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第6話

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「体育館はここか……」

 その日の放課後、図書室で本を借りてからチアリーダーたちが練習をしている体育館へと向かった。
 体育館は職員室がある棟の北側で、あそこにはバスケ部やバレー部、バトミントン部、チアリーディングチームが練習の拠点としている。体育の授業や応援練習などで来ることはあるけど、まさか放課後に来るとは思わなかったよ。

「高橋さんの情報が正しければ、今日はチアリーディングチームの練習日……だよな」

 小泉さんが軽音楽部の部室から戻ってきてから、改めて練習日について聞いてみた。今日はもちろん練習日で、水曜と金曜にもやるそうだ。
 甲子園の予選で必死になって踊っていたところを見た僕が、この目で練習光景を見ることになろうとは思ってもみなかったけど――。

「ゴー、ゴー、ブルースターズ!」
「レッツゴー、レッツゴー、ブルースターズ!」

 体育館に入ると、バドミントン部が羽をラケットで突き返す音とともにチアリーディングチームの威勢のいい掛け声が響いてくる。
 Vネックのノースリーブトップスにボックスプリーツのひらひらしたスカートは空色をメインとした色調で、白のストライプがまぶしく見える。

「みんな、これが終わったら一旦休憩しましょ」

 それに、顧問をしている数学の日野先生もすごく素敵だ。
 上は丈が短くてVネックのノースリーブトップス。下は同じようにボックスプリーツのひらひらしたスカート。腕にはリストバンドが添えられていて、青と白の入り交じったポンポンを手にしている。
 胸元から見えるスポーツブラは、日野先生の胸のデカさを改めて見せつけている。あれって何カップあるんだろうか。……って、目の前に誰か居るぞ。

「あれっ、清水君じゃない。どうしてここに居るのかな」
「ひ、日野先生! ひょっとして気づいていたんですか?」
「そうだよ。見覚えのある顔が居るからだれかなぁ~と思ったら、君だったんだね。今日の授業でも準備していないと言った割に頑張ったじゃない。よし、よし」

 日野先生はちょっと背伸びをしてから、可愛らしいお顔で僕の顔をじっくりと見てから舌足らずな口調で話しかけた。高橋さんほどではないけど、可愛らしい目を見ていると吸い込まれそうな気がする。小さなリボンでまとめたツーサイドアップは、大人っぽい体形にそぐわない可愛らしさを醸し出していた。
 なんだろう、ほかの先生と違って日野先生にだったら安心して話せそうだ。

「それは……」

 僕は、ステージの近くで高橋さんと一緒になって座りながら雑談をしている小泉さんをちらりと見た。

「小泉さんのおかげです。実はここ二日間、ちょっと落ち込んでいて勉強どころではありませんでした」
「そうだったの?」

 日野先生は目を丸くして驚いた表情を見せた。
 柚希からサヨナラを告げられた直後から、僕は何もかもやる気がなくなった。
 最近になって柚希が変わったから、いつかそうなるだろうと覚悟はしていた。だけど、いざその時が来たら急に何もかもやる気がなくなって、あれからずっと部屋の中にある本やWeb小説を読んでいたりした。
 今朝になってもへこみ続けていた僕の目を覚ましたのは、小泉さんの一言だった。

『高橋さん、あなたにお礼がしたくてうずうずしているわよ』

 この一言で僕は目が覚め、急にやる気が出た。高橋さんとの面会をセッティングしてくれた小泉さんには、本当に頭が下がる思いだ。

「ええ、落ち込みついでに予習もしていなかったですから。やる気を取り戻したのは小泉さんのおかげです」

 ホントだよ。小泉さんのおかげで切り抜けることができたんだから。
 もちろん、数学の時間以外でも小泉さんが居たおかげでいつもと同じ日々を過ごすことができた。
 もしこれで僕が菅野と同じように気配を殺しまくっていたら、「いつもはしっかりと授業に参加している清水が……」なんて思われただろう。その原動力となったのは……。

「日野先生、ちょっといいですか」
「ちょっと、今清水君と話しているところだよ、……って、なっちゃん? どうしてここに?」
「入口で話していた時から気が付きましたよ、先生」

 そこには、心に大穴が空いた僕を突き動かした張本人が立っていた。
 青色を基調として白をアクセントカラーにしたVネックのノースリーブトップスに、ボックスプリーツのひらひらしたスカート。
 ユニフォームからにじみ出る汗のにおいに入り交じる甘いバラの香り。
 日野先生よりも少しだけ大きい背丈に、メリハリのある肉体。
 髪型はポニーテールになっているけど、高橋さん本人だ。

「さっき先生と優汰君が話しているのを見て、それでちょっと気になって来たんです」
「ごめんね。お邪魔だったかな、私」
「そんなことないですよ」

 高橋さんは身振りをしてまで日野先生に気遣ってあげた。
 そういや、体育館に来てくれって言うのはどういったことなんだろう。

「それで、肝心のことなんだけど」

 僕が問いかけると、高橋さんは僕の居る方を向いてからこう言った。

「突然で申し訳ないんだけど、部室に行かない?」
「えっ? それはどうして……」
「皆に聞かれるとマズいから。行こうよ!」

 その次の瞬間、高橋さんは僕の手を取って日野先生に話しかけた。

「先生、ちょっと部室に行ってきます。もし休憩時間が長くなるようでしたら、練習を再開しても構いませんから!」
「わかった。こっちは任せるから、二人とも行ってらっしゃい」

 日野先生に見送られながら、高橋さんは僕の手を引いて体育館を出た。
 すっかり帰り支度をしている僕と部活中の高橋さんとではつり合いが取れないとか、そういう問題じゃない。
 誰も居ない二人っきりの部室、何も起きないはずがなく――。
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