろう。そう、のだ。だからこそ関わるべきではなかった。なのに……どうしてこうなってしまったのか。嗚呼……最近は特にだ。奴の持つが、その意識を中和させていた。……最悪。こんなことがあるから他人と関わらない方が良いのだ。。しかし、もう起こってしまったことは仕方がない、意識を遠ざければ良い。そう、遠ざければ……考えなければ良いのだ。私は目を瞑りながら必死で何も考えないようにする。頭から何もかも消そうと、何も考えないことを意識した。無になろうと、空っぽにしようと……だんだんと意識が暗闇の中へ落ちていく。少しずつ、少しずつ──
 



『──無理だよ、お前には』

 


 ──な。嗚呼……なんだ、寝ちゃってたんだ……。
 私は上体を起こして自室へやの掛け時計を見やる──深夜0時前。結構寝てしまった。
 いつものようにスマホに充電器を差し、ベッドにあるスタンドライトの明かりを付け、自室へやの電気を消す。そして、ベッドに入ろうとしたところで……どうも冷や汗をかいていたということに気がつく。……そうか、さっきのか。あまり覚えていないが、どうも思い出したくもないような内容だったと思う。……悲しく、苦しく、懐かしい。そんな気持ちだ。……まあ、いいや。私はベッドに潜った。
 そんな事より、今日のことは忘れてしまおう。変な冷や汗こそはかいていたが、寝たことですっきりしたというか落ち着いた、というよりは……そういうことにしたい、が正解だが。

 私は目を瞑った。明日は休日だ。今日のことは忘れてのんびりと過ごそう。下らないことだ。これ以上考えても仕方がない。どうせなんということもなく、だけだから。もう彼奴と関わらなければいい事だ。……しかし頭から離そうと離そうとすればするほどに冷や汗をかき、鼓動が早くなり、寝付きが悪くなる。気持ちが悪い。吐き気さえした。嗚呼──本当に私おかしいよ。何もかも調子が狂ってしまった。まあでも、もう関係はない。どうせ上手く一睡いっすいしてしまえば頭から離れてしまうものだ。そう、きっと……朝が来ればどうでもいいことになっているはず。そう自分に言い聞かせた。……そんなことは無いと分かってはいたが、とにかく寝ることで気分を逸らしたかった。現実から遠ざかりたかったのだ。

 自問自答……良くも悪くもあるこの癖は、もう安定剤に使

 ……ああ、そうか。そっか……お昼に考えていた厄災の発端はだったんだ。私は今更ながらに気付く。気付いてしまったがそれを認識し、考えることを酷く拒絶したくなった。……もう何も考えたくない。思考を停止させたい。
 そんな最中さなか、私は目を開いた。そして、敢えて口元をほころばせる。

「寝たら治る。きっと明日は落ち着いている。明日は楽しく過ごしているだろう」

 そんな事をわざと口に出して読み上げるように言ったのだ。まるで呪文のように、洗脳のように……これで大丈夫。

 ──嗚呼、酷く下らない。私らしくない。こうしてまた、私は自分に嘘をついてしまった。耳に覚えた汚らしいの笑い声は霧のように溶けるはずもなく、体温はそこまででもないのに寒さが目立って感じる。……虚無感、極まりない。

 しかし、そんなことを考えているうちに意識が遠のいていく。身体の感覚も感じなくなり、いよいよ望み通り寝に入っていた。やっとだ。そして半分ほど途絶えかけたところで、意識が深く落ちると共に強く思うのだった。


 ──このまま目が覚めなければいいのに。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

【1話完結】あなたの恋人は毎夜わたしのベッドで寝てますよ。

ariya
ファンタジー
ソフィア・ラテットは、婚約者アレックスから疎まれていた。 彼の傍らには、いつも愛らしい恋人リリアンヌ。 婚約者の立場として注意しても、アレックスは聞く耳を持たない。 そして迎えた学園卒業パーティー。 ソフィアは公衆の面前で婚約破棄を言い渡される。 ガッツポーズを決めるリリアンヌ。 そのままアレックスに飛び込むかと思いきや―― 彼女が抱きついた先は、ソフィアだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

処理中です...