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風龍に乗りし君の手を取りて

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 私と焔の刃が互いに交差する! 

 お互い互角と言いたいが、残念ながら剣気が尽きた私はパワーで焔に負けている。

 パワーもリーチも焔に負け、剣技で何とか誤魔化している感じだ。

 気を抜くと、意識が飛びそうなそんな最中……私は何故か、母上に言われたあの言葉を思い出す。

『貴方はと……』

 そして遠目に見える

(お、お願い! 八尺瓊勾玉ッ! 私に今一度力を!)

 その時、、八尺瓊勾玉は再び不思議な光を放ちだす!

(……あ、あれ? なんだけど? ど、どうして?)

 そんな事考えている間に、私の愛刀にわずかだがうっすらと紅蓮の炎が灯る!

「ば、馬鹿な! 何故お前の刀に炎神気が……?」

 理由はよくわからないが、これでパワーは私が遥かに上になった!

「はあああああっ!」
「ぬうううううっ!」

 ここだっ! 私は炎神気を最大出力し、気合と共に刀を横に振り下ろす!

「ああっ!」 

 澄んだ金属音と共に、焔の持っていた火之迦具土神の太刀は宙を飛び遠くの地面に突き刺さる……。

 と、同時に前のめりになり、地面に静かに倒れる焔。

 先程切った焔の横腹の傷が更に開いたからだろうか?

 地面にはまるで紅葉のような赤い染みが点々と点いているのが生々しい……。

(か、勝った……私が勝ったんだ……)

 私は地面に刀を突きさし、何とか歯を食いしばり倒れないように耐える。

(で、でももう……意識が……遠のい……て……)

「……陽葵さん、しっかり! 私の手に捕まって!」

 その時、頭上から聞き慣れた優しく力強い声が聞こえて来る……。

 疾風を纏った雄々しい翼を持つ巨大な翠色の色をした龍に跨り、彼は私に静かに手を差し伸ばす……。

 夕陽が眩しかったせいで顔は見えない……というか例の緑の龍の面を付けていたと思う……。

(この声太郎さん……だ……)

『……私は太郎、しがない陰陽師です。だが、これだけは覚えていてください、私は貴方の味方だ……。では失礼いたします』

 過去の記憶を思い出し、私は彼の手を無言で掴む……。

 意識が朦朧とする最中、私は彼のその言葉だけを信じ、彼の腰を必死に掴み目を閉じ……た……。

 ……それから数時間後……。

 目を覚ますと、辺りはすっかり暗くなっていた。

 周囲をよく見ると闇夜にうっすらと雲がかかる星空に綺麗な三日月が輝いていた。

(風龍に跨り空から眺めるその夜景がとても幻想的で……)

 春の最中だからだろうか? それとも今の私の心情からだろうか? 吹き抜ける風がとても心地よく感じる。

 現状を把握でき落ち着いたからだろうか、あれからずっと彼の腰に手を添えていた自分に気が付き、少し恥ずかしくなる。

「あ、あの……」

 この人に聞きたい事は山ほどあるが、何故か言葉出なかった。

 それは、今この瞬間をとても心地よいと感じてしまったから……。

 そう、疑問を持つのも愚かしいと思えるほどに。
 
「……すいません、あそこから逃げ出す方法はもうこれしかなかったんです」

 私が目覚めたのを知った太郎さんは静かに語りだす。

「そうなんですか?」
「ええ……あの大会自体、炎帝国の出来レースですからね。あそこにあのままいれば私達は仲良く炎帝国の兵として暮らす事になったでしょうね」

「えっ!」

(てことは、あのままいれば太郎さんが花蝶国の領主となり、私の伴侶になっていたってこと? それも悪くないかな? とか口に出しては言えないしね)

「そもそもあのトーナメント自体、領主代理によって都合よく作られた物」
「あ、確かに、鬼人国の闇纏もそれ用にトーナメントに配置されていたっぽいですもんね」

「その通り。しかも息のかかっていない私や安土玲も、大会参加時にこれを書かされていますしね」
「どれどれ?」

「あ、その私が指している一文をご覧ください」

 私は太郎さんから一枚の大会参加書き予備を受け取る。

 『大会参加者は炎帝国に仕官希望するものとし、大会優勝の是非に問わず成績に応じ、褒美とそれなりの地位を保証する』と書かれていた。

「じ、じゃあ安土玲は?」
「頭も切れるし、腕もたつしで領主代理がいたく気に入っているので、明日には護衛側近として召し抱えられているかと」

「も、もしかして水宮国が参加しなかったのって……?」
「そうですね、わざわざ仲の悪い炎帝国に戦力を与えたくないでしょうし」

 兵と優秀な人材の一括雇用か。

 炎帝国領主代理、神火璃火斗……恐るべき知者である……。

「あ、太郎さんは大丈夫なんですか?」
「ああ、私は偽名で参加しているので特に問題ないです」

「え? じゃあ……」
「はい。私の本当の名前は風月小太郎《ふうげつ こたろう》、以後お見知りおきを……」

(あ、ああ……納得……)

