【本編完結】ラスボス系悪役令息が望むのは、原作通りの没落ルート

司馬犬

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2章

16.突き落とす

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「な、なに……?」
「ああ、いけません。体に障りますから、動かず真っ直ぐ前を見ていてください」
 
 バイス兄上は、俺の言葉を聞いて後ろに振り返ろうとするが、俺は彼の肩に手を添えたまま動かないように言い聞かせる。
 アルヴェンはそんな俺の意思を組んでなのか、徐にバイス兄上の前へ移動した。位置的にすぐ近くではないが、前方からじっと見つめる視線を受け、バイス兄上は体を小さく跳ねさせ動かなくなる。
 そして、警戒するようにアルヴェンを見つめたままだ。
 俺もその気持ちはわかる。あの獰猛な金色の瞳に捉えられると、自分が草食動物になったような気持ちになる。
 ましてや、バイス兄上にとってアルヴェンは未知の存在だ。通常のキメラであれば怖がる必要もないだろうが、バイス兄上は自分に傷を負わせたのがアルヴェンかもしれないと疑っているはずだ。
 だからこそ目を逸らしたら、今度こそ殺されるかもしれない。そう感じるのは当然のことだろう。
 
「実は、不幸な出来事から私はその専属使用人のせいで顔に傷がつきまして……父上は、バイス兄上が専属使用人を私に差し向けたとして、酷くお怒りです」
「っ、ちがう! ちがうん、だ! お前を危ない目に合わすつもりは本当に……!」
 
 これは、本当のことだろう。ムルダムからすれば、せめて俺に次代を残してから死んでほしいと思っているはずだ。俺の子供であれば、今度こそ契約者の能力を引き継いで生まれてくる可能性が高い。そうなればラクトフェル家は安泰だ。
 だからこそバイス兄上は、ムルダムに俺へ手を出さないようきつく言われているはずだ。
 そんなムルダムの命令に逆らえるような度胸は、バイス兄上にはない。だから、兄上は純粋にアルヴェンを殺してやりたかっただけ。
 ──クソ兄上め。
 心の中で毒づくも、表情には一切出さないように意識しながら、微笑みを保つ。
 
「サタリア。ち、父上は何と言ったのだ……?」
「もうお前はいらない、と」
 
 俺はバイス兄上にとって残酷な真実を穏やかな声で、柔らかく囁きかける。すると、バイス兄上の両手は哀れに思えるほどに激しく震え始め、開いたままの口から荒々しい息が零れていく。
 今、俺が言ったことは事実だ。
 俺はムルダムに適当な嘘をついて、頬の傷と共に命が危うかったことを告げ口した。普段なら俺たちの揉め事に口を出さない彼だが、今回は専属使用人の死体という決定的な証拠があった。
 最後にアルヴェンの傷を見せつければ、どれほど危険な状態だったか、ムルダムにもよく伝わる。そして、激怒したムルダムはバイス兄上を見放すことに決めたのだ。
 それは、バイス兄上が当主になる道が完全に閉ざされたのと同義だ。これ以上、下手にことを起こせば、最悪の場合キメラの材料の一つとして使われることになるだろう。ムルダムが実の子であろうと容赦はしないことを、バイス兄上もわかっているはずだ。
 だからこそ、これでバイス兄上は暫く静かになるだろう。
 ──しかし、それだけでは駄目だ。このクズ兄上には、恐怖を味わってもらう必要がある。
 
「でも、安心してください、バイス兄上。私が父上に許してもらうようにお願いしました」
「ほ、本当か!」
「はい。すると、父上はこの件を全て私に一任すると約束していただけました」
「そうか、そうか。お前は私の自慢の弟だ!」
「ありがとうございます、バイス兄上。ただ、現状では暫く別宅にいていただくことになってしまいます。力及ばず、申し訳ありません」
「それくらいは構わないさ。時間さえあれば、父上も怒りを収めてくれるはずだ……」
 
 バイス兄上は、祈るように掌を重ねながら胸を撫でおろす。その顔色は未だに良くなっていないが、微かに余裕が出来たようで明るさを取り戻している。
 だとすれば、このタイミングがいいだろう。俺は唇をそっとバイス兄上の耳元に寄せ、息をかけるように囁く。
 ──敵を突き落とすなら高い方がいい。それは、誰でも知っていることだ。
 
「それで、父上の怒りを収めるためにもこの別宅にいたキメラたちを引き払い、すべて人間に変えることにしました」
「……は?」
 
 バイス兄上は、俺の言葉に反応して振り返る。肩越しに振り返った彼の顔は、驚愕と恐怖で歪んでいた。しかし、俺と目が合ったのは数秒だけだ。
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