【本編完結】ラスボス系悪役令息が望むのは、原作通りの没落ルート

司馬犬

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1章

14.お前が何を知っている

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「幼いお前はいつだって私のことを怖がっていたし、キメラ製造を見るだけで吐くような愚かな弟だったのに!」

 その言葉を聞いて、バイス兄上が何を言いたいのか理解した。彼が言っているのは俺がこの世界が漫画の世界で、ここがラクトフェル伯爵家なのだと気付いた頃の話だ。
 俺は、先ほど夢で見た通りムルダムに無理矢理地下室に連れていかれて、そこでキメラ製造を知った時──吐いて倒れた。
 あの日、ここが平凡な俺では受け入れることさえ苦しい、残酷な世界だと初めて知ったのだ。
 そんな俺が夜一人で泣きながらどうやって生きるか考え、せめて一人でも犠牲を減らす方法を見つけて、早くこの家を没落させることに決めた。
 そこから俺は、演技を始めた。

「それが今や父上に好かれるために、何でもするようになった!」

 別にムルダムに好かれるためではなかったが、俺は彼に望まれるままに魔法生物を多く創った。それらは簡単のことのようで、行うのはずっと大変だった。
 契約書は手書きでなければならないため、血が滲むまでペンを握り続けた。代償の疲労が回復する暇もなく、能力を酷使したせいで鼻血を出して倒れたこともあった。そして、倒れた次の日は決まって眠れなくなった。
 俺が倒れたせいで、また誰かが犠牲になるのだと思うと、全部自分のせいのように感じてしまうからだ。

「今のはお前は悪魔だ! 今も、人を殺したくて堪らないのだろう!」

 バイス兄上の言葉が、小さく胸の奥に刺さる。
 彼の言葉なんて真に受けなくていいと頭ではわかっていても、心は違う。バイス兄上の言葉に言い返そうとしても、言葉が喉に詰まる。指先が微かに震え始めて、うまく演技ができない。幼い頃の思い出が、俺を息苦しくさせる。
 ……本当に全力を尽くしていたのか? 自分が楽をするために、手を抜いたのではないだろうか。
 アルヴェンのことだってそうだ。俺は原作を言い訳にして見ない振りをした。
 ──もしかして、俺の本性は原作通り、残酷な悪魔なんじゃないだろうか。

「ぁ……」

 俺の口からみっともなく震えて掠れた声が小さく漏れた瞬間だった。
 ぞわりと背筋が粟立つのを感じる。そして、ぴりっとした空気が辺りに漂い、目の前からバイス兄上がふっと消えた。

「──その汚い口を閉じろ。クズが」

 ガンという騒がしい音と共に、アルヴェンの地を這うような低い声が辺りに響き渡る。そして次の瞬間、俺はバイス兄上は消えていないと知ることになる。
 アルヴェンがバイス兄上の後頭部を掴み、そのまま顔面を床へ叩きつけていたのだ。その勢いは凄まじく、バイス兄上は声を上げる間もなく、一瞬で動かなくなる。
 そんな彼を見下ろすアルヴェンの瞳孔は開き切っており、獰猛な獣の目付きそのものだった。

「な……っ!」

 一瞬にして起こった出来事に現状を把握しきれず、俺は固まった。今、アルヴェンはバイス兄上に暴力を振るった。それは彼が掛けられた制約を破ったということだが、何が原因で破ることになったんだ。
 原作なら、両親に裏切られた怒りと悲しみで破れたはずなのに、どうして。

「お前のようなやつが、知ったような口でサタリアのことを語るな。ウジ虫に劣る存在が」

 金色の瞳は鋭く細まり、バイス兄上を睨みつける。その奥には怒りの炎が宿り、轟々と燃え続けているのがわかる。それなのに、その声は不気味なほど落ち着いていた。

「お前が、サタリアの何を知っている。サタリアの気持ちを直接聞いたことがあるのか」

 アルヴェンは、気絶しているであろうバイス兄上へ更に追い打ちをかけ、床に顔面を擦りつける。アルヴェンが荒々しく吐き捨てる言葉はまるで、俺のために怒ってくれているように聞こえる。
 アルヴェンも俺の事はよく知らないはずだ。それでも、何故かその言葉は俺の心に寄り添ってくれているような気がして、思わず息が詰まった。
 すると、先ほどまで感じていた息苦しさは楽になっていく。いつの間にか握りしめていた拳もゆっくりと開くことができた。

「……アルヴェン、やめろ」

 何はともあれ、彼を止めなくてはならない。まだバイス兄上は生きているはずだが、この様子では原作通りアルヴェンに殺されてしまうだろう。
 しかし、アルヴェンは俺の言葉に答えず、更なる力をバイス兄上にかける。

「アルヴェン」
「サタリア様、こいつはここで殺そう。あんたは何もしなくていい、俺が全部処理する。迷惑も一切かけないと誓う」
「駄目だ、アルヴェン」

 アルヴェンは幸運にも、バイス兄上を一撃で沈めた。バイス兄上自身も誰に襲われたか理解出来ていないだろう。それを俺がしたということに収めれば、言い訳も立つ。しかし、殺してしまえば、どうしても証拠は残る。ましてや計画性なんてものは一切ない状況だ、不測の事態が起こりやすい。それだけは、アルヴェンのためにも駄目だ。
 しかし、アルヴェンは動かない。むしろ息の根を止めようと、バイス兄上を床に押し付ける。
 俺は軽い深呼吸の後、目を閉じた。それは、自分を立て直し、完璧な悪役という仮面をかぶり直すためだ。
 途中で演技を放棄するなんて、役者失格だ。自分を殺せ、今の俺はあの悪役サタリア・ラクトフェルだ。
 そして次に目を開いた瞬間、俺は恋をした相手に向けるような蕩ける微笑みをアルヴェンへ向ける。他者を魅了するために、この容姿を最大限利用する。
 纏う空気さえ艶やかに、この桔梗色の瞳に全てを惹き付けるように、指先まで意識して動かす。

「答えろ、アルヴェン」

 アルヴェンと目が合うと息を小さく呑んで、その動きが止まる。
 そして、俺はこの状況が楽しくて堪らないといった声を出すと片手を上げ、手の甲をアルヴェンに向けて差し出した。

「​──お前は一体、誰のものだ?」

 この行動が、どういう意味なのか。アルヴェンにはすぐにわかるはずだ。
 アルヴェンはまるで見惚れるようにぼんやり俺を見ていたが、その手がゆっくりとバイス兄上から離れていく。そして、バイス兄上を踏みつけて俺の前までやってくると、足を止めた。

「……俺の髪の毛一本に至るまで、全てあんたのものだ。サタリア様」

 アルヴェンはそう口にして、俺の前で床に両膝をついて跪く。彼はいつものように壊れ物を扱うように慎重な手つきで俺の手を掴むと、手の甲に優しく口づけた。

「その通りだ、アルヴェン」

 俺は子供をあやすような声で、その白髪を緩く撫でた。
 人気のない薄暗い廊下で、この世界の主人公が最大の敵である悪役に跪く。それは俺が目指す行く先に影を落とすような光景ではあったが、俺の心には小さな温かさが宿った。
 そしてこの夜、バイス兄上の殺害を止めながら、アルヴェンを制約から解き放つことができたのだった。
 それは俺が望んでいた通り、原作よりもずっと早い流れだった。
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