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Dead or Alive
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呆然と事の顛末を聞いていた俺に、ティガが陽気に声をかける。
「旦那~、さすがっすね! やっぱ旦那はすげぇや!」
「い、いやぁ~、俺なんて全然……(こけただけだし)」
「謙遜しなくていいんだよ、リーダー君! コボルトの皆さんも、ありがとうございました! 投石、ナイス判断でしたね」
「フィンさんたちのお役に立てたなら良かったっす。おいらたちは、剣とか弓とかは苦手なんでね」
「でも、あんなに吹き飛ばされて……怪我とか大丈夫かい?」
「スクナ特製の傷薬を常備してるんで、それ塗っとけば、たいていの怪我はすぐ治るっす」
その言葉に、ふとした疑問が浮かぶ。
「なぁ、ティガ。その傷薬があるならさ……なんで初めて会ったとき、あんなボロボロだったんだ?」
「あぁ~、あの時は、集落を追放されて、持ち物も全部没収されたんすよ……。なんで、旦那が来てくれなかったら、マジであの場で死んでたっすね、あははは」
いや、笑いごとじゃないだろ!
スクナというのは、コボルト族唯一の薬師らしい。野草を調合して、傷薬や病気の治療薬などを作るのが得意なんだとか。
「なぁ、その傷薬……まだあるか?」
「あるっすよ。はい、どうぞっす」
ティガから受け取った薬を、俺はそっとアンガスさんに差し出した。
「アンガスさん。先ほどはありがとうございました。よかったら、これ使ってください」
「あぁ、助かる。だが、俺には不要だ」
「え? でも、あれだけ血が出てたら……」
そう言ってアンガスさんの右腕に目をやると──
「あ、あれ? さっきの傷が……治ってる⁉」
さっきまで血がにじんでいたはずの腕は、今や傷一つ残っていない。まるで最初から何もなかったかのように。
アンガスさんが、その理由を説明してくれた。
「俺のスキルは『超回復』という、割と珍しいやつでな。さっきの傷程度なら、ものの数分で治る」
それで、盾役なのか……まさに、適材適所だな!
「でも、ありがとな。気にかけてくれて」
「桃太郎くん、なんだかリーダーっぽくなってきたじゃん!」
そう言って微笑んだのは、サラさんだった。
「ほ、本当ですか⁉ サラさんに褒めてもらえるなんて……うひゃ、うひゃひゃひゃ」
美人に褒められて、俺はすっかり有頂天だった。
鼻の下が限界まで伸びそうになったところで、ふと我に返る。
「(うわぁ、ヤベ! こんな顔してたら、またララに叱られる!)」
慌てて表情を引き締め、周囲を見回す。……そして気づく。
「(あ……ララ、いないんだった。いつぞやのレイラさんを探してたララと同じじゃん……恥っず!)」
ベアファングから魔含を回収すると、その巨体は灰燼と化して消えていった。
その時、ふと森の奥から視線を感じて、目を凝らすと——少し前に遭遇した母熊と子熊が、じっとこちらを見つめていた。もしかして、さっきのベアファングって……。
「ガストンさん。この魔含、もらってもいいですか?」
「あ? あぁ、構わんぞ。持ってけ」
許可を得た俺は、魔含を手に熊たちの方へと歩み寄る。
「これ、もしかして君の旦那さん……だったのかな?」
『……はい。何日も戻ってこなくて……。気づいたら、あんな姿に……』
『とうちゃん……』
やっぱり、そうだったのか。俺は深く頭を下げる。
「ごめんなさい! 俺たちが殺生してしまいました」
『謝らないでください。彼は、もう……死んでいました。あなたたちがああしなければ、私たちの命がなかったかもしれませんし……』
『とうちゃん、死んじゃったの? こいつがとうちゃん殺しちゃったの? だったら、僕がこいつを——』
『違うわ、坊や。この人は、私たちを守ってくれたの。怒っちゃダメ。……お礼を言わなきゃ』
『そうなの……? あ、ありがと』
感謝されるような立場じゃない。憎まれても仕方ないはずなのに、返ってきたのは「ありがとう」という言葉だった。
野生動物たちは、生と死が紙一重の世界で生きている。その中で、日々逞しく生を全うする彼らの姿に、命の尊さを改めて教えられた気がした。
「本当にごめんなさい。俺たちも必死だったんだ。せめて、これを受け取ってもらえないかな?」
俺は魔含を母熊に手渡す。それが熊たちにとって何の意味もないと知りながらも、そうせずにはいられなかった。
『ありがとう。夫の形見として、大切にします』
そう言い残すと、母熊と子熊は森の奥へと静かに姿を消していった。
見えなくなるまでその背中を見送り、俺はもう一度、深く頭を下げてから仲間たちの元へと戻っていった。
「旦那~、さすがっすね! やっぱ旦那はすげぇや!」
「い、いやぁ~、俺なんて全然……(こけただけだし)」
「謙遜しなくていいんだよ、リーダー君! コボルトの皆さんも、ありがとうございました! 投石、ナイス判断でしたね」
「フィンさんたちのお役に立てたなら良かったっす。おいらたちは、剣とか弓とかは苦手なんでね」
「でも、あんなに吹き飛ばされて……怪我とか大丈夫かい?」
「スクナ特製の傷薬を常備してるんで、それ塗っとけば、たいていの怪我はすぐ治るっす」
その言葉に、ふとした疑問が浮かぶ。
「なぁ、ティガ。その傷薬があるならさ……なんで初めて会ったとき、あんなボロボロだったんだ?」
「あぁ~、あの時は、集落を追放されて、持ち物も全部没収されたんすよ……。なんで、旦那が来てくれなかったら、マジであの場で死んでたっすね、あははは」
いや、笑いごとじゃないだろ!
スクナというのは、コボルト族唯一の薬師らしい。野草を調合して、傷薬や病気の治療薬などを作るのが得意なんだとか。
「なぁ、その傷薬……まだあるか?」
「あるっすよ。はい、どうぞっす」
ティガから受け取った薬を、俺はそっとアンガスさんに差し出した。
「アンガスさん。先ほどはありがとうございました。よかったら、これ使ってください」
「あぁ、助かる。だが、俺には不要だ」
「え? でも、あれだけ血が出てたら……」
そう言ってアンガスさんの右腕に目をやると──
「あ、あれ? さっきの傷が……治ってる⁉」
さっきまで血がにじんでいたはずの腕は、今や傷一つ残っていない。まるで最初から何もなかったかのように。
アンガスさんが、その理由を説明してくれた。
「俺のスキルは『超回復』という、割と珍しいやつでな。さっきの傷程度なら、ものの数分で治る」
それで、盾役なのか……まさに、適材適所だな!
「でも、ありがとな。気にかけてくれて」
「桃太郎くん、なんだかリーダーっぽくなってきたじゃん!」
そう言って微笑んだのは、サラさんだった。
「ほ、本当ですか⁉ サラさんに褒めてもらえるなんて……うひゃ、うひゃひゃひゃ」
美人に褒められて、俺はすっかり有頂天だった。
鼻の下が限界まで伸びそうになったところで、ふと我に返る。
「(うわぁ、ヤベ! こんな顔してたら、またララに叱られる!)」
慌てて表情を引き締め、周囲を見回す。……そして気づく。
「(あ……ララ、いないんだった。いつぞやのレイラさんを探してたララと同じじゃん……恥っず!)」
ベアファングから魔含を回収すると、その巨体は灰燼と化して消えていった。
その時、ふと森の奥から視線を感じて、目を凝らすと——少し前に遭遇した母熊と子熊が、じっとこちらを見つめていた。もしかして、さっきのベアファングって……。
「ガストンさん。この魔含、もらってもいいですか?」
「あ? あぁ、構わんぞ。持ってけ」
許可を得た俺は、魔含を手に熊たちの方へと歩み寄る。
「これ、もしかして君の旦那さん……だったのかな?」
『……はい。何日も戻ってこなくて……。気づいたら、あんな姿に……』
『とうちゃん……』
やっぱり、そうだったのか。俺は深く頭を下げる。
「ごめんなさい! 俺たちが殺生してしまいました」
『謝らないでください。彼は、もう……死んでいました。あなたたちがああしなければ、私たちの命がなかったかもしれませんし……』
『とうちゃん、死んじゃったの? こいつがとうちゃん殺しちゃったの? だったら、僕がこいつを——』
『違うわ、坊や。この人は、私たちを守ってくれたの。怒っちゃダメ。……お礼を言わなきゃ』
『そうなの……? あ、ありがと』
感謝されるような立場じゃない。憎まれても仕方ないはずなのに、返ってきたのは「ありがとう」という言葉だった。
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「本当にごめんなさい。俺たちも必死だったんだ。せめて、これを受け取ってもらえないかな?」
俺は魔含を母熊に手渡す。それが熊たちにとって何の意味もないと知りながらも、そうせずにはいられなかった。
『ありがとう。夫の形見として、大切にします』
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見えなくなるまでその背中を見送り、俺はもう一度、深く頭を下げてから仲間たちの元へと戻っていった。
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