【本編完結】ラスボス系悪役令息が望むのは、原作通りの没落ルート

司馬犬

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1章

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◆◆◆

「ドリアード。悪いが、いつも通り誰も通さないでくれ」
 
 俺が屈みながらそっと話しかけるのは、五歳くらいの少女だ。少女と言っても、彼女の衣服は植物でできていて、緑の髪からは綺麗な花が生えており、人間じゃない。彼女は、俺が創った魔法生物で、ラクトフェル家の庭園の管理を任されている木の精霊だ。
 ドリアードは、俺の言葉に頭をゆっくりと振って頷いた。
 この屋敷の庭園は無駄に広く、その作りも複雑だ。低く茂る木立や高い生垣に視界を遮られ、進む先を容易に見渡せない。そのくせ道は分かれ、曲がり路も多く、歩き続けるほど方向感覚は鈍っていく。
 それでもドリアードが管理しているため、その景観は素晴らしい。花々は生き生きと咲き誇り、枯れている植物などどこにもない。俺はこの庭園が大好きで、どうしても一人になりたいときの逃げ場の一つでもあった。
 
「はあ……疲れた」
 
 俺がいるのは庭園の中心に位置する場所だ。そこには円形の石畳に囲まれた池があり、その近くには石造りのベンチがあった。
 俺はそのベンチに腰を下ろすと、空を仰ぎ見る。そこには満天の星空が広がっており、それを眺めながらここ数日のことを思い出す。
 俺はバイス兄上との争いの後、彼が意識を取り戻す前に動いた。ムルダムにバイス兄上を別宅へ押し込めるよう願い出たのだ。
 表向きな理由は、皇族のために創る魔法生物に集中したいから、というものだ。当然、その頃にはバイス兄上が顔面骨折の怪我を負ったということはムルダムの耳に入っていた。そして、そこに俺がいたことも知っているからこそ、なんとなく察していただろう。
 しかし俺はアルヴェンのことや、バイス兄上にされたことは何も口にせず、ムルダムに訴えるのは今回創る魔法生物はどれだけ素晴らしいものになるか、ということだけだ。
 それだけで、彼の中の天秤は俺に傾く。原作を読んでいた俺はよく知っている、ムルダムにはこういう手段の方がきく。
 虐められた、誤解だ、助けてと泣きつくより、俺がどれだけ素晴らしい金の卵を産むガチョウであるかを示したほうがムルダムは動くのだ。
 最後に、皇女に魔法生物を贈るまでの期間でいいと付け加えると、それが最後のひと押しになったのか、ムルダムはバイス兄上を別宅送りにした。
 そうして、屋敷には平和が戻ってきた。
 バイス兄上が目覚めて騒いでも、別宅では何も手が出せない。俺からすれば、アルヴェンを皇女に渡すまでの時間稼ぎができればいい訳だ。どれだけアルヴェンに疑いをもっても、ここにいなければバイス兄上も手が出せない。 
 
「そう、後は皇女の元に行ってくれたら……」
 
 思った以上に早い流れで、アルヴェンはラクトフェル家がかけた制約を破ることができた。これであれば、アルヴェンは制約に縛られることなく復讐できる。
 けれど、どうして制約は破られたのだろうか。
 結局、アルヴェンは両親の裏切りを知ることはなかった。そのため、彼が激しい怒りや悲しみを抱くことはなかったはずだ。考えられる原因らしい原因といえば、アルヴェンが俺の事で怒ったということくらいだろう。
 ──両親の裏切りを知った時と同等の怒りを、俺のために? そんな馬鹿な。
 まだ出会って日は浅いし、俺がアルヴェンにしたことといえば地味な嫌がらせばかりだ。多分バイス兄上に対する怒りが制約を破ったのだろう。これ以上考えるのはやめよう。
 
「……いよいよだな」
 
 アルヴェンがメラニー皇女と出会えば、本格的にラクトフェル家に対する復讐が始まる。俺が原作通りの悪役でいれば、あっという間にラクトフェル家は没落することになるだろう。
 そうなったら、俺はどうしようか。
 原作では、没落して落ちぶれたサタリアは、最後の方で自殺してしまった。貴族として誇りを持っていた彼は、落ちぶれていく現実を受け止め切れなかったのだ。
 それに対して、俺は貴族であることも、爵位にも興味はない。この原作を無事に終わらせることができたなら、俺の創った魔法生物たちと旅に出るのもいいかもしれない。
 一応、没落後のことを考えて、ある程度の資金やツテを用意してある。
 
「リティは、きっと来てくれるだろうな。ノエルは……どうだろうな。ああそうだ、ドリアードとかにも声をかけて……うん、楽しそうだ」
 
 未来のことを考えていると楽しくなって、自然と口許が綻ぶ。その時、背後で草を踏むような微かな音が聞こえてきた。
 俺は姿を見ずとも、その音の正体がリティだとわかった。なぜなら、今この場所に来れるのは魔法生物だけだからだ。
 ここが俺の逃げ場所の一つになった最大の理由は、ドリアードによって守られているからだ。彼女には、俺がいる時にはこの庭園の中央には誰も近寄らせないように頼んでいる。
 キメラや他の人間がここに入ってきても、ドリアードの力で方向感覚が狂ってしまい迷子になって入口に戻されるのだ。
 それに対抗できるのは、ドリアードと同じ魔法生物しかいない。
 だから、俺は満面の笑顔を浮かべて振り返った。
 
「なあ、リティ! お前は俺と一緒に来てくれ……る……」
 
 しかし、振り返った先で、目が合ったのは金色の瞳だった。
 闇夜の中でも目立つ白髪が、夜風に靡いて揺れる。そして、金の瞳は驚きで小さく見開かれていた。
 そこに立っていたのは、間違いなくアルヴェンだった。
 
「あ……う、え……アルヴェン?」
 
 予想外の人物がここにいることに、頭が真っ白になって間抜けな声で名前を呼んでしまう。
 いや、なんでここにいる。ドリアードにはちゃんと誰も通さないようにって言ったはずなのに。
 そこまで考えて、ふと気づく。そうだ、アルヴェンは表向きはキメラということになっているが、作られた材料のせいで本質は魔法生物に近い。
 ……つまり、もしかしてキメラなのにドリアードの力が効かないのか?
 今更ながら、その事実に気付いて言葉を失う。
 俺は振り返った体勢のままで、アルヴェンは立ち尽くしたまま、互いに黙って見つめ合う。今この場で動いているものといえば、夜風で揺れている葉や草木くらいのものだ。
 ──ああ、嘘だろう。まさか、素の状態をアルヴェンに見られるなんて。
 またしても、俺の没落計画に暗雲が立ち込めるが──俺は何も言えないでいた。
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