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とある文面
そのメッセージが届いたのは、夜の二時を少し過ぎたころであったか。
トウヤは酔いの残った頭の奥で、スマホの振動が鈍く響くのを感じていた。
『ヨキは、亡くなりました。貴方とはどのような関係だったのでしょうか?教えてください』
その文章の硬さに、一瞬だけ目が止まる。
知らない男の名前、ヨキ。メッセージアプリのアイコンは、海の景色であった。その景色さえも、トウヤは思い出せないでいた。
その名をどこかで聞いたような気もする。
しかし、これといって浮かぶ顔はない。
トウヤのメッセージアプリには、数え切れないほどの男の名前があった。
「ケンタ」「マサト」「Y」「Shin」「匿名」これらは皆、一夜をともにした男達の名前であった。
ゲイであるトウヤは、自身の欲望と孤独を満たすために夜な夜な遊び歩いていたのだ。
彼らはトウヤにとって、夜の一片でしかなかった。
朝が来れば男達は皆、記憶の彼方へと消えていく。それが日常であった。
ヨキがどこの誰かであるなど、考えるまでもない。
トウヤは静かにメッセージアプリを閉じて、そのまま眠りにつく。
どこかで誰かが死んだ。トウヤとは、何ら関係のない話である。そう思えば、それで終わりのはずであった。
***
数日後、またも同じ文面がトウヤのもとに届いていた。
何度も読み返すが、やはり記憶は霞のように消えていく。
しかし、今回は一文だけその文字が増えていた。
『ヨキの携帯には、貴方との会話だけ履歴がありませんでした。何か特別な関係だったのでしょうか?』
特別な関係。
その言葉に、少しだけ胸の奥がざらついた。
トウヤの人生に、“特別”などというものはこれまで存在したことがあったであろうか。
「ちょっとトウヤ、特別な関係ってなに?」
背後から声がして、トウヤは思わず液晶画面を伏せた。
ベッドの上で、今宵限りの相手であるアキが半分寝ぼけながら画面を覗き込んでいた。
柔らかい黒髪が頬にかかり、シーツの皺が白い肌に映える。先程までの夜の跡を色濃く残したまま、アキはトウヤの胸元に腕を回した。
「なんでもない、スパムじゃね?」
「ふーん……。でも顔、こわいよ?」
「眠いだけ」
アキは笑って、トウヤの背に顔を埋めると小さな唇を押し当てた。
わずかな体温が伝わる。
今日、出会ったばかりの男。決して愛しているわけではない。しかし、今夜はここにいる。
けれどその一瞬の温もりが、トウヤにとっては救いでもあったのだ。
翌朝、アキは部屋のコーヒーを淹れながら言った。
「トウヤってさ、誰にでも優しいけど誰にも触れてこないよね」
苦い香りが、部屋に満ちる。
トウヤはその問いには答えない。そのような話をされるのが、いちばん苦手であったからだ。
「昨日も、誰かから連絡きてたじゃん?特別な関係だったんですか?とかさ、」
「見たのかよ」
「だって、気になるじゃん。俺たち、そういう関係?」
その問いは至極軽いものであった。しかしそれは、トウヤにとっては重くのしかかる。
そのため、トウヤは何も言わなかった。
アキは黙って笑い、飲み終えたカップをシンクに置いた。
その笑い方は、少しだけ憂いを含んでいた。
「ま、なんでもいいや。楽しい時間をありがとう。さよなら」
トウヤはその背中を見つめながら、無意識に思う
――これだから、他人の人生には関わりたくない。
その日の午後、アキからの連絡は途絶えた。
調べたところ、いつもの如くブロックされていたのだ。
恋でもなく、喧嘩でもない。ただ、終わりが訪れただけである。
そして、あの文面も受信する。
『ヨキは、亡くなりました。貴方とはどのような関係だったのでしょうか?教えてください』
「めんどくさ」
そう呟き、トウヤはメッセージアプリを消した。
おまけに機種も、電話番号も変えた。
その瞬間、これまでの出会いもやりとりも夜遊びへの情熱も、すべてが消え失せてしまう。
トウヤの記憶からも、それらのことは少しずつ消えていく。
――これでいい。もう、誰かの人生に関わりたくない。
軽く触れて笑って忘れて、孤独を癒す。それだけでいいのだ。
それからというものの、トウヤは夜の街へ出ることもなくなった。バーの灯りも知らない男たちの声も、全てが過去の日々となっていく。
トウヤは酔いの残った頭の奥で、スマホの振動が鈍く響くのを感じていた。
『ヨキは、亡くなりました。貴方とはどのような関係だったのでしょうか?教えてください』
その文章の硬さに、一瞬だけ目が止まる。
知らない男の名前、ヨキ。メッセージアプリのアイコンは、海の景色であった。その景色さえも、トウヤは思い出せないでいた。
その名をどこかで聞いたような気もする。
しかし、これといって浮かぶ顔はない。
トウヤのメッセージアプリには、数え切れないほどの男の名前があった。
「ケンタ」「マサト」「Y」「Shin」「匿名」これらは皆、一夜をともにした男達の名前であった。
ゲイであるトウヤは、自身の欲望と孤独を満たすために夜な夜な遊び歩いていたのだ。
彼らはトウヤにとって、夜の一片でしかなかった。
朝が来れば男達は皆、記憶の彼方へと消えていく。それが日常であった。
ヨキがどこの誰かであるなど、考えるまでもない。
トウヤは静かにメッセージアプリを閉じて、そのまま眠りにつく。
どこかで誰かが死んだ。トウヤとは、何ら関係のない話である。そう思えば、それで終わりのはずであった。
***
数日後、またも同じ文面がトウヤのもとに届いていた。
何度も読み返すが、やはり記憶は霞のように消えていく。
しかし、今回は一文だけその文字が増えていた。
『ヨキの携帯には、貴方との会話だけ履歴がありませんでした。何か特別な関係だったのでしょうか?』
特別な関係。
その言葉に、少しだけ胸の奥がざらついた。
トウヤの人生に、“特別”などというものはこれまで存在したことがあったであろうか。
「ちょっとトウヤ、特別な関係ってなに?」
背後から声がして、トウヤは思わず液晶画面を伏せた。
ベッドの上で、今宵限りの相手であるアキが半分寝ぼけながら画面を覗き込んでいた。
柔らかい黒髪が頬にかかり、シーツの皺が白い肌に映える。先程までの夜の跡を色濃く残したまま、アキはトウヤの胸元に腕を回した。
「なんでもない、スパムじゃね?」
「ふーん……。でも顔、こわいよ?」
「眠いだけ」
アキは笑って、トウヤの背に顔を埋めると小さな唇を押し当てた。
わずかな体温が伝わる。
今日、出会ったばかりの男。決して愛しているわけではない。しかし、今夜はここにいる。
けれどその一瞬の温もりが、トウヤにとっては救いでもあったのだ。
翌朝、アキは部屋のコーヒーを淹れながら言った。
「トウヤってさ、誰にでも優しいけど誰にも触れてこないよね」
苦い香りが、部屋に満ちる。
トウヤはその問いには答えない。そのような話をされるのが、いちばん苦手であったからだ。
「昨日も、誰かから連絡きてたじゃん?特別な関係だったんですか?とかさ、」
「見たのかよ」
「だって、気になるじゃん。俺たち、そういう関係?」
その問いは至極軽いものであった。しかしそれは、トウヤにとっては重くのしかかる。
そのため、トウヤは何も言わなかった。
アキは黙って笑い、飲み終えたカップをシンクに置いた。
その笑い方は、少しだけ憂いを含んでいた。
「ま、なんでもいいや。楽しい時間をありがとう。さよなら」
トウヤはその背中を見つめながら、無意識に思う
――これだから、他人の人生には関わりたくない。
その日の午後、アキからの連絡は途絶えた。
調べたところ、いつもの如くブロックされていたのだ。
恋でもなく、喧嘩でもない。ただ、終わりが訪れただけである。
そして、あの文面も受信する。
『ヨキは、亡くなりました。貴方とはどのような関係だったのでしょうか?教えてください』
「めんどくさ」
そう呟き、トウヤはメッセージアプリを消した。
おまけに機種も、電話番号も変えた。
その瞬間、これまでの出会いもやりとりも夜遊びへの情熱も、すべてが消え失せてしまう。
トウヤの記憶からも、それらのことは少しずつ消えていく。
――これでいい。もう、誰かの人生に関わりたくない。
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