77 / 81
3章
37.偽聖者は友人と行く
しおりを挟む
無視をしてもよかった。正直反応さえしたくなかった。それでも、顔を上げたのは視界の端に金色の霧を見つけたからだ。
何の感情も感じられないまま茫然と、そちらを見るとそこには見慣れた相手が俺の肩に乗っかっていた。
『もう、レダってば。酷い顔だよ』
それは久しぶりに読んだ整った綺麗な金色の文字で、宙に描かれていた。そして、十代くらいの小さめの左手が、こちらに向かってゆっくりと手を振っていた。
「……ゴート?」
『そう、僕だよ! 今さっき呪いがなくなって、動けるようになったんだ』
ゴートを侵していた呪いは、ダーティスが翼に戻ったことによって解けたのだとわかった。きっと今頃はヴァルギース家にかかった呪いもなくなっているだろう。
ゴートは俺の方へ指先を伸ばすと、俺の頬を優しく撫でる。それはしっかりと温かくて、彼が戻ってきたのだと自覚するには十分なものだった。
『レダをここまで泣かせるなんて酷いやつもいるもんだよね。本当に、許せないなあ。文句の一つでも言ってやらないと』
「……」
『だからさ、レダ。フシェンを助けてあげようよ』
「……え」
俺は宙に描かれた文字を読んで、固まった。フシェンを助ける? その文字を何度も読み返して、信じられなくてゴートを見つめる。
ゴートはそんな俺に気付いて、人差し指を立てて左右に揺らした。
『フシェンはまだ生きてるよ。このまま放っておけば死んじゃうけど、助ける手はまだあるんだ』
フシェンを助けられる。それを知った瞬間、暗く沈んでいた気持ちが一気に晴れていく。淀んでいた視界は光を取り戻して、失った感情が戻ってくる。
「ほ、本当か、ゴート! 教えてくれ、どうしたらフシェンを助けられるんだ!」
俺は飛びつくように肩にいたゴートを右手で掴むと、顔の前で引き寄せた。すると、ゴートは怒ったように掴んだ俺の手を指先で、ぺしぺしと軽く叩いた。
『もー、僕を右手で掴まないでってば! 助けるのは簡単な話だよ、レダの力で願いを叶えたらいいんだ』
「……願いを叶える?」
『そう、レダと僕がいつもやっていたことだよ』
それは、人間の純粋な願い事を一つだけ叶えてあげること。しかし、俺の周りにいる人間はフシェンだけだ。それにフシェンは既に願いを叶えているからこそ不可能だ。
願いを叶えられるのは一生に一度だけと、決まっている。
「無理だ、フシェンはもう」
『違う違う。その子じゃないってば。今、ここにもう一人だけいるでしょ。純粋に、切実にフシェンの無事を願っている人間が』
ゴートの人差し指が左右に揺れてから、その指先が俺に向けられる。一瞬、言葉の意味が理解できずに固まったが、すぐにゴートの言葉を理解して、息を呑んだ。
そうだ。さっきも、ダーティスに言ったじゃないか。
──俺は今、人間だ。
『でもね。レダの願いを叶えるってことは、レダは正真正銘ただの人間になるんだ。だから、神の力は消えてしまう。レダに科せられた罰も、元通りの力を発揮することになるよ。つまり……レダは、また誰からも嫌われることになるの』
「また、元に戻るってことだな」
『……それでも、いいの?』
ふと、目が合うだけ蔑まれ、見知らぬ人間に嫌悪の目を向けられていた以前の自分の状況を思い出して、下唇を噛み締めて俯く。全てが元に戻るなら、エンジにも嫌われてしまうことになるのだろう。
そして、それはフシェンも例外ではないはずだ。もう、俺を愛してくれることはないだろう。
──それでも。
「ああ、いいさ。俺の願いを叶えよう、ゴート」
俺は、フシェンに生きてほしかった。彼が俺のことを嫌いになっても、俺はフシェンを愛する気持ちは変わらない。自分が幼いころからずっと欲しかった、唯一の愛を俺はもう手に入れた。愛して、愛されたからこそ、これから先の人生、たった一人で生きることになろうとも、十分幸せだ。
俺の返答を聞くと、ゴートは俺の手から離れて、フシェンの体へと向かう。そして、フシェンの頭に乗っかると、俺に向かって手を上げた。
それに対して、小さく頷くと腕の中にいるフシェンをもう一度、強く抱きしめた。そして、大きく息を吸う。
これが、俺のたった一つの願い。
「──フシェンが生きて、幸せになりますように」
そう口にした瞬間、俺の体が金色に輝き始める。正確には、金色の霧が俺の全身を覆い始めており、それはゆっくりと俺の体から離れて上へ昇って消えていく。その霧は部屋中に広がっていくので、なかなか幻想的な光景だ。
