1 / 73
運命と書いてサダメと読む
しおりを挟む
あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。
おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
おばあさんが川で洗濯をしていると、大きな桃がドンブラコ~、ドンブラコ~と流れてきた……というお話を聞いたことがあるでしょう。
実はアレ、作り話だったらしいのです。
実際は、ごく普通の大きさの桃が流れてきたんだそうな。
当時、桃は高級品であり、庶民の食卓に並ぶことはめったにありません。
おばあさんは「これは幸運!」と目を輝かせながら迷わず川へ飛び込み、その桃を全力で掬い上げました。
その日の夕食後、二人は仲良くこの桃を半分こして食べました。
すると翌日から——
なんということでしょう! 二人の体がどんどん若返っていくではありませんか!
ついには二十歳そこそこの若さを取り戻し、二人は喜びに沸き返りました。
桃を食べてから十一カ月ほど経ったある朝、家の中から「オギャーオギャー」という元気な赤子の泣き声が響き渡りました。
そう、桃太郎の誕生です!
これこそが、真の桃太郎伝説の始まりだったんですね。
順風満帆に成長していった桃太郎。
しかし、やはりと言った方がよいのでしょうか、ある時、鬼退治の依頼が舞い込んできてしまいました。
運命と書いてサダメと読むとは、まさにこのことですね。
桃太郎は、正直まったく乗り気ではありませんでした。
それもそのはず、若返ったおじいさんとおばあさんは、桃太郎が生まれた半年後に一念発起し、和菓子屋『大福堂』を開業したのです。
するとこれが、大成功! ご近所はおろか、遠方からも大福堂の和菓子を買い求めるお客が絶えないほどの盛況っぷり。
ボロ屋だった家も改築され、何不自由のない裕福な生活を送っていました。
誤解のないように言っておきますが、桃太郎は決して道楽息子ではありませんよ。
きちんと店を手伝い、接客も上手く、町での評判も上々の好青年でした。
そんな折、近隣の集落から「鬼による嫌がらせが止まらず困っている」との相談が持ち込まれたのです。
その集落の族長が、この辺りで唯一の若者である桃太郎に白羽の矢を立ててきたのだ。
桃太郎には、この話を受ける利点が一切ありません……と言いたいところでしたが、撤回します。
族長には年頃の娘がおり、鬼退治の依頼をしに、同行してきていました。
この界隈には、若い娘がまったくいなかったこともあり、桃太郎はこの娘に一目惚れしてしまったのです!
鼻を伸ばした桃太郎は、鬼退治の褒賞として、その娘との婚姻を要求しました。
なんという破廉恥野郎でしょうか!
ところが娘の反応は……あれ? まんざらでもない?
「貴方様が鬼の脅威を取り除いてくださるなら、私は喜んで嫁がせていただきます」
──だそうです。
おいおい、脈ありかこれは?
善は急げと、翌日には鬼ヶ島への出立の準備を整え、鬼退治へと向かうことになった桃太郎。
突貫工事ではありましたが、裕福だったがゆえ、準備にはこと欠きませんでした。
戦闘服は、結納用に用意していた着物を仕立て直した一張羅。
頭には純金の桃があしらわれた鉢巻。
そして刀は、護身用にと店内に常備していた、備前長船の一級品である『金光』を持っていくことになった。
さぁて、ここで問題が発生します……。
実は、桃太郎は刀を振ったことが一度もないのです。
正確に言うと、手に取ったことすらない!
ここの集落が平和な証拠だね~。
——って、そんな悠長なことを言っている場合ではない!
鬼退治へ向かうに差し当たって、これは大問題だ。
桃太郎の非力さを重々理解している旧おばあさん、もとい桃太郎の母は、鬼退治の成功を祈願した特製のお守りと、きびだんご十個を、夜なべをして拵えてくれていました。
お守りには、例の桃の種が入っているそうで、ずっと神棚にお供えしていたのだとか。
神様のご加護がありますようにと祈りを込めて、お守りの中へ入れたのだそうな。
そして、きびだんごにも特殊な効果が付与されているらしい。
なんでも、このきびだんごを食べた者は、桃太郎に服従し、仲間になってくれるのだとか。
……いったいどんな成分が入っているのやら。
特製きびだんごの説明を聞いた桃太郎は、早速このきびだんごを族長の娘に与えようとしたので、族長が必死の形相でこれを阻止した。
おいおい……卑怯者だな、桃太郎さんよぉ! 実力で娘を落とさんかいっ!
大人たちからこっぴどく叱られた桃太郎は、すっかり肩を落とし、拗ねた様子だ。
母から、お守りときびだんご以外に、おむすびと、水、そして三食分ほどの干し肉を餞別として受け取ると、重たい足取りで鬼ヶ島へと向かい出しました。
皆からの「頑張れ」などの声が遠くなってきたと感じたその時——
一際大きな声援が聞こえてきました。声の主は、あの娘でした。
「絶対に勝って帰ってきてくださーい! 花嫁修業をして待ってまーす!」
それを聞いた桃太郎は、振り向くことなく、手を高く掲げ、その声援に応えた……。
という風に語れば、なかなか格好良く聞こえたでしょうか?
実際は——
「え? 今、花嫁……って言った? いや、言ったよね! よ……よっしゃー!」
と、嬉しさのあまり顔がデレきってしまい、皆にだらしない顔を見せられなかっただけだったのだが——それは、ここだけの秘密である。
おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
おばあさんが川で洗濯をしていると、大きな桃がドンブラコ~、ドンブラコ~と流れてきた……というお話を聞いたことがあるでしょう。
実はアレ、作り話だったらしいのです。
実際は、ごく普通の大きさの桃が流れてきたんだそうな。
当時、桃は高級品であり、庶民の食卓に並ぶことはめったにありません。
おばあさんは「これは幸運!」と目を輝かせながら迷わず川へ飛び込み、その桃を全力で掬い上げました。
その日の夕食後、二人は仲良くこの桃を半分こして食べました。
すると翌日から——
なんということでしょう! 二人の体がどんどん若返っていくではありませんか!
ついには二十歳そこそこの若さを取り戻し、二人は喜びに沸き返りました。
桃を食べてから十一カ月ほど経ったある朝、家の中から「オギャーオギャー」という元気な赤子の泣き声が響き渡りました。
そう、桃太郎の誕生です!
これこそが、真の桃太郎伝説の始まりだったんですね。
順風満帆に成長していった桃太郎。
しかし、やはりと言った方がよいのでしょうか、ある時、鬼退治の依頼が舞い込んできてしまいました。
運命と書いてサダメと読むとは、まさにこのことですね。
桃太郎は、正直まったく乗り気ではありませんでした。
それもそのはず、若返ったおじいさんとおばあさんは、桃太郎が生まれた半年後に一念発起し、和菓子屋『大福堂』を開業したのです。
するとこれが、大成功! ご近所はおろか、遠方からも大福堂の和菓子を買い求めるお客が絶えないほどの盛況っぷり。
ボロ屋だった家も改築され、何不自由のない裕福な生活を送っていました。
誤解のないように言っておきますが、桃太郎は決して道楽息子ではありませんよ。
きちんと店を手伝い、接客も上手く、町での評判も上々の好青年でした。
そんな折、近隣の集落から「鬼による嫌がらせが止まらず困っている」との相談が持ち込まれたのです。
その集落の族長が、この辺りで唯一の若者である桃太郎に白羽の矢を立ててきたのだ。
桃太郎には、この話を受ける利点が一切ありません……と言いたいところでしたが、撤回します。
族長には年頃の娘がおり、鬼退治の依頼をしに、同行してきていました。
この界隈には、若い娘がまったくいなかったこともあり、桃太郎はこの娘に一目惚れしてしまったのです!
鼻を伸ばした桃太郎は、鬼退治の褒賞として、その娘との婚姻を要求しました。
なんという破廉恥野郎でしょうか!
ところが娘の反応は……あれ? まんざらでもない?
「貴方様が鬼の脅威を取り除いてくださるなら、私は喜んで嫁がせていただきます」
──だそうです。
おいおい、脈ありかこれは?
善は急げと、翌日には鬼ヶ島への出立の準備を整え、鬼退治へと向かうことになった桃太郎。
突貫工事ではありましたが、裕福だったがゆえ、準備にはこと欠きませんでした。
戦闘服は、結納用に用意していた着物を仕立て直した一張羅。
頭には純金の桃があしらわれた鉢巻。
そして刀は、護身用にと店内に常備していた、備前長船の一級品である『金光』を持っていくことになった。
さぁて、ここで問題が発生します……。
実は、桃太郎は刀を振ったことが一度もないのです。
正確に言うと、手に取ったことすらない!
ここの集落が平和な証拠だね~。
——って、そんな悠長なことを言っている場合ではない!
鬼退治へ向かうに差し当たって、これは大問題だ。
桃太郎の非力さを重々理解している旧おばあさん、もとい桃太郎の母は、鬼退治の成功を祈願した特製のお守りと、きびだんご十個を、夜なべをして拵えてくれていました。
お守りには、例の桃の種が入っているそうで、ずっと神棚にお供えしていたのだとか。
神様のご加護がありますようにと祈りを込めて、お守りの中へ入れたのだそうな。
そして、きびだんごにも特殊な効果が付与されているらしい。
なんでも、このきびだんごを食べた者は、桃太郎に服従し、仲間になってくれるのだとか。
……いったいどんな成分が入っているのやら。
特製きびだんごの説明を聞いた桃太郎は、早速このきびだんごを族長の娘に与えようとしたので、族長が必死の形相でこれを阻止した。
おいおい……卑怯者だな、桃太郎さんよぉ! 実力で娘を落とさんかいっ!
大人たちからこっぴどく叱られた桃太郎は、すっかり肩を落とし、拗ねた様子だ。
母から、お守りときびだんご以外に、おむすびと、水、そして三食分ほどの干し肉を餞別として受け取ると、重たい足取りで鬼ヶ島へと向かい出しました。
皆からの「頑張れ」などの声が遠くなってきたと感じたその時——
一際大きな声援が聞こえてきました。声の主は、あの娘でした。
「絶対に勝って帰ってきてくださーい! 花嫁修業をして待ってまーす!」
それを聞いた桃太郎は、振り向くことなく、手を高く掲げ、その声援に応えた……。
という風に語れば、なかなか格好良く聞こえたでしょうか?
実際は——
「え? 今、花嫁……って言った? いや、言ったよね! よ……よっしゃー!」
と、嬉しさのあまり顔がデレきってしまい、皆にだらしない顔を見せられなかっただけだったのだが——それは、ここだけの秘密である。
0
あなたにおすすめの小説
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる