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ある魔神の独白
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夢をみるのは、自由だ。
大志をもって描く夢はもちろん。
夜から朝に渡る夢も。
もしその夢が覚めないのなら、どんなに良いことだろう。
きっと心の奥底では、誰しも明けない夜を待っている。
「行くのか?」
「うん、……いくよ」
「そうか」
最後のひとり。
送り出す側の自分さえ除けば、最後の。
彼が新たな世界へゆくのを見届ければ、やっと私も役目を終える。
「──もし」
「うん?」
「仮に、……仮にだよ? 一緒に生きていける方法があったら……。どうする?」
「そんなものは存在しないさ」
「……そう、だよね」
「私たちは、魔神だから」
人間を主とする生命が集う、地上。
その世界には、さらに二つの世界が共存する。
感情を有する生物が、正の心に従って行動すると世界を維持する『聖界』。
感情を有する生物が、負の心に従って行動すると世界が縮小する『冥界』。
生物には知り得ないそれらには、守護者たる神がおり。
私たちのような魔神は、この永劫の闇が広がる冥界から、地上へ穢れが溢れないようにする義務がある。
誰に誓うでも、誰に命じられるでもない。
私らはそれであり、それでしかない。
「次は、僕が柱なのかな」
「まさか。君は、……誰よりも人間らしいよ」
「……」
「私はもう、忘れてしまったよ」
この世界の裏側では、どんな景色があって、どんな人々がいて。
どんな生活があるのだろう。
情報、という意味ではなぜだか知っている。
機械。組織。娯楽。歴史。自然。仕事。土地。
それらが妙に繋がらないのは、きっと私が人の心を忘れてしまったからだ。
地上でいう、東洋に住まう者に多い黒の髪と黒い瞳。
それを持つ人間に近い容姿の私は、元は人間だったのだろう。
いつからここで、穢れを見届けてきたのか分からないほど。
私、という存在がはたして何なのか分からないほど。
恐らく、私はここで魔神として目覚め……途方もない年月が過ぎている。
「僕はまだ、穢れに触れると時折思い出すんだ」
「……そうか」
「怒りも、くるしみも……。それから、かなしさも」
「……」
「だから、僕は忘れる前に……君に言わないといけない」
「?」
私の容姿と大きく異なる、金色の髪と青い瞳。
空、と呼ばれるのは本来この色なのだと思うほど澄んだ色をしている。
そんな色は、次第と透明な何かに覆われていく。
「また、……会いたい」
「……」
人間というのは、未来のために約束をするという。
先の見えぬことに絶望しても、その約束を輝きに変えるという。
先を見据えて希望を胸にしても、その約束が糧となるという。
(私たち魔神にとって、それは……とても無意味なこと)
柱とは。文字通りこの冥界を支える者。
そして、穢れがこの世界の容量を超える前に、自身が闇と化して……還る。
人が引き起こす悲劇というものが、まるで連鎖するように。
人はまた愚かな行いを繰り返し、そうして冥界に穢れがあふれ、また人へと還る。
繰り返す。
感情というものが、ある限り。
そして、聖界さえあれば鏡合わせのように冥界はまた新たに生まれる。
光と影のように。
私はこれから、果てない夢をみることになる。
人間であれば、希望や理想を抱いて眠りにつきたいだろう。
けれど、魔神である私には夢に対するなんの望みもない。
ただ、還る。
いくら生きたのかも、いつ還るのかも分からない。
初めて穢れに触れた時は、彼のように感じていたのかどうかも覚えていない。
人間だった頃の私が、なんらかの罪を負ったために冥界の守護者となったのだろうか。
それにすら、なにも感じない。
ただ、そう在るだけ。
ただ、そう……在るだけ。
なのに。
君のその青い濡れた瞳が私を映していると、まるで地上に舞い戻ったかのようだ。
仮に私が人間として青空の下で掲げる理想や夢は、一体何であっただろう。
「君が、私を記憶している限り……。……いや、よそう。出来ない約束はするものではない」
「そう、だ……ね」
「……ただ、一つだけ私も思い出したよ」
「え?」
「君のおかげで、一つだけ」
私の心は、もはや機能しないかもしれないが。
一つだけ、確かなこと。
君の悲しみの涙の意味は、私が君の喜びであったということだ。
これほど、時を重ね心を摩耗しても。
私が、誰かの喜びであったこと。
それを最期に目の当たりにした、意味。
(人間である、ということは。きっと……、この瞬間を重ねること)
自分がはたして何者で。
何をし、何を目指し、何を持ち。
それを理解し、例え……失ったとしても。
誰かの中に、自分を見た時。
誰かが。
自分を、自分たらしめる。
だから、聖界は淀まない。
私がもし、君を喜ばせることができたのなら。
どれほど良かったことだろうか。
私は君の喜びであったはずなのに、君は悲しみを背負い世界を渡る。
人間は、これをなんと呼ぶだろうか。
後悔? 絶望? 罪?
