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幕間
3.すべてが終わった後の話
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守るべき同胞は消え、全てをかけた復讐は終わった。復讐が叶った際の甘く、痺れるような歓喜も多く貪った。
ラクトフェル家への復讐のために生きてきた〝もの〟なのだから、全てが終わった後に自分がどうなるかの興味は既に失せている。
メラニーの話を聞くのも段々と億劫になり、目を閉じた。今更、別に聞きたいことも見たいことも何もなかった。
「ああ、興味を無くしてしまったのですね。構いませんよ、時間は沢山あります」
メラニーの溜息混じりの声を最後に、その気配が遠ざかっていく。そうして、また牢に一人取り残される。それからどれくらいの時間が経ったのか、ふと微かな足音が聞こえた。メラニーがまた来たのかと思ったが、目を開けるのが億劫でそのまま何もせずにいた。
すると金属の軋む音がして、牢が開かれたのだとわかった。
「──ああ、よかった」
それはメラニーの声ではなかった。しかし、どこか聞き覚えのある声で、思わず目を開く。
まず飛び込んできたのは夜のような黒色の髪だった。その容姿は、見るものを自然に惹き付ける魅力があり、絵画のように整った造形の良さは柔らかさより鋭さを感じさせる。しかし以前に感じた近寄りがたい空気はなく、桔梗色の瞳は穏やかに光を湛えていた。
「大丈夫か、アルヴェン。助けに来たんだ、俺と行こう」
そう言って俺に手を差し伸べたのは、ラクトフェル家の最後の生き残り──サタリア・ラクトフェルだった。
その時、確かに俺の心に静かな風が吹き込んでくるのを感じた。
◆◆◆
俺がサタリアを見たのは、たった三回だけだ。
一回目は、サタリアの専属使用人を選ぶ時、結局見回ってから誰も選ばずに終わった。
二回目はバイスを殺して運んだ時、階上からそれを目撃しながら何も言わなかった。
三回目は断罪された時、騒ぎ立てるムルダムに対してサタリアは何も口を開かずに静かに立っていた。
どの時もサタリアは年齢よりもずっと落ち着いており、その立ち振る舞いは誰よりもラクトフェル家の人間らしかった。
「悪いな。すぐに城下町から離れられたらいいんだが、今はまずい。狭い部屋だが、ここに暫くいてほしいんだ」
──そのサタリアが、何故か目の前にいる。
俺を、あの地下から引っ張り出すと手際よく外に連れ出して、今は城下町の民家の一室にいた。民家自体は狭く、床は硬い板張りでところどころ擦り切れて、風が吹くと木の窓枠がきしきしと鳴る。置かれている家具なども最小限で、暖炉の灯りがこの部屋で一番明るい光源だった。
ここが今のサタリアの家だとしたら、随分と落ちぶれたものだ。彼の衣服も以前のような一流のものではなく擦り切れた古着姿だ。
正直、自分でも何故ここまで着いてきたのかわからない。手を振り払って無視をしてもよかったのに、俺は彼の手を取った。
祝福者であった彼に興味があったのか、あそこから出たかったからなのか。自問自答しても答えは出なかった。
──それにしても、以前とは随分雰囲気が違う。
話し方からその仕草まで、まるで別人だと言っていいだろう。以前のサタリアは他者を惹き付け、微笑みながら相手を貶めるような危険を孕んだ男であったはずだ。
しかし、今のサタリアは容姿以外は平凡だ。どこにでもいるような大人しい青年に見える。
「首輪は……外せなくて悪いな。その鍵はどうやっても手に入れられなかった。この国を出たら、壊す手段を探すから我慢してくれ」
「どうやって、俺の居場所を知ったのですか」
貴族でなくなったサタリアに敬語を使う必要はないとわかっている。それなのにわざわざ敬語で話すのは、自分がどういう位置になっても、決してラクトフェルト家の人間と平等でいたくないという意地のようなものだった。
「こんな俺でも元伯爵家の人間だ。ツテがあるんだよ。この家もそのツテに用意してもらったものだ」
「ツテ、ですか」
「ああ、まあ気にしないでくれ。それより、お腹が減っていないか? パンくらいならすぐ用意でき」
「まずは、俺を出した目的を教えてください」
穏やかに微笑みかけるサタリアの言葉を遮って声を出す。わざわざあそこまでやってきて俺を出したのは、何かしらの目的があってのことだということはわかる。
──メラニーへの復讐か? ラクトフェル家の再興を考えているのか?
どちらにせよ、俺が手を貸すことは絶対にない。サタリアを忌々しく思いながら睨みつけると、彼は一瞬瞳を見開いてから小さく笑った。
「ないよ」
「何……?」
「目的なんてない。強いて言うなら、お前を助けることが目的だな」
俺は、怪訝そうに眉を顰める。俺が囚われていた地下室に入るだけでも相当危険だ。ましてや、拘束や牢を開く鍵を持っていたところを見ると俺の救出は計画されていたことがわかる。
──そこまでしておいて、何もないと?
