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幕間
10.寵愛者
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サタリアは自分の見える範囲だけでも出来る限り救おうと足掻いて、走り回った。
それで自分に泥を投げつけられようとも、憎まれようとも、悪役のサタリアとして見事演じきったと言えるだろう。それについては、ここに書かれていないが、苦しくて、痛くて堪らなかったはずだ。
──ああ何が、呑気に生きてきた次男だ。
前にそう考えた自分を絞め殺してやりたい気持ちで胸がいっぱいになる。俺は、最後に書かれた一文をそっと指先で撫でる。
息が詰まり、胸が段々と熱くなっていく。
「サタリア」
名前を呼ぶと長い間何も感じなかった心の奥に、まるで閉ざされた扉の隙間から光が差し込むような感覚が襲う。その瞬間、頬を伝うものに気付く。
それが涙だと理解するのには時間が必要だった。
もう、泣くことなんてずっとなかった。
泣く理由も、泣く気力さえも、随分前にどこかへ置き忘れていたはずだったのに。
けれど、涙が止まらなかった。目の奥が熱く、胸の奥が痛い。
「ああ……サタリア……っ」
サタリアの日記を力強く握りしめながら、誰にも知られずにいなくなった彼の寂しさを思って苦しくて堪らなくなった。
膝から崩れ落ちるように、床に座り込むとただただ涙を流す。世界の輪郭が朧気になって、音は全て遠くに感じる。
「──ここに……いたんだね」
そうやってどれくらい座り込んでいたのか、気が付くと近くにはサイラが立っていた。
「……サタリアは?」
「……広間のソファに、寝かせてきた」
サイラの目元は赤く、泣き腫らしたのが一目でわかった。いまだにその瞳は潤んでいるが、桔梗色の瞳にはまだ生気が宿っているように見える。
サイラは俺が涙を流しているのを見て驚いたような表情を浮かべるが、俺が手にしている日記を見ると眉を顰める。サイラの瞳が躊躇うように逸らされたが、すぐにしっかりと意志を宿らせ、サイラは口を開いた。
「……サタリア、兄様を……お前なら助けられるって、言ったらどうする……?」
「何?」
「サタリア兄様は、調べてたんだ……お前の、こと」
サイラは、一歩前に進んで俺を睨みつける。三つ子の中でも自分の意思を前に出すことがなかったサイラが、ここまで真正面から俺と向き合うなんて、思ってもみなかった。
サイラの腕がゆっくりと俺の胸倉を両手で掴むと、立ち上がらせようとするかのように強く引く。俺はされるがままになりながら、思った以上に強いサイラの力に驚いた。
サタリアに似た桔梗色の瞳には、呆然とした俺が映り込んでいる。
「──お前なら……こんなことになる前に戻れる。……やり直しが、できる」
それは俺の視界に光を取り戻すには、十分な言葉だった。
◆◆◆
サイラが語るには、俺には二体の魔法生物が使われている前例のないキメラだといった。一つは俺も知っているホワイトドラゴン。そして、もう一つはウロボロスという名の白蛇の魔法生物だという。
これはサタリアがリティという魔法生物に調べさせたことであり、まず間違いはない。そして、そのウロボロスの能力が──
「──回帰」
「そう……でも、回帰するには……代償が、必要」
ウロボロスは自分の尾に食らいついた姿をしているらしく、自分の一部を削ることで回帰が可能になる。つまり、俺が死ななければならない。更に言うなら、どれくらい前に戻れるか定かでもないという。ウロボロスに関して残っている資料があまりにも少ないため、未知の領域であるそうだ。
「力の行使に必要なものは……祝福者の……致死量の血だ」
サイラがそう言いながら、震えた手で指差すのは俺の体だ。指差した衣服にはサタリアの血がべっとりと付着していた。サタリアの体を抱えた際についたのだろうが、十分と言えるだろう。
「あとは……これ」
そう言ってサイラが差し出してきたのは、明らかに毒だとわかるどす黒い液体が入っている小瓶だ。
「この毒なら……お前でも、苦しむことなく……死ねる」
俺はそれを黙って受け取ると、掌に転がす。キメラを殺せるということは、よほど強力な毒なのだろう。俺は黙って、その小瓶の栓を抜く。今更死に対する恐怖など、失せている。死ぬことによって、サタリアを取り戻せるというなら躊躇う必要はどこにもなかった。
「僕の話を信じて……飲むの?」
「別にお前は信じていない。それでも、サタリアはお前を大切な子と呼んでいた」
「……そう」
サイラは、眉を垂らして弱々しく口許を緩めた。それは寂寥感の漂う微笑みだったが、すぐに消して真っ直ぐにこちらを見つめる。
「……メラニーは、祝福者……だ。あってる?」
俺は、その言葉に黙って頭を縦に振る。既に隠す必要はどこにもない。サイラの言う通りメラニーは祝福者だ。それも【寵愛者】の力を持っている。
俺もメラニーに聞かされたことなのだが代々皇族には寵愛者の祝福者がおり、その祝福者が玉座を継ぐ。しかし、それを皇族は秘密にしている。なぜならそれがこの国の王権が強い理由だからだ。
寵愛者は、その声自体に力があり、聞いたものは否応なしに寵愛者に好意を持つ。それは皇族としてはとても便利な力だ。語り掛けるだけで感情を高ぶらせ、意見を変えさせたり、謀反などを考えることさえできない。
しかも、寵愛者は他の祝福者たちとは違い、成長型だ。今の皇帝も寵愛者ではあるが、死ぬ前に次代が生まれ、段々と力が劣化していく。逆に新たに生まれた寵愛者は最初は弱いが、段々とその力を強めていく。
今では皇帝よりメラニーの方が力が強い。
それで自分に泥を投げつけられようとも、憎まれようとも、悪役のサタリアとして見事演じきったと言えるだろう。それについては、ここに書かれていないが、苦しくて、痛くて堪らなかったはずだ。
──ああ何が、呑気に生きてきた次男だ。
前にそう考えた自分を絞め殺してやりたい気持ちで胸がいっぱいになる。俺は、最後に書かれた一文をそっと指先で撫でる。
息が詰まり、胸が段々と熱くなっていく。
「サタリア」
名前を呼ぶと長い間何も感じなかった心の奥に、まるで閉ざされた扉の隙間から光が差し込むような感覚が襲う。その瞬間、頬を伝うものに気付く。
それが涙だと理解するのには時間が必要だった。
もう、泣くことなんてずっとなかった。
泣く理由も、泣く気力さえも、随分前にどこかへ置き忘れていたはずだったのに。
けれど、涙が止まらなかった。目の奥が熱く、胸の奥が痛い。
「ああ……サタリア……っ」
サタリアの日記を力強く握りしめながら、誰にも知られずにいなくなった彼の寂しさを思って苦しくて堪らなくなった。
膝から崩れ落ちるように、床に座り込むとただただ涙を流す。世界の輪郭が朧気になって、音は全て遠くに感じる。
「──ここに……いたんだね」
そうやってどれくらい座り込んでいたのか、気が付くと近くにはサイラが立っていた。
「……サタリアは?」
「……広間のソファに、寝かせてきた」
サイラの目元は赤く、泣き腫らしたのが一目でわかった。いまだにその瞳は潤んでいるが、桔梗色の瞳にはまだ生気が宿っているように見える。
サイラは俺が涙を流しているのを見て驚いたような表情を浮かべるが、俺が手にしている日記を見ると眉を顰める。サイラの瞳が躊躇うように逸らされたが、すぐにしっかりと意志を宿らせ、サイラは口を開いた。
「……サタリア、兄様を……お前なら助けられるって、言ったらどうする……?」
「何?」
「サタリア兄様は、調べてたんだ……お前の、こと」
サイラは、一歩前に進んで俺を睨みつける。三つ子の中でも自分の意思を前に出すことがなかったサイラが、ここまで真正面から俺と向き合うなんて、思ってもみなかった。
サイラの腕がゆっくりと俺の胸倉を両手で掴むと、立ち上がらせようとするかのように強く引く。俺はされるがままになりながら、思った以上に強いサイラの力に驚いた。
サタリアに似た桔梗色の瞳には、呆然とした俺が映り込んでいる。
「──お前なら……こんなことになる前に戻れる。……やり直しが、できる」
それは俺の視界に光を取り戻すには、十分な言葉だった。
◆◆◆
サイラが語るには、俺には二体の魔法生物が使われている前例のないキメラだといった。一つは俺も知っているホワイトドラゴン。そして、もう一つはウロボロスという名の白蛇の魔法生物だという。
これはサタリアがリティという魔法生物に調べさせたことであり、まず間違いはない。そして、そのウロボロスの能力が──
「──回帰」
「そう……でも、回帰するには……代償が、必要」
ウロボロスは自分の尾に食らいついた姿をしているらしく、自分の一部を削ることで回帰が可能になる。つまり、俺が死ななければならない。更に言うなら、どれくらい前に戻れるか定かでもないという。ウロボロスに関して残っている資料があまりにも少ないため、未知の領域であるそうだ。
「力の行使に必要なものは……祝福者の……致死量の血だ」
サイラがそう言いながら、震えた手で指差すのは俺の体だ。指差した衣服にはサタリアの血がべっとりと付着していた。サタリアの体を抱えた際についたのだろうが、十分と言えるだろう。
「あとは……これ」
そう言ってサイラが差し出してきたのは、明らかに毒だとわかるどす黒い液体が入っている小瓶だ。
「この毒なら……お前でも、苦しむことなく……死ねる」
俺はそれを黙って受け取ると、掌に転がす。キメラを殺せるということは、よほど強力な毒なのだろう。俺は黙って、その小瓶の栓を抜く。今更死に対する恐怖など、失せている。死ぬことによって、サタリアを取り戻せるというなら躊躇う必要はどこにもなかった。
「僕の話を信じて……飲むの?」
「別にお前は信じていない。それでも、サタリアはお前を大切な子と呼んでいた」
「……そう」
サイラは、眉を垂らして弱々しく口許を緩めた。それは寂寥感の漂う微笑みだったが、すぐに消して真っ直ぐにこちらを見つめる。
「……メラニーは、祝福者……だ。あってる?」
俺は、その言葉に黙って頭を縦に振る。既に隠す必要はどこにもない。サイラの言う通りメラニーは祝福者だ。それも【寵愛者】の力を持っている。
俺もメラニーに聞かされたことなのだが代々皇族には寵愛者の祝福者がおり、その祝福者が玉座を継ぐ。しかし、それを皇族は秘密にしている。なぜならそれがこの国の王権が強い理由だからだ。
寵愛者は、その声自体に力があり、聞いたものは否応なしに寵愛者に好意を持つ。それは皇族としてはとても便利な力だ。語り掛けるだけで感情を高ぶらせ、意見を変えさせたり、謀反などを考えることさえできない。
しかも、寵愛者は他の祝福者たちとは違い、成長型だ。今の皇帝も寵愛者ではあるが、死ぬ前に次代が生まれ、段々と力が劣化していく。逆に新たに生まれた寵愛者は最初は弱いが、段々とその力を強めていく。
今では皇帝よりメラニーの方が力が強い。
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