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幕間
5.したいこと
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次の瞬間、辺りは沈黙に包まれた。衝撃的な発言をしたサタリアも、口を開いたまま固まってしまい、二人とも動かない。
「ち、違……っ! そ、そういう意味じゃなくて、俺は人として好きだというか、生き方が好きだというか」
サタリアは勢いよく、椅子から立ち上がると慌てた様子で手を振る。しどろもどろになりながら、目は泳いでいた。
「お、俺はアルヴェンがどんな思いで、生きてきたかを知っているからで、あー……上手く言えないけれど、笑っていてほしいというか」
俺から目を逸らしたまま、黒髪を無造作に掻き乱す。何か迷うようなうめき声を上げながら、躊躇っているようだった。
──お前が言うのか。
俺をキメラという化け物に変えたラクトフェル家の人間が、祝福者として呑気に生きてきたであろう次男が、この時になるまで手を差し伸べなかったお前が。
頭の中を焼くような怒りが体を支配する。いますぐ殺してやろうかという考えが一瞬浮かび、思わず指先に力が入る。
しかし──
「──アルヴェンには幸せになってほしいと思うんだ」
サタリアは、暖炉の灯りに照らされながら静かに微笑んでいた。それは確かに目の前の相手を想って浮かんだものだった。口許は柔らかく弧を描き、瞳の奥には温かな光が灯っている。
それを見て、俺の怒りの炎は徐々に消えていった。
「……そうですか」
俺はわざと突き放すような言い方をして、寝返りを打つ。サタリアに背を向けながら、一方的に会話を打ち切って、目を閉じた。
怒りを収めた理由は、たった一つ。
──俺の幸せを願ってくれたのは、あんただけか。
それがなんともいえない感情を俺に思い出させてくれた。それは久しぶりに感じた人間らしい感情でもあった。
それから更に数週間経過した後、俺の中のサタリアの印象は随分と変わっていた。側にいると不思議と心地がいいと感じさせる。その理由はきっと、彼が一貫して俺をただの人のように扱うからだろう。
俺がキメラだと知っているのに、些細なことを心配して声をかけてくる。大した傷でもないのに、大袈裟に慌てる。その普通の態度と表情が、徐々に俺が人であった頃を思い出させてくれていた。
ある夜。ついに国を出る算段が出来たということで、住んでいた民家を出て、手配されていた馬車に乗り込むことになった。
その馬車を引くのはただの馬だ。乗り込む前に、魔法生物がまた訪れてサタリアに何か話しかけているところを見た。サタリアの元には、本当に多くの魔法生物が訪れる。それほどにサタリアは国内の魔法生物を多く創っていたということだろう。
そして、その分のキメラが作られずに済んだということでもあり、サタリアが人のためを考えて力を使っていたことが今はわかる。それが通常のラクトフェル家には、あり得ない優しさだということを今の俺は理解していた。
「アルヴェンは、国を出たら何をしたいんだ?」
馬車に乗り込み夜の道を走り出した車体の揺れが、微かに体を揺らす。貴族が乗るような馬車ではなく、商人が扱うような荷馬車のため、狭い。
サタリアは目立たないように黒い外套を纏い、俺は首輪が見えないようにフードをすっぽりと被っている。荷台には藁が敷かれ、その上に俺とサタリアは寄り添って座っていた。外は冷たい風が吹いているのに、そこだけは不思議と温かかった。
「何をしたい、ですか?」
自分の先の事なんて考えてこなかった人生だった。どれだけ考えても答えは出てこなくて、それが何故か恥ずかしいことのように思えた。だからなのか、誤魔化すようにサタリアの方をじっと見据えた。
「サタリア様は? 国を出たらどうするんですか?」
「え。俺? 俺はそうだな……旅に出たかったんだよなあ」
「旅……?」
「よくあるやつだよ。世界を見て回りたいっていう旅だ。俺の創った魔法生物とかと、色んなところ見て回ったら楽しいだろうなって。まあ、ありきたりのよくある目標」
サタリアはぼんやりと明後日の方向を見ながら、眉を垂らして恥ずかしそうに口を開いた。
俺にはそんなありきたりの考えさえ浮かばなかった。けれど、サタリアが楽しそうに旅をするところを想像するのは意外に悪くないことだった。だからだろうか、自然と口が動いた。
「では、とりあえず俺は……しばらくそれに付き添うのを目標にします」
「え……いいのか?」
「はい。何も思いつかなかったので」
「そうか、うん。アルヴェンと一緒か……一緒に、いれるのか」
特に深く考えて口にした訳ではなかったが、サタリアは思った以上に嬉しそうに目を細め、幸せを噛み締めるかのように何度も口にする。何がそこまで嬉しいのかわからなかったが、サタリアが喜んでいる顔は思ったより嫌じゃなかった。
──ああ、俺も随分と変わった。
