紹介制のとある秘密の屋敷にて

陽花紫

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立ち直るために

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 とある夫婦は、どうしても子を必要としていた。
 家の名を継がせるためでも、夫婦の愛の証のためでもない。ただ、“義務”として。

 妻アルマは、エレルから例の屋敷を紹介されていた。
 一度妊娠をしたものの流産し、心身ともに深い傷を負っていたアルマは、いつしか夫からは役立たずと陰口を言われるようになっていた。
 そして日ごと、彼女に対する夫のその態度も冷たくなっていた。

 それでも、アルマは夢を諦められきれなかった。
「もう一度、子供を産んでみせるわ」
 そう告げた時、その声はわずかに震えていたものの、しかしその瞳だけは強く輝いていた。

 夫に留守を任せ、アルマはその日ひとりであの屋敷へと向かっていたのだ。

***

 屋敷の門は静かに開き、中からひとりの美青年が現れた。
 淡い髪色、均整の取れた姿勢。少年のようでありながら、どこか人の秘密をすべて知っているかのような微笑み。
「ようこそ。奥様」
 案内されるがまま離れへと向かうと、広い部屋の中には仮面をつけた男たちが数名並んでいた。
 沈黙の中、アルマの足音だけが細く響く。

「今回は、どのようなお悩みで?」

 青年の穏やかな声に促され、アルマは胸の奥にしまい込んでいた思いを全て吐き出す。
 夫との間に子が恵まれたものの、流産をしてしまったこと。
 どうしても、子供の存在を諦めきれないこと。
 それが、自らを救う唯一の道なのであるのだと。
「あなたさまには、種を選ぶ権利があります」
 その言葉の意味を理解することができず、アルマは目を丸くしていた。
 青年は指で仮面の男たちを示し、静かに説明する。

「この中から、相応しい相手を選ぶことができるのです。彼らの出自はいずれも確かで、身元も血筋も保証されています」
 つまり、アルマは子を授かるために、夫ではない他の男を選ばなくてはならなかったのだ。
「お望みであれば、衣服を脱がせることもできますよ?あるいは、あなたさまの好みに合う者を見繕うこともできますが」
 その言葉に、アルマは静かに息を吐いた。
「あの……。優しくて、紳士的で……思いやりのある人を。私は……あの時のことが、まだ……怖くて」
 大きな喜びは、ある日突然絶望へと変わってしまった。

 失われた、小さな命。
 あの日からアルマの感情は壊れ、心は自信を失っていた。

 青年は軽く頷き、ある一人の男を呼び寄せる。
「君、奥様のお相手を」
 アルマの目の前にやってきたその男は、背が高く、落ち着きのある体格をしていた。
 仮面の下から覗くその瞳はわずかに柔らかく、礼節さと温かさが漂っていた。


 アルマは男に手を引かれ、小さな部屋へと入る。
 そこは寝台と水差しがあるだけの、簡素な部屋であった。

 男は仮面を外し、穏やかに頭を下げていた。
「カルロと申します。アルマ様、どうぞよろしく」
「よろしく、お願いします……」
 カルロはそっと、アルマの腰に手を添えた。
 まるで壊れ物でも扱うかのように、ふわりとした感触でもあった。
「……大丈夫ですよ。アルマ様の嫌がるようなことは、決していたしません」
 微笑むたびに揺れる茶色の巻き毛、落ち着いた声。
 歳は少しアルマよりも上であるかのように思われたが、その余裕と誠実さは次第にその恐怖を溶かしていく。

 腰元の手は、いつしかその背へと回されていた。
 抱きしめられるかのようなその姿勢に、アルマはその身を固くしていたものの、カルロの柔らかな語りかけによって静かに力は抜けていく。
「……アルマ様は長い間、おひとりで頑張ってこられたのですね」
 そのような言葉に、アルマはふと気づく。
 カルロはまるで、傷を抱えた女性を扱い慣れているかのようでもあった。
 その眼差しや微笑み、ゆっくりと紡がれる言葉はアルマの心を優しく包み込むかのようでもあった。
 そして、男と女を思わせるような性の香りは微塵も感じられなかった。

 カルロは再び、アルマの身を静かに抱きしめた。
 何をするでもなく、ただ寄り添うかのように。
「今日はどうか、そのお心を楽になさってくださいね。ここは、そのような場でもありますので」
 その大きな手が髪を撫でた瞬間に、アルマの心は決壊した。
 ぽたりぽたりと、知らずの内にその涙はこぼれ落ちる。
「ごめんなさい……。わたし……もう、どうしたらいいのか……」
 アルマはカルロの胸元へと顔を押し付け、静かに涙を流していた。
「謝ることはありません。泣くことも、求めることも、すべて自然なことなのですから」

 どれほど、泣いたのであろうか。
 アルマの目は赤く腫れてしまうものの、しかしその身は不思議と軽くなっていた。

 その涙が止まった頃、カルロは恋しい人であるかのように、自らの指を静かにアルマの頬へと伸ばしていた。
 その温もりはアルマの胸の奥深くにまで流れ込み、久しく忘れていた感情がかすかな色を持って蘇っていくようでもあった。

