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実家訪問
アオの実家は、街の中心から少し離れた閑静な住宅街にあった。
電車を何本か乗り継ぎ、見知らぬ駅へとトウヤは降り立つ。
「ここだよ。母さん、はりきってると思うけど気にしないでね?」
「わかった」
冬の光が低く差し込み、庭の落ち葉は風に舞う。
アオの手を握りながら玄関のドアを開けると、ふわりと温かい空気がトウヤを迎えた。
「いらっしゃい、今日は遠くからありがとうございます」
アオの母親は穏やかに微笑み、トウヤに向かって手を差し出した。
初めて会う人の温かさに、トウヤの胸は緊張で高鳴る。
「初めまして、アオさんとお付き合いさせていただいています。トウヤといいます。よろしくお願いします」
「こちらこそ、息子がお世話になっています。どうぞ、寒かったでしょう?ゆっくりしていってくださいね」
アオの案内でリビングへと向かうと、壁際にとある場所があることにトウヤは気付く。
小さな木の箱のすぐそばには、額縁に入った写真がある。その中では、凛々しい顔つきをした若い青年がこちらに向けて微笑んでいた。
周りには洋菓子が供えられ、トウヤは思わずアオの顔を見る。
「……その、あの人が?」
「俺の、兄さん。よかったら、挨拶してよ」
アオの返事に、トウヤの視線は再び写真へと戻る。
写真の中の青年は、わずかに見覚えがあるような気がした。トウヤの心の奥で、鈍い痛みがじわりと広がる。
「ヨキといいまして、アオの兄なんです」
「母さん、トウヤさんにはこの前説明したから。大丈夫」
「そう」
トウヤの頭の中では、記憶の断片がおぼろげに浮かんでは消えていた。
「兄さん、今日は大切な人を連れてきたんだ」
「……ヨキさん、初めまして。トウヤといいます」
手を合わせながら、心の内で静かにアオとの関係を報告する。
――ヨキ。
数年前、あの出会い系サイトで、一夜を共にした青年。
家族にゲイであることを隠しているのだと語った穏やかな声。そして、弟がいるのだとも。
その図体に似合わずケーキを口に運んでは、甘いものが好きなのだと微笑んでいた。
トウヤと過ごすことができて、とても幸せだと何度も繰り返していた。
背中に嫌な汗が伝い、強く目を閉じる。
こんなにも近くに失った人の面影があったのかと、トウヤは震えを隠せずにいた。
「ありがとう。兄さんにも、挨拶してくれて」
かつてアオが幼少期を過ごしていたという部屋に通されながら、トウヤは促されるまま床に座った。
その隣に、アオがそっと腰を下ろす。
「亡くなったあとにさ……兄さんが、ゲイだってことがわかったんだ。笑えるよな?兄弟でゲイだなんて……」
「そんなこと、ないと思う」
「兄さんはいつも俺のことばっか気にしててさ。……もっと兄さんと、沢山話していればよかった。俺も同じだよって伝えて、いろんな話をしたかった」
その口調は軽いものであるものの、その奥には深い後悔が含まれていた。
ヨキは突然の事故で帰らぬ人となったと、トウヤはアオから聞いていた。
その事故の日、ヨキはトウヤのことを思い出したことはなかったかもしれない。しかし今ここで、再び顔を合わせていた。
「でもそれ以来、母さんは理解してくれるようになったんだ。きっと、俺のことまで失いたくないんだと思う」
アオの声は柔らかく、しかし少し切なく部屋に響いた。
トウヤは何も言うことができぬまま、アオを強く抱きしめた。さらりとした、黒い髪を撫でる。
その肌の温もりに、言葉にはすることのできない感情が絡みついていた。
その夜、アオの実家に泊まるとことなったトウヤはベッドに横たわり見慣れない天井を見つめていた。
アオは隣で、いつものように寝息をたてていた。
心の奥で、言いようのない痛みがじわりと広がる。
どうしてあのとき、もっと優しくできなかったのか。どうして、真面目に向き合うことができなかったのか。
言葉にならない後悔が、胸を強く締めつける。
もう謝るべき相手は、この世には存在しない。しかしそれでも、あの時の夜の記憶がトウヤの胸を深く刺す。
しかし同時に、愛するアオが隣にいるという現実もある。
アオの優しく包み込むような温もりは、トウヤのすべての後悔を少しずつ溶かしていくようでもあった。
「アオ、幸せにする。ぜったい、幸せに」
トウヤはそっと手を伸ばし、アオの髪を撫でる。
そして、心の奥で静かに誓う。
――もう誰かの人生に関わることを、恐れない。
罪を償うことができないというのなら、せめてアオを愛し続けることで、何かを返せるのではないか。
そうトウヤは考えた。
電車を何本か乗り継ぎ、見知らぬ駅へとトウヤは降り立つ。
「ここだよ。母さん、はりきってると思うけど気にしないでね?」
「わかった」
冬の光が低く差し込み、庭の落ち葉は風に舞う。
アオの手を握りながら玄関のドアを開けると、ふわりと温かい空気がトウヤを迎えた。
「いらっしゃい、今日は遠くからありがとうございます」
アオの母親は穏やかに微笑み、トウヤに向かって手を差し出した。
初めて会う人の温かさに、トウヤの胸は緊張で高鳴る。
「初めまして、アオさんとお付き合いさせていただいています。トウヤといいます。よろしくお願いします」
「こちらこそ、息子がお世話になっています。どうぞ、寒かったでしょう?ゆっくりしていってくださいね」
アオの案内でリビングへと向かうと、壁際にとある場所があることにトウヤは気付く。
小さな木の箱のすぐそばには、額縁に入った写真がある。その中では、凛々しい顔つきをした若い青年がこちらに向けて微笑んでいた。
周りには洋菓子が供えられ、トウヤは思わずアオの顔を見る。
「……その、あの人が?」
「俺の、兄さん。よかったら、挨拶してよ」
アオの返事に、トウヤの視線は再び写真へと戻る。
写真の中の青年は、わずかに見覚えがあるような気がした。トウヤの心の奥で、鈍い痛みがじわりと広がる。
「ヨキといいまして、アオの兄なんです」
「母さん、トウヤさんにはこの前説明したから。大丈夫」
「そう」
トウヤの頭の中では、記憶の断片がおぼろげに浮かんでは消えていた。
「兄さん、今日は大切な人を連れてきたんだ」
「……ヨキさん、初めまして。トウヤといいます」
手を合わせながら、心の内で静かにアオとの関係を報告する。
――ヨキ。
数年前、あの出会い系サイトで、一夜を共にした青年。
家族にゲイであることを隠しているのだと語った穏やかな声。そして、弟がいるのだとも。
その図体に似合わずケーキを口に運んでは、甘いものが好きなのだと微笑んでいた。
トウヤと過ごすことができて、とても幸せだと何度も繰り返していた。
背中に嫌な汗が伝い、強く目を閉じる。
こんなにも近くに失った人の面影があったのかと、トウヤは震えを隠せずにいた。
「ありがとう。兄さんにも、挨拶してくれて」
かつてアオが幼少期を過ごしていたという部屋に通されながら、トウヤは促されるまま床に座った。
その隣に、アオがそっと腰を下ろす。
「亡くなったあとにさ……兄さんが、ゲイだってことがわかったんだ。笑えるよな?兄弟でゲイだなんて……」
「そんなこと、ないと思う」
「兄さんはいつも俺のことばっか気にしててさ。……もっと兄さんと、沢山話していればよかった。俺も同じだよって伝えて、いろんな話をしたかった」
その口調は軽いものであるものの、その奥には深い後悔が含まれていた。
ヨキは突然の事故で帰らぬ人となったと、トウヤはアオから聞いていた。
その事故の日、ヨキはトウヤのことを思い出したことはなかったかもしれない。しかし今ここで、再び顔を合わせていた。
「でもそれ以来、母さんは理解してくれるようになったんだ。きっと、俺のことまで失いたくないんだと思う」
アオの声は柔らかく、しかし少し切なく部屋に響いた。
トウヤは何も言うことができぬまま、アオを強く抱きしめた。さらりとした、黒い髪を撫でる。
その肌の温もりに、言葉にはすることのできない感情が絡みついていた。
その夜、アオの実家に泊まるとことなったトウヤはベッドに横たわり見慣れない天井を見つめていた。
アオは隣で、いつものように寝息をたてていた。
心の奥で、言いようのない痛みがじわりと広がる。
どうしてあのとき、もっと優しくできなかったのか。どうして、真面目に向き合うことができなかったのか。
言葉にならない後悔が、胸を強く締めつける。
もう謝るべき相手は、この世には存在しない。しかしそれでも、あの時の夜の記憶がトウヤの胸を深く刺す。
しかし同時に、愛するアオが隣にいるという現実もある。
アオの優しく包み込むような温もりは、トウヤのすべての後悔を少しずつ溶かしていくようでもあった。
「アオ、幸せにする。ぜったい、幸せに」
トウヤはそっと手を伸ばし、アオの髪を撫でる。
そして、心の奥で静かに誓う。
――もう誰かの人生に関わることを、恐れない。
罪を償うことができないというのなら、せめてアオを愛し続けることで、何かを返せるのではないか。
そうトウヤは考えた。
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