金色の霧は俺が持っていた神の力で、その全てが今俺から出ていき、消えていく。そして、その金色の霧は、フシェンを包み込み、傷痕を覆う。すると、その傷痕が塞がり徐々に消えていくのがわかった。
青白かったフシェンの顔にも赤みが戻り、弱々しかった呼吸も安定していく。
『よかったね、レダ』
俺の眼前に描かれた文字を読んでから、ゴートを見たが、その光景に小さく息を呑む。
「……なんで」
ゴートの体が透けている。辺りに広がる金色の霧が増えていく度に、指先から徐々に透けて見えなくなっていた。
何の感情も感じられないまま茫然と、そちらを見るとそこには見慣れた相手が俺の肩に乗っかっていた。
『もう、レダってば。酷い顔だよ』
それは久しぶりに読んだ整った綺麗な金色の文字で、宙に描かれていた。そして、十代くらいの小さめの左手が、こちらに向かってゆっくりと手を振っていた。
「……ゴート?」
『そう、僕だよ! 今さっき呪いがなくなって、動けるようになったんだ』
ゴートを侵していた呪いは、ダーティスが翼に戻ったことによって解けたのだとわかった。きっと今頃はヴァルギース家にかかった呪いもなくなっているだろう。
ゴートは俺の方へ指先を伸ばすと、俺の頬を優しく撫でる。それはしっかりと温かくて、彼が戻ってきたのだと自覚するには十分なものだった。
『レダをここまで泣かせるなんて酷いやつもいるもんだよね。本当に、許せないなあ。文句の一つでも言ってやらないと』
「……」
『だからさ、レダ。フシェンを助けてあげようよ』
「……え」
俺は宙に描かれた文字を読んで、固まった。フシェンを助ける? その文字を何度も読み返して、信じられなくてゴートを見つめる。
ゴートはそんな俺に気付いて、人差し指を立てて左右に揺らした。
『フシェンはまだ生きてるよ。このまま放っておけば死んじゃうけど、助ける手はまだあるんだ』
フシェンを助けられる。それを知った瞬間、暗く沈んでいた気持ちが一気に晴れていく。淀んでいた視界は光を取り戻して、失った感情が戻ってくる。
「ほ、本当か、ゴート! 教えてくれ、どうしたらフシェンを助けられるんだ!」
俺は飛びつくように肩にいたゴートを右手で掴むと、顔の前で引き寄せた。すると、ゴートは怒ったように掴んだ俺の手を指先で、ぺしぺしと軽く叩いた。
『もー、僕を右手で掴まないでってば! 助けるのは簡単な話だよ、レダの力で願いを叶えたらいいんだ』
「……願いを叶える?」
『そう、レダと僕がいつもやっていたことだよ』
それは、人間の純粋な願い事を一つだけ叶えてあげること。しかし、俺の周りにいる人間はフシェンだけだ。それにフシェンは既に願いを叶えているからこそ不可能だ。
願いを叶えられるのは一生に一度だけと、決まっている。
「無理だ、フシェンはもう」
『違う違う。その子じゃないってば。今、ここにもう一人だけいるでしょ。純粋に、切実にフシェンの無事を願っている人間が』
ゴートの人差し指が左右に揺れてから、その指先が俺に向けられる。一瞬、言葉の意味が理解できずに固まったが、すぐにゴートの言葉を理解して、息を呑んだ。
そうだ。さっきも、ダーティスに言ったじゃないか。
──俺は今、人間だ。
『でもね。レダの願いを叶えるってことは、レダは正真正銘ただの人間になるんだ。だから、神の力は消えてしまう。レダに科せられた罰も、元通りの力を発揮することになるよ。つまり……レダは、また誰からも嫌われることになるの』
「また、元に戻るってことだな」
『……それでも、いいの?』
ふと、目が合うだけ蔑まれ、見知らぬ人間に嫌悪の目を向けられていた以前の自分の状況を思い出して、下唇を噛み締めて俯く。全てが元に戻るなら、エンジにも嫌われてしまうことになるのだろう。
そして、それはフシェンも例外ではないはずだ。もう、俺を愛してくれることはないだろう。
──それでも。
「ああ、いいさ。俺の願いを叶えよう、ゴート」
俺は、フシェンに生きてほしかった。彼が俺のことを嫌いになっても、俺はフシェンを愛する気持ちは変わらない。自分が幼いころからずっと欲しかった、唯一の愛を俺はもう手に入れた。愛して、愛されたからこそ、これから先の人生、たった一人で生きることになろうとも、十分幸せだ。
俺の返答を聞くと、ゴートは俺の手から離れて、フシェンの体へと向かう。そして、フシェンの頭に乗っかると、俺に向かって手を上げた。
それに対して、小さく頷くと腕の中にいるフシェンをもう一度、強く抱きしめた。そして、大きく息を吸う。
これが、俺のたった一つの願い。
「──フシェンが生きて、幸せになりますように」
そう口にした瞬間、俺の体が金色に輝き始める。正確には、金色の霧が俺の全身を覆い始めており、それはゆっくりと俺の体から離れて上へ昇って消えていく。その霧は部屋中に広がっていくので、なかなか幻想的な光景だ。
金色の霧は俺が持っていた神の力で、その全てが今俺から出ていき、消えていく。そして、その金色の霧は、フシェンを包み込み、傷痕を覆う。すると、その傷痕が塞がり徐々に消えていくのがわかった。
青白かったフシェンの顔にも赤みが戻り、弱々しかった呼吸も安定していく。
『よかったね、レダ』
俺の眼前に描かれた文字を読んでから、ゴートを見たが、その光景に小さく息を呑む。
「……なんで」
ゴートの体が透けている。辺りに広がる金色の霧が増えていく度に、指先から徐々に透けて見えなくなっていた。
464
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
【8話完結】魔王討伐より、不機嫌なキミを宥める方が難易度「SSS」なんだが。
キノア9g
BL
世界を救った英雄の帰還先は、不機嫌な伴侶の待つ「絶対零度」の我が家でした。
あらすじ
「……帰りたい。今すぐ、愛する彼のもとへ!」
魔王軍の幹部を討伐し、王都の凱旋パレードで主役を務める聖騎士カイル。
民衆が英雄に熱狂する中、当の本人は生きた心地がしていなかった。
なぜなら、遠征の延長を愛する伴侶・エルヴィンに「事後報告」で済ませてしまったから……。
意を決して帰宅したカイルを迎えたのは、神々しいほどに美しいエルヴィンの、氷のように冷たい微笑。
機嫌を取ろうと必死に奔走するカイルだったが、良かれと思った行動はすべて裏目に出てしまい、家庭内での評価は下がる一方。
「人類最強の男に、家の中まで支配させてあげるもんですか」
毒舌、几帳面、そして誰よりも不器用な愛情。
最強の聖騎士といえど、愛する人の心の機微という名の迷宮には、聖剣一本では太刀打ちできない。
これは、魔王討伐より遥かに困難な「伴侶の機嫌取り」という最高難易度クエストに挑む、一途な騎士の愛と受難の記録。
全8話。
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
美人なのに醜いと虐げられる転生公爵令息は、婚約破棄と家を捨てて成り上がることを画策しています。
竜鳴躍
BL
ミスティ=エルフィードには前世の記憶がある。
男しかいないこの世界、横暴な王子の婚約者であることには絶望しかない。
家族も屑ばかりで、母親(男)は美しく生まれた息子に嫉妬して、徹底的にその美を隠し、『醜い』子として育てられた。
前世の記憶があるから、本当は自分が誰よりも美しいことは分かっている。
前世の記憶チートで優秀なことも。
だけど、こんな家も婚約者も捨てたいから、僕は知られないように自分を磨く。
愚かで醜い子として婚約破棄されたいから。
記憶を無くしたら家族に愛されました
レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない…
家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
おしまいのそのあとは
makase
BL
悪役令息として転生してしまった神楽坂龍一郎は、心を入れ替え、主人公のよき友人になるよう努力していた。ところがこの選択肢が、神楽坂の大切な人を傷つける可能性が浮上する。困った神楽坂は、自分を犠牲にする道を歩みかけるが……
婚約破棄を傍観していた令息は、部外者なのにキーパーソンでした
Cleyera
BL
貴族学院の交流の場である大広間で、一人の女子生徒を囲む四人の男子生徒たち
その中に第一王子が含まれていることが周囲を不安にさせ、王子の婚約者である令嬢は「その娼婦を側に置くことをおやめ下さい!」と訴える……ところを見ていた傍観者の話
:注意:
作者は素人です
傍観者視点の話
人(?)×人
安心安全の全年齢!だよ(´∀`*)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる