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冬の空気は、乾いて冷たい。
けれど今年の冬は、それ以上に痛いものでもあったんだ。
ドアノブに触れれば、ばちりと音が鳴ってかすかな光が弾ける。
人ごみをすり抜ければ、誰かのコートの摩擦でずきりと刺される。
「っ、てて……」
俺ひとりだけが、痛い思いをしつづける。
そんな冬が、大嫌いだった。
連勤を終えてふらふらになりながら玄関の鍵に触れた指先が、またばちり。
その瞬間、視界が真っ白になって俺はどさりと倒れていた。
再び目を開けたとき、辺りの空気はいつもとは違っていた。
「なんか、あったかくないか?」
冬のはずなのに、胸の奥までじんと染みるような熱があったんだ。
そして、俺のことを見下ろす一人の影があった。
「……やっと起きたか」
その低い声は、電流のようにぴりりと皮膚を撫でた。
金髪の短い髪、鋭い光を放つ金の瞳。鍛え上げられた太い腕に、分厚い胸板。
この寒い冬には不相応な黒いタンクトップが、なぜだか現実味を帯びていた。
「えっ、誰ですか?」
まるで冬の闇に落ちた雷みたいな男が、俺のすぐそばでしゃがんでいた。
「誰だとはなんだ。お前が、俺を生んだのであろう」
「……はい?」
「俺は、お前たちの世界で言うところの“静電気”だ。名前は、ライ」
そんな馬鹿げた話があるのかと目を擦ってはみたものの、否定するより先にライの指が俺の頬をつつい ていた。
その瞬間、指先からわずかな電流がぱちりとはしる。
思わずこの頬は、ひどく熱を帯びてしまう。
「いたっ!」
「お前のこの電気を溜め込む体質は、俺にとっては居心地がいい。そしてその力によって、俺が生まれたのだ。ありがたく思え」
その声色はつんけんとしていたけれど、ライの距離はやたらと近くもあったんだ。
物怖じしないようなその瞳に、目を逸らすことができずにいた。
息が触れそうで、しかし触れないその距離。
「俺の体質が、ありがたい?」
「そうだとも」
ライが言うことはよくわからなかったけれど、それでもその肌には血色があって。
確かに呼吸をしていたんだ。
初めて出会ったはずであるというのに、どこかこの胸はざわついていた。
ライは俺の反応に気づいたのか、唇の端をわずかにつり上げる。
「春までいさせろ。……なんでもしてやる」
「……なんでも?」
その言葉が、なぜだか熱を帯びているかのように聞こえていた。
この胸の奥底にある孤独に、ゆっくりと落ちてくるような声色でもあったんだ。
気づけば、俺はこくりと頷いていた。
***
ライが部屋にいる冬は、静かであたたかくて、そしてどこか妖しげな雰囲気が漂っていた。
俺以外の人間にその姿は見えないそうで、仕事に出ている間はライに留守番を頼んでいた。
料理、洗濯、掃除。
ライはあの言葉の通り、なんでもやってのけてみせていた。
何も言わなくても俺のことを全て知っているかのように、朝は決まった時間に起こして帰ってくると出来立ての夕飯が待っていた。
皿を洗うその背は広く、時折水を切るその腕は力強いものでもあったんだ。
「ライ、コップかして」
けれど少し手が触れてしまうだけでも、ぱちりと電気が走ってしまう。
「いてて、」
「馬鹿なのか、お前は」
確かに痛いけれど、どこかこの身の奥に甘い余韻が残るような痛みでもあったんだ。
「痛いけどさ、なんかいい……」
そう笑えば、ライもまた少しだけ口の端を上げていた。
「そのような顔をして……、寂しいのか?」
はっきりと言うくせに、その声は柔らかいものだった。
俺が一歩隣へ近づくと、今度はばちりと電流がはしる。
けれどその先にあるライの体温は、いつも少しだけ高かった。
寒い部屋のなかでも、ライがそばにいればあたたかかった。
もはやトレードマークになってしまった黒いタンクトップをまじまじと見つめれば、薄い布越しに筋肉の動きが伝わるようでもあったんだ。
「寂しいのかもしれない……」
そう小さくこぼせば、ばちばちと痛みと光が弾けていく。
ライはため息をついて、俺の身を抱き寄せた。
鈍い痛みだけではなくて、この身の奥がじわりと溶けるようなほのかな甘さがあったんだ。
「お前は、わかりやすい人間だな」
そう言いながらも、背中にそっと手を当ててくれた。
指先からかすかな電流が染み込んで、思わず肌が粟立った。
「……っ、……」
地味に痛い。
でも、もっと触れていたい。
俺はつい、その分厚い胸に顔を預けてしまっていた。
びりびりとした痛みが頬を伝うなかで、それでもライの心臓の音が聞こえたような気がした。
***
ある夜。
俺は仕事で疲れ果てて、心が壊れそうになっていた。
やっとの思いで玄関の扉を開けて、その場に座り込んでしまっていた。
「もう、無理だ。しんどすぎる……」
ライは静かに俺の前にやってきて、初めて会った時のようにしゃがみこんでこう言った。
「お前は、……よくやっていると思うぞ」
ライのその一言で、俺の心は崩れ落ちていく。
声が震えて、この視界は涙によってぼやけていく。
長い間押し殺していたこの孤独も寂しさも、全てこぼれ出てしまうかのように。
「なんで……、そんな優しいこと言うんだよ……」
「優しくなどない。ただ、見ていればわかる」
ライはそう言いながらも、そっと俺のことを抱きしめてくれていた。
いつもは乱暴なくせに、その腕は驚くほど丁寧で。
その肌を感じるすべての場所に、静かな電流が流れていた。
「っ……、くっ……。ううっ……」
情けなく涙を流しながら、俺はライの太い首に縋りついた。
頬と頬が触れただけで、ばちりと大きな痛みが襲う。
けれどそれはもはや痛みではなく、俺にとってはライを感じている証であるようにも思えていた。
ライは確かにここにいて、俺のこと強く抱きしめてくれている。
そしてさらに、その太い腕で頭を抱え込まれてしまったことにより。
激しい頭痛のような強い痛みがはしっていく。
痛みを逃そうとするあまり、自然と息は深くなる。
胸の奥が、これまで感じたこともないほどに熱くなっていく。
「……っ、はあっ……」
このような俺の様子に気づいたライは、わずかに目を伏せてこう言った。
「お前の反応は、愛いものだな……」
その声が低く揺れて、思わずぞくりとこの身は震えた。
そしてライは俺の腰元に手を回して、さらに強く引き寄せた。
「そのような顔をされたら……、離せるわけがない」
そう耳元で囁かれて、俺は全身に電流が流れるのを感じていた。
形のいい唇が近づいて、気付けば俺の唇に重ねられる。
「……っ!」
その瞬間、まるでこの身を貫かれるかのように、大きな稲妻がはしりぬけていく。
「今は、俺だけを感じていろ」
何度も、その唇は重なった。
その間でばちりと電気が散るたびに、この肌はひどく熱を帯びていく。
ライは大きな手で、俺の頬を包み込む。
じんじんとした痛みが広がるものの、それすらも今の俺にとっては心地の良い刺激でしかなかった。
太い舌が俺の舌を絡めとるたびに、何度も稲妻が深く刻まれていく。
「ライ……っ……」
その名前を呼べば、ライはわずかに目を細めた。
気づけば俺は、タンクトップの下に手を入れてその肌をまさぐっていた。
手のひらに感じるばちばちとした痛みでさえ、俺にとっては喜びでもあったんだ。
同じようにライも、俺の素肌に触れていた。
ぱちりと光が散るたびに、言いようのない甘い波が押し寄せてくるようでもあった。
「……お前は、本当に……」
続く言葉は、なかった。
ただ深い口づけと、ライの手が俺の熱をがしりと握ったことだけは覚えている。
あとのことは、今となってはよく覚えていない。
まるで夢の世界のような出来事でもあったのだから。
けれど今年の冬は、それ以上に痛いものでもあったんだ。
ドアノブに触れれば、ばちりと音が鳴ってかすかな光が弾ける。
人ごみをすり抜ければ、誰かのコートの摩擦でずきりと刺される。
「っ、てて……」
俺ひとりだけが、痛い思いをしつづける。
そんな冬が、大嫌いだった。
連勤を終えてふらふらになりながら玄関の鍵に触れた指先が、またばちり。
その瞬間、視界が真っ白になって俺はどさりと倒れていた。
再び目を開けたとき、辺りの空気はいつもとは違っていた。
「なんか、あったかくないか?」
冬のはずなのに、胸の奥までじんと染みるような熱があったんだ。
そして、俺のことを見下ろす一人の影があった。
「……やっと起きたか」
その低い声は、電流のようにぴりりと皮膚を撫でた。
金髪の短い髪、鋭い光を放つ金の瞳。鍛え上げられた太い腕に、分厚い胸板。
この寒い冬には不相応な黒いタンクトップが、なぜだか現実味を帯びていた。
「えっ、誰ですか?」
まるで冬の闇に落ちた雷みたいな男が、俺のすぐそばでしゃがんでいた。
「誰だとはなんだ。お前が、俺を生んだのであろう」
「……はい?」
「俺は、お前たちの世界で言うところの“静電気”だ。名前は、ライ」
そんな馬鹿げた話があるのかと目を擦ってはみたものの、否定するより先にライの指が俺の頬をつつい ていた。
その瞬間、指先からわずかな電流がぱちりとはしる。
思わずこの頬は、ひどく熱を帯びてしまう。
「いたっ!」
「お前のこの電気を溜め込む体質は、俺にとっては居心地がいい。そしてその力によって、俺が生まれたのだ。ありがたく思え」
その声色はつんけんとしていたけれど、ライの距離はやたらと近くもあったんだ。
物怖じしないようなその瞳に、目を逸らすことができずにいた。
息が触れそうで、しかし触れないその距離。
「俺の体質が、ありがたい?」
「そうだとも」
ライが言うことはよくわからなかったけれど、それでもその肌には血色があって。
確かに呼吸をしていたんだ。
初めて出会ったはずであるというのに、どこかこの胸はざわついていた。
ライは俺の反応に気づいたのか、唇の端をわずかにつり上げる。
「春までいさせろ。……なんでもしてやる」
「……なんでも?」
その言葉が、なぜだか熱を帯びているかのように聞こえていた。
この胸の奥底にある孤独に、ゆっくりと落ちてくるような声色でもあったんだ。
気づけば、俺はこくりと頷いていた。
***
ライが部屋にいる冬は、静かであたたかくて、そしてどこか妖しげな雰囲気が漂っていた。
俺以外の人間にその姿は見えないそうで、仕事に出ている間はライに留守番を頼んでいた。
料理、洗濯、掃除。
ライはあの言葉の通り、なんでもやってのけてみせていた。
何も言わなくても俺のことを全て知っているかのように、朝は決まった時間に起こして帰ってくると出来立ての夕飯が待っていた。
皿を洗うその背は広く、時折水を切るその腕は力強いものでもあったんだ。
「ライ、コップかして」
けれど少し手が触れてしまうだけでも、ぱちりと電気が走ってしまう。
「いてて、」
「馬鹿なのか、お前は」
確かに痛いけれど、どこかこの身の奥に甘い余韻が残るような痛みでもあったんだ。
「痛いけどさ、なんかいい……」
そう笑えば、ライもまた少しだけ口の端を上げていた。
「そのような顔をして……、寂しいのか?」
はっきりと言うくせに、その声は柔らかいものだった。
俺が一歩隣へ近づくと、今度はばちりと電流がはしる。
けれどその先にあるライの体温は、いつも少しだけ高かった。
寒い部屋のなかでも、ライがそばにいればあたたかかった。
もはやトレードマークになってしまった黒いタンクトップをまじまじと見つめれば、薄い布越しに筋肉の動きが伝わるようでもあったんだ。
「寂しいのかもしれない……」
そう小さくこぼせば、ばちばちと痛みと光が弾けていく。
ライはため息をついて、俺の身を抱き寄せた。
鈍い痛みだけではなくて、この身の奥がじわりと溶けるようなほのかな甘さがあったんだ。
「お前は、わかりやすい人間だな」
そう言いながらも、背中にそっと手を当ててくれた。
指先からかすかな電流が染み込んで、思わず肌が粟立った。
「……っ、……」
地味に痛い。
でも、もっと触れていたい。
俺はつい、その分厚い胸に顔を預けてしまっていた。
びりびりとした痛みが頬を伝うなかで、それでもライの心臓の音が聞こえたような気がした。
***
ある夜。
俺は仕事で疲れ果てて、心が壊れそうになっていた。
やっとの思いで玄関の扉を開けて、その場に座り込んでしまっていた。
「もう、無理だ。しんどすぎる……」
ライは静かに俺の前にやってきて、初めて会った時のようにしゃがみこんでこう言った。
「お前は、……よくやっていると思うぞ」
ライのその一言で、俺の心は崩れ落ちていく。
声が震えて、この視界は涙によってぼやけていく。
長い間押し殺していたこの孤独も寂しさも、全てこぼれ出てしまうかのように。
「なんで……、そんな優しいこと言うんだよ……」
「優しくなどない。ただ、見ていればわかる」
ライはそう言いながらも、そっと俺のことを抱きしめてくれていた。
いつもは乱暴なくせに、その腕は驚くほど丁寧で。
その肌を感じるすべての場所に、静かな電流が流れていた。
「っ……、くっ……。ううっ……」
情けなく涙を流しながら、俺はライの太い首に縋りついた。
頬と頬が触れただけで、ばちりと大きな痛みが襲う。
けれどそれはもはや痛みではなく、俺にとってはライを感じている証であるようにも思えていた。
ライは確かにここにいて、俺のこと強く抱きしめてくれている。
そしてさらに、その太い腕で頭を抱え込まれてしまったことにより。
激しい頭痛のような強い痛みがはしっていく。
痛みを逃そうとするあまり、自然と息は深くなる。
胸の奥が、これまで感じたこともないほどに熱くなっていく。
「……っ、はあっ……」
このような俺の様子に気づいたライは、わずかに目を伏せてこう言った。
「お前の反応は、愛いものだな……」
その声が低く揺れて、思わずぞくりとこの身は震えた。
そしてライは俺の腰元に手を回して、さらに強く引き寄せた。
「そのような顔をされたら……、離せるわけがない」
そう耳元で囁かれて、俺は全身に電流が流れるのを感じていた。
形のいい唇が近づいて、気付けば俺の唇に重ねられる。
「……っ!」
その瞬間、まるでこの身を貫かれるかのように、大きな稲妻がはしりぬけていく。
「今は、俺だけを感じていろ」
何度も、その唇は重なった。
その間でばちりと電気が散るたびに、この肌はひどく熱を帯びていく。
ライは大きな手で、俺の頬を包み込む。
じんじんとした痛みが広がるものの、それすらも今の俺にとっては心地の良い刺激でしかなかった。
太い舌が俺の舌を絡めとるたびに、何度も稲妻が深く刻まれていく。
「ライ……っ……」
その名前を呼べば、ライはわずかに目を細めた。
気づけば俺は、タンクトップの下に手を入れてその肌をまさぐっていた。
手のひらに感じるばちばちとした痛みでさえ、俺にとっては喜びでもあったんだ。
同じようにライも、俺の素肌に触れていた。
ぱちりと光が散るたびに、言いようのない甘い波が押し寄せてくるようでもあった。
「……お前は、本当に……」
続く言葉は、なかった。
ただ深い口づけと、ライの手が俺の熱をがしりと握ったことだけは覚えている。
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