そんな言葉が信用できるはずもなく、目を細めて睨みつける。すると、サタリアは眉を垂らして困ったように笑った。
「きっと頭がおかしくなっていると思われるかもだけど、俺はラクトフェル家が没落するのを知っていた」
ラクトフェル家への復讐のために生きてきた〝もの〟なのだから、全てが終わった後に自分がどうなるかの興味は既に失せている。
メラニーの話を聞くのも段々と億劫になり、目を閉じた。今更、別に聞きたいことも見たいことも何もなかった。
「ああ、興味を無くしてしまったのですね。構いませんよ、時間は沢山あります」
メラニーの溜息混じりの声を最後に、その気配が遠ざかっていく。そうして、また牢に一人取り残される。それからどれくらいの時間が経ったのか、ふと微かな足音が聞こえた。メラニーがまた来たのかと思ったが、目を開けるのが億劫でそのまま何もせずにいた。
すると金属の軋む音がして、牢が開かれたのだとわかった。
「──ああ、よかった」
それはメラニーの声ではなかった。しかし、どこか聞き覚えのある声で、思わず目を開く。
まず飛び込んできたのは夜のような黒色の髪だった。その容姿は、見るものを自然に惹き付ける魅力があり、絵画のように整った造形の良さは柔らかさより鋭さを感じさせる。しかし以前に感じた近寄りがたい空気はなく、桔梗色の瞳は穏やかに光を湛えていた。
「大丈夫か、アルヴェン。助けに来たんだ、俺と行こう」
そう言って俺に手を差し伸べたのは、ラクトフェル家の最後の生き残り──サタリア・ラクトフェルだった。
その時、確かに俺の心に静かな風が吹き込んでくるのを感じた。
◆◆◆
俺がサタリアを見たのは、たった三回だけだ。
一回目は、サタリアの専属使用人を選ぶ時、結局見回ってから誰も選ばずに終わった。
二回目はバイスを殺して運んだ時、階上からそれを目撃しながら何も言わなかった。
三回目は断罪された時、騒ぎ立てるムルダムに対してサタリアは何も口を開かずに静かに立っていた。
どの時もサタリアは年齢よりもずっと落ち着いており、その立ち振る舞いは誰よりもラクトフェル家の人間らしかった。
「悪いな。すぐに城下町から離れられたらいいんだが、今はまずい。狭い部屋だが、ここに暫くいてほしいんだ」
──そのサタリアが、何故か目の前にいる。
俺を、あの地下から引っ張り出すと手際よく外に連れ出して、今は城下町の民家の一室にいた。民家自体は狭く、床は硬い板張りでところどころ擦り切れて、風が吹くと木の窓枠がきしきしと鳴る。置かれている家具なども最小限で、暖炉の灯りがこの部屋で一番明るい光源だった。
ここが今のサタリアの家だとしたら、随分と落ちぶれたものだ。彼の衣服も以前のような一流のものではなく擦り切れた古着姿だ。
正直、自分でも何故ここまで着いてきたのかわからない。手を振り払って無視をしてもよかったのに、俺は彼の手を取った。
祝福者であった彼に興味があったのか、あそこから出たかったからなのか。自問自答しても答えは出なかった。
──それにしても、以前とは随分雰囲気が違う。
話し方からその仕草まで、まるで別人だと言っていいだろう。以前のサタリアは他者を惹き付け、微笑みながら相手を貶めるような危険を孕んだ男であったはずだ。
しかし、今のサタリアは容姿以外は平凡だ。どこにでもいるような大人しい青年に見える。
「首輪は……外せなくて悪いな。その鍵はどうやっても手に入れられなかった。この国を出たら、壊す手段を探すから我慢してくれ」
「どうやって、俺の居場所を知ったのですか」
貴族でなくなったサタリアに敬語を使う必要はないとわかっている。それなのにわざわざ敬語で話すのは、自分がどういう位置になっても、決してラクトフェルト家の人間と平等でいたくないという意地のようなものだった。
「こんな俺でも元伯爵家の人間だ。ツテがあるんだよ。この家もそのツテに用意してもらったものだ」
「ツテ、ですか」
「ああ、まあ気にしないでくれ。それより、お腹が減っていないか? パンくらいならすぐ用意でき」
「まずは、俺を出した目的を教えてください」
穏やかに微笑みかけるサタリアの言葉を遮って声を出す。わざわざあそこまでやってきて俺を出したのは、何かしらの目的があってのことだということはわかる。
──メラニーへの復讐か? ラクトフェル家の再興を考えているのか?
どちらにせよ、俺が手を貸すことは絶対にない。サタリアを忌々しく思いながら睨みつけると、彼は一瞬瞳を見開いてから小さく笑った。
「ないよ」
「何……?」
「目的なんてない。強いて言うなら、お前を助けることが目的だな」
俺は、怪訝そうに眉を顰める。俺が囚われていた地下室に入るだけでも相当危険だ。ましてや、拘束や牢を開く鍵を持っていたところを見ると俺の救出は計画されていたことがわかる。
──そこまでしておいて、何もないと?
そんな言葉が信用できるはずもなく、目を細めて睨みつける。すると、サタリアは眉を垂らして困ったように笑った。
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