7月は男子校の探偵少女

金時るるの

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7月と顔のない肖像画

7月と顔のない肖像画 2

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「え?」


 あっけに取られるわたしを尻目に、クルトは鉄の門扉を押し開け、堂々と中へ入ってゆく。


「ま、待ってください……!」


 置いていかれないよう慌ててその後に続く。
 門から建物までの道の両脇には、形よく刈り込まれた生垣が続き、ビロードのような花弁を持つ見事なバラがいくつもその身を晒している。

 ここがクルトの家……。
 そういえば彼は貴族の出身だって言ってたっけ。それならこれも納得だ。
 うんと小さい頃、お姫様や貴族の住むお城やお屋敷の中はどうなっているのか、そんなところに住んでみたいと夢想した事はあったけれど、所詮自分とは違う世界のものだと思っていた。しかし実際にそんなところに住んでいる人が身近にいたなんて。

 なんだか急に緊張してきた。確かにこんな服でこんな立派なお屋敷に入るのは気が引ける。まさか追い出されたりしないよね……?
 ノッカーを叩くと、間もなくドアが開き、黒い服のメイドがわたし達を迎え入れる。
 クルトの背中に隠れるように恐る恐る室内へ足を踏み入れると、目に飛び込んできたのは広い玄関ホール。複雑な模様の描かれた豪奢な絨毯の上にはさりげなく高価そうな調度品が配置されている。磨き抜かれた柱を伝って天井に目を移せば、そこから吊り下がっているのは大きなシャンデリア。


「すごい……」


 感嘆の溜息と共に辺りを見回していると、クルトがわたしを押し出すようにしてメイドの前に立たせる。


「早速だが、手紙で指示した通り、こいつを頼む」

「はい、準備できております。どうぞこちらへ」


 メイドが優しげに微笑みかける。一体何事かとクルトを見上げるが


「彼女に付いていけ。戻ってきたら朝食だ」


 言い置いて、くるりと背を向け歩き出す。


「ちょ、ちょっとクルト……?」


 引き止めようとした言葉も空しく、クルトはさっさとどこかへ行ってしまったので、残されたわたしはわけもわからずメイドに促されるままお屋敷の廊下を進む。
 いくつもの部屋の前を通り過ぎた後、一つのドアの前でメイドが立ち止まった。


「どうぞ、お入りください」


 その言葉に従い、開けられたドアを通り抜けると――


「こ、ここって……お風呂……?」


 呟いた途端、背後で勢いよくドアが閉まった。


「え、あの、ちょっと? 開けてください……!」


 ノブをがちゃがちゃと回すが、びくともしない。ドアの向こうからメイドの声が聞こえる。


「申し訳ございません。クルト様に『きちんと入浴するまで出すな』と申し付かっております」

「そ、そんな、困ります……! 出して。出してください! わたし、お風呂なんて――!」


 どんどんとドアを叩くが、向こう側からはなんの返事もない。
 学校では性別の事もあり避けていたが、実のところ、わたしは本当に入浴があまり好きではない。しかし、できるだけ水で身体を拭いているし、自分ではそんなに酷い状態ではないと思っていた。

 だけど、来て早々お風呂に入れだなんて、考えたくはないが、もしかして、他人からすると耐え難いほどわたしの身体のにおいが酷かったとか……? 学校で入浴できないわたしのために、クルトはわざわざここまで連れて来た? ただそれだけのために? いやいや、流石にそんなはずはないだろう。ないと信じたい。しかし、現実問題わたしは今、浴室に閉じ込められていて、入浴しないと出してもらえそうにない。ここは覚悟を決めるしかないのだろうか。

 床に座り込むと、ささやかな希望を込めて再度ノブに手をかけるが、やっぱり扉はびくともしない。わたしは大きく溜息を漏らす。
 諦めかけたところでふと気付く。そういえば、においといえば、さっきから浴室内には石鹸のものとは別のいい香りが漂っている。一体なんのにおいだろう?
 においの発生源を探して、おそるおそるバスタブを覗き込むと、ピンク色の何かがお湯にたくさん浮かんでいた。


「……な、な、なにこれ、なにこれ! これって、バラの花びら? こんなにたくさん……!」


 興奮気味に手で掬い取ると、強いバラの香気が鼻腔をくすぐる。バスタブと花びらの取り合わせが、白とピンクのドラジェのようだ。お屋敷だけじゃなく、お風呂までお姫様が使うものみたいだ。


