4 / 4
過去を捨てて今を幸せに生きる(完)
しおりを挟む
ある日、タクとレムは珍しく二人で、視察のために件の集落を訪れていた。
表向きは仕事ではあるものの、タクにとっては過去を懐かしむような気持ちがどこか胸の奥で芽生えていた。
このところレムの報告ばかりを耳にしていたタクは、その情報と照らし合わせるかのようにゆっくりと辺りを見渡した。
「久しぶりだな、ここ」
そう静かに呟き、タクは足を止める。
数年前、この場所で無為に日々を過ごしていたことを思い出す。
何も考えず、怠惰にただ生きるだけの時間。あの夜、カイと過ごした温もりだけが、唯一自らを支えた希望でもあった。
「何か、あったのか?」
動かないタクの身を案じて、レムが声をかける。
タクは小さく首を横に振り、レムに向きなおった。
「いや……。ただ、昔を思い出しただけ」
しばらく二人が歩みを進めると、遠くで誰かが手を振る姿が目に入る。
この集落であのように他人に手を振る人物は、誰一人として存在しなかった。
「レム、あれ……」
「行ってみることにしよう」
二人は不審に思いながらも、その人物に向けて足を進めた。
近づくにつれ、タクは背中に嫌な汗をかく。そこには、見覚えのある顔があったからだ。
数年前タクと一夜を共にした男、カイが、人のいい笑みを浮かべてそこに立っていたのだ。
タクの胸は、どくりと高鳴る。
しかしカイの目は、タクの方には向けられていなかった。
「こんにちは。君たち、見かけない顔だね」
カイは数年前とは何ら変わらぬ笑みを浮かべて、好奇心を含んだ目をして二人を見つめていた。
タクの胸の奥で、微かな不安と痛みが渦巻く。
しかしそのような感情は、すぐさま消えてしまう。
カイはタクのことを、覚えていなかったのだ。
「銀の天使のようなお方と、これまた美しい夜の闇のようなお方が現れたものだ。驚きだね」
「私達は、今日は視察でこの集落を見にきた者でして……」
レムが言葉を切り出すと、カイはあからさまに肩を落とす。
「なんだ、お役場の人か。残念」
一瞬、空気が止まる。
タクはまさかとカイの姿を見遣るものの、その瞳には戸惑いと強く惹かれる光のようなものが宿っていた。
「でも、このような巡り合わせがあるだなんて面白い。……銀の天使さん、君の名前は?」
しかしカイはタクの視線をものともせず、笑みを深めてレムのことだけを見つめていた。
タクが説明しようと口を開く前に、カイは素早くレムの手を取る。
「よかったら一緒に、ここで暮らさないかい?君となら、この集落でも幸せになれるような気がするよ」
その言葉を耳にした瞬間、タクは唖然とした。
自らの過去の男が、まさか目の前の恋人レムを口説くとは思いもよらなかったからだ。
レムは驚きと戸惑いの入り混じった表情を浮かべ、タクに向けて目で助けを求める。普段は冷静であるレムも、カイの強引な視線と下心を含んだ手つきに動揺していたのだ。
「カイ、この人は駄目だ」
タクが制しようとするが、カイは笑みを崩さずタクの腕に軽く触れた。
「俺の名前を、知っているんだね?へえ……。すまないな、どうにも思い出せなくて。だが今君の隣にいる彼は、ものすごく魅力的だ。君のその怒った顔も可愛いね。いっそのこと、三人で暮らすっていうのはどうかな?」
タクはカイに向けて睨みをきかせ、込み上げる怒りを抑えていた。
ここで声を荒げてしまえば、役場の仕事に支障が出てしまう。
そして、タクの過去をレムに知られてしまってはいけないのだ。
「タク……」
レムが、そっと囁く。
タクはレムの手を強く握り返し、小さく返事をした。
「大丈夫だ。俺がいる。俺が、レムを守るから」
だがカイは、全く引き下がる気配がなかった。
彼の言葉は甘く情熱的で、まるで昼のあたたかな光のように二人の心を揺さぶっていた。
「お役場での仕事は、息がつまることばかりだろう?ここで一緒に暮らせば、きっと楽しいだろうな……。君となら、きっと何も怖くないはずだ」
タクはカイの言葉に反発を覚える一方で、心の奥底で、かつて自らがあの男に抱いていた安心感のようなものを思い返していた。
甘く、温かく、穏やかに抱きしめられたあの夜の記憶。
「タク、といったね?君もなかなかに楽しめそうだ。また俺と、一緒に楽しくやらないかい?」
しかし、今の彼の心はレムへと向かっていた。
「やめろ」
タクは低く、しかし確固たる声で突き放した。
「俺達は、決してここでは暮らさない。俺達には今の幸せがあるんだ」
カイの瞳が、微かに揺れる。
だが彼はすぐに微笑み、タクの肩に優しく手を置いた。
「そうか……。そうだな、君の幸せが一番大事なんだな」
その言葉に、タクは安堵する。
しかし胸の奥の複雑な感情は、消えることはなかった。
カイの熱意と情熱は、たとえレムに向けられていたとしてもタクの心をも揺らしてしまうのであった。
***
カイによる、あまりためにならない集落の説明を受けたあと、タクとレムは役場に戻るべく足を進めていた。
「つかぬことを聞くが……。君は、この集落で過ごしていたことがあったんだな?」
そう問いかけるレムの声は、ひどく優しいものであった。
タクはどう答えたらいいものかと暫し黙り込んでしまうが、過去と別れるべく口を開いた。
「あの男。……カイに、一晩だけ世話になったことがある。そのせいで、俺はあの場所が嫌いになった」
タクは、苦し紛れに言葉を吐いた。
何も、間違ったことは伝えていない。しかし、レムに嘘をつくことが心苦しくもあった。
「そうか、それは……大変だったな」
レムは労わるようにタクの背を撫で、役場に集落のことをどう報告すべきかと悩んでいた。
「怠惰に加え、あのような規律の乱れ。病が流行らないのが幸いとでも言うべきか……」
「やっぱり、早くなくなればいいんだ」
集落で目にした無為な生活、怠惰に生きる人々の姿は、二人にとっても教訓のように色濃く残っていく。
***
しばらくして日常に戻った今、二人の生活には穏やかな空気が流れていた。
「やっぱり、仕事に戻ると気が引き締まるな」
そうタクは、書類を整理しながら呟く。
役場の空気は堅く、規律があり、日々の仕事にはやりがいがあった。レムも机に向かいながら、書類の束を淡々と処理していく。
昼の時間は真面目に、互いを信頼しながら業務をこなすのみ。
しかしタクの胸の奥には、ほんの少しの好奇心とささやかな甘い思いが芽生えていた。
「……たまには、レムの怠けた姿も見てみたい」
昼の真面目なレムだけではなく、家でくつろぎ、力を抜いて過ごす姿。
そのような姿を目にすれば、自らの心がさらに満たされるのではないかという思いが、タクの胸の内で密かに膨らむ。
夕方になり、役場を出た二人は近くの公園を歩きながら言葉を交わしていた。
「最近、視察がなくなった代わりに書類仕事が多くなったな」
「そうだな。だが、もうあの場所に行かなくていいと思うと気が晴れる」
「レム、そんなに嫌だった?」
「嫌なわけではない。ただ……あの場所を目にするだけで、気が滅入ることもある」
タクはレムの手に触れ、軽く握った。
「だが、タクの顔を見るだけでそのような気持ちも消えてしまう」
不思議なものだと、レムは笑みを浮かべた。
タクもまた、微笑みを返してレムの目を見つめた。
「それはよかった。俺も、レムの顔を見れば大丈夫。疲れなんて、感じない」
夕日が空を赤く染め、風に揺れる木々の葉がさらさらと音をたてる。
その中で、レムはふと口を開く。
「……たまには、仕事から離れて休むのも悪くないのかもしれないな」
その言葉に、タクは目を丸くする。
真面目に仕事に取り組むレムらしくないと、首をかしげた。
レムは風に流される木の葉を目にして、あの集落での人々の穏やかな日常を思い返していた。
「レム?」
「いや、なに……。私達は実直であると同時に、働きすぎなのではないかと考えてな」
レムはタクの指に向けて、自らの指を絡める。
何もせず互いに干渉せず、それであっても小さな幸せを享受する姿。あの集落の人々と二人は異なるものの、そのどちらの場所にも確かにぬくもりは存在していたはずである。
「そうだね。たまには、二人でのんびりする時間もいいかもしれない」
タクの声には、少しの笑みが混ざっていた。
二人はそのまま、静かに手を繋ぎながら歩く。
肩の力を抜き、心の奥底で互いの存在を確認し合う時間が日常の中に自然と溶け込むようでもあった。
夜、二人はベッドの中で静かに寄り添う。
タクはそっとレムの肩を抱き寄せ、頬に唇を押しあてた。
「どうした?」
口づけを返すレムに向けて、タクは微笑みながら銀の髪を撫でた。
「いや?ただ、幸せだなって」
短い巻き毛を指に絡めとりながら、タクは満足げに頷く。
「私も、幸せだ。幸せすぎるような気もしてならないが……」
レムの声は小さいものであったが、かすかな笑みを含んでいた。
タクは再び唇を寄せて、静かに囁いた。
「でも、たまにはいいんじゃない?俺達、昼間は頑張ってるんだから」
その言葉に、レムもまた深く頷く。
思えば、あの集落の人々も昼間は怠けていても、夜や休みの日には楽しそうな笑みを浮かべていたものだ。
人は生きるために緩急が必要なのだと、レムは改めて思う。
いまこうしてタクの身に甘え、そして受け入れられることも日常の大切な緩急の一部であるのだと。
「レム、」
「なんだ?」
「こうして二人でいられるだけで、俺は本当に幸せだよ」
夜が更けるにつれ、二人は互いの温もりの中で眠りにつく。
タクはレムの腕の中に抱かれ、安らぎの中で微かに笑む。レムはタクの寝顔を見つめ、心の奥で小さな幸福を噛みしめていた。
やがて夜は明け、朝陽が部屋を柔らかく照らす。
二人は互いの存在を感じながら、ゆっくりと目を開ける。
夢と日常の境目が曖昧になりつつも、そこには確かな愛と信頼があった。タクは微笑み、レムもまた優しく応える。
今日も、二人の生活は続いていく。
昼は真面目な同僚として、夜は愛し合う恋人として、そして時には互いに求め合い甘えあうことで二人はその幸せを日々の中で噛みしめるのであった。
END
表向きは仕事ではあるものの、タクにとっては過去を懐かしむような気持ちがどこか胸の奥で芽生えていた。
このところレムの報告ばかりを耳にしていたタクは、その情報と照らし合わせるかのようにゆっくりと辺りを見渡した。
「久しぶりだな、ここ」
そう静かに呟き、タクは足を止める。
数年前、この場所で無為に日々を過ごしていたことを思い出す。
何も考えず、怠惰にただ生きるだけの時間。あの夜、カイと過ごした温もりだけが、唯一自らを支えた希望でもあった。
「何か、あったのか?」
動かないタクの身を案じて、レムが声をかける。
タクは小さく首を横に振り、レムに向きなおった。
「いや……。ただ、昔を思い出しただけ」
しばらく二人が歩みを進めると、遠くで誰かが手を振る姿が目に入る。
この集落であのように他人に手を振る人物は、誰一人として存在しなかった。
「レム、あれ……」
「行ってみることにしよう」
二人は不審に思いながらも、その人物に向けて足を進めた。
近づくにつれ、タクは背中に嫌な汗をかく。そこには、見覚えのある顔があったからだ。
数年前タクと一夜を共にした男、カイが、人のいい笑みを浮かべてそこに立っていたのだ。
タクの胸は、どくりと高鳴る。
しかしカイの目は、タクの方には向けられていなかった。
「こんにちは。君たち、見かけない顔だね」
カイは数年前とは何ら変わらぬ笑みを浮かべて、好奇心を含んだ目をして二人を見つめていた。
タクの胸の奥で、微かな不安と痛みが渦巻く。
しかしそのような感情は、すぐさま消えてしまう。
カイはタクのことを、覚えていなかったのだ。
「銀の天使のようなお方と、これまた美しい夜の闇のようなお方が現れたものだ。驚きだね」
「私達は、今日は視察でこの集落を見にきた者でして……」
レムが言葉を切り出すと、カイはあからさまに肩を落とす。
「なんだ、お役場の人か。残念」
一瞬、空気が止まる。
タクはまさかとカイの姿を見遣るものの、その瞳には戸惑いと強く惹かれる光のようなものが宿っていた。
「でも、このような巡り合わせがあるだなんて面白い。……銀の天使さん、君の名前は?」
しかしカイはタクの視線をものともせず、笑みを深めてレムのことだけを見つめていた。
タクが説明しようと口を開く前に、カイは素早くレムの手を取る。
「よかったら一緒に、ここで暮らさないかい?君となら、この集落でも幸せになれるような気がするよ」
その言葉を耳にした瞬間、タクは唖然とした。
自らの過去の男が、まさか目の前の恋人レムを口説くとは思いもよらなかったからだ。
レムは驚きと戸惑いの入り混じった表情を浮かべ、タクに向けて目で助けを求める。普段は冷静であるレムも、カイの強引な視線と下心を含んだ手つきに動揺していたのだ。
「カイ、この人は駄目だ」
タクが制しようとするが、カイは笑みを崩さずタクの腕に軽く触れた。
「俺の名前を、知っているんだね?へえ……。すまないな、どうにも思い出せなくて。だが今君の隣にいる彼は、ものすごく魅力的だ。君のその怒った顔も可愛いね。いっそのこと、三人で暮らすっていうのはどうかな?」
タクはカイに向けて睨みをきかせ、込み上げる怒りを抑えていた。
ここで声を荒げてしまえば、役場の仕事に支障が出てしまう。
そして、タクの過去をレムに知られてしまってはいけないのだ。
「タク……」
レムが、そっと囁く。
タクはレムの手を強く握り返し、小さく返事をした。
「大丈夫だ。俺がいる。俺が、レムを守るから」
だがカイは、全く引き下がる気配がなかった。
彼の言葉は甘く情熱的で、まるで昼のあたたかな光のように二人の心を揺さぶっていた。
「お役場での仕事は、息がつまることばかりだろう?ここで一緒に暮らせば、きっと楽しいだろうな……。君となら、きっと何も怖くないはずだ」
タクはカイの言葉に反発を覚える一方で、心の奥底で、かつて自らがあの男に抱いていた安心感のようなものを思い返していた。
甘く、温かく、穏やかに抱きしめられたあの夜の記憶。
「タク、といったね?君もなかなかに楽しめそうだ。また俺と、一緒に楽しくやらないかい?」
しかし、今の彼の心はレムへと向かっていた。
「やめろ」
タクは低く、しかし確固たる声で突き放した。
「俺達は、決してここでは暮らさない。俺達には今の幸せがあるんだ」
カイの瞳が、微かに揺れる。
だが彼はすぐに微笑み、タクの肩に優しく手を置いた。
「そうか……。そうだな、君の幸せが一番大事なんだな」
その言葉に、タクは安堵する。
しかし胸の奥の複雑な感情は、消えることはなかった。
カイの熱意と情熱は、たとえレムに向けられていたとしてもタクの心をも揺らしてしまうのであった。
***
カイによる、あまりためにならない集落の説明を受けたあと、タクとレムは役場に戻るべく足を進めていた。
「つかぬことを聞くが……。君は、この集落で過ごしていたことがあったんだな?」
そう問いかけるレムの声は、ひどく優しいものであった。
タクはどう答えたらいいものかと暫し黙り込んでしまうが、過去と別れるべく口を開いた。
「あの男。……カイに、一晩だけ世話になったことがある。そのせいで、俺はあの場所が嫌いになった」
タクは、苦し紛れに言葉を吐いた。
何も、間違ったことは伝えていない。しかし、レムに嘘をつくことが心苦しくもあった。
「そうか、それは……大変だったな」
レムは労わるようにタクの背を撫で、役場に集落のことをどう報告すべきかと悩んでいた。
「怠惰に加え、あのような規律の乱れ。病が流行らないのが幸いとでも言うべきか……」
「やっぱり、早くなくなればいいんだ」
集落で目にした無為な生活、怠惰に生きる人々の姿は、二人にとっても教訓のように色濃く残っていく。
***
しばらくして日常に戻った今、二人の生活には穏やかな空気が流れていた。
「やっぱり、仕事に戻ると気が引き締まるな」
そうタクは、書類を整理しながら呟く。
役場の空気は堅く、規律があり、日々の仕事にはやりがいがあった。レムも机に向かいながら、書類の束を淡々と処理していく。
昼の時間は真面目に、互いを信頼しながら業務をこなすのみ。
しかしタクの胸の奥には、ほんの少しの好奇心とささやかな甘い思いが芽生えていた。
「……たまには、レムの怠けた姿も見てみたい」
昼の真面目なレムだけではなく、家でくつろぎ、力を抜いて過ごす姿。
そのような姿を目にすれば、自らの心がさらに満たされるのではないかという思いが、タクの胸の内で密かに膨らむ。
夕方になり、役場を出た二人は近くの公園を歩きながら言葉を交わしていた。
「最近、視察がなくなった代わりに書類仕事が多くなったな」
「そうだな。だが、もうあの場所に行かなくていいと思うと気が晴れる」
「レム、そんなに嫌だった?」
「嫌なわけではない。ただ……あの場所を目にするだけで、気が滅入ることもある」
タクはレムの手に触れ、軽く握った。
「だが、タクの顔を見るだけでそのような気持ちも消えてしまう」
