【本編完結】ラスボス系悪役令息が望むのは、原作通りの没落ルート

司馬犬

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2章

15.悪には花束を

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 今、俺の腕の中には白のリボンで結ばれた花束がある。それは両腕で抱える必要があるほどの大きさで、中心には深紅の薔薇が、その周囲を淡い色の花たちが囲んでいる。
 綺麗な花束だが、これを渡す相手は…… 残念ながらその美しさに相応しくないと言っていいだろう。
 
「なぜだ! 呼んでいるのに、どうして誰も来ない!」
 
 その大声は扉越しでも聞こえる程のもので、先ほどからこうして叫び続けていた。彼が先ほどから呼んでいるのは、自分の身の回りの世話をしているキメラたちだ。
 彼のことだ。気まぐれに軽食でも摂ろうとしたのだろう。しかし、呼び鈴を鳴らしても誰も来ないことに気付き、怒り散らしているようだ。まったく、無駄なことだ。
 なぜなら、彼が望んでいる者たちは既にこの屋敷にはいないからだ。
 
「アルヴェン」
 
 俺が名前を呼ぶだけで、意図を察してアルヴェンは扉に手を掛けて、俺のために開く。ノックなんて必要ないだろう。正直な話、今の俺は中にいる人物に礼儀を尽くす気すらない。
 俺のために開かれた扉から部屋の中に入ると、愕然とした表情を浮かべた男と目が合う。その瞬間、俺は穏やかに微笑んだ。
 
「──バイス兄上。お見舞いに参りました」
 
 ここはラクトフェル家の別宅であり、バイス兄上が静養している場所だ。室内は、本宅ほどではないが広く、調度品も一流のものが置かれている。大きな窓からは日差しが室内を照らしており、心地よい風も流れ込んでいた。
 バイス兄上は、寝間着姿のまま革張りのソファに腰を下ろしていた。その鼻先には白のガーゼが貼られており、アルヴェンにやられた傷はまだ完璧に癒えていないようだ。
 俺は凍り付いたように動きを止めたバイス兄上の前に向かうと、抱えていた花束をそっと差し出した。
 
「さ、サタリア……な、なぜここに?」
「先ほど言ったじゃありませんか、お見舞いに参りました。ああ、申し訳ありません。兄上に直接渡しては邪魔になりますね──アルヴェン」
「はい、サタリア様」
 
 名前を呼んでから、彼に花束を差し出す。バイス兄上はアルヴェンの存在に気付くと「ひっ」と短い悲鳴を上げ、その顔色は一気に真っ青に変わる。ようやく事態を把握したのだろう。
 殺そうとしたアルヴェンが生きて、ここにいること自体がバイス兄上の計画が失敗したことを意味する。
 アルヴェンは、バイス兄上に対して特に反応を示すことなく、渡された花束を持って近くの花瓶に飾り付ける。その際に元々あった花を乱雑に引き抜いて飾るものだから、その度にバイス兄上の肩が小さく跳ねた。
 俺は微笑みを絶やさず、バイス兄上の前に立ち、彼を見下ろす。
 
「バイス兄上も知っておられるとは思いますが……最近、私のアルヴェンがキメラに襲われる事件がありました」
「さ、サタリア! ちが、違うんだ。これには」
 
 俺は、人差し指を一本だけ立てて自身の唇に押し当てる。俺は愉しそうに瞳を細めて「しー」と口にするとバイス兄上は、緊張したような面持ちでその唇を閉じた。
 
「わかっていますよ、バイス兄上。あれは不幸な勘違いから起きた事故なのでしょう。バイス兄上を想う故に専属使用人が勝手に暴走した。そうでしょう?」
「そ、そうだ! 私は何もしていないんだ! わかってくれるか!」
「ええ、もちろんです。ちゃんと、私はわかっていますよ」
 
 バイス兄上は引き攣った笑みを浮かべて、俺の言葉に対して首を縦に振り続ける。
 ──まったく、よく言えたもんだ。
 ラクトフェル家で作られたキメラたちは、その精神を粉々に壊される。お前たちは人ではなく、物なのだと何度も繰り返し教え込まれ、彼らは次第に自由意志さえ失ってしまうのだ。
 アルヴェンが例外なだけで専属使用人に選ばれるものなど、完璧に物になってしまった人たちばかりだろう。ましてや彼女はバイス兄上の専属使用人だった。自分の意思で考え、動くことなどできるはずがないのだ。
 俺の腹の底から湧き出てくるような怒りを、表情には決して出さない。喜色だけを表情に出したまま、俺は歩き出す。
 そして、そのままバイス兄上の後ろへと回り、革張りのソファの背もたれをそっと撫でた。
 
「──しかし、残念ながら」
 
 続く言葉は、労わるような優しい声で囁く。
 
「父上は、そう思わなかったようです」
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