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1章
13.悪魔
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俺は聞き覚えのある声に足を止めて、曲がり角からそっと先を覗きこんだ。
そこには壁際に追い詰められるように立っているアルヴェンと、その胸倉を掴むバイス兄上がいた。
アルヴェンは、それに対して何の抵抗もせず、生気すら感じられない死人のような目をバイス兄上に向けている。
「いますぐ、跪いて私の靴を舐めろと言っているだろう!」
バイス兄上は苛立った様子でアルヴェンの髪を荒々しく鷲掴みにすると、力任せに引く。しかし、アルヴェンは眉一つ動かさず人形のようにされるがままだ。
その様子がさらに癪に障ったのか、バイス兄上は眉を顰めた。
「はっ……自分が選ばれた存在とでも思っているのか? そうだ、いいことを教えてやろう。お前がどうやってこの家に来たかを教えてやる。お前はな」
「──おや、バイス兄上」
黙っていられるのはそこまでだった。
俺は、曲がり角から姿を現しながら柔らかく名前を呼んだ。胸に渦巻く激しい苛立ちをぐっと心の中に押し込んで、口角を無理矢理吊り上げる。そして、出来る限り自然にみえる微笑みを浮かべた。
バイス兄上は、その肩を大きく跳ねさせて振り返り、そんな俺を見て化け物に出会ったかのような表情を浮かべる。
──このクズ兄め、やっぱりアルヴェンの地雷を踏もうとしてたな。
原作でアルヴェンの感情を爆発させたのは、彼の両親の話をしたからだ。
アルヴェンは、ずっと誘拐されてラクトフェル家にやってきたと思っていた。彼は両親に心から愛されていると思っていたし、辛いときはここから出て両親に会うことばかりを考えていた。
しかし実際は、はした金でラクトフェル家に売られたのだという真実をバイス兄上によって教えられることになる。そして、その悲しみと怒りでアルヴェンは我を忘れて、バイス兄上を殺してしまう。
「気が向いて夜の散歩をしていたのですが、驚きました。それは私のものです。それに対して何をしておられるのですか」
「……さ、サタリア」
バイス兄上のことだ。どうせ、アルヴェンを利用して俺を貶めようとでもしたのだろう。父上の関心を得るためなら何でもする男だ。しかし、手を出したのが間違いだ。
「しかもそれは、父上が丹精込めて作ったキメラですよ。おわかりですか?」
俺の言葉にバイス兄上は再び怯えるように肩が跳ねる。正直、現場を押さえればこちらのものだ。
ムルダムは今俺が一番のお気に入りだ。その俺に渡した自らが作った専属使用人をバイス兄上が理由もなく乱雑に扱ったとバレれば、ただでは済まないと彼もわかっている。ムルダムは実の息子でさえ容赦しない。
「私が父上にお伝えすれば、どういうことになるか」
「ち、違うんだ、これはこいつが、私にだな」
「バイス兄上」
バイス兄上の言い訳を遮るように鋭く名前を呼ぶ。そして声色と感情に注意を払いながら、演技を続ける。
「言いましたよね? 私自身に対することであれば、バイス兄上が何をしようとも気にしません。弟として殴られることも、叱咤も受け入れます」
「さ、サタリア……っ」
「しかし、私は自分のものを勝手に扱われるのが、何よりも嫌いだということを……お忘れでしょうか?」
俺は最後の台詞を発する瞬間、わざと笑みを消してバイス兄上をじっと無感情な目で見据える。
表情には何の感情も出さず、冷酷で底知れないような悪役の仮面を被り続ける。すると、バイス兄上の顔色は段々と青ざめていく。
その際、彼の後ろにいるアルヴェンの顔も見えたが、俺を見て驚いたかのように目を開いていた。辺りは、しんと静まり返り、この場の支配者はバイス兄上から俺へと変わる。
とはいえ、この辺りで話は終わらせよう。ここまで釘を刺せば、アルヴェンに手を出すことはなくなるだろう。それはそれで、アルヴェンの制約が破れず困ったことになるが……後で考えよう。あまり追いつめても、このクズ兄上が何をするかわかったものじゃない。
俺は、すぐにいつものように穏やかに微笑んで、軽く頭を下げた。
「失礼しました、バイス兄上。まさか私の兄上がそんな愚かな真似はしていませんよね。きっと私の見間違いです。次はしっかりと確認してから口にするようにしますので、お許し下さい」
暗に見逃すのは今回だけだぞ、という意味を込めて念を押す。すると、バイス兄上は顔を真っ赤にして俯き、拳を力強く握りしめた。俺を疎ましく思っている彼からすれば屈辱だろう。
「アルヴェン、ついて来い」
アルヴェンを呼んでから、踵を返す。部屋に戻ったら、アルヴェンにも言い聞かせる必要がある。そんなことをぼんやり考えていた時だ。
「ま、待て、サタリア! こ、この、悪魔め!」
バイス兄上が、声を震わせながら怒鳴りつける。正直心の底からうんざりしていた俺は、それを気だるげな態度で振り返る。どうやら彼は屈辱のあまり癇癪を起しているようだ。
無視して去ることも考えたが、それで逆上して襲い掛かってくる場合を考えて足を止めた。彼は顔を真っ赤にしたまま、震える手で俺を指差した。
「貴様がサタリアの皮を被った悪魔であることを私は知っているぞ! 今のお前と幼い頃のお前はまるで違うじゃないか!」