不思議なものだと、レムは笑みを浮かべた。
タクもまた、微笑みを返してレムの目を見つめた。
「それはよかった。俺も、レムの顔を見れば大丈夫。疲れなんて、感じない」
夕日が空を赤く染め、風に揺れる木々の葉がさらさらと音をたてる。
その中で、レムはふと口を開く。
「……たまには、仕事から離れて休むのも悪くないのかもしれないな」
その言葉に、タクは目を丸くする。
真面目に仕事に取り組むレムらしくないと、首をかしげた。
レムは風に流される木の葉を目にして、あの集落での人々の穏やかな日常を思い返していた。
「レム?」
「いや、なに……。私達は実直であると同時に、働きすぎなのではないかと考えてな」
レムはタクの指に向けて、自らの指を絡める。
何もせず互いに干渉せず、それであっても小さな幸せを享受する姿。あの集落の人々と二人は異なるものの、そのどちらの場所にも確かにぬくもりは存在していたはずである。
「そうだね。たまには、二人でのんびりする時間もいいかもしれない」
タクの声には、少しの笑みが混ざっていた。
二人はそのまま、静かに手を繋ぎながら歩く。
肩の力を抜き、心の奥底で互いの存在を確認し合う時間が日常の中に自然と溶け込むようでもあった。
夜、二人はベッドの中で静かに寄り添う。
タクはそっとレムの肩を抱き寄せ、頬に唇を押しあてた。
「どうした?」
口づけを返すレムに向けて、タクは微笑みながら銀の髪を撫でた。
「いや?ただ、幸せだなって」
短い巻き毛を指に絡めとりながら、タクは満足げに頷く。
「私も、幸せだ。幸せすぎるような気もしてならないが……」
レムの声は小さいものであったが、かすかな笑みを含んでいた。
タクは再び唇を寄せて、静かに囁いた。
「でも、たまにはいいんじゃない?俺達、昼間は頑張ってるんだから」
その言葉に、レムもまた深く頷く。
思えば、あの集落の人々も昼間は怠けていても、夜や休みの日には楽しそうな笑みを浮かべていたものだ。
人は生きるために緩急が必要なのだと、レムは改めて思う。
いまこうしてタクの身に甘え、そして受け入れられることも日常の大切な緩急の一部であるのだと。
「レム、」
「なんだ?」
「こうして二人でいられるだけで、俺は本当に幸せだよ」
夜が更けるにつれ、二人は互いの温もりの中で眠りにつく。
タクはレムの腕の中に抱かれ、安らぎの中で微かに笑む。レムはタクの寝顔を見つめ、心の奥で小さな幸福を噛みしめていた。
やがて夜は明け、朝陽が部屋を柔らかく照らす。
二人は互いの存在を感じながら、ゆっくりと目を開ける。
夢と日常の境目が曖昧になりつつも、そこには確かな愛と信頼があった。タクは微笑み、レムもまた優しく応える。
今日も、二人の生活は続いていく。
昼は真面目な同僚として、夜は愛し合う恋人として、そして時には互いに求め合い甘えあうことで二人はその幸せを日々の中で噛みしめるのであった。
END
10
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
異世界から戻ってきた俺の身体が可笑しい
海林檎
BL
異世界転生で何故か勇者でも剣士でもましてや賢者でもなく【鞘】と、言う職業につかされたんだが
まぁ、色々と省略する。
察してくれた読者なら俺の職業の事は分かってくれるはずだ。
まぁ、そんなこんなで世界が平和になったから異世界から現代に戻ってきたはずなのにだ
俺の身体が変なままなのはどぼじで??
触手生物に溺愛されていたら、氷の騎士様(天然)の心を掴んでしまいました?
雪 いつき
BL
仕事帰りにマンホールに落ちた森川 碧葉(もりかわ あおば)は、気付けばヌメヌメの触手生物に宙吊りにされていた。
「ちょっとそこのお兄さん! 助けて!」
通りすがりの銀髪美青年に助けを求めたことから、回らなくてもいい運命の歯車が回り始めてしまう。
異世界からきた聖女……ではなく聖者として、神聖力を目覚めさせるためにドラゴン討伐へと向かうことに。王様は胡散臭い。討伐仲間の騎士様たちはいい奴。そして触手生物には、愛されすぎて喘がされる日々。
どうしてこんなに触手生物に愛されるのか。ピィピィ鳴いて懐く触手が、ちょっと可愛い……?
更には国家的に深刻な問題まで起こってしまって……。異世界に来たなら悠々自適に過ごしたかったのに!
異色の触手と氷の(天然)騎士様に溺愛されすぎる生活が、今、始まる―――
※昔書いていたものを加筆修正して、小説家になろうサイト様にも上げているお話です。
魔王様と元 村人Aは一つ屋根の下
くろねこや
BL
橋の上で絶望してたらトラックが突っ込んできて、そのまま異世界へ落ちたオレ。
村人Aとしてスローライフを始めたものの、やはり元の世界に戻ることを諦めきれない。
ドラゴンも魔族も魔王もいるこの世界。
「あ、魔王を倒せば元の世界に帰れるんじゃね?」
ところが、倒すために探し出した魔王様はオレの記憶に興味津々で…。
「私もそなたと共に行く。そちらの世界はとても興味深い」
この時のオレは想像すらしていなかった。
そう遠くない未来、その“魔王様”と出会ったオレが、日本家屋で一つ屋根の下、一緒にのんびり暮らすことになるなんて。
※こちらは『イライラしてますか?こちらへどうぞ』の世界と繋がっています。
※『横書き』設定にてお読みください。
アケミツヨウの幸福な生涯【本編完結】
リラックス@ピロー
BL
ごく普通の会社員として日々を過ごしていた主人公、ヨウはその日も普通に残業で会社に残っていた。
ーーーそれが運命の分かれ道になるとも知らずに。
仕事を終え帰り際トイレに寄ると、唐突に便器から水が溢れ出した。勢い良く迫り来る水に飲み込まれた先で目を覚ますと、黒いローブの怪しげな集団に囲まれていた。 彼らは自分を"神子"だと言い、神の奇跡を起こす為とある儀式を行うようにと言ってきた。
神子を守護する神殿騎士×異世界から召喚された神子
うちの魔王様が過保護すぎる
秋山龍央
BL
主人公・折本修司(オリモトシュウジ)は転生恩恵女神様ガチャにはずれて異世界に転生して早々、つんでいた。
「異世界で言葉が分かるようにしてくれ」と頼んだところ、相手の言葉は分かるが自分は異世界の言葉は喋れない状態となり、
「平和な国に転生したい」と頼んだところ、平和で治安のいい国に転生をすることはできたものの、そこは人間のいない魔族だけの国だったのである。
困っていた主人公の元に、異世界の"魔王"である紅の髪と角を持つ男があらわれて――
「まさか――そっくりだとは思ってたけれど、お前、本当にシュウなのか?」
異世界転生魔王様×異世界転生主人公
幼馴染年下攻めだけど年上攻めです
秘めやかな愛に守られて【目覚めたらそこは獣人国の男色用遊郭でした】
カミヤルイ
BL
目覚めたら、そこは獣人が住む異世界の遊郭だった──
十五歳のときに獣人世界に転移した毬也は、男色向け遊郭で下働きとして生活している。
下働き仲間で猫獣人の月華は転移した毬也を最初に見つけ、救ってくれた恩人で、獣人国では「ケダモノ」と呼ばれてつまはじき者である毬也のそばを離れず、いつも守ってくれる。
猫族だからかスキンシップは他人が呆れるほど密で独占欲も感じるが、家族の愛に飢えていた毬也は嬉しく、このまま変わらず一緒にいたいと思っていた。
だが年月が過ぎ、月華にも毬也にも男娼になる日がやってきて、二人の関係性に変化が生じ────
独占欲が強いこっそり見守り獣人×純情な異世界転移少年の初恋を貫く物語。
表紙は「事故番の夫は僕を愛さない」に続いて、天宮叶さんです。
@amamiyakyo0217
主に交われば
かんだ
BL
楽しいことが大好きで欲望のためなら善悪関係なしな美しい悪人受けと、そんな受けに魅入られ受けを我が物にしたい善悪無関係な攻めの話。
魔法の世界にある学園での出来事。
妖精の生まれ変わりと言われるほど美しい少年が死んだことで、一人の少年の人生が変わる。
攻めと受けは賭けをした。それは人生と命を賭けたもの。二人きりの賭けに否応なく皆は巻き込まれ、一人の少年は人生さえ変えてしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる