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第7話
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体育館に隣接されている部室棟は、体育館と同じ色合いをしている鉄筋の二階建ての建物だ。
ここはバスケットボール部をはじめとして、体育館を根拠地としている部活が集まっている。僕たちがいつも練習している音楽室とは全く違い、廊下は汗の臭いが漂っている。体育の授業が終わったあとの教室を思い出したよ。
今の時間は練習中とあって、中には誰も居ない。
「チア部の部室ってどこにあるのかな」
「バドミントン部の隣だから、ここだね」
高橋さんが足を止めた先には、『Cheerleading Team Bluestars』の看板が掲げられていた。
鮮やかな空色と白のコントラストは見事なもので、ロゴの脇にある花びらがチーム名をより目立たせている。
「ずいぶん華やかな名前だな」
「だいぶ前のOGがつけたのよ。ルリトウワタって花、聞いたことがあるかな?」
「わからないよ」
「初夏から秋まで咲き続けるきれいな花があるのよ。花言葉が『信じ合う心』と『幸福な愛』だったかな。私たちの学校って園芸部があるでしょ、そこに居たメンバーがメンバー同士で信じあい、助けあうことを願って付けたけど、ちょっと恥ずかしいよね」
高橋さんの話を聞いて、入学してから間もない時期の部活紹介で園芸部の人たちが出てきてプレゼンした時のことを思い出した。チーム名を考えた人、本当にその花が好きだったのかな。
「いや、素敵だよ」
「ありがとう、そう言ってくれて。さ、入って」
高橋さんが部室の鍵を開けて引き戸を開き、招かれるように部屋に入った。
「お邪魔します」
部室は十畳ほどの大きさで、床はコンクリートでできていた。正面の窓の下には本棚があり、漫画や教本がいくつか置かれていて、背表紙が痛んでいるものもあった。
左右の壁には縦長のロッカーがずらりと並び、その間には向かい合う形でベンチが置かれていた。
特段散らかっている様子はなく、体育会系の部室でありながら、清潔感が漂っていて居心地がよさそうだ。
「ここに座って」
部屋の中の様子をうかがっていると、ベンチに座った高橋さんが自らの左隣に座るように指図してきた。
隣に座れってどういうことだろうか。まさかこのままキスするとか、もしくはそれ以上のことを……!
イカン、イカン! 僕たちは高校生だ! 学校で不純異性交遊をしてみろ、先生にバレたら一発で退学だぞ!
「どうしたの? 座らないのかな?」
「え、いや、その……、座ります」
窓から射す西日が高橋さんの体を照らすのを見ると、何て美しいのだろうとさえ思った。
僕は一呼吸置くと、通学用の鞄と弁当入れを置いて高橋さんの左隣に座った。
「掃除が行き届いているね」
「うん。ことあるごとに掃除しているから……」
高橋さんは何も言わずに、さらに僕の居る方向に寄ってきた。
汗とバラのデオドラントのにおいが僕の鼻腔をくすぐり、甘い吐息と鼓動が手のひらを介して伝わる。
外からは野球部がボールを打ち、サッカー部がグラウンドを所狭しと駆け回る音が聞こえてくる。
それなのに、僕ら二人は一体何をしているのだろうか。
ただでさえ何を言えばいいのかわからない。このままだとどうにかなりそうだ――。
「ねえ」
高橋さんの一言で、部室内の静寂が破られる。
西日に照らされた高橋さんの姿は美しく、そして妖しげだった。
「は、はい?」
僕は高橋さんの顔を見て、一瞬とぼけたふりをした。
「学校祭のことだけど、君が何て言ったか、覚えている?」
「ええ、もちろん。確か『すごく綺麗だから、自分を信じて頑張って』って言いました」
もちろん、あの一言は僕自身が好きな漫画のセリフを織り交ぜたものだ。
僕自身は刈り上げなしのベリーショートで、顔つきはどことなく普通の少年だ。学校では真面目に授業を受け、生活態度も良好だ。だけど、ヤンキー漫画の世界にも憧れている。殴り合いもそうだけど、彼らの生きざまを見ているだけでも胸が熱くなる。
「私ね、君の一言のおかげで頑張れたんだよ」
「え、それはどうして?」
「だって私、甲子園の予選の時以上に緊張していたんだよ。あの時と違って、チアの演技の時は一人ひとりに合った動きをしなきゃならないんだから。先生からセンターをやってくれと言われたときは、自分には出来ないって思ったんだよ」
僕の一言で吹っ切れたのかどうかは知らないけど、チアの演技発表で高橋さんは大きなミスもなく聴衆の前で素晴らしい演技を見せてくれた。
途中でヒヤッとする場面もあったけれども、最後までやり通せたのは間違いなく高橋さんの頑張りがあってからこそだ。今日の練習を見ても、改めてそう感じた。
「うちの学校のチア部、こう見えても有名なんだ。甲子園で優勝した高校のチア部と同じイベントにも出たことがあるからね。小泉さんのようにジュニアチアをやっていた子も居れば、バレエを習っていた子もいるじゃない。私なんて、まだまだだなぁって――」
思えば、小泉さんと隣の席になってからいろいろと話を聞いた。ピアノやエレクトーンを習ったこと、ジュニアチアリーダーをやっていたこと、それでステージに立ったこと――。
だけど、僕にとっては小泉さんよりも高橋さんが輝いて見える。
今日招かれるようにして見に行ったけど、高橋さんはジュニアチアリーダーをやっていた小泉さん以上に輝いていた。
飛び散る汗。はじける笑顔。すべてが一級品だった。
高橋さんは誰にも負けてはいない。
「そんなことないよ」
刹那、僕は高橋さんの手を取って――。
「僕の力添えもあったかもしれないけど、高橋さんは頑張ったよ。他人は他人、自分は自分だから、自分に自信を持って――」
例の漫画のあるセリフを思い出して高橋さんを励ました。
なんてことを言うんだ、僕! だけど、高橋さんの力になりたいのであれば、構っていられない。
「……ありがとう。やっぱり、そう言ってくれると嬉しいよ」
そして高橋さんは僕の顔を見つめると、高橋さんの唇からそのままズバリな言葉が漏れた。
「好き……、大好きだよ!」
その言葉が耳に届いた瞬間、同時に高橋さんに抱きしめられた。
たわわな胸の感触とそこから感じる彼女の体温に汗の臭いが僕の体を突き抜けてくる。
それだけじゃない、僕の心までもが熱くなる。
幼なじみにサヨナラされてまだ日が浅いのに――と思ったけど、今は高橋さんのことしか考えられない。
「僕も、……あの日から高橋さんのことが好きだ」
僕も自然と高橋さんへの好意を口にしていた。
心に欠けたワンピースを埋めたのは、何を隠そう高橋さんだ。
このまま、彼女の体温を感じていたい――。
「ねえ、お互いはじめてで加減が分からないかもしれないけど、キス、しよっか」
「……うん」
そして僕は目を閉じ、高橋さんと口づけを交わした。
僕とわずかしか身長に差がないせいもあってか、高橋さんと僕はゼロ距離で口づけを交わした。
初めてのキスは、彼女が休憩中に飲んでいたと思われるスポーツドリンクの味がした。
しかし、唇と唇を合わせるだけでは終わらなかった。
「ん……、ちゅ……、れろ、れろ……」
なんと、高橋さんは舌を差し込んできた。
慣れているのか? と思ったけど、高橋さんの手の震えは僕の体に伝わってくる。
高橋さんも本当に初めてなんだな、キスするのは。
「れろ、れろ、んちゅ……」
手の震えだけではなく、高橋さんの甘い吐息と彼女の脈打つ鼓動が僕の体に伝わる。
高橋さんに触れるだけで、僕の胸の鼓動が高鳴っているのを感じる。
高橋さんが「好きだ」と告白してから、何分経っただろうか。おそらく十分、いや、それ以上は経っただろう。
この時間が永遠に続くのかと思ったら――。
「ぷはぁ……、はぁ、はぁ……っ」
高橋さんは少しずつ顔を離した。
僕の唇と高橋さんの唇の間には、何度も舌を絡めた証拠が垂れ下がっていた。これが、銀の糸なのか……。
「ごめんね、加減が分からなくて最初からこんなことしちゃって。幻滅した?」
高橋さんはベンチに置いてあったスポーツタオルで口を拭うと、僕に向かってこう話した。
幻滅なんてするわけがない。あの時僕があのセリフを口にしていなかったら、高橋さんは大きな失敗を犯していたかもしれない。
だから僕は胸を張って、高橋さんに言った。
「そんなことないさ。高橋さんは高橋さんだから」
そう、初めて会ったあの日から、高橋さんは高橋さんらしかった。
長身でスタイルが良いにもかかわらず、可愛らしさが詰まった顔。そして――。
「ありがとう、優汰君にそう言ってもらえると嬉しいよ」
そして、キスがいきなりのディープキスという大胆さ。
だけど、僕にとっては彼女はとても愛おしくて大切な彼女なんだ――。
ここはバスケットボール部をはじめとして、体育館を根拠地としている部活が集まっている。僕たちがいつも練習している音楽室とは全く違い、廊下は汗の臭いが漂っている。体育の授業が終わったあとの教室を思い出したよ。
今の時間は練習中とあって、中には誰も居ない。
「チア部の部室ってどこにあるのかな」
「バドミントン部の隣だから、ここだね」
高橋さんが足を止めた先には、『Cheerleading Team Bluestars』の看板が掲げられていた。
鮮やかな空色と白のコントラストは見事なもので、ロゴの脇にある花びらがチーム名をより目立たせている。
「ずいぶん華やかな名前だな」
「だいぶ前のOGがつけたのよ。ルリトウワタって花、聞いたことがあるかな?」
「わからないよ」
「初夏から秋まで咲き続けるきれいな花があるのよ。花言葉が『信じ合う心』と『幸福な愛』だったかな。私たちの学校って園芸部があるでしょ、そこに居たメンバーがメンバー同士で信じあい、助けあうことを願って付けたけど、ちょっと恥ずかしいよね」
高橋さんの話を聞いて、入学してから間もない時期の部活紹介で園芸部の人たちが出てきてプレゼンした時のことを思い出した。チーム名を考えた人、本当にその花が好きだったのかな。
「いや、素敵だよ」
「ありがとう、そう言ってくれて。さ、入って」
高橋さんが部室の鍵を開けて引き戸を開き、招かれるように部屋に入った。
「お邪魔します」
部室は十畳ほどの大きさで、床はコンクリートでできていた。正面の窓の下には本棚があり、漫画や教本がいくつか置かれていて、背表紙が痛んでいるものもあった。
左右の壁には縦長のロッカーがずらりと並び、その間には向かい合う形でベンチが置かれていた。
特段散らかっている様子はなく、体育会系の部室でありながら、清潔感が漂っていて居心地がよさそうだ。
「ここに座って」
部屋の中の様子をうかがっていると、ベンチに座った高橋さんが自らの左隣に座るように指図してきた。
隣に座れってどういうことだろうか。まさかこのままキスするとか、もしくはそれ以上のことを……!
イカン、イカン! 僕たちは高校生だ! 学校で不純異性交遊をしてみろ、先生にバレたら一発で退学だぞ!
「どうしたの? 座らないのかな?」
「え、いや、その……、座ります」
窓から射す西日が高橋さんの体を照らすのを見ると、何て美しいのだろうとさえ思った。
僕は一呼吸置くと、通学用の鞄と弁当入れを置いて高橋さんの左隣に座った。
「掃除が行き届いているね」
「うん。ことあるごとに掃除しているから……」
高橋さんは何も言わずに、さらに僕の居る方向に寄ってきた。
汗とバラのデオドラントのにおいが僕の鼻腔をくすぐり、甘い吐息と鼓動が手のひらを介して伝わる。
外からは野球部がボールを打ち、サッカー部がグラウンドを所狭しと駆け回る音が聞こえてくる。
それなのに、僕ら二人は一体何をしているのだろうか。
ただでさえ何を言えばいいのかわからない。このままだとどうにかなりそうだ――。
「ねえ」
高橋さんの一言で、部室内の静寂が破られる。
西日に照らされた高橋さんの姿は美しく、そして妖しげだった。
「は、はい?」
僕は高橋さんの顔を見て、一瞬とぼけたふりをした。
「学校祭のことだけど、君が何て言ったか、覚えている?」
「ええ、もちろん。確か『すごく綺麗だから、自分を信じて頑張って』って言いました」
もちろん、あの一言は僕自身が好きな漫画のセリフを織り交ぜたものだ。
僕自身は刈り上げなしのベリーショートで、顔つきはどことなく普通の少年だ。学校では真面目に授業を受け、生活態度も良好だ。だけど、ヤンキー漫画の世界にも憧れている。殴り合いもそうだけど、彼らの生きざまを見ているだけでも胸が熱くなる。
「私ね、君の一言のおかげで頑張れたんだよ」
「え、それはどうして?」
「だって私、甲子園の予選の時以上に緊張していたんだよ。あの時と違って、チアの演技の時は一人ひとりに合った動きをしなきゃならないんだから。先生からセンターをやってくれと言われたときは、自分には出来ないって思ったんだよ」
僕の一言で吹っ切れたのかどうかは知らないけど、チアの演技発表で高橋さんは大きなミスもなく聴衆の前で素晴らしい演技を見せてくれた。
途中でヒヤッとする場面もあったけれども、最後までやり通せたのは間違いなく高橋さんの頑張りがあってからこそだ。今日の練習を見ても、改めてそう感じた。
「うちの学校のチア部、こう見えても有名なんだ。甲子園で優勝した高校のチア部と同じイベントにも出たことがあるからね。小泉さんのようにジュニアチアをやっていた子も居れば、バレエを習っていた子もいるじゃない。私なんて、まだまだだなぁって――」
思えば、小泉さんと隣の席になってからいろいろと話を聞いた。ピアノやエレクトーンを習ったこと、ジュニアチアリーダーをやっていたこと、それでステージに立ったこと――。
だけど、僕にとっては小泉さんよりも高橋さんが輝いて見える。
今日招かれるようにして見に行ったけど、高橋さんはジュニアチアリーダーをやっていた小泉さん以上に輝いていた。
飛び散る汗。はじける笑顔。すべてが一級品だった。
高橋さんは誰にも負けてはいない。
「そんなことないよ」
刹那、僕は高橋さんの手を取って――。
「僕の力添えもあったかもしれないけど、高橋さんは頑張ったよ。他人は他人、自分は自分だから、自分に自信を持って――」
例の漫画のあるセリフを思い出して高橋さんを励ました。
なんてことを言うんだ、僕! だけど、高橋さんの力になりたいのであれば、構っていられない。
「……ありがとう。やっぱり、そう言ってくれると嬉しいよ」
そして高橋さんは僕の顔を見つめると、高橋さんの唇からそのままズバリな言葉が漏れた。
「好き……、大好きだよ!」
その言葉が耳に届いた瞬間、同時に高橋さんに抱きしめられた。
たわわな胸の感触とそこから感じる彼女の体温に汗の臭いが僕の体を突き抜けてくる。
それだけじゃない、僕の心までもが熱くなる。
幼なじみにサヨナラされてまだ日が浅いのに――と思ったけど、今は高橋さんのことしか考えられない。
「僕も、……あの日から高橋さんのことが好きだ」
僕も自然と高橋さんへの好意を口にしていた。
心に欠けたワンピースを埋めたのは、何を隠そう高橋さんだ。
このまま、彼女の体温を感じていたい――。
「ねえ、お互いはじめてで加減が分からないかもしれないけど、キス、しよっか」
「……うん」
そして僕は目を閉じ、高橋さんと口づけを交わした。
僕とわずかしか身長に差がないせいもあってか、高橋さんと僕はゼロ距離で口づけを交わした。
初めてのキスは、彼女が休憩中に飲んでいたと思われるスポーツドリンクの味がした。
しかし、唇と唇を合わせるだけでは終わらなかった。
「ん……、ちゅ……、れろ、れろ……」
なんと、高橋さんは舌を差し込んできた。
慣れているのか? と思ったけど、高橋さんの手の震えは僕の体に伝わってくる。
高橋さんも本当に初めてなんだな、キスするのは。
「れろ、れろ、んちゅ……」
手の震えだけではなく、高橋さんの甘い吐息と彼女の脈打つ鼓動が僕の体に伝わる。
高橋さんに触れるだけで、僕の胸の鼓動が高鳴っているのを感じる。
高橋さんが「好きだ」と告白してから、何分経っただろうか。おそらく十分、いや、それ以上は経っただろう。
この時間が永遠に続くのかと思ったら――。
「ぷはぁ……、はぁ、はぁ……っ」
高橋さんは少しずつ顔を離した。
僕の唇と高橋さんの唇の間には、何度も舌を絡めた証拠が垂れ下がっていた。これが、銀の糸なのか……。
「ごめんね、加減が分からなくて最初からこんなことしちゃって。幻滅した?」
高橋さんはベンチに置いてあったスポーツタオルで口を拭うと、僕に向かってこう話した。
幻滅なんてするわけがない。あの時僕があのセリフを口にしていなかったら、高橋さんは大きな失敗を犯していたかもしれない。
だから僕は胸を張って、高橋さんに言った。
「そんなことないさ。高橋さんは高橋さんだから」
そう、初めて会ったあの日から、高橋さんは高橋さんらしかった。
長身でスタイルが良いにもかかわらず、可愛らしさが詰まった顔。そして――。
「ありがとう、優汰君にそう言ってもらえると嬉しいよ」
そして、キスがいきなりのディープキスという大胆さ。
だけど、僕にとっては彼女はとても愛おしくて大切な彼女なんだ――。
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