【本編完結】嫌われ偽聖者の俺に、最狂聖騎士が死ぬほど執心する理由

司馬犬

文字の大きさ
63 / 81
3章

23.聖騎士は牙をむける

しおりを挟む
「それはどういうことだ」
「あの日、祝福を与えるという名目で教皇に会いました。そこで、彼が呪いを扱うところを確かにこの目で見ました」
「何……?」

ネイスは俺の言葉に、一瞬目を伏せた。
──俺がずっと考えていること。

「教皇は、使徒なのではないでしょうか」

──それは、教皇は姿を消した右の翼の使徒ではないだろうかということだ。

「信じられないな。教皇は確かに人間のはずだ。僕は幼いころに教皇になっていない彼と出会ったこともある」

ネイスが表情一つ動かさずに淡々と俺の言葉を否定する。それに対して、俺が答える前に噛みつくのは隣にいる男だ。

「しかし、レダ様は実際呪いを使ったところを見たのですから、可能性は高いのではないでしょうか。使徒であるならば人間をだますことも容易かと思われます」

フシェンは普段みせる胡散臭い微笑みを向けながら、朗らかに言葉を紡ぐ。俺から見ると牙を向けて威嚇している獣のように感じる。
彼らの言い合いを聞きながらも、俺の中では既に答えが決まっていた。あの異様な雰囲気とゴートに影響を与えるほどの呪い、彼が使徒である可能性はかなり高いといえるだろう。
そして、教皇は今俺を狙っている。彼が使徒であるなら、俺を狙う理由は多くある。ヴァルギース家に生まれながら呪いのない俺を疎ましく思ってるかもしれないし、愛するシャウーマ神からその座を奪おうとする俺を邪魔に思っているかもしれない。
問題は、そんな存在から俺は逃げきれるのか、ということだ。果たして、聖都から逃げ出すだけで諦めてくれるのだろうか。
俺は胸から下げているゴートの入った袋を一瞥する。ゴートにかかったものが使徒の呪いとわかった時点で、自力で彼を元に戻すことがかなり難しくなった。
──なら、ここで腹を決めよう。
俺は力強く拳を握りしめて、唇を噛み締める。背筋を真っ直ぐに伸ばして、姿勢を正す。

「ネイス兄上」

初めてそう呼ぶものだから、少し声が震えた。前世でも一度も呼んだことのない家族の名前だ。呼びなれなくて、なんだか擽ったい。
ネイスは、俺の呼びかけに一瞬凍り付いた。一切感情をみせなかった彼の表情に驚きの色が微かに見える。

「俺は、呪いを解きたいんです。ネイス兄上や、父上……そして、大切な友人のためにも」

その大切な友人のゴートにも届くように、彼が入った袋を軽く撫でる。ここで聖都から逃げてしまえば、ネイスは間違いなく死ぬことになるだろう。
スカルドに関しても二度と呪いにかからないという保証はどこにもない。同じことが起こっても、彼は人生に一度の願いごとをしているので、俺はもう叶えられないのだ。
今の俺が家族の愛を受け入れるのはまだ難しい。それでも、彼らをどうでもいいとは思えなくなった。
だからこそ、もう逃げるのはやめだ。

「そのために教皇を、いえ、使徒と対抗するために力と知恵をお貸しください」

俺は、深々と頭を下げた。これから戦うと決めたなら、最低でもヴァルギース家を味方につけるべきだ。それほどまで教皇の権威は凄まじく、使徒の存在は恐ろしい。
重苦しい雰囲気が漂い、静寂が訪れる。今、辺りに響くのは時計の音だけだった。暫くして時計の音に混じり、柔らかな絨毯を踏む足音が聞こえる。

「……顔を上げるんだ、レダ」

それは、ネイスの声だ。俺がゆっくりと顔を上げると、彼は俺の前に来ており、絨毯に両膝を突き、屈んでいた。

「……レダ。すまなかった」

ネイスが、そっと俺の手に触れる。それは本当に触れるだけだった。力強く握ることはせず、手を重ねたまま空色の瞳が真っ直ぐに俺を射貫く。

「僕らは感情がないせいで、他人の感情に対しても鈍感だ。だから全てわかるとはいえない。きっと、お前は僕らのしたことに思うことがあるだろう。僕らを許さなくていい。嫌いでもいい」

