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第2章
16.
しおりを挟む「っん!?」
唇がしっかり重なり合い、キーリは驚きにくぐもった声を上げた。しかし、サラディは気にする事はない。いつの間にか胸倉を掴んでいた手は、首の項に移動しており、逃がさないとばかりに固定される。
そして、キーリを唇を抉じ開けるように舌が口内に侵入してくる。肉厚のある舌が全てを逃さないとばかりにキーリの舌を絡めて、吸い上げる。
「んっ、ぅ、っあ」
キーリは思考がまだ追いついておらず、戸惑いながらされるがままだった。ぬるりと口内を這いまわる舌から感じるゾクゾクと背筋から駆け上ってくる痺れに、脳内まで侵される。
「……っは、やっ」
キーリが縋りつくようサラディの衣服を強く引くと、ようやく唇は解放された。
ぐたりとサラディに身体を預けて少ししてから、遅れた思考がキスをしたのだと理解を促す。次に押し寄せてくるのは、男同士なのに、友人なのにという疑問だった。
慌ててサラディの上から、転げ落ちるように離れる。その際にサラディも大人しく手を離した。
「っな、ななな、なっ! 何して!」
言葉にならない声を上げるキーリとは違い、サラディは何事もなかったかのように立ち上る。そして衣服についた砂や汚れを払うように叩いてから、キーリを見つめた。
「わかったよ。キーリが違うというなら信じる」
「は?」
「違うんだろ?『夜の狼』とのことは俺を裏切るつもりもなければ、それでトーマック一家に害をなすつもりもない。そうだろう?」
「あ、ああ。うん」
キーリが躊躇いながらも頷く。すると、サラディは笑った。それは先程思い出した光景と同じ、子供のような無邪気さが残るような温かな笑顔だった。
「──なら信じるよ。俺はお前が言うなら、それを信じる」
サラディはそう口にしながら血のように深い赤の瞳を嬉しそうに細めた。あっさりと口にした信頼の言葉を聞きながら呆然となる。そして、今更ながらに気付く。
最初から最後まで、サラディはキーリの言葉だけを待っていた。部下であるギザットに聞かされても、キーリの名前だけを呼んでいた。
ずっと、キーリの言葉だけを聞きたがっていた。彼の中で最初から待っていたのは、きっと友人と決めたキーリの言葉だけだったのだ。
それを理解した時、キーリの胸の奥が強く痛む。
──俺……最低な馬鹿野郎だ。
臆病な性格のせいで、前世の記憶のせいで、サラディと向かい合うことを放棄しようとした自分自身が情けなくて堪らなくなった。
「キーリ!」
その時、二人の間に入るようにアレンが駆け寄ってくる。既に煙幕はかなり薄れており、互いの顔がわかる程だ。
そのまま未だ座り込んだキーリに近付くが、サラディへの警戒を怠らない。キーリを背に庇うようにたちながらもサラディを睨みつける。
しかし、警戒されているサラディはどこか興味無さそうに一瞥するのみだった。
「もういい。今回はキーリに免じて逃がしてやる、狼野郎」
「なに?」
「聞こえなかったか? 見逃してやるから、とっとと消えろ。もう興味はない」
くるりと踵を返し背を向けると、そのまま歩き出す。外に出る訳ではなく、倒れているギザットの方へと向かっている。
その際、一度もキーリ達の方へ振り向かない。本当に見逃す気なのだと察することが出来た。アレンとしては急変した態度が理解できずに戸惑っているようだったが、キーリは違う。
すぐに立ち上がり、ここから逃げようと意味を込めてアレンの腕を引いた。
今はサラディだけだが、幹部たちもいずれ集まってくる可能性がある。キーリは、その時にサラディが自分はともかくアレンの命を助けてくれるかどうかはわからないと知っていた。
「い、今のうちに逃げよう」
「……わかった」
二三度繰り返し腕を引いて、ようやくアレンは動き出した。それでも何度もサラディを警戒するように振り返っていたが、キーリが急かすように腕を引きながら小屋から外へと向かう。
降っていた雨の勢いは弱まっており、霧雨が微かに肌を濡らす程度のものだ。そうして、闇夜の雨の中を二人で駆け抜けていった。
キーリの奥底に強い疑問を残して。
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