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ハミダクという男
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さらに設定を深めるために、私は木造の小屋を買い、そこを家としていた。
それまでは拠点と呼べるものすら持たず、占いの道具一式を担ぎ、街から街へ、路地から路地へと渡り歩いていたのだ。
だがある日、ふと、思ったのだ。
この物語の中に、私の居場所があってもいいのではないかと。
それは誰に語られるでもなく、誰の目にも留まらない設定であった。
しかし、私は確かに家を欲した。
木で組まれた簡素な小屋。
雨風をしのげるだけの、最低限の造り。
それでも、扉を閉めれば外界と切り離されるその空間は私にとっては初めての帰る場所となったのだ。
生活を充実させるために、私は書物を買い揃えた。
占いに関する古書、歴史書、詩集。
文字を追う必要は本来なかったが、ページをめくる行為そのものが、私に生ある時間を与えてくれた。
そのような時に、この男が現れたのだ。
ハミダクだ。
私は、その瞬間に思った。
設定を付け足したからこそ、この運命が変わったのではないのかと。
ハミダクは、実な不思議な男でもあった。
どうやら、この世界ではない別の場所から突然迷い込んできたらしい。
彼の口からこぼれる言葉の中には、私には理解できない単語や概念が多く含まれていたのだ。
「漫画」
「作者」
「ペンネーム」
意味を問えば、彼は困ったように笑い、説明が難しいと言っていた。
それでも彼は、決して弱音を吐くような真似はしなかった。
果敢に、この世界に馴染もうとしていたのだ。
その姿に、私は不思議と力を貰えていた。
占い師の仕事は、近頃疲弊するばかりであった。
恋は、決して美しいものばかりではない。
痴情のもつれ、裏切り、疑念。
占いの結果として浮かび上がるのは、よからぬ予感ばかり。
それを告げるたびに、私は誰かの人生をわずかに壊しているような気がしていた。
だが、家に帰ればハミダクが私のことを待っていた。
「おかえり、ノクス」
「……ただいま」
それだけで、心が休まるような気がしていた。
加えてハミダクは、余計な詮索をしない男でもあったのだ。
私が仮面をつけている理由や、私自らについてのことなど。
その一切を、彼は尋ねるようなことはしなかった。
そのことが、何よりもありがたかった。
仮面をつけているがゆえに、いや、その描写がないために。
私は食事をとる必要も、湯浴みをする必要もなかった。
だが、ハミダクは違う。
朝になれば湯を沸かし、ぎこちなく料理をし、時折失敗しては苦笑いを浮かべていた。
その生活音が、この家に彩を与えていた。
ただ、一つだけ問題があった。
この家に一つしかない、寝台だ。
毎晩、私とハミダクは肩を並べて眠っていた。
初めは、私が床で寝ようとしたのだ。
「……俺は、床で大丈夫だ」
「そんなの、だめだ」
即座に、ハミダクは言った。
「ノクスが、ここに住んでるんだろう?」
「だが……」
「それに俺、寒いの苦手なんだ……。一緒に寝よう?」
そうあどけない目をして笑うものだから、私はそれ以上、何も言えなくなってしまったのだ。
今宵も、私たちは同じ寝台で横になる。
ハミダクからは、時折、いい匂いがした。
恐らく、石鹸の香りだろうか。
あるいは、インクと紙の匂い。
無臭の私とは異なり、彼からは、あたたかな人の香りがしたのだ。
それが、なぜだか落ち着いた。
ある日私は、ハミダクが本を取ろうと背を伸ばしていることに気がついた。
それは棚の上段にあり、彼の指先はわずかに届いていなかった。
背後から、私はその本を取って差し出した。
「これか?」
「うん。……ありがとう、ノクス」
その笑みを見た瞬間、胸の奥が、ひどく締めつけらるような感覚に襲われた。
いつからだろうか。
その笑みに、胸の高鳴りを覚えるようになったのは。
***
ハミダクの身を保護して、一月が経とうとしていた。
相変わらず、私の世界は他のカップルを中心として回っていた。
だが家に帰れば、そこには確かな変化があった。
