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幕間
9.寂しい
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物陰から姿を現したのは、見知った顔だった。黒い髪に桔梗色の瞳、それは死んだはずの三つ子の一人──サイラだった。
「なんで……ここに? それに、何を抱いて……え」
警戒するような鋭い目でこちらを睨みつけていたが、ふと俺の腕の中の存在に気付く。すると、その表情を一変させた。
「サタリア……兄様……?」
サイラは覚束ない足取りでゆっくりとこちらに向かってくる。サイラの反応で、サタリアが言っていた〝大切な子〟がサイラであったことがわかった。
なぜ、彼が生きているのかはわからないが、サタリアが気にかけていた存在がいるなら、サタリアが最後に眠る場所はここだと思った。
だから俺は、近づいてきたサイラにサタリアの体を差し出した。
「……俺を庇って、騎士に斬られた」
自分でも不思議なくらい何の感情も感じられない淡々とした声が出た。涙を流して、喚いてみれば人間らしいというのに、先ほどから何の感情も浮かんでこない。
サイラは、震えた両手でサタリアを受け取ると強く抱きしめる。そして、そのまま崩れるように床に座り込んだ。
「っ、そんな……ああ、っ! なんで……っ! 兄様ぁっ」
そのままサタリアの体に顔を埋めながらサイラは号泣する。眉を顰めて、これ以上苦しいことはないのだと教えるように、何度もサタリアの名前を呼び続けている。サイラの目からは涙が止めどなく溢れ、部屋中には慟哭が響き渡る。
──それが、羨ましい。
なぜ泣けないのか。なぜ悲しくないのか。
俺がずっと感じているのはおかしくなりそうなくらいの空虚感と虚無感だけで、動くのも息をするのも億劫なだけだ。
やはり、結局は俺という存在の本性はただのモノなのだと理解した。
だとすると、彼らの前に俺がいるのはどうにも相応しくないように思えて、逃げ出すようにその場からふらりと歩き出す。
別に向かう場所などあるはずもなく、何も考えず屋敷の中を進み続ける。ただ黙って廊下を歩き続けて、ふと足が止まった。そこは、この屋敷内でも簡単に踏み入れることを許されなかった場所、次期当主しか使用できないと言われている部屋。
──サタリアの、部屋。
無意識に扉に手が伸びて、そのまま何も考えずに開く。開いた先にある部屋は、随分と広い。そして、いままで見てきたどの部屋よりも綺麗に整えられていた。
噂では、この部屋にはゴーストがいるはずだが、入って辺りを見渡しても、何も姿を現さない。ここの主が死んだから去ったのだろうか。それとも、皇城にいた魔法生物のように主の敵を取りに行ったのかもしれない。
俺は、室内をゆっくりと見て回る。一際大きな枕や、使い古された羽ペン、どれもこれもサタリアの存在を感じる気がして、目が離せない。その時、微かに開いたままになっている引き出しが気になって開くと、そこには本が置かれていた。
手に取って中を読むと、それがサタリアの日記であることに気付いた。しかし、日記といっても飛び飛びに書かれており毎日書いていたわけではないようだ。
中身は愚痴が多く、大半の内容はバイスやムルダムへの愚痴が多い。たまにこれからの不安や予想が書かれているところを見ると、サタリアは本当にこの家を没落させようとしたことがわかる。
そして同時に、サタリアが自分を犠牲にして今日まで生きてきたことがわかった。
契約者の力を行使した際の代償、自分がキメラを作ることを止められなかった苦しみ、後悔。サタリア自身の精神力が強いお陰で、大したことのないように書かれているが常人であれば精神を病んでもおかしくないものばかりだった。
しかし、そんな日記も後半になると様子がおかしくなっていく。
『三つ子が死ぬ。どうにかしなくては』
三つ子の裏切りを許容したサタリアだったが、その死までは許せなかった。この日記を読む限り、自分が手を出さなければ死なないと思っていたため、三人を一時的に別宅の地下へ閉じ込めておくことにしたようだった。しかし、サタリアの判断は遅かったのだと俺にはわかった。
その時にはもう三つ子たちの死は、すでに決められていたことだったのだ。
俺は、ラクトフェル家の呪術による死の範囲を調べた。それはどこまで話せば彼らは死の代償を支払うことになるのか、と。
調べた結果、呪術の範囲はどんな手段であれ誰かにラクトフェル家の真実が知られた瞬間だと理解した。つまり、それを文字にすることは問題なく、呪術が反応するのはその文字を他者に読まれた瞬間だとわかったのだ。だから俺はメラニーにそれを教えて、彼らには平民しか使わない手紙という手段を用いて証言と証拠を送らせた。
当然だが、それで三つ子が死ぬことはわかっていたが、目の前で死ななければ後はどうでもよかった。ラクトフェル家の人間に抱く情など俺は持ち合わせていなかった。
どうやら、サタリアも途中でそれに気づいたようだが、その時には既に彼らはメラニーの言うことを聞いて手紙を出してしまっていた。サタリアが、どうにかして止める事が出来た手紙は一通だけだったようだ。
『サイラだけは……サイラだけはどうにかして助けなければ』
この文を読む限り、後の二人は呪術により悲惨な死を迎えたのだろう。それでも、サタリアの心は折れなかった
それからも彼は彼なりに最善を求めて動いていたのがわかる。そして、最後のページを捲った時に書かれていたのは、一文だけだった。
