2 / 10
2.『ホテリエ』でございます。
しおりを挟む
「--どこ、ここ」
体を起こし眼前に広がるは薄暗い木々の生えた、森。らしき場所。
わー風が吹き抜けて涼しいなー。
「えーーっと……」
夢だ。
夜勤明けで相当疲れたのだろう。
これは、夢だ。
「いだい」
目に入った手の甲をつねってみる。
うん、痛い。
その拍子に見えた、有り得ないもの。
「んん?」
胸の少し上まで伸びた髪は、本来白髪染めで染めた限りなく黒に近い茶色。
夜勤中きれいに髪をまとめていたので、そのアトがついてウェーブがかっているはずだ。
それが、どうして。
「ストレスがマッハで過労がアウト?」
良く分からない呪文のように、感じたことが言葉に表される。
確かに所々白髪があり、仕事柄それを染めていた。
身だしなみの基準もマニュアルに記載されているので、明るくない色で染めていた。
いや、何がどうなって髪全体が白髪でしかもきれいにストレート?
服もなんだか見たことないものだし。
「どちらかと言えば、少し蒼みがかった白銀……? いや、そんなこと言うてる場合じゃ」
仕事モードの私は、絶えず笑みを浮かべ敬語を繰り出す、凛としたホテリエ。
対する今の私は、誰に見られるでもない完全オフモード。
挙動不審が代名詞かのごとく、自分でツッコミを入れて現状を理解せんとしている。
「疲れて一気に髪が染まったとして、……そもそもここは、どこ?」
この際髪のことは置いといて。
未だ立ち上がれず周りを見回すだけの私は、現状を理解するには情報が少なすぎだ。
疲れすぎて、癒しを求めに郊外に来た?
それにしては車も無いし、何より自宅の近くには川があり、少し車を走らせれば海もあった。
無意識で自然を求めに行くならば、そちらに行くだろう。
「やっぱり、疲れすぎて眠りが深いだけーー」
そう、結論付けようとしたが。
瞬間。
背後の木々の間から、不自然に葉のかすれる音が聞こえた。
「--!」
反射的にそちらに視線を向ける。
これが、夢ならば問題ない。
だが仮に、現実だとすれば大問題だ。
少なくとも、このような場所で人間と出くわす確率なんて、そうそう無い。
こんな時果たして誰に祈ればいいのか。
「ど、どちら様でいらっしゃいます……でしょうか」
悲しいかな。
万が一人間だった時のために緊急事態でも自然と敬語が繰り出される。
ああ、天職。
問い掛けた先に答えはない。
互いに緊張感が走る中、先方が動いた。
「っ!」
ほのかに暗い木々の合間から出てきたのは、確実に自分が見たことのない生物。
いや、これは。
「ま、まものっ!?」
どこからどう見ても、現実には存在しない。
ゲームに出てくるような生物だった。
熊のような体躯に、顔は狼のような鋭い眼光と、少しとがった耳。丁寧に尻尾もある。
明らかに自分を捕食対象としているような、興奮したご様子。
……えーっと? こういう時は!
「い、いかがなさいましたか!?」
相手が魔物で、私を襲おうとしているなんて、実は私の勘違いかもしれない。
まずは相手の意見を聞くこと。
それが相互理解の、第一歩!
『グルルルル……ガァッ!』
「で、ですよねーー!」
そもそも言葉通じない問題。
いやに冷静なのは、まだ夢だという希望があるから。
あるんだけども、状況は確実にわるい方に軍配が上がっている。
よし、逃げよう!
死んだふりが正解なのかもしれないが、今までこれほど巨大な生物と対峙したことなど皆無なので、とにかく距離をとりたい。
私は無我夢中で立ち上がり、謎の生物と正反対へ身を翻した。
夜勤明けの体にしては、身が軽い。
久しぶりの全力疾走は、思いのほか速く走れた。
ちらりと後ろを見れば、手(?)を地に着き全力疾走する奴が見えた。
ど、どうしよう。
地面に生えた青々とした草が緩衝剤となり、膝は未だ悲鳴をあげていない。
体力的には意外と余裕があるものの、地の利もありこのままでは確実に追いつかれる。
「何か……ない?」
見回しながら駆けるが、虚しくも同じ景色が広がる。
人の往来がありそうな道があれば助けを叫ぶのだが、こうも同じ森が広がられると仲間を呼んできそうで怖い。
ゲーマーとしての知恵が謎に働く。
そんな、一人思考に沈む際のわるい癖が発動し、目の前を横切る人物に気付かなかった。
「わっ!?」
勢いそのままに、何かにぶつかった。
そのまま私はころん、と地面に転げる。
私には視線だけよこし、ぶつかった何かーーゲームに出てきそうな剣士風の男性は、魔物へと向き合った。
「……魔物か」
良かった、認識は合っていた。
……良くはないが。
不安そうに彼を見れば、「大丈夫だ」と返してきそうな力強いうなずきだけをくれ、魔物へと歩み寄った。
体格的には全然大丈夫ではなさそうだが……。
「が、がんばって」
「……!?」
何か軽く反応されたけど、私の声変だった?
応援するしか出来ない私は、腰を抜かしているのかその場から震えて動けない。
臆することなく魔物へと向き合う彼に、望みをかけるしかない。
『ガアァ!』
私から彼へと対象を移した奴は、その瞬間荒々しい爪の伸びた右手を振り下ろす。
危ないーー!!
軽く触れあうほどの金属音が鳴り響いた後、……気付けば奴は地に伏していた。
「ーーえ?」
一瞬だった。
剣士風な男性は、奴の右手が振り下ろされる前に、横一閃に切り裂いたのだ。
「怪我はないか?」
優しく、問われる。
「うん……あ、はい。ありがとう、ございます」
「この森に単独で来るとは余程の腕前かと思ったが……、本当に冒険者か?」
「え?」
黒髪の、良く良く見れば整った顔立ちをした彼は、今なんと?
「違うのか?」
「あ、えーっと」
魔物の時点で薄々感じていたが、冒険者というトドメのワードが出てきた。
なんと答えたらいいものか……。
しかし、恩人に嘘をつく訳にはいくまい。
「冒険者ではございません。ホテリエ、でございます」
体を起こし眼前に広がるは薄暗い木々の生えた、森。らしき場所。
わー風が吹き抜けて涼しいなー。
「えーーっと……」
夢だ。
夜勤明けで相当疲れたのだろう。
これは、夢だ。
「いだい」
目に入った手の甲をつねってみる。
うん、痛い。
その拍子に見えた、有り得ないもの。
「んん?」
胸の少し上まで伸びた髪は、本来白髪染めで染めた限りなく黒に近い茶色。
夜勤中きれいに髪をまとめていたので、そのアトがついてウェーブがかっているはずだ。
それが、どうして。
「ストレスがマッハで過労がアウト?」
良く分からない呪文のように、感じたことが言葉に表される。
確かに所々白髪があり、仕事柄それを染めていた。
身だしなみの基準もマニュアルに記載されているので、明るくない色で染めていた。
いや、何がどうなって髪全体が白髪でしかもきれいにストレート?
服もなんだか見たことないものだし。
「どちらかと言えば、少し蒼みがかった白銀……? いや、そんなこと言うてる場合じゃ」
仕事モードの私は、絶えず笑みを浮かべ敬語を繰り出す、凛としたホテリエ。
対する今の私は、誰に見られるでもない完全オフモード。
挙動不審が代名詞かのごとく、自分でツッコミを入れて現状を理解せんとしている。
「疲れて一気に髪が染まったとして、……そもそもここは、どこ?」
この際髪のことは置いといて。
未だ立ち上がれず周りを見回すだけの私は、現状を理解するには情報が少なすぎだ。
疲れすぎて、癒しを求めに郊外に来た?
それにしては車も無いし、何より自宅の近くには川があり、少し車を走らせれば海もあった。
無意識で自然を求めに行くならば、そちらに行くだろう。
「やっぱり、疲れすぎて眠りが深いだけーー」
そう、結論付けようとしたが。
瞬間。
背後の木々の間から、不自然に葉のかすれる音が聞こえた。
「--!」
反射的にそちらに視線を向ける。
これが、夢ならば問題ない。
だが仮に、現実だとすれば大問題だ。
少なくとも、このような場所で人間と出くわす確率なんて、そうそう無い。
こんな時果たして誰に祈ればいいのか。
「ど、どちら様でいらっしゃいます……でしょうか」
悲しいかな。
万が一人間だった時のために緊急事態でも自然と敬語が繰り出される。
ああ、天職。
問い掛けた先に答えはない。
互いに緊張感が走る中、先方が動いた。
「っ!」
ほのかに暗い木々の合間から出てきたのは、確実に自分が見たことのない生物。
いや、これは。
「ま、まものっ!?」
どこからどう見ても、現実には存在しない。
ゲームに出てくるような生物だった。
熊のような体躯に、顔は狼のような鋭い眼光と、少しとがった耳。丁寧に尻尾もある。
明らかに自分を捕食対象としているような、興奮したご様子。
……えーっと? こういう時は!