その言葉を聞いた瞬間、心臓が大きく跳ねた。
そこには壁際に追い詰められるように立っているアルヴェンと、その胸倉を掴むバイス兄上がいた。
アルヴェンは、それに対して何の抵抗もせず、生気すら感じられない死人のような目をバイス兄上に向けている。
「いますぐ、跪いて私の靴を舐めろと言っているだろう!」
バイス兄上は苛立った様子でアルヴェンの髪を荒々しく鷲掴みにすると、力任せに引く。しかし、アルヴェンは眉一つ動かさず人形のようにされるがままだ。
その様子がさらに癪に障ったのか、バイス兄上は眉を顰めた。
「はっ……自分が選ばれた存在とでも思っているのか? そうだ、いいことを教えてやろう。お前がどうやってこの家に来たかを教えてやる。お前はな」
「──おや、バイス兄上」
黙っていられるのはそこまでだった。
俺は、曲がり角から姿を現しながら柔らかく名前を呼んだ。胸に渦巻く激しい苛立ちをぐっと心の中に押し込んで、口角を無理矢理吊り上げる。そして、出来る限り自然にみえる微笑みを浮かべた。
バイス兄上は、その肩を大きく跳ねさせて振り返り、そんな俺を見て化け物に出会ったかのような表情を浮かべる。
──このクズ兄め、やっぱりアルヴェンの地雷を踏もうとしてたな。
原作でアルヴェンの感情を爆発させたのは、彼の両親の話をしたからだ。
アルヴェンは、ずっと誘拐されてラクトフェル家にやってきたと思っていた。彼は両親に心から愛されていると思っていたし、辛いときはここから出て両親に会うことばかりを考えていた。
しかし実際は、はした金でラクトフェル家に売られたのだという真実をバイス兄上によって教えられることになる。そして、その悲しみと怒りでアルヴェンは我を忘れて、バイス兄上を殺してしまう。
「気が向いて夜の散歩をしていたのですが、驚きました。それは私のものです。それに対して何をしておられるのですか」
「……さ、サタリア」
バイス兄上のことだ。どうせ、アルヴェンを利用して俺を貶めようとでもしたのだろう。父上の関心を得るためなら何でもする男だ。しかし、手を出したのが間違いだ。
「しかもそれは、父上が丹精込めて作ったキメラですよ。おわかりですか?」
俺の言葉にバイス兄上は再び怯えるように肩が跳ねる。正直、現場を押さえればこちらのものだ。
ムルダムは今俺が一番のお気に入りだ。その俺に渡した自らが作った専属使用人をバイス兄上が理由もなく乱雑に扱ったとバレれば、ただでは済まないと彼もわかっている。ムルダムは実の息子でさえ容赦しない。
「私が父上にお伝えすれば、どういうことになるか」
「ち、違うんだ、これはこいつが、私にだな」
「バイス兄上」
バイス兄上の言い訳を遮るように鋭く名前を呼ぶ。そして声色と感情に注意を払いながら、演技を続ける。
「言いましたよね? 私自身に対することであれば、バイス兄上が何をしようとも気にしません。弟として殴られることも、叱咤も受け入れます」
「さ、サタリア……っ」
「しかし、私は自分のものを勝手に扱われるのが、何よりも嫌いだということを……お忘れでしょうか?」
俺は最後の台詞を発する瞬間、わざと笑みを消してバイス兄上をじっと無感情な目で見据える。
表情には何の感情も出さず、冷酷で底知れないような悪役の仮面を被り続ける。すると、バイス兄上の顔色は段々と青ざめていく。
その際、彼の後ろにいるアルヴェンの顔も見えたが、俺を見て驚いたかのように目を開いていた。辺りは、しんと静まり返り、この場の支配者はバイス兄上から俺へと変わる。
とはいえ、この辺りで話は終わらせよう。ここまで釘を刺せば、アルヴェンに手を出すことはなくなるだろう。それはそれで、アルヴェンの制約が破れず困ったことになるが……後で考えよう。あまり追いつめても、このクズ兄上が何をするかわかったものじゃない。
俺は、すぐにいつものように穏やかに微笑んで、軽く頭を下げた。
「失礼しました、バイス兄上。まさか私の兄上がそんな愚かな真似はしていませんよね。きっと私の見間違いです。次はしっかりと確認してから口にするようにしますので、お許し下さい」
暗に見逃すのは今回だけだぞ、という意味を込めて念を押す。すると、バイス兄上は顔を真っ赤にして俯き、拳を力強く握りしめた。俺を疎ましく思っている彼からすれば屈辱だろう。
「アルヴェン、ついて来い」
アルヴェンを呼んでから、踵を返す。部屋に戻ったら、アルヴェンにも言い聞かせる必要がある。そんなことをぼんやり考えていた時だ。
「ま、待て、サタリア! こ、この、悪魔め!」
バイス兄上が、声を震わせながら怒鳴りつける。正直心の底からうんざりしていた俺は、それを気だるげな態度で振り返る。どうやら彼は屈辱のあまり癇癪を起しているようだ。
無視して去ることも考えたが、それで逆上して襲い掛かってくる場合を考えて足を止めた。彼は顔を真っ赤にしたまま、震える手で俺を指差した。
「貴様がサタリアの皮を被った悪魔であることを私は知っているぞ! 今のお前と幼い頃のお前はまるで違うじゃないか!」
その言葉を聞いた瞬間、心臓が大きく跳ねた。
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