やはり、繰り返すもの。
ならばせめて、……君だけは。
正しく、約束をしてほしい。
「ありがとう」
「……なにに?」
「私を、……約束の相手に選んでくれて」
「叶わないのにね」
「それは重要じゃないさ」
「どうして?」
「私たちは、魔神だから」
「心が、……なくなるから?」
「いいや。覚めない夢を、見続けるから」
「……ずるいよ」
「だから君は、また誰かと約束するんだ」
「できる……かな?」
「出来るさ。君が心を持つ限り」
そして今度は、すこしでも心が残る者と。できれば他の約束を。
心さえ摩耗しきらなければ、きっと喜びは喜びで返される。
そう、されるべきだ。
沢山、見てきた。
穢れの中に。
人が約束を反故にした結果。
対立し。
争いが起き。
嘆きが広がり。
悲しみはとどまらず。
餓え。
それが連鎖する。
人とは、愚かだ。
だが、それ以上に鮮やかだ。
鮮烈な色を描けるのは、人間たる証拠。
この精彩を欠いた世界で、最期にたった一つ。
地上を彩る欠片を手に入れて、本当に役目を終えたと知る。
明けない夜がある世界で私は。
君の涙が枯れない夢を、永遠に見続ける。
大志をもって描く夢はもちろん。
夜から朝に渡る夢も。
もしその夢が覚めないのなら、どんなに良いことだろう。
きっと心の奥底では、誰しも明けない夜を待っている。
「行くのか?」
「うん、……いくよ」
「そうか」
最後のひとり。
送り出す側の自分さえ除けば、最後の。
彼が新たな世界へゆくのを見届ければ、やっと私も役目を終える。
「──もし」
「うん?」
「仮に、……仮にだよ? 一緒に生きていける方法があったら……。どうする?」
「そんなものは存在しないさ」
「……そう、だよね」
「私たちは、魔神だから」
人間を主とする生命が集う、地上。
その世界には、さらに二つの世界が共存する。
感情を有する生物が、正の心に従って行動すると世界を維持する『聖界』。
感情を有する生物が、負の心に従って行動すると世界が縮小する『冥界』。
生物には知り得ないそれらには、守護者たる神がおり。
私たちのような魔神は、この永劫の闇が広がる冥界から、地上へ穢れが溢れないようにする義務がある。
誰に誓うでも、誰に命じられるでもない。
私らはそれであり、それでしかない。
「次は、僕が柱なのかな」
「まさか。君は、……誰よりも人間らしいよ」
「……」
「私はもう、忘れてしまったよ」
この世界の裏側では、どんな景色があって、どんな人々がいて。
どんな生活があるのだろう。
情報、という意味ではなぜだか知っている。
機械。組織。娯楽。歴史。自然。仕事。土地。
それらが妙に繋がらないのは、きっと私が人の心を忘れてしまったからだ。
地上でいう、東洋に住まう者に多い黒の髪と黒い瞳。
それを持つ人間に近い容姿の私は、元は人間だったのだろう。
いつからここで、穢れを見届けてきたのか分からないほど。
私、という存在がはたして何なのか分からないほど。
恐らく、私はここで魔神として目覚め……途方もない年月が過ぎている。
「僕はまだ、穢れに触れると時折思い出すんだ」
「……そうか」
「怒りも、くるしみも……。それから、かなしさも」
「……」
「だから、僕は忘れる前に……君に言わないといけない」
「?」
私の容姿と大きく異なる、金色の髪と青い瞳。
空、と呼ばれるのは本来この色なのだと思うほど澄んだ色をしている。
そんな色は、次第と透明な何かに覆われていく。
「また、……会いたい」
「……」
人間というのは、未来のために約束をするという。
先の見えぬことに絶望しても、その約束を輝きに変えるという。
先を見据えて希望を胸にしても、その約束が糧となるという。
(私たち魔神にとって、それは……とても無意味なこと)
柱とは。文字通りこの冥界を支える者。
そして、穢れがこの世界の容量を超える前に、自身が闇と化して……還る。
人が引き起こす悲劇というものが、まるで連鎖するように。
人はまた愚かな行いを繰り返し、そうして冥界に穢れがあふれ、また人へと還る。
繰り返す。
感情というものが、ある限り。
そして、聖界さえあれば鏡合わせのように冥界はまた新たに生まれる。
光と影のように。
私はこれから、果てない夢をみることになる。
人間であれば、希望や理想を抱いて眠りにつきたいだろう。
けれど、魔神である私には夢に対するなんの望みもない。
ただ、還る。
いくら生きたのかも、いつ還るのかも分からない。
初めて穢れに触れた時は、彼のように感じていたのかどうかも覚えていない。
人間だった頃の私が、なんらかの罪を負ったために冥界の守護者となったのだろうか。
それにすら、なにも感じない。
ただ、そう在るだけ。
ただ、そう……在るだけ。
なのに。
君のその青い濡れた瞳が私を映していると、まるで地上に舞い戻ったかのようだ。
仮に私が人間として青空の下で掲げる理想や夢は、一体何であっただろう。
「君が、私を記憶している限り……。……いや、よそう。出来ない約束はするものではない」
「そう、だ……ね」
「……ただ、一つだけ私も思い出したよ」
「え?」
「君のおかげで、一つだけ」
私の心は、もはや機能しないかもしれないが。
一つだけ、確かなこと。
君の悲しみの涙の意味は、私が君の喜びであったということだ。
これほど、時を重ね心を摩耗しても。
私が、誰かの喜びであったこと。
それを最期に目の当たりにした、意味。
(人間である、ということは。きっと……、この瞬間を重ねること)
自分がはたして何者で。
何をし、何を目指し、何を持ち。
それを理解し、例え……失ったとしても。
誰かの中に、自分を見た時。
誰かが。
自分を、自分たらしめる。
だから、聖界は淀まない。
私がもし、君を喜ばせることができたのなら。
どれほど良かったことだろうか。
私は君の喜びであったはずなのに、君は悲しみを背負い世界を渡る。
人間は、これをなんと呼ぶだろうか。
後悔? 絶望? 罪?
やはり、繰り返すもの。
ならばせめて、……君だけは。
正しく、約束をしてほしい。
「ありがとう」
「……なにに?」
「私を、……約束の相手に選んでくれて」
「叶わないのにね」
「それは重要じゃないさ」
「どうして?」
「私たちは、魔神だから」
「心が、……なくなるから?」
「いいや。覚めない夢を、見続けるから」
「……ずるいよ」
「だから君は、また誰かと約束するんだ」
「できる……かな?」
「出来るさ。君が心を持つ限り」
そして今度は、すこしでも心が残る者と。できれば他の約束を。
心さえ摩耗しきらなければ、きっと喜びは喜びで返される。
そう、されるべきだ。
沢山、見てきた。
穢れの中に。
人が約束を反故にした結果。
対立し。
争いが起き。
嘆きが広がり。
悲しみはとどまらず。
餓え。
それが連鎖する。
人とは、愚かだ。
だが、それ以上に鮮やかだ。
鮮烈な色を描けるのは、人間たる証拠。
この精彩を欠いた世界で、最期にたった一つ。
地上を彩る欠片を手に入れて、本当に役目を終えたと知る。
明けない夜がある世界で私は。
君の涙が枯れない夢を、永遠に見続ける。
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