【本編完結】ラスボス系悪役令息が望むのは、原作通りの没落ルート

司馬犬

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2章

12.彼のために

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 メラニーがそう言ってくるだろうことは、わかっていた。しかし、いざ言葉にされると何故か心臓が痛む。
 まるで針を突き立てられているような痛みで、唇をぎゅっと噛み締めた。
 
「私は一目見た時から彼が気に入ってしまって……彼以外の魔法生物は考えられません」
 
 メラニーは頬を微かに赤らめ、俺と話している時とは明らかに声の調子が違っていた。その姿は明らかに恋をする少女そのものだ。元々美しい容姿を持つ彼女だが、その表情は俺でも見惚れるほどに愛らしかった。
 ──俺は、これをずっと待っていた。
 皇女であるメラニーに頼まれたのなら、アルヴェンを渡しても問題ない。ここで頷いてアルヴェンを引き渡せば、俺が望んでいた原作通りの流れに戻るだろう。
 ──そう、わかっているのに。
 先ほどから心臓がずっと痛い。
 だって、俺は知ってしまったのだ。アルヴェンが誰に想いを抱いているのか、そしてその相手の側にいたいと切実に願っているということを。
 何故そうなったのか理由はいまだにわからないが、その想いが本気であることは痛いほどに理解している。
 そんなアルヴェンの願いを俺が無碍にしていいのだろうか。
 しかし、ここで拒否すれば俺がしてきたこと全て意味がないものになるかもしれない。
 既に色んなことが原作とは違う流れになっている。既にメラニーの思惑はわからなくなって、この状態でもっとも重要な存在であるアルヴェンを抜いてしまえば、これからどういう流れになるのか、ますますわからなくなる。ラクトフェル家の没落がなくなる恐れすらあるのだ。
 だから、アルヴェンはメラニーに渡さなければならない。わかっているのに、そう思うと同時に、別の気持ちが俺の心から湧いてくる。
 それを強引に心の奥に押し込めて、微笑みを浮かべながら口を開く。
 
「……どうぞアルヴェン、を」
 
 いつも通りに振舞って答えようとしたが、言葉が詰まる。言いかけて固まってしまって、唇が上手く動かない。アルヴェンを貰ってください、というだけでいいのだ。
 メラニーが小さく首を傾げ、怪訝そうな目をこちらに向ける。
 
「アルヴェン、を……」
 
 すぐにもう一度言い直してみるが、喉奥が張り付いたように声が出せなくなる。いや、違う。
 出せなくなるのではなくて、口にしたくないのだとわかった。
 ──嬉しかった。
 どこまでも平凡な俺だから、死にたくなくて、犠牲になる人も見たくなくて、できることは今まで必死にやってきた。
 でも、俺は主人公の器じゃない。当然、苦しいことも痛いことも嫌いだ。誰かを救うために、全てをかけるなんて嘘でも言い切ることができない。
 いつだって一人は寂しいし、孤独は苦しい。
 あの時、そんな俺に向かって、アルヴェンは言ってくれたのだ。
 
『だから……俺は、あんたを一人にさせないためにここにいる』
 
 あれが、ただの嘘だとしても。
 何の意味もない、機嫌をとるためだけの上辺の言葉だったとしても。
 
『俺は、サタリア様を一人にしない。ずっと、永遠にあんただけのものだ』
 
 ──俺は、本当に嬉しかったんだ。
 あの言葉は確かに俺の心を震わせて、誰かの前で泣くということを思い出させてくれた。だから、そんなアルヴェンが望むことがあるというなら俺は──。
 
「……サタリア様?」
 
 メラニーは口を閉ざしたまま固まってしまった俺に対して眉を顰める。名前を呼ばれ、小さく息を呑んで我に返る。
 そして、俺は一度深く目を閉じてから頭のスイッチを切り替える。頭の端でパチンという音が聞こえた瞬間、俺は口許を緩めた。
 その際、目には感情を乗せることはせず、冷たく凍り付かせるような流し目をメラニーに向け、唇だけで綺麗な弧を描き、微笑む。
 
「──申し訳ありませんが、それはお断りさせていただきます」
「え?」
 
 メラニーは俺の返答が予想外であったようで、藤色の瞳を丸くする。その驚きの隙を逃すことはせず、俺は言葉を続けた。
 
「大変申し訳ありませんが、あれは皇女殿下に差し上げるには相応しくない物です」
「そ、そんなことはありません。どんな無作法であろうとも、私は気にしません。ですから、彼を私に譲ってください」
「──皇女殿下」
 
 俺が射抜くように目をゆっくりと細めると、メラニーは小さく息を呑む。彼女にしっかりと目を合わせて、微笑みを崩さない。
 
「魔法生物を扱うには、その扱う人物にもそれ相応の品格が必要だと私は思っております」
「どういう、意味ですか」
「私のものは、皇女殿下のような方が扱うには相応しくない物だお伝えしているのです」
 
 それは捉え方によっては、俺のものがお前に扱えると思っているのかと揶揄しているように捉えられるだろう。
 皇族相手に無礼ではあるが、今のメラニーでは俺に対して強く出れない。立場を固めようとはしているが、つい最近までは皇族の落ちこぼれだと噂されていた第四皇女だ。
 その立場ではこの程度の言葉で、ラクトフェル家の一員である俺を無礼だと処断することはできない。それは賢い彼女はよく理解しているだろう。
 メラニーは小さな唇をきゅっと結んで、俺を睨みつける。しかし、それに怯むことは許されない。今の俺は、一流の悪役でなければならない。
 視線だけで相手の逃げ場を封じて、まるで自分の掌の上で世界が思い通りに転がるように確信している悪役ような演技を見せつけなくてはならないのだ。
 ──そう、アルヴェンの望みを叶えるために。
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