こんな穏やかで温かな気持ちが戻ってくるなんて、思いもしなかった。
ずっと人に作られた化け物で、復讐するだけの物で、それが俺なんだと思っていたのに。
「ち、違……っ! そ、そういう意味じゃなくて、俺は人として好きだというか、生き方が好きだというか」
サタリアは勢いよく、椅子から立ち上がると慌てた様子で手を振る。しどろもどろになりながら、目は泳いでいた。
「お、俺はアルヴェンがどんな思いで、生きてきたかを知っているからで、あー……上手く言えないけれど、笑っていてほしいというか」
俺から目を逸らしたまま、黒髪を無造作に掻き乱す。何か迷うようなうめき声を上げながら、躊躇っているようだった。
──お前が言うのか。
俺をキメラという化け物に変えたラクトフェル家の人間が、祝福者として呑気に生きてきたであろう次男が、この時になるまで手を差し伸べなかったお前が。
頭の中を焼くような怒りが体を支配する。いますぐ殺してやろうかという考えが一瞬浮かび、思わず指先に力が入る。
しかし──
「──アルヴェンには幸せになってほしいと思うんだ」
サタリアは、暖炉の灯りに照らされながら静かに微笑んでいた。それは確かに目の前の相手を想って浮かんだものだった。口許は柔らかく弧を描き、瞳の奥には温かな光が灯っている。
それを見て、俺の怒りの炎は徐々に消えていった。
「……そうですか」
俺はわざと突き放すような言い方をして、寝返りを打つ。サタリアに背を向けながら、一方的に会話を打ち切って、目を閉じた。
怒りを収めた理由は、たった一つ。
──俺の幸せを願ってくれたのは、あんただけか。
それがなんともいえない感情を俺に思い出させてくれた。それは久しぶりに感じた人間らしい感情でもあった。
それから更に数週間経過した後、俺の中のサタリアの印象は随分と変わっていた。側にいると不思議と心地がいいと感じさせる。その理由はきっと、彼が一貫して俺をただの人のように扱うからだろう。
俺がキメラだと知っているのに、些細なことを心配して声をかけてくる。大した傷でもないのに、大袈裟に慌てる。その普通の態度と表情が、徐々に俺が人であった頃を思い出させてくれていた。
ある夜。ついに国を出る算段が出来たということで、住んでいた民家を出て、手配されていた馬車に乗り込むことになった。
その馬車を引くのはただの馬だ。乗り込む前に、魔法生物がまた訪れてサタリアに何か話しかけているところを見た。サタリアの元には、本当に多くの魔法生物が訪れる。それほどにサタリアは国内の魔法生物を多く創っていたということだろう。
そして、その分のキメラが作られずに済んだということでもあり、サタリアが人のためを考えて力を使っていたことが今はわかる。それが通常のラクトフェル家には、あり得ない優しさだということを今の俺は理解していた。
「アルヴェンは、国を出たら何をしたいんだ?」
馬車に乗り込み夜の道を走り出した車体の揺れが、微かに体を揺らす。貴族が乗るような馬車ではなく、商人が扱うような荷馬車のため、狭い。
サタリアは目立たないように黒い外套を纏い、俺は首輪が見えないようにフードをすっぽりと被っている。荷台には藁が敷かれ、その上に俺とサタリアは寄り添って座っていた。外は冷たい風が吹いているのに、そこだけは不思議と温かかった。
「何をしたい、ですか?」
自分の先の事なんて考えてこなかった人生だった。どれだけ考えても答えは出てこなくて、それが何故か恥ずかしいことのように思えた。だからなのか、誤魔化すようにサタリアの方をじっと見据えた。
「サタリア様は? 国を出たらどうするんですか?」
「え。俺? 俺はそうだな……旅に出たかったんだよなあ」
「旅……?」
「よくあるやつだよ。世界を見て回りたいっていう旅だ。俺の創った魔法生物とかと、色んなところ見て回ったら楽しいだろうなって。まあ、ありきたりのよくある目標」
サタリアはぼんやりと明後日の方向を見ながら、眉を垂らして恥ずかしそうに口を開いた。
俺にはそんなありきたりの考えさえ浮かばなかった。けれど、サタリアが楽しそうに旅をするところを想像するのは意外に悪くないことだった。だからだろうか、自然と口が動いた。
「では、とりあえず俺は……しばらくそれに付き添うのを目標にします」
「え……いいのか?」
「はい。何も思いつかなかったので」
「そうか、うん。アルヴェンと一緒か……一緒に、いれるのか」
特に深く考えて口にした訳ではなかったが、サタリアは思った以上に嬉しそうに目を細め、幸せを噛み締めるかのように何度も口にする。何がそこまで嬉しいのかわからなかったが、サタリアが喜んでいる顔は思ったより嫌じゃなかった。
──ああ、俺も随分と変わった。
こんな穏やかで温かな気持ちが戻ってくるなんて、思いもしなかった。
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