冒険者ホテルの『ホテリエ』でございます~異世界流おもてなしで最強支援?~

蒼乃ロゼ

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2.『ホテリエ』でございます。

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「--どこ、ここ」

 体を起こし眼前に広がるは薄暗い木々の生えた、森。らしき場所。
 わー風が吹き抜けて涼しいなー。

「えーーっと……」

 夢だ。

 夜勤明けで相当疲れたのだろう。
 これは、夢だ。

「いだい」

 目に入った手の甲をつねってみる。
 うん、痛い。

 その拍子に見えた、有り得ないもの。

「んん?」

 胸の少し上まで伸びた髪は、本来白髪染めで染めた限りなく黒に近い茶色。
 夜勤中きれいに髪をまとめていたので、そのアトがついてウェーブがかっているはずだ。

 それが、どうして。

「ストレスがマッハで過労がアウト?」

 良く分からない呪文のように、感じたことが言葉に表される。
 確かに所々白髪があり、仕事柄それを染めていた。
 身だしなみアピアランスの基準もマニュアルに記載されているので、明るくない色で染めていた。

 いや、何がどうなって髪全体が白髪でしかもきれいにストレート?
 服もなんだか見たことないものだし。

「どちらかと言えば、少し蒼みがかった白銀……? いや、そんなこと言うてる場合じゃ」

 仕事モードの私は、絶えず笑みを浮かべ敬語を繰り出す、凛としたホテリエ。

 対する今の私は、誰に見られるでもない完全オフモード。

 挙動不審が代名詞かのごとく、自分でツッコミを入れて現状を理解せんとしている。

「疲れて一気に髪が染まったとして、……そもそもここは、どこ?」

 この際髪のことは置いといて。
 未だ立ち上がれず周りを見回すだけの私は、現状を理解するには情報が少なすぎだ。

 疲れすぎて、癒しを求めに郊外に来た?

 それにしては車も無いし、何より自宅の近くには川があり、少し車を走らせれば海もあった。
 無意識で自然を求めに行くならば、そちらに行くだろう。

「やっぱり、疲れすぎて眠りが深いだけーー」

 そう、結論付けようとしたが。
 瞬間。
 背後の木々の間から、不自然に葉のかすれる音が聞こえた。

「--!」

 反射的にそちらに視線を向ける。
 これが、夢ならば問題ない。
 だが仮に、現実だとすれば大問題だ。

 少なくとも、このような場所で人間と出くわす確率なんて、そうそう無い。
 こんな時果たして誰に祈ればいいのか。

「ど、どちら様でいらっしゃいます……でしょうか」

 悲しいかな。
 万が一人間だった時のために緊急事態でも自然と敬語が繰り出される。
 ああ、天職。

 問い掛けた先に答えはない。
 互いに緊張感が走る中、先方が動いた。

「っ!」

 ほのかに暗い木々の合間から出てきたのは、確実に自分が見たことのない生物。
 いや、これは。

「ま、まものっ!?」

 どこからどう見ても、現実には存在しない。
 ゲームに出てくるような生物だった。

 熊のような体躯に、顔は狼のような鋭い眼光と、少しとがった耳。丁寧に尻尾もある。
 明らかに自分を捕食対象としているような、興奮したご様子。

 ……えーっと? こういう時は!

「い、いかがなさいましたか!?」

 相手が魔物で、私を襲おうとしているなんて、実は私の勘違いかもしれない。
 まずは相手の意見を聞くこと。

 それが相互理解の、第一歩!

『グルルルル……ガァッ!』

「で、ですよねーー!」

 そもそも言葉通じない問題。

 いやに冷静なのは、まだ夢だという希望があるから。
 あるんだけども、状況は確実にわるい方に軍配が上がっている。

 よし、逃げよう!

 死んだふりが正解なのかもしれないが、今までこれほど巨大な生物と対峙したことなど皆無なので、とにかく距離をとりたい。

 私は無我夢中で立ち上がり、謎の生物と正反対へ身を翻した。

 夜勤明けの体にしては、身が軽い。
 久しぶりの全力疾走は、思いのほか速く走れた。

 ちらりと後ろを見れば、手(?)を地に着き全力疾走する奴が見えた。

 ど、どうしよう。

 地面に生えた青々とした草が緩衝剤となり、膝は未だ悲鳴をあげていない。
 体力的には意外と余裕があるものの、地の利もありこのままでは確実に追いつかれる。

「何か……ない?」

 見回しながら駆けるが、虚しくも同じ景色が広がる。
 人の往来がありそうな道があれば助けを叫ぶのだが、こうも同じ森が広がられると仲間を呼んできそうで怖い。
 ゲーマーとしての知恵が謎に働く。

 そんな、一人思考に沈む際のわるい癖が発動し、目の前を横切る人物に気付かなかった。

「わっ!?」

 勢いそのままに、何かにぶつかった。
 そのまま私はころん、と地面に転げる。
 私には視線だけよこし、ぶつかった何かーーゲームに出てきそうな剣士風の男性は、魔物へと向き合った。

「……魔物か」

 良かった、認識は合っていた。
 ……良くはないが。

 不安そうに彼を見れば、「大丈夫だ」と返してきそうな力強いうなずきだけをくれ、魔物へと歩み寄った。

 体格的には全然大丈夫ではなさそうだが……。


「が、がんばって」
「……!?」

 何か軽く反応されたけど、私の声変だった?

 応援するしか出来ない私は、腰を抜かしているのかその場から震えて動けない。
 臆することなく魔物へと向き合う彼に、望みをかけるしかない。

『ガアァ!』

 私から彼へと対象を移した奴は、その瞬間荒々しい爪の伸びた右手を振り下ろす。

 危ないーー!!

 軽く触れあうほどの金属音が鳴り響いた後、……気付けば奴は地に伏していた。

「ーーえ?」

 一瞬だった。
 剣士風な男性は、奴の右手が振り下ろされる前に、横一閃に切り裂いたのだ。

「怪我はないか?」

 優しく、問われる。

「うん……あ、はい。ありがとう、ございます」

「この森に単独で来るとは余程の腕前かと思ったが……、本当に冒険者か?」

「え?」

 黒髪の、良く良く見れば整った顔立ちをした彼は、今なんと?

「違うのか?」

「あ、えーっと」

 魔物の時点で薄々感じていたが、冒険者というトドメのワードが出てきた。
 なんと答えたらいいものか……。

 しかし、恩人に嘘をつく訳にはいくまい。


「冒険者ではございません。ホテリエ、でございます」


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