「い、いかがなさいましたか!?」
相手が魔物で、私を襲おうとしているなんて、実は私の勘違いかもしれない。
まずは相手の意見を聞くこと。
それが相互理解の、第一歩!
『グルルルル……ガァッ!』
「で、ですよねーー!」
そもそも言葉通じない問題。
いやに冷静なのは、まだ夢だという希望があるから。
あるんだけども、状況は確実にわるい方に軍配が上がっている。
よし、逃げよう!
死んだふりが正解なのかもしれないが、今までこれほど巨大な生物と対峙したことなど皆無なので、とにかく距離をとりたい。
私は無我夢中で立ち上がり、謎の生物と正反対へ身を翻した。
夜勤明けの体にしては、身が軽い。
久しぶりの全力疾走は、思いのほか速く走れた。
ちらりと後ろを見れば、手(?)を地に着き全力疾走する奴が見えた。
ど、どうしよう。
地面に生えた青々とした草が緩衝剤となり、膝は未だ悲鳴をあげていない。
体力的には意外と余裕があるものの、地の利もありこのままでは確実に追いつかれる。
「何か……ない?」
見回しながら駆けるが、虚しくも同じ景色が広がる。
人の往来がありそうな道があれば助けを叫ぶのだが、こうも同じ森が広がられると仲間を呼んできそうで怖い。
ゲーマーとしての知恵が謎に働く。
そんな、一人思考に沈む際のわるい癖が発動し、目の前を横切る人物に気付かなかった。
「わっ!?」
勢いそのままに、何かにぶつかった。
そのまま私はころん、と地面に転げる。
私には視線だけよこし、ぶつかった何かーーゲームに出てきそうな剣士風の男性は、魔物へと向き合った。
「……魔物か」
良かった、認識は合っていた。
……良くはないが。
不安そうに彼を見れば、「大丈夫だ」と返してきそうな力強いうなずきだけをくれ、魔物へと歩み寄った。
体格的には全然大丈夫ではなさそうだが……。
「が、がんばって」
「……!?」
何か軽く反応されたけど、私の声変だった?
応援するしか出来ない私は、腰を抜かしているのかその場から震えて動けない。
臆することなく魔物へと向き合う彼に、望みをかけるしかない。
『ガアァ!』
私から彼へと対象を移した奴は、その瞬間荒々しい爪の伸びた右手を振り下ろす。
危ないーー!!
軽く触れあうほどの金属音が鳴り響いた後、……気付けば奴は地に伏していた。
「ーーえ?」
一瞬だった。
剣士風な男性は、奴の右手が振り下ろされる前に、横一閃に切り裂いたのだ。
「怪我はないか?」
優しく、問われる。
「うん……あ、はい。ありがとう、ございます」
「この森に単独で来るとは余程の腕前かと思ったが……、本当に冒険者か?」
「え?」
黒髪の、良く良く見れば整った顔立ちをした彼は、今なんと?
「違うのか?」
「あ、えーっと」
魔物の時点で薄々感じていたが、冒険者というトドメのワードが出てきた。
なんと答えたらいいものか……。
しかし、恩人に嘘をつく訳にはいくまい。
「冒険者ではございません。ホテリエ、でございます」
0
あなたにおすすめの小説
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ
如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白?
「え~…大丈夫?」
…大丈夫じゃないです
というかあなた誰?
「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」
…合…コン
私の死因…神様の合コン…
…かない
「てことで…好きな所に転生していいよ!!」
好きな所…転生
じゃ異世界で
「異世界ってそんな子供みたいな…」
子供だし
小2
「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」
よろです
魔法使えるところがいいな
「更に注文!?」
…神様のせいで死んだのに…
「あぁ!!分かりました!!」
やたね
「君…結構策士だな」
そう?
作戦とかは楽しいけど…
「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」
…あそこ?
「…うん。君ならやれるよ。頑張って」
…んな他人事みたいな…
「あ。爵位は結構高めだからね」
しゃくい…?
「じゃ!!」
え?
ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!
『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』
宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです
ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。
転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。
前世の記憶を頼りに善悪等を判断。
貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。
2人の兄と、私と、弟と母。
母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。
ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。
前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。
転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す
RINFAM
ファンタジー
なんの罰ゲームだ、これ!!!!
あああああ!!!
本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!
そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!
一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!
かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。
年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。
4コマ漫画版もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる