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1章
別の世界のお話1-1
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アルヴェンがラクトフェル家に連れてこられたのは、僅か五歳の時だった。
その日は、アルヴェンが両親に買い出しを頼まれて外に出た時だった。両親から珍しく多めに小遣いを貰い、それを力強く握りしめ、弟たちのために土産の一つでも買ってあげようと考えていた。
しかし、それが叶うことはなかった。その土産を買う前に、アルヴェンは待ち受けていた人攫いに捕まったのだ。そして、ラクトフェル家にすぐに売られ、キメラとして体を壊され、切られ、造り直された。
次に、アルヴェンが気が付いた時には既にキメラになっており、その髪も目の色もすっかり変わってしまっていた。それを知った時、両親に会っても、もう気付いて貰えないかもしれないと思い、一晩中泣き続けた。
その日から、アルヴェンの世界は一変した。
ラクトフェル家の人間は、キメラを人扱いしない。物や部品のような扱いをするだけではなく、心からそう思っているような目を向ける。
アルヴェンは、彼らのその目が堪らなく嫌だった。本当に人を物だと認識している無機質な目、そこには何の同情も優しさも含まれていない。
あの目に晒され続けると、本当に自分が人ではない、ただの物になったような錯覚を感じるのだ。そして、それを受け入れてしまえば、人であることを放棄してしまう。そうして、自分の意思を失くしていくキメラたちをアルヴェンはずっと見続けていた。
人をやめたキメラたちは物のように従い、雑に扱われることに何も感じなくなる。アルヴェンは絶対に彼らのようになりたくなかった。
──俺は、人間だ。いつからここから逃げ出して、父さんと母さんの元に戻るんだ。
アルヴェンにとって両親の存在だけが、最後の希望だったのだ。
だからこそアルヴェンは、自分を作ったというムルダムの言うことも聞かなかったし、どれだけ痛めつけられようとも、反抗するのをやめなかった。
そんなある日、深夜になるとムルダム以外の男がアルヴェンの前に現れるようになった。彼は、ムルダム以上に酷い暴力と罵声を浴びせてきた。
彼はバイスという名前らしく、ことあるごとに弟であるサタリアの名前を出しながらアルヴェンを痛めつけた。
「くそ! くそ! 本来なら私が次期当主に選ばれるはずなのに! あの悪魔みたいな弟のせいで!」
今日もバイスはアルヴェンが拘束されている牢にやってくると、鞭をアルヴェンに叩きつけながら喚いた。彼にとって弟という存在は憎たらしいものらしいが、弟たちを愛していたアルヴェンにはその気持ちが全くわからなかった。
「この! 大人しく私に従え! キメラの分際で、反抗する意思を持ちやがって!」
アルヴェンがバイスの顔をじっと見つめると、その顔が醜く歪む。アルヴェンはその顔を見るのが愉しくて好きだった。ラクトフェル家の人間は人であろうとするキメラが目付きでわかるようで、アルヴェンが反抗して見つめるだけで、物が突然喋り出したような驚きと不快さから、その表情を醜く歪めるのだ。
いつもなら見つめるだけだったアルヴェンだが、その時は今日あったことをふと思い出し、彼があまりにも滑稽に見えて、思わず口許が緩んだ。
そして、バイスはそれを見逃さなかった。
「っ、おまえ……ッ!」
バイスの瞳は怒りに染まっていた。感情を押さえつけるように歪んだ眉間に血が上った頬、鞭を持つ手は震えている。
「来い!」
バイスは牢屋の戸を開くと、アルヴェンの髪を鷲掴みにして引っ張る。バイスの目は見開かれ、喉奥から漏れる声は荒々しく、耳障りで騒がしい。
アルヴェンはほぼ引きずられるように牢屋の外へ放り出される。そのままバイスが連れて行こうとしているのは教育部屋だ。教育といっても、部屋の中にあるのは拷問に使われるような器材ばかりが並んでいる。
どうやらバイスはあそこで、アルヴェンを今まで以上に痛めつけるつもりだと理解した。しかし、アルヴェンが動揺することはない。
「キメラの分際で、よくも私を笑ったな! 痛みで思い知らせてやる!」
バイスは癇癪を起しながら騒いでいるが、アルヴェンからすれば、痛みなどは当の昔に鈍くなって何も感じない。
これから行われる折檻も、興味なさげにぼんやりしていた。すると、突然バイスは辿り着く前に足を止め、手を離した。
「……そうだ。確か、お前には弟がいたんだったな」
アルヴェンはその言葉を聞いた時、弾かれるようにバイスの顔を見た。すると、彼は今までと違った反応をするアルヴェンに気付いたのだろう。バイスは薄ら笑いを浮かべながら、楽しそうに言葉を続ける。
「お前の弟なら、よりよいキメラになりそうだな」
「……弟たちに、手を出すな」
「はっ。珍しく話した言葉がそれか」
久しぶりに出したアルヴェンの声は掠れていたが、硬く怒りを含んでいる。
明らかに動揺を示したアルヴェンが愉しかったのか、バイスは上機嫌そうに笑った。
「大体、弟たちがキメラになるかは私が決める訳ではない。決めるのは──お前の両親じゃないか」
「……は?」
「なんだ? 知らなかったのか?」
アルヴェンが呆気に取られた顔で見上げると、バイスはまたしても笑った。それは軽蔑とも余裕とも取れる薄氷のような冷たい笑みだった。
その日は、アルヴェンが両親に買い出しを頼まれて外に出た時だった。両親から珍しく多めに小遣いを貰い、それを力強く握りしめ、弟たちのために土産の一つでも買ってあげようと考えていた。
しかし、それが叶うことはなかった。その土産を買う前に、アルヴェンは待ち受けていた人攫いに捕まったのだ。そして、ラクトフェル家にすぐに売られ、キメラとして体を壊され、切られ、造り直された。
次に、アルヴェンが気が付いた時には既にキメラになっており、その髪も目の色もすっかり変わってしまっていた。それを知った時、両親に会っても、もう気付いて貰えないかもしれないと思い、一晩中泣き続けた。
その日から、アルヴェンの世界は一変した。
ラクトフェル家の人間は、キメラを人扱いしない。物や部品のような扱いをするだけではなく、心からそう思っているような目を向ける。
アルヴェンは、彼らのその目が堪らなく嫌だった。本当に人を物だと認識している無機質な目、そこには何の同情も優しさも含まれていない。
あの目に晒され続けると、本当に自分が人ではない、ただの物になったような錯覚を感じるのだ。そして、それを受け入れてしまえば、人であることを放棄してしまう。そうして、自分の意思を失くしていくキメラたちをアルヴェンはずっと見続けていた。
人をやめたキメラたちは物のように従い、雑に扱われることに何も感じなくなる。アルヴェンは絶対に彼らのようになりたくなかった。
──俺は、人間だ。いつからここから逃げ出して、父さんと母さんの元に戻るんだ。
アルヴェンにとって両親の存在だけが、最後の希望だったのだ。
だからこそアルヴェンは、自分を作ったというムルダムの言うことも聞かなかったし、どれだけ痛めつけられようとも、反抗するのをやめなかった。
そんなある日、深夜になるとムルダム以外の男がアルヴェンの前に現れるようになった。彼は、ムルダム以上に酷い暴力と罵声を浴びせてきた。
彼はバイスという名前らしく、ことあるごとに弟であるサタリアの名前を出しながらアルヴェンを痛めつけた。
「くそ! くそ! 本来なら私が次期当主に選ばれるはずなのに! あの悪魔みたいな弟のせいで!」
今日もバイスはアルヴェンが拘束されている牢にやってくると、鞭をアルヴェンに叩きつけながら喚いた。彼にとって弟という存在は憎たらしいものらしいが、弟たちを愛していたアルヴェンにはその気持ちが全くわからなかった。
「この! 大人しく私に従え! キメラの分際で、反抗する意思を持ちやがって!」
アルヴェンがバイスの顔をじっと見つめると、その顔が醜く歪む。アルヴェンはその顔を見るのが愉しくて好きだった。ラクトフェル家の人間は人であろうとするキメラが目付きでわかるようで、アルヴェンが反抗して見つめるだけで、物が突然喋り出したような驚きと不快さから、その表情を醜く歪めるのだ。
いつもなら見つめるだけだったアルヴェンだが、その時は今日あったことをふと思い出し、彼があまりにも滑稽に見えて、思わず口許が緩んだ。
そして、バイスはそれを見逃さなかった。
「っ、おまえ……ッ!」
バイスの瞳は怒りに染まっていた。感情を押さえつけるように歪んだ眉間に血が上った頬、鞭を持つ手は震えている。
「来い!」
バイスは牢屋の戸を開くと、アルヴェンの髪を鷲掴みにして引っ張る。バイスの目は見開かれ、喉奥から漏れる声は荒々しく、耳障りで騒がしい。
アルヴェンはほぼ引きずられるように牢屋の外へ放り出される。そのままバイスが連れて行こうとしているのは教育部屋だ。教育といっても、部屋の中にあるのは拷問に使われるような器材ばかりが並んでいる。
どうやらバイスはあそこで、アルヴェンを今まで以上に痛めつけるつもりだと理解した。しかし、アルヴェンが動揺することはない。
「キメラの分際で、よくも私を笑ったな! 痛みで思い知らせてやる!」
バイスは癇癪を起しながら騒いでいるが、アルヴェンからすれば、痛みなどは当の昔に鈍くなって何も感じない。
これから行われる折檻も、興味なさげにぼんやりしていた。すると、突然バイスは辿り着く前に足を止め、手を離した。
「……そうだ。確か、お前には弟がいたんだったな」
アルヴェンはその言葉を聞いた時、弾かれるようにバイスの顔を見た。すると、彼は今までと違った反応をするアルヴェンに気付いたのだろう。バイスは薄ら笑いを浮かべながら、楽しそうに言葉を続ける。
「お前の弟なら、よりよいキメラになりそうだな」
「……弟たちに、手を出すな」
「はっ。珍しく話した言葉がそれか」
久しぶりに出したアルヴェンの声は掠れていたが、硬く怒りを含んでいる。
明らかに動揺を示したアルヴェンが愉しかったのか、バイスは上機嫌そうに笑った。
「大体、弟たちがキメラになるかは私が決める訳ではない。決めるのは──お前の両親じゃないか」
「……は?」
「なんだ? 知らなかったのか?」
アルヴェンが呆気に取られた顔で見上げると、バイスはまたしても笑った。それは軽蔑とも余裕とも取れる薄氷のような冷たい笑みだった。
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