『一人は、寂しい』
それは、この日記で見た最初で最後のサタリアの弱音だった。
「なんで……ここに? それに、何を抱いて……え」
警戒するような鋭い目でこちらを睨みつけていたが、ふと俺の腕の中の存在に気付く。すると、その表情を一変させた。
「サタリア……兄様……?」
サイラは覚束ない足取りでゆっくりとこちらに向かってくる。サイラの反応で、サタリアが言っていた〝大切な子〟がサイラであったことがわかった。
なぜ、彼が生きているのかはわからないが、サタリアが気にかけていた存在がいるなら、サタリアが最後に眠る場所はここだと思った。
だから俺は、近づいてきたサイラにサタリアの体を差し出した。
「……俺を庇って、騎士に斬られた」
自分でも不思議なくらい何の感情も感じられない淡々とした声が出た。涙を流して、喚いてみれば人間らしいというのに、先ほどから何の感情も浮かんでこない。
サイラは、震えた両手でサタリアを受け取ると強く抱きしめる。そして、そのまま崩れるように床に座り込んだ。
「っ、そんな……ああ、っ! なんで……っ! 兄様ぁっ」
そのままサタリアの体に顔を埋めながらサイラは号泣する。眉を顰めて、これ以上苦しいことはないのだと教えるように、何度もサタリアの名前を呼び続けている。サイラの目からは涙が止めどなく溢れ、部屋中には慟哭が響き渡る。
──それが、羨ましい。
なぜ泣けないのか。なぜ悲しくないのか。
俺がずっと感じているのはおかしくなりそうなくらいの空虚感と虚無感だけで、動くのも息をするのも億劫なだけだ。
やはり、結局は俺という存在の本性はただのモノなのだと理解した。
だとすると、彼らの前に俺がいるのはどうにも相応しくないように思えて、逃げ出すようにその場からふらりと歩き出す。
別に向かう場所などあるはずもなく、何も考えず屋敷の中を進み続ける。ただ黙って廊下を歩き続けて、ふと足が止まった。そこは、この屋敷内でも簡単に踏み入れることを許されなかった場所、次期当主しか使用できないと言われている部屋。
──サタリアの、部屋。
無意識に扉に手が伸びて、そのまま何も考えずに開く。開いた先にある部屋は、随分と広い。そして、いままで見てきたどの部屋よりも綺麗に整えられていた。
噂では、この部屋にはゴーストがいるはずだが、入って辺りを見渡しても、何も姿を現さない。ここの主が死んだから去ったのだろうか。それとも、皇城にいた魔法生物のように主の敵を取りに行ったのかもしれない。
俺は、室内をゆっくりと見て回る。一際大きな枕や、使い古された羽ペン、どれもこれもサタリアの存在を感じる気がして、目が離せない。その時、微かに開いたままになっている引き出しが気になって開くと、そこには本が置かれていた。
手に取って中を読むと、それがサタリアの日記であることに気付いた。しかし、日記といっても飛び飛びに書かれており毎日書いていたわけではないようだ。
中身は愚痴が多く、大半の内容はバイスやムルダムへの愚痴が多い。たまにこれからの不安や予想が書かれているところを見ると、サタリアは本当にこの家を没落させようとしたことがわかる。
そして同時に、サタリアが自分を犠牲にして今日まで生きてきたことがわかった。
契約者の力を行使した際の代償、自分がキメラを作ることを止められなかった苦しみ、後悔。サタリア自身の精神力が強いお陰で、大したことのないように書かれているが常人であれば精神を病んでもおかしくないものばかりだった。
しかし、そんな日記も後半になると様子がおかしくなっていく。
『三つ子が死ぬ。どうにかしなくては』
三つ子の裏切りを許容したサタリアだったが、その死までは許せなかった。この日記を読む限り、自分が手を出さなければ死なないと思っていたため、三人を一時的に別宅の地下へ閉じ込めておくことにしたようだった。しかし、サタリアの判断は遅かったのだと俺にはわかった。
その時にはもう三つ子たちの死は、すでに決められていたことだったのだ。
俺は、ラクトフェル家の呪術による死の範囲を調べた。それはどこまで話せば彼らは死の代償を支払うことになるのか、と。
調べた結果、呪術の範囲はどんな手段であれ誰かにラクトフェル家の真実が知られた瞬間だと理解した。つまり、それを文字にすることは問題なく、呪術が反応するのはその文字を他者に読まれた瞬間だとわかったのだ。だから俺はメラニーにそれを教えて、彼らには平民しか使わない手紙という手段を用いて証言と証拠を送らせた。
当然だが、それで三つ子が死ぬことはわかっていたが、目の前で死ななければ後はどうでもよかった。ラクトフェル家の人間に抱く情など俺は持ち合わせていなかった。
どうやら、サタリアも途中でそれに気づいたようだが、その時には既に彼らはメラニーの言うことを聞いて手紙を出してしまっていた。サタリアが、どうにかして止める事が出来た手紙は一通だけだったようだ。
『サイラだけは……サイラだけはどうにかして助けなければ』
この文を読む限り、後の二人は呪術により悲惨な死を迎えたのだろう。それでも、サタリアの心は折れなかった
それからも彼は彼なりに最善を求めて動いていたのがわかる。そして、最後のページを捲った時に書かれていたのは、一文だけだった。
『一人は、寂しい』
それは、この日記で見た最初で最後のサタリアの弱音だった。
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