ネイスは俺の顔を下から覗き込むように、こちらに顔を向けている。その声は今まで通り、感情を感じさせない無機質なものだ。表情だって仮面のように無感情だ。
それでも、ネイスは話している間、絶対に俺から目を逸らさない。俺の恨みや悲しみを受け入れるかのような覚悟を感じる。

「ただ知っていてくれ、僕も父上もお前を愛している。だからこそお前が望むなら、どんなことにも力を貸そう。頭など下げなくていい。力にならせてくれ」

俺は、言葉で答えようとしたが上手く声がでなかった。それが恨みからなのか、喜びからなのか俺自身でさえわからない。
けれど、無視はしたくなかった。俺は黙って、頭を縦に振った。
その時、ネイスの唇が微かに動いた。それは本当に微かで、じっと見ていなければわからなかったほどの変化だ。それでもそれがネイスが初めて見せた笑顔に思えて、少しだけ胸が温かくなる。
それは初めて彼が、俺の兄なのだと自覚した瞬間だった。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

僕を振った奴がストーカー気味に口説いてきて面倒臭いので早く追い返したい。執着されても城に戻りたくなんてないんです!

迷路を跳ぶ狐
BL
 社交界での立ち回りが苦手で、よく夜会でも失敗ばかりの僕は、いつも一族から罵倒され、軽んじられて生きてきた。このまま誰からも愛されたりしないと思っていたのに、突然、ろくに顔も合わせてくれない公爵家の男と、婚約することになってしまう。  だけど、婚約なんて名ばかりで、会話を交わすことはなく、同じ王城にいるはずなのに、顔も合わせない。  それでも、公爵家の役に立ちたくて、頑張ったつもりだった。夜遅くまで魔法のことを学び、必要な魔法も身につけ、僕は、正式に婚約が発表される日を、楽しみにしていた。  けれど、ある日僕は、公爵家と王家を害そうとしているのではないかと疑われてしまう。  一体なんの話だよ!!  否定しても誰も聞いてくれない。それが原因で、婚約するという話もなくなり、僕は幽閉されることが決まる。  ほとんど話したことすらない、僕の婚約者になるはずだった宰相様は、これまでどおり、ろくに言葉も交わさないまま、「婚約は考え直すことになった」とだけ、僕に告げて去って行った。  寂しいと言えば寂しかった。これまで、彼に相応しくなりたくて、頑張ってきたつもりだったから。だけど、仕方ないんだ……  全てを諦めて、王都から遠い、幽閉の砦に連れてこられた僕は、そこで新たな生活を始める。  食事を用意したり、荒れ果てた砦を修復したりして、結構楽しく暮らせていると思っていた矢先、森の中で王都の魔法使いが襲われているのを見つけてしまう。 *残酷な描写があり、たまに攻めが受け以外に非道なことをしたりしますが、受けには優しいです。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

出来損ないと虐げられ追放されたオメガですが、辺境で運命の番である最強竜騎士様にその身も心も溺愛され、聖女以上の力を開花させ幸せになります

水凪しおん
BL
虐げられ、全てを奪われた公爵家のオメガ・リアム。無実の罪で辺境に追放された彼を待っていたのは、絶望ではなく、王国最強と謳われるα「氷血の竜騎士」カイルとの運命の出会いだった。「お前は、俺の番だ」――無愛想な最強騎士の不器用で深い愛情に、凍てついた心は溶かされていく。一方、リアムを追放した王都は、偽りの聖女によって滅びの危機に瀕していた。真の浄化の力を巡る、勘違いと溺愛の異世界オメガバースBL。絶望の淵から始まる、世界で一番幸せな恋の物語。

【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』

バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。  そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。   最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m

愛を知らない少年たちの番物語。

あゆみん
BL
親から愛されることなく育った不憫な三兄弟が異世界で番に待ち焦がれた獣たちから愛を注がれ、一途な愛に戸惑いながらも幸せになる物語。 *触れ合いシーンは★マークをつけます。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

婚約破棄を傍観していた令息は、部外者なのにキーパーソンでした

Cleyera
BL
貴族学院の交流の場である大広間で、一人の女子生徒を囲む四人の男子生徒たち その中に第一王子が含まれていることが周囲を不安にさせ、王子の婚約者である令嬢は「その娼婦を側に置くことをおやめ下さい!」と訴える……ところを見ていた傍観者の話 :注意: 作者は素人です 傍観者視点の話 人(?)×人 安心安全の全年齢!だよ(´∀`*)

【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件

表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。 病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。 この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。 しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。 ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。 強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。 これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。 甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。 本編完結しました。 続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください

処理中です...