「すごい……きれい……」


 それにいい匂い。その時ふと、こんなお風呂なら入るのも悪くないかも、なんていう考えがちらついた。こんなお姫様の入るようなお風呂を見せられて、興味を持つなというのが無理な話だ。乙女はいつだってお姫様に憧れる生き物なのだ。
 少しだけなら……そう、試しに少しだけ入ってみようかな……。








 結局、思っていたより心地よい入浴時間を過ごした後、浴室を出て案内された部屋に入ると、円卓についたクルトがお茶を飲んでいた。
 わたしの姿を見るなり


「ちょっとそこで回ってみてくれ」


 と言うので、その場で両手を広げてくるりと一回転してみせる。


「うん。急いで揃えた割には、まあまあだな」


 今わたしが身につけているものは、上等な生地でできたきれいなシャツに、ベストとお揃いの上着、膝までの丈のズボンとソックスという少年用の服に加え、その格好によく合う皮の靴。そしていつものマフラーを巻いている。お風呂から出た後、これに着替えるように言われたのだ。


「この服、どうしたんですか?」

「お前が風呂に入っている間に用意させた」

「あの、わたし、この服の代金を支払えるようなお金を持ち合わせていないんですが……」

「必要ない。俺が勝手にやった事だから気にしなくていい。それより朝食が冷めるぞ」


 見ると、クルトの隣の席にはひとり分の食事の用意がしてあった。なんだかおいしそうな匂いもする。


「やった! もうおなかぺこぺこだったんですよ。嬉しい!」


 色々と尋ねたい事はあったが、これ以上の空腹に耐えられないわたしの身体は、それを後回しにしてテーブルへと駆け寄った。


「うっ……」


 卵料理を口に運んだ途端、言葉を失うわたしに、クルトが怪訝そうな視線を向けてくる。


「どうかしたか?」

「おいしい……こんなおいしいもの食べたの、生まれて初めてです……」


 クルトが小さく笑う。


「大袈裟だな。でもまあ、正直、俺も学校の食事よりは美味いと思う」


 その言葉に何度も頷く。学校で出される食事もわたしにとっては今まで口にした事がないほどおいしいと思っていたのだが、目の前の料理と比べるといくらか劣っていると感じてしまう。
 クルトの家ではこれが普通なんだろうか。うーん、羨ましい。これが貴族の真の姿……。
 一口目の感動が過ぎると、急に空腹感が主張してきて、黙々と料理を口に運ぶ。
 やがてあらかた食べ終わり、おなかが落ち着いたところで、先ほどから抱えていた疑問を切り出す。


「ねえクルト、わたしをお風呂に入れたり、こんな服を用意してくれたり、一体何がしたいんですか?」

「あまり酷い格好だと体裁が悪いからな」

「……どういう意味ですか、それ」


 するとクルトは持っていたティーカップを置き、改まった口調になる。


「実は、お前に頼みたい事があるんだ」

「それがここに連れて来られた理由と関係あるんですか? 頼み事なら、学校で言ってくれたらいいのに」

「それは……お前に逢わせたい人がいて……その人の頼みを聞く事が、俺の頼みだからだ」


 うん? なんだかややこしい。しかし、その「逢わせたい人」というのは一体誰なんだろう?
 詳しく尋ねようとしたその時、部屋のドアが開く音がした。
 視線を向けると、入ってきたのは若い二人の女性。ひとりは車椅子に腰掛けていて、もうひとりはそれを押しながら進んでくるメイドだ。
 それを見た途端、クルトが立ち上がる。


「おはようございます。ねえさま」


 お姉さん? クルトの?
 突然の出来事にあっけに取られていると、車椅子の女性が口を開く。


「おはようクルト。そちらの方がクルトのお友達?」


 慌てて立ち上がろうとするわたしを手で制す。


「あら、いいのよ。そのままで。クルトがお友達を連れてきてるって聞いて、私、早く逢いたくなっちゃって。どうぞ、お食事を続けて」


 そう言ってふわりと微笑むと、そこだけ光が差し込んだように錯覚する。それはいつか見たクルトの笑顔とよく似ていた。
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