ハミダクが、仕事を始めたのだ。
「俺、絵描くの好きなんだ」
そう言って、彼は少し照れたように笑っていた。
主な仕事は、新聞の挿絵や、小説の挿画。
小さな机を買い、白い紙を何枚も広げて、黒いインクをペン先に付けて、ハミダクは人物や植物をすらすらと描いていく。
その様子は、まるで魔法のようでもあった。
「……すごいな」
「そうか?」
「私には、できない」
「ノクスは、占えるだろう?」
「……それは」
「それもじゅうぶん、すごいと思うよ」
当たり前すぎて、この仕事が誇れるようなものであるとは一度も思ったことがなかった。
しかしハミダクは、私のことを褒めていた。
絵描きの仕事は好調なようで、いつしか彼は、家賃として月にいくらかの金を私に渡すようになっていく。
しかしそれは、大切にしまっていた。
いつかハミダクがこの家を出ていった時に、返してやろうと決めていたのだ。
占い師としての仕事は、実に高額な報酬を得ることができていた。
私はこれまでの生活において、何一つとして不自由を感じたことはなかった。
それであるというのに、新しい画材を手に入れては嬉しそうに目を輝かせるハミダクの姿を目の当たりにすれば、何とも表現しがたい羨ましさのようなものに苛まれるのであった。
「ノクスは、趣味とかないの?」
「趣味……とは」
「好きなこと」
「……考えたこともないな」
「ならさ、」
ハミダクは、屈託のない笑みを浮かべていた。
「俺と一緒に、考えよう」
占い師に、休日などはなかった。
寝起きを繰り返し、路地裏に立ち、迷える客を待つ。
ただ、それだけのことであったのだ。
だが、ハミダクは違っていた。
仕事をする日と、しない日を分けていたのだ。
「その方が、集中できるんだ」
ある晩、彼は言った。
「明日、森に行ってみない?」
「だが、占いが……」
「一日くらい、いいと思うけど……。最近、お客さん来てないんだろう?」
近頃は、どのカップルも落ち着いていた。
私は路地裏で、ただ青い空を眺めているだけの日々をおくっていた。
「……わかった」
そう答えると、ハミダクは嬉しそうに笑っていた。
その笑みを見て、私は思う。
この男は、私の世界を少しずつ広げていくのだと。
それまでは拠点と呼べるものすら持たず、占いの道具一式を担ぎ、街から街へ、路地から路地へと渡り歩いていたのだ。
だがある日、ふと、思ったのだ。
この物語の中に、私の居場所があってもいいのではないかと。
それは誰に語られるでもなく、誰の目にも留まらない設定であった。
しかし、私は確かに家を欲した。
木で組まれた簡素な小屋。
雨風をしのげるだけの、最低限の造り。
それでも、扉を閉めれば外界と切り離されるその空間は私にとっては初めての帰る場所となったのだ。
生活を充実させるために、私は書物を買い揃えた。
占いに関する古書、歴史書、詩集。
文字を追う必要は本来なかったが、ページをめくる行為そのものが、私に生ある時間を与えてくれた。
そのような時に、この男が現れたのだ。
ハミダクだ。
私は、その瞬間に思った。
設定を付け足したからこそ、この運命が変わったのではないのかと。
ハミダクは、実な不思議な男でもあった。
どうやら、この世界ではない別の場所から突然迷い込んできたらしい。
彼の口からこぼれる言葉の中には、私には理解できない単語や概念が多く含まれていたのだ。
「漫画」
「作者」
「ペンネーム」
意味を問えば、彼は困ったように笑い、説明が難しいと言っていた。
それでも彼は、決して弱音を吐くような真似はしなかった。
果敢に、この世界に馴染もうとしていたのだ。
その姿に、私は不思議と力を貰えていた。
占い師の仕事は、近頃疲弊するばかりであった。
恋は、決して美しいものばかりではない。
痴情のもつれ、裏切り、疑念。
占いの結果として浮かび上がるのは、よからぬ予感ばかり。
それを告げるたびに、私は誰かの人生をわずかに壊しているような気がしていた。
だが、家に帰ればハミダクが私のことを待っていた。
「おかえり、ノクス」
「……ただいま」
それだけで、心が休まるような気がしていた。
加えてハミダクは、余計な詮索をしない男でもあったのだ。
私が仮面をつけている理由や、私自らについてのことなど。
その一切を、彼は尋ねるようなことはしなかった。
そのことが、何よりもありがたかった。
仮面をつけているがゆえに、いや、その描写がないために。
私は食事をとる必要も、湯浴みをする必要もなかった。
だが、ハミダクは違う。
朝になれば湯を沸かし、ぎこちなく料理をし、時折失敗しては苦笑いを浮かべていた。
その生活音が、この家に彩を与えていた。
ただ、一つだけ問題があった。
この家に一つしかない、寝台だ。
毎晩、私とハミダクは肩を並べて眠っていた。
初めは、私が床で寝ようとしたのだ。
「……俺は、床で大丈夫だ」
「そんなの、だめだ」
即座に、ハミダクは言った。
「ノクスが、ここに住んでるんだろう?」
「だが……」
「それに俺、寒いの苦手なんだ……。一緒に寝よう?」
そうあどけない目をして笑うものだから、私はそれ以上、何も言えなくなってしまったのだ。
今宵も、私たちは同じ寝台で横になる。
ハミダクからは、時折、いい匂いがした。
恐らく、石鹸の香りだろうか。
あるいは、インクと紙の匂い。
無臭の私とは異なり、彼からは、あたたかな人の香りがしたのだ。
それが、なぜだか落ち着いた。
ある日私は、ハミダクが本を取ろうと背を伸ばしていることに気がついた。
それは棚の上段にあり、彼の指先はわずかに届いていなかった。
背後から、私はその本を取って差し出した。
「これか?」
「うん。……ありがとう、ノクス」
その笑みを見た瞬間、胸の奥が、ひどく締めつけらるような感覚に襲われた。
いつからだろうか。
その笑みに、胸の高鳴りを覚えるようになったのは。
***
ハミダクの身を保護して、一月が経とうとしていた。
相変わらず、私の世界は他のカップルを中心として回っていた。
だが家に帰れば、そこには確かな変化があった。
ハミダクが、仕事を始めたのだ。
「俺、絵描くの好きなんだ」
そう言って、彼は少し照れたように笑っていた。
主な仕事は、新聞の挿絵や、小説の挿画。
小さな机を買い、白い紙を何枚も広げて、黒いインクをペン先に付けて、ハミダクは人物や植物をすらすらと描いていく。
その様子は、まるで魔法のようでもあった。
「……すごいな」
「そうか?」
「私には、できない」
「ノクスは、占えるだろう?」
「……それは」
「それもじゅうぶん、すごいと思うよ」
当たり前すぎて、この仕事が誇れるようなものであるとは一度も思ったことがなかった。
しかしハミダクは、私のことを褒めていた。
絵描きの仕事は好調なようで、いつしか彼は、家賃として月にいくらかの金を私に渡すようになっていく。
しかしそれは、大切にしまっていた。
いつかハミダクがこの家を出ていった時に、返してやろうと決めていたのだ。
占い師としての仕事は、実に高額な報酬を得ることができていた。
私はこれまでの生活において、何一つとして不自由を感じたことはなかった。
それであるというのに、新しい画材を手に入れては嬉しそうに目を輝かせるハミダクの姿を目の当たりにすれば、何とも表現しがたい羨ましさのようなものに苛まれるのであった。
「ノクスは、趣味とかないの?」
「趣味……とは」
「好きなこと」
「……考えたこともないな」
「ならさ、」
ハミダクは、屈託のない笑みを浮かべていた。
「俺と一緒に、考えよう」
占い師に、休日などはなかった。
寝起きを繰り返し、路地裏に立ち、迷える客を待つ。
ただ、それだけのことであったのだ。
だが、ハミダクは違っていた。
仕事をする日と、しない日を分けていたのだ。
「その方が、集中できるんだ」
ある晩、彼は言った。
「明日、森に行ってみない?」
「だが、占いが……」
「一日くらい、いいと思うけど……。最近、お客さん来てないんだろう?」
近頃は、どのカップルも落ち着いていた。
私は路地裏で、ただ青い空を眺めているだけの日々をおくっていた。
「……わかった」
そう答えると、ハミダクは嬉しそうに笑っていた。
その笑みを見て、私は思う。
この男は、私の世界を少しずつ広げていくのだと。
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