 アルマは自然と、目を閉じていた。
「お願いします。どうか、私にその種をお与えください」
 まるで祈るかのように手を組み、カルロの胸元へ軽く唇を寄せた。
 誓いの儀式でもあるかのようなその動作に、カルロは穏やかな笑みを浮かべながら、深く頷いた。

「私にお任せください。アルマ様」

 その額に、軽い口づけを。
 瞼から頬へ、そして唇へと。慈しみを与えるかのようにそれはほのかな温かさを秘めていた。
 そして次第に、深いものへと。
 アルマは恐怖を抱くこともなく、素直にその唇を受け入れていた。
 失くしてしまった感情を呼び覚ますかのように、その唇は次第に首元へと流れていく。

 しかに胸元に流れついた途端、アルマの身はびくりと震えた。
「あの……、カルロ様……」
 その肌に薄く浮かぶ青い痣のようなものに、カルロはわずかながら眉を吊り上げていた。
 アルマの身を、昨晩の恐怖が襲う。
 責め立てる大きな声、無理に押し倒されたその身、そして強く握りしめられた胸元の膨らみ。
 そのような夫のことを思い出してしまい、アルマは震える指をカルロに向けて伸ばしていた。
 カルロは何も言わずに、その手を静かに包み込んだ。
 もう片方の手でその背を撫で、カルロは低く囁いた。
「アルマ様の痛みを消すことはできませんが。せめてもの、安らぎを……」
 そう胸元を通り過ぎ、カルロの唇はアルマの腹部へと優しく押しあてられた。
 腹部に広がるその温もりに、アルマはまたも涙を流していた。
「大丈夫ですよ。私が、全てを変えてみせましょう」
 カルロは何度も腹部に口づけ、それを誓った。
 アルマは静かに、柔らかな巻き毛を撫でていた。

 いつしかその心は落ち着きを取り戻し、アルマはその身の奥に小さな炎が宿るのを感じていた。
 ふたりは静かに横になり、向き合いながら互いの肌にその手を滑らせていた。
 時にその手を取り、指を絡ませる。カルロは目を細め、アルマもまたそれにつられて微笑んだ。
 言葉はなくとも、アルマの思いは全てカルロに伝わっているかのようでもあった。
 急かすこともなく、焦らすようなこともなく。ただ互いの呼吸が重なり合うだけでも、アルマは小さな炎の揺らめきを感じていた。
「アルマ様」
 カルロが囁くその名さえ、アルマにとってはあたたかな春の風のように感じられた。
「カルロ様……」
 アルマもまたそのように呟けば、その言葉は特別な意味を持ったかのように輝きを放つ。

 どれほどの時間、そうしていたことであろうか。
 次第にアルマの小さな炎は、強く燃えあがる。
 何度目かの抱擁の後、アルマはカルロの耳元で控えめにその想いを告げていた。
「カルロ様、お願いします」
 そのような言葉に、カルロは満面の笑みを浮かべて強く抱きしめた。
「本当に、良いのですね?」
「はい。心は、決まりました」
 カルロはアルマの秘められた場所に向けて、静かに指を伸ばした。
 確かにそこは、いつカルロを受け入れてもいいようにしっとりと濡れていた。
 そのことに笑みを浮かべながら、しかしカルロは着実にアルマの身を解きほぐしていく。
 内部を探るように、ゆっくりとその指は沈められた。

 アルマは決して、声を出すようなことはしなかった。
 恐らく、日頃からそう夫に指示されていたのであろう。
 カルロは時折その髪を撫でながら、そしてアルマの反応を気にかけながらその指を増やしていった。

 ついにその熱を感じた時、アルマは涙を流していた。
 それは悲しみなどではなく、喜びであった。純粋な思いやりが、アルマの身を優しく包み込んでいたのだ。
 カルロはアルマの唇を塞ぎながら、一度だけその種を放つ。
 しかしそれは一度というにはあまりにも量が多く、アルマは目を見開きながら驚いていた。
 じわりと広がり、染み渡るように。しばらくカルロはそのままアルマの身を抱きしめていた。
「どうか、あなたさまの未来が穏やかでありますように」
 と、そう伝えながら。


 しばらくして、カルロはアルマの手を包み、穏やかに微笑んだ。
「大丈夫。自信を持ってください。きっと、また会えますよ……。小さな命に」
「……ありがとう。守ってみせるわ」
 アルマは密かに持参していた夫の金を手渡し、扉へと向かった。
 背後からカルロがそっと囁く。
「どうか、これまで以上の幸せがあなたさまの身に訪れますように」
 その声は祈りであるかのように優しいものであった。

***

 その後、アルマは息子を産んでいた。
 夫は誇らしげに笑い、家には何年かぶりに温かな空気が戻っていた。
 アルマは息子の寝顔を見つめ、胸が満たされるような思いを抱いていた。

 時折、あの大きな温もりを思い出すこともある。
 だが目の前にいるこの子を抱けば、そのような想いはすべて消えていく。

 あの日、暗がりの中で差し伸べられた手は彼女を絶望から救った、ただ一つの灯火であったのだ。

END
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