「って、ふ、風月?」
「はい、風月国の領主ですが何か?」

「あ、あはははは……」

 この感じだと風月国領主名義で、太郎という名の陰陽師の死亡通知書を炎帝国内に送っていると私は予想している。

 用意周到な太郎さん、いや小太郎さんならきっとそこまで手をうっている。

 この逃亡ルートも、あらかじめ下調べしてそうだしね。

 私は眉をひくつかせ苦笑いしながら、ふと太郎さんの、いや小太郎さんの背中を見て、はっとする。

「あ、あれ? この翡色の鎧と腰に差したか、刀……? え? 陰陽師の狩衣は?」 

 私はあまりの情報量の多さに訳が分からなくなり、すっかり混乱状態だ。

「えっと私はですね。陰陽術寄りの剣技即ち【陰陽風月剣】の使い手なんですよ。ちなみに狩衣は変装用で、貴方が寝ている間にポイ捨てしました」
「あ、ああ……」

 な、何という知者……それに用意周到っぷり。

 炎帝国領主代理、神火璃火斗も霞んでしまうほどの……。

(あ、それよりもこの小太郎さんの格好、昔何処かで……?) 

 その時、私はふと小太郎さんのこの姿に懐かしさを覚える。

「あ、あの……貴方もしかして……?」
「そうですね陽葵さん。あの時貴方を助けそびれ、自国に逃げ帰えるしか出来なかった愚か者です。助けるのが、お、遅れて申し訳ありませんでした……」

 私はこの時気が付いてしまう。

 そう、当時この人が陰陽術を使えなかった剣技を極めた剣聖だったことに。

 そして私は思い出したのだ。

 2年前、彼が私を安全な場所まで命がけで奮闘してくれた事を……。

 当時、実戦に乏しく泣くしか出来なかった弱虫だった私に「いつか必ず貴方を助けに行きますから……」と言ってくれていた事を……。

「お、遅れてだなんてそんな……」
「今の私は陰陽術を極めております故、こうして古の風龍も呼び出し、使役することが出来ます」

 きっと彼は2年間死に物狂いで、陰陽術をマスターしたんだろう。
 
 そう思うと、私は嬉しいやら、情けないやらで途端に胸が苦しくなってきた。

 だから……。

「迎えに来てくれて、あ、ありがとう……」

 私は頬を伝う涙と共に、自然とその言葉を言う事が出来た。

「……辛かったですね。今だけは好きなだけ泣いても良いんですよ……」

 彼への感謝の気持ちと、色んなものから解放された喜びとで私は咽び泣いてしまう……。

 額を彼の背にだらしなく預けながら……。

 それからほどなくして……。

「……ご、ごめんなさい。でも、お陰でスッキリしました!」
「そうですか、それは良かったですね……」

 小太郎さんは、ただただ優しい笑みを浮かべ私を見つめる。

(い、いや、本当に情けない所を見せてしまった。こんなに泣いたのは何年ぶりだろうか?)

 彼のその全てを包み込んでくれそうな瞳に、顔を柿のように真っ赤にしながら照れてしまう私。

「あ……あの、非常に言いにくいのですが、今後の活動も含めて貴方に言っておかなければならないことがあるのですが……」
「……あ、どうぞ?」

(小太郎さんの言う事は信用出来るし、改まって言われるその内容ってなんだろう?)

「単刀直入に説明すると、世界に危機が訪れようとしています。その為に炎帝国は花蝶国を止む無く滅ぼし、貴方とその国宝を手に入れようと考えたのです」
「え……ど、どうして?」

「それは……」

 小太郎さんはその優しい瞳を閉じ、静かに語りだす……。

   ♢

 一方その頃、ここは炎帝国城内、領主部屋。

 深夜に静かに灯る廊下のかがり火が見える中、焔は璃火斗を見つめ静かに頭《こうべ》を垂れる。

「すまぬ璃火斗、倒し切れなかった」

 真紅の座布団に座り、それを片手で制す璃火斗。

「いえ、兄上が無事で何よりです。私こそ、太郎という陰陽師にしてやられ、結界を解いた瞬間に空に逃げられましたし、お互い様です。それに収穫もありましたしね……」
「……ほう? あの女の事か?」

 口元をほころばせ楽しそうに笑う焔。

「……そうですね。まさか国宝が刀でなく、柄に隠された勾玉だったのは驚きでしたが……。まさか、天鈿女命の神気まで使いこなし、火之迦具土神の神気を消してしまうとは……!」

 璃火斗は怒りの余り、手に持っていた折りたたんだ真紅の扇子を真っ二つにへし折ってしまう。

「それなんだがな、火之迦具土神の神気を消したのはおそらくあの女の素の力だぞ?」
「そ、それは真ですか兄上⁈」

「天鈿女命の能力は癒しであり回復。だから火之迦具土神の炎で焼けたあの女の肌は再生されていた」
「で、ではもしや、火之迦具土神の神気をあの女が使えたのも……?」

 焔に食い入るように近づく璃火斗。

「ああ……あの女の中に感じたもう一つの不思議な気がそうさせたと俺は感じた」
「ば、馬鹿な……? 神を従えるのは、神だけのはず! 人が神を従えるなど……」

「そうだな……だから俺はあの女に俄然興味が湧いてきた……」
「で、では、兄上は?」

 軽く頷く焔。

「ああ、俺は闇纏らと共に奴らを追う。少数精鋭が望ましいだろうしな。お前は残る国宝を引き続き集めよ! 頭が切れ人望があるお前がいれば、兵は自然に動く」
「ははっ!」

「八岐大蛇《やまたのおろち》の目覚めは近い……。火之迦具土神を通して俺はそれを感じる事が出来た」
「ははっ! 奴が目覚める前に国宝を全て集め、7人の神兵を全て目覚めさせましょう! でないと世が再び、数千年前の魑魅魍魎《ちみもうりょう》が溢れる悪しき世界に……!」

「そうだ。俺は、ここ数年山籠もりしていたが、炎帝国近隣の山や森でも魑魅魍魎共の動きが盛んになってきておるし、そいつらと何回かやり合った……」
「ゆ、由々しき事態です!」

「俺とあの女とおそらく、あの風月国の男も目覚めている……。後4人も急いで探し出せ! それが椿姫陽一と俺が交わした約束だからな……」
「ははっ!」

「探すのは光輝を使え! あいつは真面目で実直であるから、共感性を呼び他の国のものも悪いようにはしないだろう」
「はっ! 全ては領主である兄上の言われるがままに!」

「では、俺は早速行く。闇纏……」
「お隣に……」

 闇纏は名の通り、漆黒の闇から姿を表す。

「頼もしき奴よ……。して道術は?」
「既にかけております故、後は追うのみです」

「……いくぞ」
「はっ……」

 焔と闇纏は2人闇夜を静かに歩んでいく……。

 その心に燃え盛るような炎を灯しながら……。

   ♢

 ……陽葵と小太郎を乗せた風龍は、昴《すばる》が瞬く闇夜を静かに飛んでいく。

「……というわけなんですよね」
「……え?」

 その驚愕の事実に唖然とする私。

「で、でも、別に戦争を起こさず、穏便に仲良く神兵と国宝を集めれば良かったんじゃ?」
「私もそう考えてましたが、神兵の大半は死ぬ気にならないと目覚めないんですよね。それに私も国宝を通じた分ったんですが、八岐大蛇の目覚めは近いんです……。貴方も理解しているとは思いますが璃火斗も暗君ではありません」

 言っている事は分る。

 実際、炎帝国は豊かであり民は笑って暮らせていた。

「貴方の父、陽一殿は人を信じていましたので神兵を頼らず、国単位で八岐大蛇と戦う支度をしていました。でもその結果あの敗戦を生みました」

 皮肉な話だけど、あの戦争があったからこそ小太郎さんは陰陽術を極めたし、私は八尺瓊勾玉と天鈿女命の力を得る事が出来た。
 
「で、でも、だからといって納得出来ないよ! それじゃ、やっている中身が魑魅魍魎達と何も変わんないじゃない!」
「その通りです。だから私は陽一殿の意思を継ぎ、炎帝国とは違った方法で国宝を集め神兵を目覚めさせます。そう、貴方と接したように!」

「あ……じゃあ!」
「はい! まずは私と所縁がある水宮国へ訪ねて行きます」

 私は小太郎さんの言葉に深く頷く。

 私は後ろを振り返り「一心先生、それに婆や。今までありがとうございました……」と2人に心からお礼を言う。

 再び前を見つめ私は決心するのだ、そう、残りの国宝と神兵を炎帝国より早く探し出し、仲間にする為に……。

「じゃ、行こう! 私と小太郎さんが信じる道を歩みに!」

 焔ともまた戦いそうな予感も感じつつ……。

 私は小太郎さんと一緒に世界を救う旅に出ることになった。  
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