15 / 81
1章
幕間 彼にはわからないこと
しおりを挟む
この数週間、神官の男性は怒りに震えていた。
その怒りの理由はたった一人の男が原因だ。
男の名前はレダ・ヴァルギース。あの名高いヴァルギース公爵家の次男として生まれながら、神官になった前代未聞の問題児のことだ。
神官は、シャウーマ教会に入ってから教えを熱心に守り続けていたし、敬虔な信者である自負していた。そんな自分を誇りにさえ思っていた。
そんな時、レダがコラルカ教会堂に配属されてやってきた。基本的に、位の低い神官たちの部屋は四人部屋を使用する。しかし、何故かレダは一人部屋を与えられた。
その待遇は新入りの神官では異例であり、何者かの作為があることはすぐにわかった。それなのにレダは、教会に入って心を入れ替える所か、神像を壊したり神官を虐めたりと悪い噂が絶えない。
だからこそ、教えを蔑ろにするレダはいずれ神の裁きが降りかかると信じて疑わなかった。
しかし、そんなレダが聖者だということになったのだ。そして先日、聖遺物を反応させたことが認められ近々聖者として、正式に認定されることになった。
それに対して、神官は怒りを抑えられなかった。
神官はレダが聖遺物を光らせた場にもいた。義憤にかられて、レダは聖者に相応しくないと訴え出た。しかし、聖騎士であるフシェンが現れ、その訴えは有耶無耶とされてしまった。
──聖遺物もきっと、アイツが何か手を回したに違いない!
聖遺物が反応したのも、レダが何か手を加えたからだと確信していた。しかし、ただの神官である彼にはその証拠を掴むことは不可能に近かった。
そんなある日、聖者だと認定されたレダは近々聖都へと移動になるという噂を聞いて、神官の怒りは頂点に達した。それは、いまだ聖都に行けない神官自身の立場と比べ嫉妬心も混じり、激しい義憤へと変わった。
だからこそ神官は、その感情に任せて行動を起こした。
彼が忍び込んだのは、仄かな灯りで照らされている厨房だ。まだ日が昇りきっていない厨房に足音を殺して向かうのは、仕込みが終わった鍋があるところだ。
聖者と認定されてからというもの、レダの食事は他神官とは違う食事が用意されるようになっていた。そして、それをどこに置いてあるのかは、予め厨房担当に聞いており迷うことはない。
その鍋の前に立つと懐からそっと紙に包まれた粉を取り出す。
──これは必要なことだ……シャウーマ様も私を許してくださる!
包みの中に入っている粉は、強烈な腹下しだ。これを飲めば一週間は腹痛に悩まされ、動けなくなるだろう。そうなれば聖都行きは延びて、時間ができる。その間に、偽聖者である証拠を得ようと考えていた。
そっと、包みを開いてその粉を鍋へ入れようとした、その時。
「──私は、とても悲しいよ」
落ち着いた声が厨房に響いた。
「ひっ!」
神官はその声に驚き、慌てて振り向く。
振り向いた先にいたのは、翠色の瞳と暗闇に溶けるような黒色の髪をもったフシェンだった。
「い……イザ、イザリティス卿」
いつの間に神官の後ろへ近づいて来ていたのか、厨房の中でほんのりと窓から差し込む明かりによって仄かに照らされながらフシェンは立ち尽くしている。その眉尻は垂れて、神官を見ながら困ったように微笑んでいた。
「私の忠告が、届かなかったようだね」
困ったような表情をしているが、声や仕草にはどんな感情も感じられない。目の前にいるというのに、まるで透明人間と対峙しているような錯覚を感じる。
神官はそれが底知れぬ恐ろしさを感じ、足が震え始めて止まらない。
「こ、これは……あの」
フシェンは、何事もなかったようにゆっくりと近づいてくると神官の手にあった包みをそっと奪う。その粉を指先で触れ、鼻を近づけて匂いを確認してから、自らの懐へとしまった。
「強力な腹下しか。まったく、とんでもないことしてくれる」
「ち、違うのです! は、話をお聞きください!」
神官は恐怖に震えながらも、必死に声を絞り出す。当然だが、通常は聖者を害しようとすれば重い罰を受ける。
すでに犯行は目撃されており、言い逃れはできない。だからこそ、フシェンにレダは本物の聖者ではないのだと理解してもらう必要が神官にはあった。
「れ、レダ神官は、とんでもない悪党なのです! う、嘘ではありません! 神像を幾度も壊し、自分より身分が低いと平民の神官たちを虐めて、あのような神官が聖者になるはずがありません!」
その怒りの理由はたった一人の男が原因だ。
男の名前はレダ・ヴァルギース。あの名高いヴァルギース公爵家の次男として生まれながら、神官になった前代未聞の問題児のことだ。
神官は、シャウーマ教会に入ってから教えを熱心に守り続けていたし、敬虔な信者である自負していた。そんな自分を誇りにさえ思っていた。
そんな時、レダがコラルカ教会堂に配属されてやってきた。基本的に、位の低い神官たちの部屋は四人部屋を使用する。しかし、何故かレダは一人部屋を与えられた。
その待遇は新入りの神官では異例であり、何者かの作為があることはすぐにわかった。それなのにレダは、教会に入って心を入れ替える所か、神像を壊したり神官を虐めたりと悪い噂が絶えない。
だからこそ、教えを蔑ろにするレダはいずれ神の裁きが降りかかると信じて疑わなかった。
しかし、そんなレダが聖者だということになったのだ。そして先日、聖遺物を反応させたことが認められ近々聖者として、正式に認定されることになった。
それに対して、神官は怒りを抑えられなかった。
神官はレダが聖遺物を光らせた場にもいた。義憤にかられて、レダは聖者に相応しくないと訴え出た。しかし、聖騎士であるフシェンが現れ、その訴えは有耶無耶とされてしまった。
──聖遺物もきっと、アイツが何か手を回したに違いない!
聖遺物が反応したのも、レダが何か手を加えたからだと確信していた。しかし、ただの神官である彼にはその証拠を掴むことは不可能に近かった。
そんなある日、聖者だと認定されたレダは近々聖都へと移動になるという噂を聞いて、神官の怒りは頂点に達した。それは、いまだ聖都に行けない神官自身の立場と比べ嫉妬心も混じり、激しい義憤へと変わった。
だからこそ神官は、その感情に任せて行動を起こした。
彼が忍び込んだのは、仄かな灯りで照らされている厨房だ。まだ日が昇りきっていない厨房に足音を殺して向かうのは、仕込みが終わった鍋があるところだ。
聖者と認定されてからというもの、レダの食事は他神官とは違う食事が用意されるようになっていた。そして、それをどこに置いてあるのかは、予め厨房担当に聞いており迷うことはない。
その鍋の前に立つと懐からそっと紙に包まれた粉を取り出す。
──これは必要なことだ……シャウーマ様も私を許してくださる!
包みの中に入っている粉は、強烈な腹下しだ。これを飲めば一週間は腹痛に悩まされ、動けなくなるだろう。そうなれば聖都行きは延びて、時間ができる。その間に、偽聖者である証拠を得ようと考えていた。
そっと、包みを開いてその粉を鍋へ入れようとした、その時。
「──私は、とても悲しいよ」
落ち着いた声が厨房に響いた。
「ひっ!」
神官はその声に驚き、慌てて振り向く。
振り向いた先にいたのは、翠色の瞳と暗闇に溶けるような黒色の髪をもったフシェンだった。
「い……イザ、イザリティス卿」
いつの間に神官の後ろへ近づいて来ていたのか、厨房の中でほんのりと窓から差し込む明かりによって仄かに照らされながらフシェンは立ち尽くしている。その眉尻は垂れて、神官を見ながら困ったように微笑んでいた。
「私の忠告が、届かなかったようだね」
困ったような表情をしているが、声や仕草にはどんな感情も感じられない。目の前にいるというのに、まるで透明人間と対峙しているような錯覚を感じる。
神官はそれが底知れぬ恐ろしさを感じ、足が震え始めて止まらない。
「こ、これは……あの」
フシェンは、何事もなかったようにゆっくりと近づいてくると神官の手にあった包みをそっと奪う。その粉を指先で触れ、鼻を近づけて匂いを確認してから、自らの懐へとしまった。
「強力な腹下しか。まったく、とんでもないことしてくれる」
「ち、違うのです! は、話をお聞きください!」
神官は恐怖に震えながらも、必死に声を絞り出す。当然だが、通常は聖者を害しようとすれば重い罰を受ける。
すでに犯行は目撃されており、言い逃れはできない。だからこそ、フシェンにレダは本物の聖者ではないのだと理解してもらう必要が神官にはあった。
「れ、レダ神官は、とんでもない悪党なのです! う、嘘ではありません! 神像を幾度も壊し、自分より身分が低いと平民の神官たちを虐めて、あのような神官が聖者になるはずがありません!」
476
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
【8話完結】魔王討伐より、不機嫌なキミを宥める方が難易度「SSS」なんだが。
キノア9g
BL
世界を救った英雄の帰還先は、不機嫌な伴侶の待つ「絶対零度」の我が家でした。
あらすじ
「……帰りたい。今すぐ、愛する彼のもとへ!」
魔王軍の幹部を討伐し、王都の凱旋パレードで主役を務める聖騎士カイル。
民衆が英雄に熱狂する中、当の本人は生きた心地がしていなかった。
なぜなら、遠征の延長を愛する伴侶・エルヴィンに「事後報告」で済ませてしまったから……。
意を決して帰宅したカイルを迎えたのは、神々しいほどに美しいエルヴィンの、氷のように冷たい微笑。
機嫌を取ろうと必死に奔走するカイルだったが、良かれと思った行動はすべて裏目に出てしまい、家庭内での評価は下がる一方。
「人類最強の男に、家の中まで支配させてあげるもんですか」
毒舌、几帳面、そして誰よりも不器用な愛情。
最強の聖騎士といえど、愛する人の心の機微という名の迷宮には、聖剣一本では太刀打ちできない。
これは、魔王討伐より遥かに困難な「伴侶の機嫌取り」という最高難易度クエストに挑む、一途な騎士の愛と受難の記録。
全8話。
【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。
はぴねこ
BL
高校生の頃、片想いの親友に告白した。
彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。
もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。
彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。
そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。
同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。
あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。
そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。
「俺もそろそろ恋愛したい」
親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。
不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。
転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜
たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話
騎士団長とのじれったい不器用BL
おしまいのそのあとは
makase
BL
悪役令息として転生してしまった神楽坂龍一郎は、心を入れ替え、主人公のよき友人になるよう努力していた。ところがこの選択肢が、神楽坂の大切な人を傷つける可能性が浮上する。困った神楽坂は、自分を犠牲にする道を歩みかけるが……
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
悪役の僕 何故か愛される
いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ
王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。
悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。
そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて…
ファンタジーラブコメBL
シリアスはほとんどないです
不定期更新
記憶を無くしたら家族に愛されました
レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない…
家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる