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1章
11.最初に復讐する相手
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「サタリア様」
金色の瞳が逃がさないというように俺を見つめる。彼が何を求めているかは、もう知っているので気だるげな態度でわざとらしく溜息を吐いた。そして、面倒だという雰囲気を感じさせるよう徐に片手をアルヴェンに差し出す。
すると、アルヴェンは珍しく僅かに口許を緩めて、俺の手にそっと触れて、唇を落とす。
アルヴェンはいつもこうして、俺に褒美を強請る。何を気に入ったのか俺にはわからないが、大したことでもないので受け入れている。一応、最初の時以外は舐めてたりしないので安心している。
「次は、もっと早く持ってきてほしいね。おかげで、もう冷たい物を飲みたい気分じゃなくなったよ」
「そうか、悪かった。次はもっと早く持ってくるようにする」
アルヴェンの態度に、苛立ちや怒りはどこにも感じ取れない。むしろ、彼の素直な返答に俺の罪悪感が刺激されて、心臓が苦しい。
なぜか罵られている相手より、罵っている相手のダメージの方が大きいような気がする。
「そうだね、次は……」
それでも心を鬼してアルヴェンに恨まれるために更なる無理難題を押し付けようとした時、ふと彼の顔にある異変に気付いた。
「待て、アルヴェン。その顔の赤みはなんだ」
アルヴェンが俺の声を聞くために顔を下げた際、髪に隠れていた額が見えた。そして、そこは真っ赤に変色していた。それが明らかに殴られた痕であるとすぐにわかり、眉を顰める。
アルヴェンは俺の言葉に目を見張り、息を呑む。その反応だけで、十分察することができた。
「……アルヴェン。今すぐ上の服を脱ぎなさい」
俺は立ち上がって、アルヴェンの服を荒々しく掴む。彼はそれに躊躇うように目を伏せたが、逆らうことはしなかった。
言われた通り自分の衣服に指をかけ、ゆっくりと肌を外気に晒していく。
その体は無駄な膨らみはなく、しなやかで均整のとれた筋肉で、まるで彫刻のような美しさだった。
しかし、それを汚すように、彼の体にはいくつもの傷が残っている。抉られたような線、焼かれたような歪な痕、その中でも切り裂かれたような切り傷が一番多い。それらの傷がアルヴェンの体の至るところにあった。
その殆どは、アルヴェンがキメラにされた時の傷痕だということはすぐにわかった。思わず彼の心情を知って泣きそうになるが、それをぐっと押さえて演技を続ける。
ラクトフェル家の人間として、俺は眉一つ動かしてはいけない。同情すら許されない。
平然を装いながらも、アルヴェンの体を確かめると、至るところが赤く変色し、痣になっていることに気付く。
これらは、最近できたものだ。
キメラは基本的に人間より丈夫だ。些細なことでは傷つかないし、痛みも鈍い。アルヴェンは特別なキメラなため、通常のキメラより頑丈だ。そのアルヴェンを、ここまで殴り続けることができるのは、ラクトフェル家の人間だけだ。
「誰にやられた」
演技だけではない怒りのせいで、俺の声は微かに震える。
「言えない」
アルヴェンは言わないのではなく、言えないと口にした。それは、答えたも当然だった。
キメラは制約によって、ラクトフェル家の不利になることは言えない。
──つまり、アルヴェンを折檻したのはラクトフェル家の人間の誰かで確定だ。
なら、誰がやったのか。三つ子の可能性はあるが、多分違う。あの子たちは俺の言葉に対して従順だ。あれほど強く言い聞かせたのだから、やるとしても俺にバレるようなこんな痕は残さないだろう。
次に可能性があるのは、父のムルダムだ。しかし、ムルダムは嫌になるほど合理的主義者だ。アルヴェンが逆らったり、感情を表に出さないかぎり、無駄な暴力は振るわない。
なら、残るのはたった一人だ。
──バイス兄上。
そうだとしたら、かなりまずい。なぜなら、このままではバイス兄上が死ぬことになるからだ。
このまま何もしなければ……彼は原作通り、暴走したアルヴェンによって殺されることになるのだ。
◆◆◆
『この妾の子が!』
そう言って俺を罵るのは幼いバイス兄上だ。幼い彼の姿を見て、ああこれは夢なのだと理解した。
これは、初めてバイス兄上に会った日に言われたことだ。
それまでの俺は、乳母であるキメラに育てられていた。母が俺を産んで死んだ後、俺にとってその乳母が母親代わりだった。
最初に見たキメラである彼女は、大きな角が頭から生えていたのだが、当初そういう種族なのだと一人で納得していた。
その時の俺は転生したことはわかっていても、ここが読んでいた漫画の世界だとは思いもしなかった。むしろ、必要な知識をもって二回目の人生を歩めることに純粋な喜びを感じていた。
けれど、初の朝食会に出た時、バイス兄上にああして罵られ、頭から水をぶっかけられた。助けを求めるように父であるムルダムを見たが、その時俺に見せた彼の顔はずっと忘れられない。
それは、まるで家畜を見定めるような冷えた目だった。背筋がぞっとするほど冷酷な目付きは、決して息子に向けるものではなかった。
『そうだ。いい機会だ、お前にも我が家の栄光を見せてやろう』
ムルダムは、俺を慰めることなく朝食会が終わるや否や、乱暴に腕を掴んで俺を地下室に連れて行った。
──ああ駄目だ。行くな、見るな。
これが夢であると理解しながらも、必死に連れていかれる俺に対して声をかける。しかし、声が届くことはなく、困惑したままの幼い俺はムルダムに腕を引かれるままに階段を下りていく。
そして、地下の最奥。ラクトフェル家の人間しか進むことの許されない金属製の扉が開かれる。
幼い俺が連れていかれたそこでは──生きた人間を使ったキメラが造られていた。
金色の瞳が逃がさないというように俺を見つめる。彼が何を求めているかは、もう知っているので気だるげな態度でわざとらしく溜息を吐いた。そして、面倒だという雰囲気を感じさせるよう徐に片手をアルヴェンに差し出す。
すると、アルヴェンは珍しく僅かに口許を緩めて、俺の手にそっと触れて、唇を落とす。
アルヴェンはいつもこうして、俺に褒美を強請る。何を気に入ったのか俺にはわからないが、大したことでもないので受け入れている。一応、最初の時以外は舐めてたりしないので安心している。
「次は、もっと早く持ってきてほしいね。おかげで、もう冷たい物を飲みたい気分じゃなくなったよ」
「そうか、悪かった。次はもっと早く持ってくるようにする」
アルヴェンの態度に、苛立ちや怒りはどこにも感じ取れない。むしろ、彼の素直な返答に俺の罪悪感が刺激されて、心臓が苦しい。
なぜか罵られている相手より、罵っている相手のダメージの方が大きいような気がする。
「そうだね、次は……」
それでも心を鬼してアルヴェンに恨まれるために更なる無理難題を押し付けようとした時、ふと彼の顔にある異変に気付いた。
「待て、アルヴェン。その顔の赤みはなんだ」
アルヴェンが俺の声を聞くために顔を下げた際、髪に隠れていた額が見えた。そして、そこは真っ赤に変色していた。それが明らかに殴られた痕であるとすぐにわかり、眉を顰める。
アルヴェンは俺の言葉に目を見張り、息を呑む。その反応だけで、十分察することができた。
「……アルヴェン。今すぐ上の服を脱ぎなさい」
俺は立ち上がって、アルヴェンの服を荒々しく掴む。彼はそれに躊躇うように目を伏せたが、逆らうことはしなかった。
言われた通り自分の衣服に指をかけ、ゆっくりと肌を外気に晒していく。
その体は無駄な膨らみはなく、しなやかで均整のとれた筋肉で、まるで彫刻のような美しさだった。
しかし、それを汚すように、彼の体にはいくつもの傷が残っている。抉られたような線、焼かれたような歪な痕、その中でも切り裂かれたような切り傷が一番多い。それらの傷がアルヴェンの体の至るところにあった。
その殆どは、アルヴェンがキメラにされた時の傷痕だということはすぐにわかった。思わず彼の心情を知って泣きそうになるが、それをぐっと押さえて演技を続ける。
ラクトフェル家の人間として、俺は眉一つ動かしてはいけない。同情すら許されない。
平然を装いながらも、アルヴェンの体を確かめると、至るところが赤く変色し、痣になっていることに気付く。
これらは、最近できたものだ。
キメラは基本的に人間より丈夫だ。些細なことでは傷つかないし、痛みも鈍い。アルヴェンは特別なキメラなため、通常のキメラより頑丈だ。そのアルヴェンを、ここまで殴り続けることができるのは、ラクトフェル家の人間だけだ。
「誰にやられた」
演技だけではない怒りのせいで、俺の声は微かに震える。
「言えない」
アルヴェンは言わないのではなく、言えないと口にした。それは、答えたも当然だった。
キメラは制約によって、ラクトフェル家の不利になることは言えない。
──つまり、アルヴェンを折檻したのはラクトフェル家の人間の誰かで確定だ。
なら、誰がやったのか。三つ子の可能性はあるが、多分違う。あの子たちは俺の言葉に対して従順だ。あれほど強く言い聞かせたのだから、やるとしても俺にバレるようなこんな痕は残さないだろう。
次に可能性があるのは、父のムルダムだ。しかし、ムルダムは嫌になるほど合理的主義者だ。アルヴェンが逆らったり、感情を表に出さないかぎり、無駄な暴力は振るわない。
なら、残るのはたった一人だ。
──バイス兄上。
そうだとしたら、かなりまずい。なぜなら、このままではバイス兄上が死ぬことになるからだ。
このまま何もしなければ……彼は原作通り、暴走したアルヴェンによって殺されることになるのだ。
◆◆◆
『この妾の子が!』
そう言って俺を罵るのは幼いバイス兄上だ。幼い彼の姿を見て、ああこれは夢なのだと理解した。
これは、初めてバイス兄上に会った日に言われたことだ。
それまでの俺は、乳母であるキメラに育てられていた。母が俺を産んで死んだ後、俺にとってその乳母が母親代わりだった。
最初に見たキメラである彼女は、大きな角が頭から生えていたのだが、当初そういう種族なのだと一人で納得していた。
その時の俺は転生したことはわかっていても、ここが読んでいた漫画の世界だとは思いもしなかった。むしろ、必要な知識をもって二回目の人生を歩めることに純粋な喜びを感じていた。
けれど、初の朝食会に出た時、バイス兄上にああして罵られ、頭から水をぶっかけられた。助けを求めるように父であるムルダムを見たが、その時俺に見せた彼の顔はずっと忘れられない。
それは、まるで家畜を見定めるような冷えた目だった。背筋がぞっとするほど冷酷な目付きは、決して息子に向けるものではなかった。
『そうだ。いい機会だ、お前にも我が家の栄光を見せてやろう』
ムルダムは、俺を慰めることなく朝食会が終わるや否や、乱暴に腕を掴んで俺を地下室に連れて行った。
──ああ駄目だ。行くな、見るな。
これが夢であると理解しながらも、必死に連れていかれる俺に対して声をかける。しかし、声が届くことはなく、困惑したままの幼い俺はムルダムに腕を引かれるままに階段を下りていく。
そして、地下の最奥。ラクトフェル家の人間しか進むことの許されない金属製の扉が開かれる。
幼い俺が連れていかれたそこでは──生きた人間を使ったキメラが造られていた。
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