【本編完結】ラスボス系悪役令息が望むのは、原作通りの没落ルート

司馬犬

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1章

5.ご褒美

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 原作では、主人公のアルヴェンと皇女はラクトフェル伯爵家が違法な人体実験を行っていることの証拠を集め、断罪しようとする。ラクトフェル家には祝福者がおらず、偽りの魔法生物を作っていると訴えたのだ。
 しかし、そこで初めて二人は、サタリアが祝福者だという事実を知ることになる。
 サタリアは自分に能力があることを証明し、魔法生物を作れるのに人体実験などするはずがないと訴え、アルヴェンたちが突き止めた証拠は捏造だと反論した。
 そうして、魔法生物を無限に生み出すことのできる彼は、最後までアルヴェンたちを苦しめた。
 俺はアルヴェンのほうに一度視線を向ける。彼は相変わらず、こちらを見ている。なら、先ほどの出来事で俺が祝福者であるとしっかり理解したはずだ。
 原作通りなら、アルヴェンはこの事を物語の終盤開始辺りで知ることになるのだが、俺としては逆に今彼に知ってもらったほうがいろいろと都合がいい。実際、この事実をサタリアは後出ししてきたせいで、アルヴェンたちも一時的だが危機的状況に追い込まれた。
 今知っていれば、賢いアルヴェンは確実な対抗策を考えてくるだろう。これで完璧な没落へ一歩早まったな。
 ちなみに、俺が祝福者だと知っているのは創った魔法生物を除いて、父であるムルダムと兄だけだ。

「……その、サタリア様」

 ケルベロスを受け取ったリティはすぐに部屋を出ていくと思ったが、眉を垂らしたまま窺うような視線を俺に向ける。彼の鋭い尻尾が微かに揺れ、その瞳の奥には期待の色が見て取れた。
 俺は彼の反応で察したが、暫し迷う。しかし、結局はそっと俺の手をリティに差し出すことにした。

「ああっ、心から感謝いたします。我が主よ」

 リティは俺の掌に恐る恐る触れると、手の甲にそっと唇を落とす。それだけで、彼の瞳は蕩けて幸せそうに目を細めて笑う。
 本来なら、いつものようにリティの頭を撫でてやりたかったのだが、アルヴェンの前なので悪役の仮面を外す訳にはいかない。
 実は、このリティは俺が初めて創った魔法生物だ。彼ら魔法生物は、創造主である俺を親のように甘え慕ってくる傾向にある。
 リティは本来、原作にはいない存在だ。そんな彼がここにいる理由。
物語の流れを変えるような大きなことはしないと誓っていた俺が、たった一つだけ大きく変えたこと。
 ──それは、俺がラクトフェル伯爵家のために魔法生物を創ったことだ。
 原作のサタリアは、契約者の力をラクトフェル伯爵家のためにはあまり使わなかった。それはキメラになって苦しむ人間を見たいという吐き気がするほどのクズ思考のせいと、魔法生物を創る度に襲う強烈な疲労感を嫌がったためだ。
 しかし、俺は構わずラクトフェル伯爵家のために力を使った。それは別に家のことを大切に思ったからではない。この家の犠牲者を一人でも多く減らすためだ。
 ラクトフェル伯爵家には魔法生物の創造依頼が多くやってくる。それに応えるためにキメラを製造しているわけで、その部分を俺が全て負えば造る必要はない。
 父は合理的主義者だ。キメラ製造には犠牲が多い分、コストもかかる。そこにほぼコストのかからない俺がやると言っているのだから、断る理由もない。幼いころから休むことなく大量に創り続けてきた。
 実際、俺がここが漫画の世界だと知ってから、キメラはほとんど造られていない。それでもキメラを造っていた過去が消えるわけではないし、俺が体を壊して使い物にならなかった日は……残酷にも犠牲者が出た。

「リティ、私はもう休む。早くそのケルベロスを父上に届けてくれ」
「は、はい。すぐにお持ちします、ゆっくりとお休みください」

 感極まったように俺の手の甲に触れていたリティだが、俺の声にはっと我に返った。すると、深々と頭を下げてから扉から出ていった。
 俺はリティが出ていくのを見守ってから、ベッドに倒れこんだ。魔法生物を創造したため、強烈な疲労感が襲ってきたのだ。視界がぐるぐると回り始め、そのせいで吐き気がする。全身は鉛のように重くなって、指先一本動かすのも億劫だ。
 一時間ほど休めばだいたいは落ち着くのだが、その一時間が苦痛だ。

「……大丈夫か」

 その時、俺の視界に入ってきたのはアルヴェンだ。
 しまった、リティに彼を連れていくように命じるのを忘れていた。アルヴェンはベッドに寝転ぶ俺を上から覗き込んでいた。
 金の瞳は、相変わらず俺を真っ直ぐ見つめ続ける。これだけ見つめられていると穴が開きそうだ。

「問題ない、これは契約者の力を使った代償だ。あとお前は私の専属使用人になったのだから、口の利き方には気をつけなさい」
「ああ、わかった。注意する」

 いや、本当にわかっているのか?
 本来なら、もう少し強めで嫌な態度で詰め寄り、彼の復讐心を煽るべきなのだろうが、今の体調ではそれは難しい。
 とりあえず後回しにしようと、彼の態度を改めさせるのは一旦諦めた。

「俺が出来ることがあるなら、なんでも命じてくれ」
「だったら、そこにある水差しから水を一杯持ってこい」
「ああ、わかった」

 アルヴェンはすぐに頷くと、水差しの方へ向かっていく。俺はその姿をぼんやりと眺めながら、心の中で戸惑う。
 絶対におかしい、アルヴェンらしくない。
 俺の知るアルヴェンなら、ラクトフェル伯爵家の人間を死ぬほど恨んでいるはずだ。命じてくれ、なんて言うはずもなければ、素直に俺の命令を聞くのもあり得ない。
 アルヴェンはコップに水を入れてくると足早に俺のもとへ戻ってくる。俺はそれを受け取ると体を起こして、喉を潤した。水を飲んだことにより気分はマシになったような気がするが、いまだ目眩はひどい。
もう今日はこのまま寝てしまおうか、と考えているとアルヴェンが俺の顔を覗き込むように近づく。それに対して、俺の肩が小さく跳ねる。

「っ、なんだ」

 アルヴェンの顔があまりにも近く、思わず仮面が崩れて戸惑った声が漏れる。少しでも顔を近づければ唇が触れ合いそうな距離だ。

「俺は、あんたから貰えないのか」

 金色の瞳は、俺を捉え続けている。俺に対して向けられる凄まじい熱量は相変わらずで、まるで飢えた獣のようだ。

「……もらうとは、何のことだ」
「リティという奴はあんたから、褒美をもらっていただろう。俺もあれがほしい」
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