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7月の入学
7月の入学 9
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わたしは美術室に向かって走っていた。
気づいたら授業で使う木炭紙がごっそり減っていたので、慌てて売店で調達してきたのだ。
クラウス学園では日曜日しか外出が許されていない代わりに、学用品やちょっとした日用品を扱う売店が校内に設けられている。必要なものだけさっさと買うつもりだったのだが、おいしそうな焼き菓子に気を取られた結果、こうして走るはめになっている。
今にも始業を知らせる鐘が鳴ってしまうのではないかと焦りながら、走る足に力を込める。こんなとき、首に巻いたマフラーが邪魔で仕方がない。ようやく見えた美術室に一目散に駆け込む。
なんとか間に合った……
息を整えながら辺りを見回すと、なんだか教室内の様子がおかしい。本来ならば、すぐにでもデッサンが始められるようにとイーゼルの前に座っていなければならないのだが、みんな席を立ち教室内を行ったり来たりしている。それに、用具置き場に納められているはずの画板が床に無造作に積み上げられ、クラスメイトたちはそれをひっくり返したりしている。
その中にクルトの姿を見つけたので、わたしは近づいて声を掛ける。
「どうかしたんですか?」
「ああ、ユーリか。それが、テオのデッサンが見当たらないらしいんだ。だからみんなでこうして探しているんだが……」
クルトはちらりと人の輪の中心を見やる。その視線の先には、床に膝をついて画板の山を掻き分けるテオの姿があった。
「テオ」
「あ、ユーリ。君も手伝ってくれるの?」
こちらを見上げるその顔は、なんだか疲れているように見えた。
「はい。あの、なくなったデッサンって、ヘルメス像を描いた、あの?」
「そう」
美術の授業ではテオとわたしは隣り合っていた。だからこれまでも何度か彼のデッサンを見た事がある。
記憶を手繰りながら口を開く。
「それって、紙の端にテオのサインがしてあったはずですよね?」
「うん。そうなんだ。だから他のデッサンと区別がつかなくなるなんてこともないはずなんだけど……なのに、ここにある全部の画板を調べてもみつからなくて……」
わたしは手近にある画板を引き寄せる。画板には、木炭紙に描きかけのデッサンがクリップで固定されているが、テオのサインはどこにもない。
もう一枚、別の画板を手にとってみるが、そっちは使われていないようで、紙もクリップもついていなかった。
「どうしよう。今日の授業が終わったら提出しないといけないのに。今から描き直しても間に合わないよ……」
テオが途方に暮れたように溜息を漏らす。
「うーん、それだけ探しても見つからないということは、紙が画板から外れてどこかに紛れてしまったんでしょうか? それとも誰かが間違えて持っていったとか? でも、サインはしてあった訳だし……」
「まさか……捨てられた?」
「え?」
「だって、おかしいじゃないか。こんなに探してるのに見つからないなんて……きっとそうだ。誰かが捨てたか隠したに違いないよ」
テオはどこか思いつめたような表情をしている。その瞳に確信めいたものを感じて、わたしは戸惑ってしまう。
やがておもむろに立ち上がったテオは、一人の少年につかつかと歩み寄る。他の生徒と同じように画板を見て回っているフランツだ。
「フランツ、君がやったんだろう?」
突然何を言い出すのか。わたしも周りの生徒も驚いてテオに注目する。
「な、なんだよいきなり」
「僕のデッサンをどうしたんだよ! 捨てたのか?」
「はあ? 何言ってんだよ。なんでオレがそんなことしなけりゃいけねえんだ」
そんな反論にも怯まず、テオはフランツをきっと睨みつける。
「君は僕の事を嫌いなんだろ? だからこんな嫌がらせをしたんだ! 最低だな! 泥棒! 僕のデッサンを返せよ!」
「お前、ふざけんな!」
フランツがテオの襟首を掴む。まずい。頭に血が上ってしまっている。今にもテオに殴りかかりそうだ。
わたしが駆け寄るより先に、クルトが二人の間に割って入る。
「二人とも落ち着け。フランツ、その手を離すんだ」
「だって、あいつが……!」
「わかってる」
クルトがフランツを宥めながらテオから引き離すも、二人はお互い睨みあったまま。
いつのまにか教室中が静まり返り、この騒動の行方を固唾を飲んで見守っている。今はクルトが抑えているが、いつフランツが暴れだすかわからない。それに、テオも冷静ではないみたいだ。このまま大人しく引き下がるかどうか。
わたしは左目の下、ほくろのあるあたりに人差し指を当てて考える。
誰かが捨てたり、持ち去ったりしていない限り、テオのデッサンは必ずこの部屋にあるはずだ。どこか見落としているか、それとも見えない場所にあるか……
わたしは目の下から指を離すと、近くに置かれた画板を手に取る。
――そうだ。まだ探していない場所があった。
「テオ、仮にだ。フランツがやったとして、証拠はあるのか?」
クルトが落ち着いた声で問う。
「それは、ないけど……」
「根拠もなく人を疑うべきじゃない。それに、彼は君のデッサンを探す手伝いまでしてくれてるじゃないか。そんな人間が君に嫌がらせをしているって言うのか?」
「そうやって表では善人ぶって、僕が困っているのを見て内心笑っているに違いないんだ」
「なんだと! テオ、お前、いい加減に――」
「待ってください!」
わたしは声を張り上げると、テオに掴みかかりそうになっているフランツを制止する。
「なんだよユーリ、邪魔すんなよ!」
「落ち着いてフランツ。見つかったんですよ、テオのデッサンが」
気づいたら授業で使う木炭紙がごっそり減っていたので、慌てて売店で調達してきたのだ。
クラウス学園では日曜日しか外出が許されていない代わりに、学用品やちょっとした日用品を扱う売店が校内に設けられている。必要なものだけさっさと買うつもりだったのだが、おいしそうな焼き菓子に気を取られた結果、こうして走るはめになっている。
今にも始業を知らせる鐘が鳴ってしまうのではないかと焦りながら、走る足に力を込める。こんなとき、首に巻いたマフラーが邪魔で仕方がない。ようやく見えた美術室に一目散に駆け込む。
なんとか間に合った……
息を整えながら辺りを見回すと、なんだか教室内の様子がおかしい。本来ならば、すぐにでもデッサンが始められるようにとイーゼルの前に座っていなければならないのだが、みんな席を立ち教室内を行ったり来たりしている。それに、用具置き場に納められているはずの画板が床に無造作に積み上げられ、クラスメイトたちはそれをひっくり返したりしている。
その中にクルトの姿を見つけたので、わたしは近づいて声を掛ける。
「どうかしたんですか?」
「ああ、ユーリか。それが、テオのデッサンが見当たらないらしいんだ。だからみんなでこうして探しているんだが……」
クルトはちらりと人の輪の中心を見やる。その視線の先には、床に膝をついて画板の山を掻き分けるテオの姿があった。
「テオ」
「あ、ユーリ。君も手伝ってくれるの?」
こちらを見上げるその顔は、なんだか疲れているように見えた。
「はい。あの、なくなったデッサンって、ヘルメス像を描いた、あの?」
「そう」
美術の授業ではテオとわたしは隣り合っていた。だからこれまでも何度か彼のデッサンを見た事がある。
記憶を手繰りながら口を開く。
「それって、紙の端にテオのサインがしてあったはずですよね?」
「うん。そうなんだ。だから他のデッサンと区別がつかなくなるなんてこともないはずなんだけど……なのに、ここにある全部の画板を調べてもみつからなくて……」
わたしは手近にある画板を引き寄せる。画板には、木炭紙に描きかけのデッサンがクリップで固定されているが、テオのサインはどこにもない。
もう一枚、別の画板を手にとってみるが、そっちは使われていないようで、紙もクリップもついていなかった。
「どうしよう。今日の授業が終わったら提出しないといけないのに。今から描き直しても間に合わないよ……」
テオが途方に暮れたように溜息を漏らす。
「うーん、それだけ探しても見つからないということは、紙が画板から外れてどこかに紛れてしまったんでしょうか? それとも誰かが間違えて持っていったとか? でも、サインはしてあった訳だし……」
「まさか……捨てられた?」
「え?」
「だって、おかしいじゃないか。こんなに探してるのに見つからないなんて……きっとそうだ。誰かが捨てたか隠したに違いないよ」
テオはどこか思いつめたような表情をしている。その瞳に確信めいたものを感じて、わたしは戸惑ってしまう。
やがておもむろに立ち上がったテオは、一人の少年につかつかと歩み寄る。他の生徒と同じように画板を見て回っているフランツだ。
「フランツ、君がやったんだろう?」
突然何を言い出すのか。わたしも周りの生徒も驚いてテオに注目する。
「な、なんだよいきなり」
「僕のデッサンをどうしたんだよ! 捨てたのか?」
「はあ? 何言ってんだよ。なんでオレがそんなことしなけりゃいけねえんだ」
そんな反論にも怯まず、テオはフランツをきっと睨みつける。
「君は僕の事を嫌いなんだろ? だからこんな嫌がらせをしたんだ! 最低だな! 泥棒! 僕のデッサンを返せよ!」
「お前、ふざけんな!」
フランツがテオの襟首を掴む。まずい。頭に血が上ってしまっている。今にもテオに殴りかかりそうだ。
わたしが駆け寄るより先に、クルトが二人の間に割って入る。
「二人とも落ち着け。フランツ、その手を離すんだ」
「だって、あいつが……!」
「わかってる」
クルトがフランツを宥めながらテオから引き離すも、二人はお互い睨みあったまま。
いつのまにか教室中が静まり返り、この騒動の行方を固唾を飲んで見守っている。今はクルトが抑えているが、いつフランツが暴れだすかわからない。それに、テオも冷静ではないみたいだ。このまま大人しく引き下がるかどうか。
わたしは左目の下、ほくろのあるあたりに人差し指を当てて考える。
誰かが捨てたり、持ち去ったりしていない限り、テオのデッサンは必ずこの部屋にあるはずだ。どこか見落としているか、それとも見えない場所にあるか……
わたしは目の下から指を離すと、近くに置かれた画板を手に取る。
――そうだ。まだ探していない場所があった。
「テオ、仮にだ。フランツがやったとして、証拠はあるのか?」
クルトが落ち着いた声で問う。
「それは、ないけど……」
「根拠もなく人を疑うべきじゃない。それに、彼は君のデッサンを探す手伝いまでしてくれてるじゃないか。そんな人間が君に嫌がらせをしているって言うのか?」
「そうやって表では善人ぶって、僕が困っているのを見て内心笑っているに違いないんだ」
「なんだと! テオ、お前、いい加減に――」
「待ってください!」
わたしは声を張り上げると、テオに掴みかかりそうになっているフランツを制止する。
「なんだよユーリ、邪魔すんなよ!」
「落ち着いてフランツ。見つかったんですよ、テオのデッサンが」
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